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第157話

Author: 春うらら
不動産屋から送られてきたメッセージを見て、結衣の目はわずかに見開かれ、信じられないといった様子だった。

【一晩で、全部借り手がついてしまったんですか?】

もし一、二件ならまだしも、全部借り手がついてしまったというのは、どう考えてもおかしい。

しばらくして、ようやく不動産屋から返信があった。

【はい、すべて借り手がつきました。それに、最近私の方ではオフィス物件の空きが全くないんです。汐見さんは、他の不動産屋を当たってみてください】

相手の態度が昨日より明らかに冷淡になっていることに気づき、結衣は眉をひそめた。何かがおかしいと感じたが、それが何なのかはっきりとは分からなかった。

しかし、物件を探してくれる不動産屋はいくらでもいる。ここが駄目なら、他を当たればいいだけだ。

結衣は彼に一万六千円を振り込み、メッセージを送った。

【この数日間、物件探しにお付き合いいただきありがとうございました。これはほんの気持ちです。どうかお受け取りください】

今回はすぐに返信があった。

【汐見さん、いえ、結構です。ですが、最近、誰かに恨みでも買いましたか?】

結衣がメッセージを読み終えるか終わらないかのうちに、相手はそれを取り消した。

彼女は目を伏せ、文字を打ち込んだ。

【どうぞお受け取りください。この数日、寒い中ありがとうございました】

しばらくして、相手は送金を受け取った。

【汐見さん、先ほど取り消したメッセージ、ご覧になりましたか?】

【はい、見ました。ありがとうございます】

二人のトーク画面を削除し、結衣はしばらく考え込んだ。自分の法律事務所開設を裏で妨害する可能性のある人物を一人一人思い浮かべ、最終的に最も可能性が高いのは汐見満と長谷川涼介だと結論づけた。

一人は、結衣が汐見家での満の地位を脅かすことを恐れ、もう一人は、ただ結衣が幸せになるのが気に入らない。裏で手を引いているのは、十中八九、この二人のどちらかだろう。

結衣は少し考えると、スマホを置いて寝室を出た。

祖母の時子がリビングのソファに座り、最近人気の時代劇ドラマを見ているのが目に入った。結衣は彼女の隣に腰を下ろした。

「おばあちゃん」

時子は彼女の方を向いた。

「どうしたんだい?何か話があるんだろう?」

結衣は頷いた。

「本当に、おばあちゃんには何も隠せませんね」

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Comments (1)
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千恵
玲奈の嫌がらせ、結衣の考えを変えたから 嫌がらせしてくれてありがとう って思った。笑
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