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第149話

Author: 春うらら
「いや、ひとまずそれでいい」

「はい、ほむら様」

汐見本家で時子もその謝罪声明を目にした。

一通り目を通して問題がないことを確認すると、時子はスマホをしまいもう気にも留めなかった。

翌朝、結衣は起きた後、裁判所へ行って茜に対する訴えを取り下げた。

裁判所を出た途端汐見本家から電話がかかってきた。

時子おばあちゃんから何か用事かと思い、結衣はすぐに出た。

「もしもし?どうかなさいましたか?」

電話の向こうから、静江の氷のように冷たい声が聞こえてきた。

「今日、満が帰国するの。夜、家に戻ってきなさい」

結衣は発信者番号を一瞥し、それが確かに汐見本家のものであることを確認すると目に戸惑いの色が浮かんだ。

「どうして本家の固定電話からかけてくるの?」

「私の携帯からかけたら、あなた、出るの?」

静江の声は意図的に低く抑えられていたが、その口調に混じる苛立ちと冷たさは隠しきれていなかった。

「私の番号からかけても私が出ないと分かっているのなら、あなたの要求に私が同意するはずがないことも、お分かりでしょう」

そう言うと結衣は一方的に電話を切った。

本来なら訴えを取り下げた後、本家に戻るつもりだったが、静江が今ごろ本家で自分を待っているだろうと思うと、結衣はひとまず戻るのをやめ、自分の部屋へ荷物をまとめに行くことにした。

帰り道、彼女は不動産業者にメッセージを送り住む部屋はもう見つかったので、今度は事務所として使える場所を借りたい、良い物件があったら教えてほしいと伝えた。

メッセージを送って間もなく業者からすぐに音声メッセージが届いた。

「汐見様、ちょうどお借りになったお部屋の近くに、通りに面した店舗物件が空いたんです。場所をお送りしますので、もしご興味がおありでしたら、今日の午後、ご案内しますよ」

業者から場所が送られてくると、結衣は確認した。確かに潮見ハイツのすぐ近くで二本先の通りだった。

結衣は業者と午後三時に物件を見に行く約束をし、家に戻って荷造りを始めた。

彼女は物欲が強い方ではないので荷物はそれほど多くない。昼頃にはほとんどまとめ終えていた。

時間を確認すると、結衣は時子に、昼食は戻らないとメッセージを送り、直接出前を頼んだ。食べ終えたら部屋を掃除して、大家さんに引き渡せるようにするつもりだった。

汐見本家。

結衣が昼
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