LOGIN「妻の麻里奈です」 結婚10周年の記念イベントで、夫・直哉は愛人をそう紹介した。舞台袖で聞いていた本当の妻・紗季は、泣きも騒ぎもせず、漆のついた指を握る。陶磁器修復師として夫の会社を支えてきたのに、資料からは名前を消され、技術も大切な器も、ふたりの成功物語に塗り替えられていた。紗季は、奪われたものを一つずつ確かめ始める。壊れた器は直せる。けれど、直せるものを、すべて直す必要はない。
View More結婚10周年の夜、夫は別の女を妻と呼んだ。
私の名前は佐原紗季(さはら さき)。陶磁器の修復を仕事にしている。
そのとき私は、舞台袖で1枚の皿を支えていた。
直径40センチほどの白い大皿には、枝からこぼれる椿が描かれている。半年前、2つに割れた状態で持ち込まれ、私が漆でつないだ。
継ぎ目に薄く漆を塗り、乾ききる前に金粉を蒔いて仕上げる。そうして生まれた金の線が、舞台の照明を受けて細く光っている。
「佐原さん、展示台へ運びます」
助手の小暮千夏(こぐれ ちなつ)が、白い手袋をはめた両手を差し出した。
「待って。右の留め具が少し浮いてる」
皿を片手で支え、展示台の金具を締め直す。会場から拍手が起こった。
黒い幕の隙間から、照明に浮かぶ壇上と、そこへ向けて並ぶ客席の端が見えた。
招待客が席を埋め、壁際には継景が手がけた器がガラスケースに並んでいる。
株式会社継景の創立7周年記念イベント。
会場は、都内ホテルの大宴会場だった。正面に設けられた舞台を囲むように丸テーブルが並び、取引先や顧客、メディア関係者が席を埋めている。
壁際には、継景が手がけた器がガラスケースに収められ、照明を受けて静かに輝いていた。
壊れた器を継ぎ、そこに残る暮らしの景色を未来へ渡す。
その思いを込め、夫の佐原直哉(さはら なおや)が「継景(つぐけい)」を立ち上げてから7年になる。
そして今日は、私たちの結婚記念日でもあった。
3月、私は新しい扉に名札を掛けた。【佐原修復室】文字の間隔を確かめ、少しだけ右を上げる。脚立を押さえていた小山内が、下から首を傾けた。「もう5ミリ右です」「さっきは左と言いませんでした?」「実際に掛けると違って見えるんです」「職人の5ミリは長いなあ」小山内は笑いながら脚立を支え直した。東浜陶磁器資料館の裏手に、平屋の小さな建物がある。以前は収蔵品の整理室だった場所を改修し、相談を受けられる修復室にした。南向きの窓には、紫外線を抑えるブラインド。水を使う作業台。乾燥棚。鍵付きの保管庫。広さは継景にあった部屋の半分ほどだが、どこに何を置くかは、私が決めた。脚立から降り、扉を開ける。ブラインド越しの柔らかな光が、作業机まで届いていた。机の中央には、何も置いていない。最初から埋める必要はなかった。これから預かる器のために、空けてある。奥に設けた私物用の棚へ、白い布に包んだ箱を置いた。白椿の茶碗の欠片が入っている。箱には、【私物・保管/修復・展示予定なし】と書いた。展示はしない。修復室の物語として宣伝に使うつもりもない。ただ、私が持っていたいから、ここへ持ってきた。小山内が箱の表示を見た。「個人保管品ですね」「はい。修復も展示もしません」「分かりました」
片づけは、離婚届より先に返却確認書から始まった。継景の備品。私が購入した道具。会社の広告に残っている写真。佐原修復室の名前を使った記事。1つずつ一覧にし、終わったものへ日付を入れる。代理人の森下は、書類を私の前へ3つに分けて置いた。「今日決めるもの。相手の回答を待つもの。佐原さんが急いで決めなくていいものです」「離婚は、どれですか」「相手の回答を待つもの。ただし、離婚する意思はすでに伝わっています」「直哉が、まだ同意していない?」「条件を整理したいと言っています。今週中に返答がなければ、次の準備へ進みます」森下は制度の説明を続けなかった。代わりに、今日必要な確認事項へ付箋を貼る。子どもはいない。住んでいた家は直哉名義で、私はすでに必要な私物を運び出している。会社の株も持っていない。10年間の結婚生活が、書類の上では驚くほど少なく見えた。「会社を始めるときに使ったお金も、求めなくていいです」「そこは急いで決めないでください。離婚に伴う財産分与と、開業資金として使われたお金の扱いは、分けて確認しましょう」開業時に売った土地の記録は残っている。生活費や家のことも含め、森下は資料を調べると言った。私はうなずき、今日決める書類へ署名した。継景による私の氏名と写真の新規利用を認めないこと。修復室の鍵と備品を返却したこと。残る顧客品が0件であること。どれ
10月31日、修復室の棚は空になった。7年間で初めて、乾燥を待つ器が1つもない。継景との年間業務委託契約だけでなく、解約を申し入れていたこの部屋の賃貸契約も、今日で終わる。私は机を拭き、最後の道具箱を閉じた。自分で買った筆、へら、小刀、計量器。継景の備品と混ざらないよう、購入記録を確認しながら箱へ入れてある。壁には、外した名札の跡だけが残っていた。【佐原修復室】昨日まで木の札が掛かっていた場所は、周囲より少し白い。午後4時、扉をノックして直哉が来た。スーツではなく、灰色のセーターを着ている。休日の朝によく見た服だった。会社の代表ではなく、夫として話すつもりなのだろう。「本当に、何も残ってないんだな」「継景の備品は、一覧どおりです。確認してください」机の上へ、備品の引渡確認書と、この部屋の鍵を置いた。直哉は書類を見ず、空の棚を見回した。「最初は、ここに机しかなかった」「覚えてる」「ふたりで棚を組み立てたよな。俺が左右を間違えて、紗季がやり直した」笑おうとしたのかもしれない。けれど、口元は動かなかった。私も覚えている。床に説明書を広げ、夜中まで棚を作った。直哉はねじを2本余らせたまま完成だと言い張り、私が全部外して組み直した。翌朝、並んだ棚を見ながらコンビニのおにぎりを食べた。あの時間まで嘘だったとは
10月20日、継景本社の会議室に関係者が集まった。長いテーブルの片側に、私と千夏。向かいに直哉と麻里奈が座っている。直哉の隣には、社外取締役の三田村圭介(みたむら けいすけ)。ホテルの購買担当者、継景の管理部長、外部調査担当者も同席していた。テーブルの中央には、同じ器を写した写真が3枚並べられていた。1枚目は、ホテルが修復を依頼したときの飾り皿。2枚目は、継景が納品前に撮影した完成写真。3枚目は、接合部分が浮き、細い隙間ができた現在の状態だった。「佐原さん。この皿の実物をご覧になったことはありますか」ホテルの購買担当者に尋ねられた。「ありません。写真を初めて見たのは、8日に確認メールをいただいたときです」「修復方針について、継景の担当者から相談を受けたことは?」「ありません」「証明書へ署名したこともない?」「ありません」直哉は、向かいの席で腕を組んでいた。夫婦の話し合いではない。誰が傷ついたかを訴える場所でもない。会社が出した書類と、実際の仕事が一致しているかを確かめる会議だった。三田村が、証明書をテーブルの中央へ動かした。「次に、署名画像について確認します。管理部から説明してください」管理部長がパソコンの画面を共有する。「この署名画像は、2年前に佐原修
reviews