新米ソープ嬢は無月経の体で百合と童貞に溺れる ~シルヴァア・スワロウ~

新米ソープ嬢は無月経の体で百合と童貞に溺れる ~シルヴァア・スワロウ~

last updateLast Updated : 2026-05-29
By:  道中ヘルベチカUpdated just now
Language: Japanese
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新米ソープ嬢「アカリ」ことキヨミは、無月経の体を武器に、歌舞伎町で生きる。 高校時代、親友の死と自殺未遂の記憶を先輩・アズサに奪われ、感情を失ったまま9年を過ごしてきた彼女は、童貞客・テラダマコトの純粋な愛と、同僚ユキとの濃密な百合に心を委ねていく。 抑圧された記憶が蘇るたび激しい頭痛に襲われながら、キヨミは「書きたい想い」を抑え込まれた自分と、愛と欲望の狭間で激しく揺れ動く——。 忘却と喪失、純愛と百合、性と再生を描く大人の恋愛小説。

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Chapter 1

プロローグ:空から落ちてきた手紙

【2010年7月23日(金)】静岡県・三島市

“我慢強く生きる覚悟を わたしにください――”

そこまでのフレーズを書いた後、キヨミは顔を上げる。アズサと目が合う――その日の数週間前、三島市立の図書館で初めて言葉を交わしたばかりの先輩である、彼女に見られている。

「アズサ」

鏡を見たら恐らくクマだらけのやつれた表情で、キヨミは年齢が一つ上の彼女を呼び捨てする。そうするよう彼女が言ったからだ。

“アズサでいい。ううん、それ以外許さない。もしアズサさんとか、アズサセンパイなんて言うなら、殺すから――君の首を絞めたあとで、その可愛らしい舌と、可愛らしい両目をとって、ずっとホルマリン漬けの宝物にしちゃうんだから。どう、うれしい? それとも、キモイ?”――(キヨミはもちろん、「キモイ」と答えた)

アズサは微笑ほほえむ。微笑んだときだけ、彼女は聖母のようになる。いったいその聖母の口から、いつ「殺す」なんて言葉がつむがれたのか。ひょっとしたらすべて幻聴だったんじゃないか。そう思わせるような表情になる。

「また貴重な時間をつぶして、なにくだらないことやっていたの。まさかとは思うけど詩を書いていたとか?」

キヨミの行いは、ぜんぶバレている。こういうとき、ヘタに「ごめんなさい」なんて謝らない方がいい。謝られることは、「さん」や「センパイ」付けで呼ばれることの次にアズサが嫌うことだ。

「まさかと思われた、その通りのことをしていました」

「ふうん。やっぱり。じゃ、お仕置き」

「あっ」

アズサがキヨミのわきをくすぐる。キヨミは必死に声を抑えようとする。けれど、れる。あ、あひゃっ。変な声が出る。

「かわいい。君はこうしてるときが一番かわいい」

優しい声でアズサは言う。そしてキヨミの頬に、チュッ、と口づけする。周りで生徒が見ていたなら、ちょっとした騒ぎになっているだろう。けれど放課後の図書室には、彼女らしかいない。誰もいなくて良かったと言うより、誰もいないからこそアズサは、こんな行為をしているのだろうか。

「や、やめてっ」

「やめない」

「いひっ、あひゃっ」

そうやって、いつものようにじゃれ合う。まるで幼いころからずっと仲良しだった友同士のように。姉妹のように。そうではない、「恋人同士」。たしかそう、二人の間で約束が交わされたはずだ。

ひとしきりくすぐり終えた後、ようやくアズサが、キヨミを開放して言う。

「とりあえず見せてよ、書いたやつ」

キヨミは渋々、ノートに書いた落書きを見せる。

---

空から落ちてきた手紙

海から流れ着いた楽譜

山の中で芽吹く物語

かつて、そんな文学的なもので形作られていた世界は

雲を流すコード

波を立てる演算式

草や木を育むデータ

いまやそんな数学的なもので組み立てられている

グッバイノーソン、ハローテクノロジー

常に変化するトウキョウで生きるには

わたし自身も進化を求められる

グッバイノーソン、ハローテクノロジー

急速に移ろいゆく時代に翻弄されないよう

我慢強く生きる覚悟を わたしにください――

---

こんなもの詩とは呼べない。文章ですらない、ただの落書きだ。

「“グッバイノーソン、ハローテクノロジー”」

無駄にリフレインした箇所を読まれ、キヨミは、かあっと顔が熱くなる。恥ずかしい。腋をくすぐられるより、頬にキスされるよりもよっぽど。

ノートをバサッと机に放り、アズサはまた口を開く。

「君はね、本だけ読んでればいいの。詩とか、小説とか書いちゃダメ」

「なんで、ですか」

「なんで、じゃない。なんでも。モノカキなんて、卑しいことはしちゃだめ。それは奴隷のやることです。私たちみたいな貴族は、奴隷の書いたモノを読んでればいい。商品として消費し、飽きたら捨てればいい。だからね」

と、アズサはまた、キヨミの腋に手を入れる。あひゃっ。

「君はね、ゼッタイ詩とか、小説とか書いちゃだめ。なるべく多くの本を読むの。わかった?」

【2019年3月下旬】東京都・中野区

 

放課後の図書館で繰り広げられた、あの、二人だけのちょっとしたたわむれ。

アズサがいなくなってからは、それすらなつかしく、愛おしく思えてしまう。死に別れたわけではない。単にアズサはキヨミの元を去っていった。自然消滅のようなものだ。

だからこそ、その消失を永遠に感じてしまう。それぞれが違う世界に分け隔てられたのならまだしも、同じ世界にいながらもう会えないということほど、深い訣別けつべつはない。

そしてアズサは、キヨミから奪っていった。大切な、大切な、感情というものを。そして「あの子」に関する記憶を。

「あの子」が一度キヨミに託しながら、アズサが奪っていったそれ。感情、心、あるいは魂とでも呼ぶべきものだろうか。

胸にぽっかり穴が空いたよう、という慣用句もある。しかしキヨミにとってみれば、もう9年近くもその穴が塞がったことはない。

まるで無感情の人形のように、ただただキヨミは、人生を擦り減らし続けていた。

感情、心、あるいは魂とでも呼ぶべき何か。

それらが今、キヨミがなくしているもの。

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第1羽:ヴァンパイアとティッシュ(上)
【2019年3月下旬】東京都・新宿区その日の最初にキヨミを指名した客は、自らの名をテラダマコトと名乗った。身長は高く、全身がやたら白い。もうすっかり桜も満開の時期なのに、雪を思い出させるような色だ。ひょっとしたらこの日も、店へ足を運ぶまで一歩も外出しなかったのではと思うほどに。ただ、そのように日の光を避けて生きるヴァンパイアのような人種は、ここ歌舞伎町ではそう少なくはないと聞く。「ごめんなさい、こんなガリガリのみすぼらしい裸で」湯船から上がってバスタオルを腰に巻いた客は、キヨミに視線を向けられているのを恥じてか、両腕を胸の前で組んで体を隠すような仕草を取っている。キヨミは「大丈夫ですよ」となだめながら、ベッドの淵に客を腰かけさせた。筋肉がほとんど無いようにすら思える胴体は、かつらむきした大根の皮を連想させた。胸のあたりからペキリと折れそうなほど、体が薄い。「痩せてる人、好きですよ」社交辞令で述べただけのキヨミのセリフで、少し客は安心したのか、腕をほどく。現れた客の乳首はレーズンのように黒く、白い肌の上でよく目立った。「私の体も見てください」そう言いながら、キヨミは客の手を取り、自分の体に巻いたタオルに触れさせる。客は恐る恐るといった様子でタオルに触れた手を引いた。ファサッ、と床に落ちるタオル。露わになったキヨミの肌を前にして、客は眩い光でも見たように目を細める。「そのまま、私に委ねてくださいね」裸になったキヨミは、そう囁きかけながら客の胸に顔を近づけ、その乳首を舌でなぞる。「あっ」と声を漏らす客に、「ごめんなさい、ここ、苦手でした?」などと、言葉だけの謝罪を口にした。大概の男はいいえと否定するもので、その客も同様、「気持ちいいです、うっ、続けて、くださ、はぁっ」と懇願した。しばらく乳首を舐め、薄い胸板をなぞりながら首に向かっていく。やや髭の剃り残しのあるザラザラした顎を舌で撫でてから、唇に軽くキスをする。キヨミはそこで、やや上目遣いに客を見た。興奮のあまりか、客は目を閉じてしまっている。童貞らしいなと思いながら、キヨミは客の両手を取り、そのまま覆いかぶさるようにして客の上体をベッドに倒した。仰向けの体勢になる客。その薄い唇を自らの唇で覆い、舌を深く潜り込ませる。緊張に縮こまっている客の舌を引きずり出し、互いの唾液をかき混ぜた。呆れる
last updateLast Updated : 2026-04-08
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第2羽:ヴァンパイアとティッシュ(下)
“この仕事はね、本能的に「感じる」ことのできる人間にしか続けられない。ただエッチが好きなだけじゃダメ。相手によって感覚が鈍るような、ただの女には無理。「ビッチ」になるの。身も心も「ビッチ」になりなさい。長く続けたいならね”初日の講習で、そう言われたことを思い出す。ああ、やはり自分には、この仕事が向いていたのかもしれないという気持ちになる。「気持ちいい?」「ああ、はい、気持ちいい、です」「うそ。初めてなのに、わかる?」まだ少し戸惑うような表情の客を見ながら、キヨミはイジワルを言う。それも、講習で習ったテクニックの一つだ。「わか、わかると、思います」「ほんとうに? 変な感覚でしょ。自分と他人の体がつながっているなんて。そういうの、気持ち悪くないの?」「いや、そんな、気持ち悪く、なんかないですよ」「本当にそう思う?」くちゃくちゃと小刻みに腰を動かしながら、さらにイジワルな質問を重ねる。「気持ち悪くなんか、ぅ、あっ、ないですよ。う、うれしいです、こんな、アカリさんみたいな、きれいな人とつながれて、あっ」アカリ。それがキヨミの源氏名である。まだ耳馴染みのない、新しい名前。一瞬、誰の名前だろうかと戸惑いさえする。「嬉しい。ありがとう」「あっ、ああっ、好きです、アカリさん、あっ」「うれしい、テラダさん。んっ」唇を重ねる。上の方でも、深くつながる。「好きです」と言われ、「私もです」なんて言葉は使わない。相手を惚れさせるには手っ取り早い言葉だが、同時に自分が「惚れやすい女」だと安く見せる言葉でもある。ただの疑似恋愛でも、駆け引きは普通の恋愛同様に必要だ。否、普通の恋愛以上だろう。体を許す分、心まで許してしまってはいけない。肌が無防備な分、心には鎧を着なければならない。それから、腰を上下に動かす。動かし方には2パターンある。パン、パン、パン、パン。激しく上下にピストンし、男根を上から下まで幅広く擦るパターン。「はぁっ、はぁっ、あっ、あっ」もう一つ。ズブッ、ズブッ、ズブッ、ズブッ。やや斜めに浅く動かし、男根の先端を膣の奥にぐいぐいと導くよう短めに擦るパターン。「ひっ、ひっ、ふっ、ふっ」最初は前者で行い、徐々に後者に変えていく。早漏の相手ならこれを1分、遅い男でも5分かけると大概射精する、そう教わった。しかし、この日の客はなかなかそれに至らな
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第3羽:亡霊とWebライティング(上)
【2019年1月】東京都・港区キヨミが自分自身を、おそろしく醜悪な存在であると認め始めたのはいつからだろう。まだ純な乙女であるべき中学時代、とある留学生の男子と情事を重ねてからか。その恋は彼の帰国と共に終わりを迎え、深い喪失を味わった。あるいはそれより前、無垢な童女でいた小学生のころ、友達だと思っていた女の子に、アパートの屋上から突き落とされたときからか。藪に落ちたおかげで、奇跡的に大怪我は免れた。原因そのものは、幼少期にありがちな些細な気持ちのズレだった。物事の始まりを思い返してみてもキリがないことは、キヨミ自身もわかっている。ある宗教でも“人間は生まれながらに罪な存在である”と言っているが、別に宗教的な見解や哲学な問題にこの疑問を発展させるつもりはない。もっと個人的な話だ。キヨミが生まれ、物心ついてから、2019年1月にいたる短い期間において。キヨミという存在を大きく決定づけた出来事は何だったのか。キヨミはときどき考え直す。通勤中・入浴中・就寝前などタイミングもバラバラで、考え直すたび導き出される答えもさまざまだが、中でも思い出す頻度が高いのは2010年の6月。しかしその日に何が起きたのか、記憶はおぼろげだ。きっと何か大変なことが起きたに違いないのに、思い出そうとするたび、ひどい頭痛に見舞われる。頭痛にも耐えられる範囲で辛うじて思い出せるのは、通学中の電車の中の光景。鬱陶しい梅雨の季節、キヨミは雨に濡れた窓の外を見ている。電車はホームに停まっていて、入口の扉は開いている。けれどキヨミが待っている人物は現れず、扉は閉まってしまう。あの駅で、キヨミは誰を待っていたのか。そしてその人物は、なぜ現れなかったのか。深く記憶を掘り起こそうとするほどに、ガンガンと、まるで金槌で内側から打ち付けられているような酷い頭痛で意識を失いそうになる。2010年の6月に17歳だったキヨミは、この2019年の1月、25歳になってしまった。9年も経てば、重要でない過去の出来事などほとんど忘れ去られる。けれど、思い出そうとするたび頭痛を引き起こすこの記憶は、「9年の月日を経て忘れてしまった」のではない。自らの人格形成をする上であまりに重要な出来事の一つだったのに、「9年もの長きにわたって封印されている」。そう表現する方が正しい。単なる物忘れではなく、記憶喪失か。それと
last updateLast Updated : 2026-04-09
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第5羽:生徒会長とエンドロール(上)
【2010年7月】静岡県・三島市 アズサは、キヨミの前に唐突に現れたわけではない。 むしろ一つ年上のその先輩の存在感は、キヨミが高校に入学したときから常にそこにあった、と言った方が正しいだろうか。 2009年、キヨミがこの市立高校に入学した年、アズサは生徒会長を務めていた。弁論大会では県大会を制し、全国大会でも優勝。さらにその年の秋、とある文芸雑誌の新人賞を高校生ながら獲得し、全国的にその名を轟かせた。 校内放送で名前が呼ばれるたび、廊下ですれ違うだけで後輩たちが息をひそめるほどの存在。学校内で彼女を知らない者はいない、と言えるほどの有名人だった。 そんなアズサが、キヨミに初めて声をかけてきたのは、市立図書館だった。 7月の蒸し暑い午後。キヨミはいつものように窓際の席に座り、ノートに走り書きをしていた。図書館は静かで、かすかなエアコンの音だけが響いている。 「勉強しているのかと思ったら、なあにそれ、詩でも書いてるのかしら」 聞き覚えのある、どこか甘く澄んだ声。キヨミが顔を上げると、そこにアズサが立っていた。長い黒髪を一つにまとめ、白いブラウスに紺のスカートという制服姿が、まるで絵画から切り取られたように整っている。唇の端に、わずかな笑みが浮かんでいた。 キヨミは慌ててノートを閉じようとしたが、アズサの細い指が素早くそれを押さえた。 「見せてごらんなさい」 拒否する間もなく、ノートはアズサの手に移っていた。彼女はゆっくりとページをめくり、ある一節で指を止めた。 「なかなか面白い文章を書くのね」 アズサの声は、褒めているようでありながら、どこか上から目線だった。 「特にこの文章が好き」 示されたのは、次の言葉だった。 “人は死んでも、あの世なんて場所にはいかない。魂など存在しない。ただ終わるだけだ。物が壊れ、捨てられて無くなるのと何も変わらない。そう思うからこそ、人は美しい。” キヨミの頰が、かあっと熱くなった。自分の書いたものが誰かに読まれること自体が初めてに近く、ましてや「好き」とまで言われるなんて。 「ありがとう……ございます」 少し照れる様子を見せるキヨミ。しかしその直後、ショッキングな出来事は起こった。 目の前で、アズサが無造作に、キヨミがポエムを書いたページをビリビリと引き裂いたのだ。 「でも、こんなことしちゃあ駄目
last updateLast Updated : 2026-04-11
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第6羽:生徒会長とエンドロール(下)
キヨミの目が見開かれる。頭の中が真っ白になる。アズサはゆっくり顔を離し、キヨミの瞳をまっすぐ見つめた。その瞳は宝石のように輝いていた。 「私たち、恋人同士にならない?」映画のストーリー以上にわけのわからない展開に、キヨミは何も答えられない。ただ熱く残る唇の感触を、どう受け止めれば良いのかわからない。アズサは満足げに微笑むと、再びキヨミの肩を引き寄せ、もう一度、深く長いキスをする。アズサの舌が口の中に侵入し、キヨミの舌に絡んでくる。大人のキスだ。経験したことがないわけではない。ただ、その日初めて会話を交わした者同士でやってよい行為なのか。とっさにキヨミはアズサの体を押しのけた。唇が離れ、「おっと」とアズサの口から漏れる。「なぁに? 嫌だった?」アズサはニヤニヤしている。キヨミの心臓は、ドクンドクンと大きく脈打っている。何も答えられない。「黙っちゃって。嫌だった……にしては、判断遅すぎかな」アズサのツッコミは正しい。一緒に映画観て、1度キスをし、2度目でようやく拒絶。まるでずっと思考が麻痺していて、ようやく我に返ったようだ。仮にその通りだとしても、そんなことを言い訳にはできない。「まぁ、何も反応がないのも困るけどね。お人形さんなのかなとか思っちゃった」アズサはそう続けた。お人形さん。褒めてるのか、バカにしているのか。「どうして私なんですか?」キヨミはようやく言葉を返す。アズサは「どうしてって……うーんと、可愛いと思ったから?」と答える。「他にも、いるんですか?」質問を重ねると、一瞬キョトンとしたアズサだったが、「他にも……あ、他にも恋人いるのかってこと? やばっ、今の誘い方、そんなにチャラかった?」チャラい。確かに、ポップに表現するならそうだ。普通、いきなりキスはしてこない。それも、2度も。「まぁ、最近まで付き合ってはいたけど、今はフリーだよ。君は? もしかしてすでに付き合っている人とかいた? ええと……イチノセキヨミちゃん、だよね」名前……まだ、名乗っていなかったハズだが。そうか、破られたノートに書いてあったのを見ていたのだろう。「いえ……いないですけど。ただ、同性の恋人なんて持ったことないですし……しかもそれが、フカミ先輩なんて……」「あれ、フカミって……私の苗字、名乗ったっけ」「だ、誰でも知ってますよ、うちの高校の生徒
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第7羽:真っ白なファイルとダイビング
【2018年7月】東京都・新宿区 キヨミが職場のPCに保管している真っ白なテキストファイルに何を描こうと思ったのか。月日は半年前にさかのぼる。 高田馬場にある大型書店のイベントスペースは、平日夜にもかかわらずかなりの盛況だった。 キヨミは最後列の席に座り、静かにステージを見つめていた。 登壇したのは、とある新書を出版したばかりの女性だった。 彼女の職業は、元々記者でも小説家でもなかった。 風俗嬢として十年間働いてきたという、異色の経歴の持ち主だった。 キヨミは最初、彼女の話が「不幸な生い立ちから這い上がった」類のものだと予想していた。 しかし、講演の内容は予想とはかなり違っていた。 例えば幼少期の虐待や借金の話など、苦労話は一切出てこなかった。 代わりに語られたのは、風俗が本来どういう仕事であるのか、どうあるべきかという精神的な話だ。 「辛い日々を過ごされ、癒しを求めてこられるようなお客様には、ただ一時の快楽を提供するのではなく、しっかり話を聞いて差し上げ、その人の『これから』に少しだけ希望を持たせる言葉をかけるようにしていました」 「女性恐怖症で、それを克服しようと初めて来られた未経験の男性もいらっしゃいました。そんな方に裸を見せるとね、逆に委縮されて、まったく物事が進行できなくなってしまうんです。でも、そんなときでも焦らずに『今日は何も無理しなくていいですよ』と伝えて、徐々に心を開いていただきましたね」 彼女の語り口は淡々としながらも、どこか温かみがあった。 男を騙す話や、搾取の話も出てこない。 ただ、相手を「人」として扱い、その人の心を少しでも軽くしてあげる方法論が、具体的なエピソードとともに語られていた。 「ある五十代半ばのお客様のお話しをしましょう。 その方は、奥様を癌で亡くされたばかりでした。お店に来た当初は、ただぼんやりと座っているだけで、ほとんど話もされませんでした。 私は無理にサービスをしようとはせず、最初はただ隣に座って手を握っていました。二回目、三回目と通ってくださるうちに、少しずつ奥様の話をされるようになって……。 ある日、その方が泣きながら『ここに来ると、初めて誰かに自分の話をちゃんと聞いてもらえた気がする』と言ってくださったんです。私はただ聞いていただけなのに、その言葉を聞いたときは胸が熱くなりました。 風俗って
last updateLast Updated : 2026-04-16
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第8羽:風俗嬢とサイボーグ(上)
【2019年2月】東京都・港区キヨミは、Web編集者の仕事を辞める決意をした。その朝、彼女はいつものように出社し、簡潔に書いた退職願を人事部のデスクに置いた。内容はたった三行。「一身上の都合により、平成31年2月末日をもって退職いたします。お世話になりました。イチノセキヨミ」午後12時半過ぎ、人事部長から内線がかかってきた。「イチノセくん、ちょっと来てもらえるかな」会議室に呼ばれたキヨミを待っていたのは、40代半ばの部長と、若い女性の人事担当者だった。部長は退職願を指で軽く叩きながら、困ったような笑みを浮かべた。「君のような優秀な人材がいなくなるのは、正直困るんだが……どうしたんだい? 給与面か? それとも部署異動の希望でもあるのか?」キヨミは静かに首を横に振った。「もう決めたことですので」感情のこもらない、事務的な声。その瞬間、隣に座っていた女性の人事担当者が、慌てたように身を乗り出した。「ちょっと待ってください、イチノセさん! 本当に急すぎますよ……? せめてあと1ヶ月は引き継ぎ期間を取ってからとか、考え直せませんか? 来月から、新プロジェクトも始まるじゃないですか。イチノセさんがいなくなったら、誰があの煩雑なライター管理と校正を……」彼女の声は少し上ずっていた。部長が軽く手を挙げて制する。「まあまあ、サトウくん。落ち着いて」しかし女性は引かなかった。彼女はキヨミの顔をまっすぐ見て、早口で続けた。「正直、私、イチノセさんの仕事ぶり、すごく参考にしてたんです。文章の直し方が的確で、ライターさんへの指示も的を射てるし……。なんか、急に辞められるって聞いて、びっくりしちゃって。本当に、何かうちの会社で嫌なことがあったんですか? もしそうなら、言ってください。私、できる限り調整しますから……」キヨミは女性の熱っぽい視線を、静かに受け止めた。彼女の瞳には、困惑と少しの苛立ち、そしてほんのわずかな寂しさが混じっていた。「特に不満はありません。ただ、もうこの仕事は、私には合わないと思っただけです」淡々とした答えに、女性は言葉を失った。部長が再び小さくため息をつき、退職願を指でトントンと叩く。「……わかった。イチノセくんの意思が固いなら、無理に引き止めるのも良くないな。退職手続きは進めておくよ。今まで世話になったね」女性の人事担当
last updateLast Updated : 2026-04-13
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第9羽:風俗嬢とサイボーグ(下)
リビングに入った瞬間、キヨミは反射的に壁の照明スイッチに手を伸ばしかけた。しかし足元に広がる水面と、天井から滴り落ちる水滴を見て、手を止める。駄目だ、天井も壁も床も濡れている。電気を流せば火花が散るかもしれないし、感電するかもしれない。まずブレーカーを落とさないと。部屋から引き返し、分電盤のある玄関近くの壁に向かった。しかし手を伸ばした瞬間、メインブレーカーと漏電ブレーカーの両方が「切」の位置にあることに気づいた。すでに落ちてる……ということは、水がどこかの配線や機器に浸入して、漏電かショートが起きていたということだ。キヨミは小さく息を吐く。幸い火災には至らなかったが、被害は想像以上に深刻かもしれない。スマホのライトを付け、薄暗い部屋を進む。絨毯はたっぷりと水を吸い込み、ところどころが黒く変色し、ふやけて膨らんでいる。ソファの脚も、テレビ台の下も、水に浸かっていた。デスクの上はどうだ。ノートパソコンは閉じたままだったが、キーボードの隙間から水が染み込んでいるのがはっきりわかった。隣のモニターは画面が下を向いた状態で、水滴が何本も伝っていた。プリンターの紙トレイからは、濡れて波打ったA4用紙が何枚もはみ出している。クローゼットを開けると、中はさらに惨状だった。冬物のコートや、仕事で着ていたブラウス、積んであった本の山が、すべて床に崩れ落ち、水を吸って重く沈んでいた。キヨミはしばらくその場に立ち尽くし、部屋全体を見回した。「……最悪」声に出した言葉は、驚きでも悲しみでもなく、ただの事実確認のように乾いていた。彼女は濡れた足で玄関を出て、管理人室へ向かい、インターホンを押した。3回目のコールで、管理人のおばさんが慌てた声で出た。「はい、はい! どうしたの?」「私の部屋が水浸しになっています」「えっ!? まさか……上の階の水漏れかしら!? すぐ行くから待ってて!」キヨミは部屋の前まで戻り、濡れた靴下を脱いで、マンションの廊下で少し風に当たった。管理人が来るまでの数分間、彼女はぼんやりと夜の街灯を見つめながら考えていた。退職したばかりで、住む場所を失う。電子機器はほぼ全滅。本や服も大半がダメになった。保険は入っていただろうか。入っていたとしても、いくら戻るのか。そして、ふと昼間の記憶が蘇った。カフェで聞いた若い女性たちの声。“サイボーグみたい
last updateLast Updated : 2026-04-14
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