Share

第4話

Author: 春うらら
涼介は笑みを浮かべて結衣を見つめていた。

「すごく綺麗だ。よく似合ってるよ」

二人は少し離れて見つめ合って、視線には隠しきれない愛情を溢れていた。

本来なら結衣と涼介が主役のはずなのに、篠原玲奈の登場で、まるで結衣の方が場違いな存在のようだった。

結衣はドレスの裾を強く握りしめた。頭の中で、理性の糸がぷつりと切れる音がした。

結衣はスカートの裾を持ち上げ、ゆっくりと玲奈に向かって歩いて行った。

結衣が近づいてくるのを見て、玲奈は唇の端をさらに吊り上げた。

「汐見さん、あなたのドレス、本当に素敵ね。見ていたら、私もなんだか無性に試してみたくなっちゃったの……あなたは気にしないわよね?」

「パン!」

結衣はためらわず手を上げ、玲奈の頬を張った。そして、ゆっくりと言い放った。

「これで、私が気にするかどうかわかったでしょうね」

涼介の顔色が変わった。

「汐見結衣!なんてことをするんだ!」

涼介は慌てて駆け寄って、結衣を乱暴に押しのけると、すぐに玲奈の顎を持ち上げ、彼女の顔に怪我がないか心配そうに覗き込んだ。

その一方で、彼に突き飛ばされた結衣は、大きく広がったドレスの裾と8、9センチものハイヒールで足元がおぼつかなかった。ぐらりと体勢を崩すと、足首を嫌な角度に捻り、受け身も取れずに床へと倒れ込んだ。

足首に鋭い痛みが走った。しかし、それは心の痛みに比べれば物の数にも入らなかった。

かつては、結衣が涙を一滴こぼすだけで胸を痛めた涼介が、今では他の女のために、結衣を押してしまった。

涼介は床に倒れたままの結衣には一瞥もくれず、玲奈の赤く腫れた頬に痛ましげな視線を落として、眉をひそめて低い声で言った。

「病院に連れて行くよ」

玲奈はふるふると首を横に振って、顔のジンジンとした痛みをこらえて訴えた。

「社長、あたしは大丈夫。後で少し氷で冷やせばきっと治まるわ。それより、11時には大事な打ち合わせがあるんでしょ?遅れるわけにはいかないわ」

そんな玲奈の健気な様子に、涼介の中で結衣に対する怒りがふつふつと湧き上がった。

涼介は振り返ると、床にみっともなく座り込んでいる結衣を、冷ややかな視線で見下ろして言った。

「謝れ!」

結衣は静かに彼を見上げながら、落ち着いた表情で答えた。

「どうして私が謝らないといけないの?」

「理由もなく人を殴っておいて、謝罪の一言もないのか?汐見結衣、いつからそんな、見境もなく騒ぎ立てる女になったんだ」

彼は声を荒らげて、結衣を睨みつける瞳は怒りに燃え、その奥には結衣へのかすかな失望の色が浮かんでいた。

結衣は足首の激痛に顔をしかめながらも、歯を食いしばって、毅然と立ち上がり、彼をまっすぐに見据えた。

「涼介、私が変わったって言うの?じゃあ、あなたは変わっていないとでも言うの?」

涼介は一瞬言葉に詰まった。彼が何か言う前に、隣にいた玲奈がすかさず彼の腕を掴んで、いかにも申し訳なさそうな表情で口を挟んだ。

「社長、どうか汐見さんを責めないで。全部あたしのせいだ!

もしあたしがドレスを試したりしなければ……本当にごめんなさい」

涼介は優しく彼女の目尻の涙を指で拭って、なだめるように言った。

「君のせいじゃない。君が謝ることなど何もない。謝るべきはあいつだ」

結衣は笑おうとしたが、瞳は赤く染まっていた。

八年間一緒にいて……あと一ヶ月で結婚するというのに、彼の口からは、自分はただ『あいつ』として片付けられてしまうのか……

彼の冷たい横顔を見つめながら、結衣は、彼は本当に自分を愛したことがあったのだろうかと、疑い始めていた。

もし愛していたなら、どうしてここまで残酷になれるのだろう?

もし愛していなかったのなら、過去のあの細やかな優しさは、一体何だったというのだろう?

玲奈をなだめると、涼介は結衣に向き直った。その眼差しは氷のように冷たく、嫌悪に満ちていた。

「もし玲奈に謝らないなら、今日のドレス試着はこれで終わりだ。結婚式も延期する」

結衣の顔から急速に血の気が引いていた。彼を見つめる瞳は絶望に染まり、まるで泣き笑いのような表情になった。

彼はどれだけ玲奈を庇うのだろう。結衣が玲奈を一度叩いたというだけで、結婚式の延期を盾に謝罪を強要するなんて。

胸が張り裂けるような痛みとは、きっとこういうことを言うのだろう。

もし今日、ここで自分が折れてしまったら、これから先、どれほどの屈辱に耐えなければならないか、彼女には想像できた。

でも、もう……これ以上、我慢したくなかった。

「いいわよ。延期したいなら、そうすればいいわ」

彼女の声は大きくなかったが、涼介と玲奈にははっきりと聞こえた。

そう言うと、結衣はドレスの裾を持ち上げ、背筋を伸ばして、片足を引きずりながら試着室へと向かった。

結衣の後ろ姿を見て、涼介の眉が険しく寄せられ、その瞳は暗く沈んでいた。

玲奈がそばで、おそるおそる声をかけた。

「しゃ……社長、あたし、何かまずいことしちゃった?」

聞こえなかったのか、それとも別の理由か、涼介は答えなかった。

ウェディングドレスを脱ぐ時、結衣の痛々しく腫れ上がった足首を見て、店員が驚きの声を上げた。

「汐見様、まあ、足が腫れていますね。すぐに氷を持って来て、冷やしますね」

結衣は俯いて、目頭が不意に熱くなった。

まさか、数回しか会ったことのないドレスショップの店員が、自分の婚約者よりも気遣ってくれるなんて。

一人の男のために、こんなボロボロになって、本当に意味があるのだろうか?

結衣は唇をきゅっと結んで、なんとか店員に微笑みかけた。

「……ええ、ありがとう」

「いいえ、とんでもないです。当然のことですよ」

店員はドレスをハンガーに掛け直して、氷を取りに行こうとした時、ふと床で何かが光るのに気づいた。

しゃがんで拾い上げると、それは先ほどまで結衣が手首に着けていた六芒星のブレスレットだった。

店員は慌てて言った。

「汐見様、ブレスレットが落ちていましたよ」

着替えの途中だった結衣は、その声に振り返った。

ブレスレットを見た瞬間、結衣の瞳がかすかに揺れた。

「もう切れてしまって、着けられないから。悪いけど、捨てておいてくれる?」

それは、付き合って三年目の誕生日に、涼介が贈ってくれたプレゼントだった。ブレスレットには二人のイニシャルと、その後に永遠を意味する英単語が刻まれていた。

結衣はずっと大切に扱ってきたのに、今日、突然切れてしまうなんて。

以前の結衣なら、きっとひどく悲しんで、悪い予兆だと感じただろう。

でも今は……切れてしまったのなら、もうそれでいい……

店員は、このブレスレットは高価なものだし、修理できるはずだと言いかけたが、結衣の青白い顔を見て、しばらくためらった末、口をつぐんだ。

ドレスを掛け終えると、店員はブレスレットを持って試着室を出た。

ゴミ箱のそばまで行き、店員がブレスレットを捨てようとした、その時。すぐそばから冷たい声がした。

「おい、お前が手に持ってるものは何だ?」

店員はビクッと飛び上がって、振り返ると涼介の氷のような顔があった。慌てて答えた。

「は、長谷川様、こちらは汐見様のブレスレットです。ドレスをご試着中に切れてしまったそうで、もう着けられないから捨ててほしいと頼まれました」

涼介の目に冷たい光が宿った。それが以前自分が結衣に贈った誕生日プレゼントであることは、もちろん分かっていた。

彼が玲奈に全く同じブレスレットを贈ったからって、彼女はわざと自分があげたブレスレットを捨てて、それで謝らせようとしてるってことか。

彼は目を細め、周囲の空気がぴんと張り詰めた。

「よこせ……」

言い終わらないうちに、玲奈の甘い声が後ろから聞こえてきた。

「社長、着替え終わったわよ」

涼介の宙に伸ばされた手がぴたりと止まって、すぐに何事もなかったかのように引っ込められた。彼は玲奈に向き直り、その眼差しは打って変わって優しくなった。

「じゃあ、行こうか」

「やっぱり、汐見さんに一言挨拶してから行かない?ところで、さっき店員さんと何を話してたの?」

「何でもない。彼女を待つ必要はない」

玲奈は疑わしげに店員を一瞥したが、それ以上は尋ねなかった。彼女は涼介の性格をよく知っていた。彼が話したくないことをしつこく聞けば、彼を苛立たせるだけだと知っているからだ。

ここ数年、玲奈はこのことを利用して、涼介と結衣の間に数々の不和を生み出してきたのだ。

結衣が着替えを終えて試着室から出てくると、涼介と玲奈はちょうど店を出るところだった。

視界の端に、二人が並んで去っていく後ろ姿が映った。結衣の手がゆっくりと固く握りしめられたが、顔には何の表情もなかった。

以前、どこかでこんな言葉を見たことがある。

失望が限界に達したとき、人は離れていくものだ。

結衣は思った。涼介への失望も、もうほとんど、限界に近づいているのかもしれない、と。

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第121話

    二人が話していると病室のドアが押し開けられた。時子が振り返るとそこにいたのはほむらで、少し意外な顔をした。「ほむら先生、どうしていらっしゃったんですか?午後に何か検査でも?」結衣の姿を見た瞬間ほむらの足がぴたりと止まった。料理がしやすいように結衣は自前のエプロンを着けていた。可愛い動物柄のエプロンに、長い髪はラフなお団子にまとめられ、普段のクールな雰囲気は薄れ、どこかあどけない可愛らしさが漂っていた。ほむらは自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。今にも胸から飛び出してしまいそうだ。彼は軽く咳払いをして動揺を隠し、いつものように落ち着いた低い声で言った。「いえ、おばあちゃんのお薬の時間をお知らせに参りました。あのお薬は決められた時間に、12時間おきに服用するのが最も効果的ですから」「ああ、分かりました。そのお薬は、食事と一緒に飲んでも大丈夫ですか?」「ええ」結衣が薬を探し出すとほむらが一杯の水を差し出した。彼女は一瞬きょとんとして、それから水を受け取った。「ありがとうございます」時子が薬を飲み終えるのを見てほむらが口を開いた。「今、ちょうど十一時半です。アラームをセットして、夜の十一時半にもう一度飲ませてあげてください。これから数日間は、この時間でお願いします」「はい、ほむら先生。お手数をおかけします」「いえ。何かあれば、いつでも僕の執務室へどうぞ」そう言うと、ほむらは踵を返した。時子が不意に口を開いた。「ほむら先生、もしお昼がまだでしたら、一緒にいかがです?結衣が作りすぎてしまって、一人では食べきれないようですから」結衣は言葉を失った。結衣がほむらの代わりに断ろうとした、その瞬間彼が振り返って時子を見た。「まだです。でも、結衣さんにご迷惑じゃありませんか?」結衣が反応する間もなく時子がにこやかに言った。「迷惑なもんですか。どうせ食べきれなかったら無駄になるだけですよ。ほむら先生、どうぞおかけください。結衣、お椀とご飯をもう一人分持ってきて」「……はい」結衣が新しくご飯をよそって戻ってくると、時子はもうほむらと話し込んでいた。時子がほむらの家族のことや仕事の内容まで聞いているのが聞こえ、結衣は居たたまれなくなり急いで近づいて言った。「おばあちゃん、まるで取り

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第120話

    「おばあちゃん、私、見せかけの名声なんていりません」どんなに盛大にやったところで何になるというの?汐見家の人間が自分のことを好いていないという事実は変わらないのに。「お前が好まなくとも、なくてはならんのだ。お前こそが汐見家の本当のお嬢様だと、皆に知らしめなければならん」結衣がさらに何か言おうとしたが、時子はその考えを見抜いたようにくるりと背を向けた。「眠いから、少し寝るよ」時子の決意が固いことを見て取り、結衣は仕方なく首を横に振って立ち上がって言った。「では、お昼ご飯の支度をしてきますね」キッチンの入口まで来た時、背後から時子の声がした。「マーボー豆腐が食べたいわ」時子は辛い物が大好きで、特に麻婆豆腐には目がない。しかし高脂血症の治療中である今、そんな脂っこくて辛い料理を汐見家の者が食べさせようとするはずもなかった。結衣は振り返りきっぱりと断った。「いけません。今はご養生が第一です。お薄味のものしかお出しできません。後ほど豚の骨付きスープを仕立てますので」時子は言葉を失った。キッチンに入ると結衣は骨付き豚肉を洗い、調味料とともに鍋に入れて火にかけ他の食材の準備に取りかかった。結衣は出前も病院食も好まない。昼食は自分と時子の分だけ手作りするつもりだった。一時間ほどして、結衣はベッドテーブルを広げ時子のために一汁二菜を並べた。骨付き肉のスープに加え青菜炒めと肉そぼろの茶碗蒸しである。結衣は椀にスープを注ぎながら、「おばあちゃん、まずスープを少しお飲みになってから、ご飯にしてください」と声をかけた。時子が匙を手に取り、スープを一口飲んだ、まさにその時。結衣が牛肉のピリ辛炒めと白身魚のピリ辛煮込みを盆に載せてキッチンから出てくるのが見えた。途端に目の前のスープが味気なく感じられた。牛肉のピリ辛炒めと白身魚のピリ辛煮の香ばしい匂いが病室に広がり、時子はくんと匂いを吸い込み、結衣の手の中の料理を食い入るように見つめた。「結衣、一口おくれ」結衣は料理をテーブルに置き、時子の方を向いて言った。「だめです」「そんなにたくさん作って、一人で食べきれずに無駄にするくらいなら、一口だけ味見させておくれ。本当に一口だけだから」結衣はやはり首を横に振った。「だめです。今朝、お医者様からも言わ

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第119話

    時子の淡々とした口調は涼介の顔面を殴り、その自尊心を地面に叩きつけるほどの衝撃を持っていた。彼が今や起業に成功し大企業の社長になったとはいえ、長谷川グループ社長の隠し子であるという事実は彼にとって人生の汚点のようにどうしても拭い去れないものだった。体の脇に垂らした手は強く握りしめられ、その眼差しも陰鬱なものへと変わった。涼介は目を伏せ数秒経ってからようやく口を開いた。「分かりました」病棟の建物まで来たところで、みかんを買って戻ってくる結衣とばったり出会った。結衣はまるで彼が見えていないかのように挨拶さえするつもりはないようだった。擦れ違う瞬間涼介はやはり耐えきれずに彼女を呼び止めた。「結衣」結衣は彼の方を向きその眼差しは冷淡だった。「何か用?」「以前、俺たちが付き合っていた時、お前も俺が長谷川グループ社長の隠し子だからって、見下していたことがあったか?」涼介の真剣な表情に結衣は思わず眉をひそめた。もし彼を見下していたならそもそも付き合ったりはしなかっただろう。涼介が隠し子であることに敏感になっていることは結衣も知っていた。しかし彼が起業に成功してからは、涼介は彼女の前で劣等感を見せることはなくなった。彼が今日どうして突然そんな質問をしてきたのか結衣には分からなかったし、深く探る気にもなれなかった。「もう別れたの。そんなこと、今さら答えても仕方ないでしょ」いつか彼にもわかる時が来るわ。他人がどう思うかなんて、どうだっていいの。本当に大事なのは自分で自分を認められるかどうかよ。自分で自分を卑下するようになったら、それが一番悲しいことだわ。病室に戻ると結衣はみかんをベッドサイドのテーブルに置き、一つ剥いて時子に手渡した。時子は手を振った。「わたくしはいい。酸っぱすぎるから、お前がお食べ」結衣も無理強いはせず、一房を口に入れ時子を見て言った。「私が出て行った後、長谷川さんと何を話しましたか?」「何も。ただ、あの子がお前とよりを戻せるように、わたくしに説得してほしいと言ってきただけよ」結衣のみかんを食べる手が止まった。「それで、なんて答えました?」「当ててごらん」「……」結衣が黙って無表情でいるのを見て、時子の方が先に耐えきれずに口を開いた。「断っておい

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第118話

    涼介は結衣を見上げた。その顔に浮かぶ不耐を見て彼の心は沈んだ。手を伸ばして湯呑みを受け取ると彼は結衣を見て言った。「ありがとう」結衣は何も言わず無表情で彼の向かいに腰を下ろした。涼介は気持ちを落ち着かせて時子を見て言った。「おばあちゃん、高麗人参がお好きだと伺いました。ちょうど最近、友人がマレーシアから最高級のものを持ち帰ってくれまして。届き次第、私が直接お持ちします」それを聞いて時子はため息をつき、口を開いた。「お心遣い、嬉しいわ」「結衣のおばあちゃんは、俺にとってもおばあちゃんみたいなものです。年下の者が年長の方を敬うのは、当然のことですよ」話しながら涼介は結衣の方を一瞥した。彼女の冷淡な表情は、まるで彼の言葉が全く聞こえていないかのようだった。湯呑みを握る彼の手が無意識に固く握られた。時子の前では結衣も少しは自分に良い顔をするだろうと思っていたが、今になってようやくそれが自分の思い上がりだったと気づいた。時子は涼介のその仕草に気づかないふりをし、顔には依然として笑みを浮かべていた。「涼介くん、では、先にお礼を言っておくわね」「おばあちゃん、とんでもないです」それから数分間、涼介はずっと時子の病状を気遣っていた。何度か口を開きかけたが、結衣の無関心な表情を見て喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。涼介に何か言いたいことがあるのを見て取り時子は結衣を一瞥し、笑顔で言った。「結衣、急にみかんが食べたくなったわ。ちょっと外で買ってきてくれないかしら。病院の入口の左側にある果物屋さんのがいいわ」結衣は頷いた。「はい」彼女はすぐに立ち上がり涼介の方へは一瞥もくれなかった。涼介の心に苛立ちがこみ上げたが、彼はそれをうまく隠した。結衣が去った後時子は涼介を見た。「涼介くん、何か私に話したいことがあるんじゃないのかしら?」一瞬ためらった後、涼介は手の中の湯呑みを置き時子を見て言った。「おばあちゃん、申し訳ありません。俺は、結衣を裏切りました」来る前は色々と策を練ったが最終的には正直に話すことに決めたのだ。時子ほどの年になれば人の心などお見通しだ。ここで嘘をつけば、本当に結衣を取り戻す最後の機会を失うことになるだろう。その言葉を聞いても、時子は驚かなかった。まるでとっくに知って

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第117話

    「ええっ、本当?!信じられない!」「だって、ほむら先生と同僚になって何年にもなるけど、彼が特定の女性を特別扱いするなんて見たことないし、ましてや荷物を持ってあげるなんて、想像もつかないわ」「騙してどうするのよ!でもあの女の人、本当に綺麗だったわ。私が男だったら、私も好きになる」「そう言われると、ますます気になるわね。明日の朝の回診の時、私も見に行ってみようっと!」「私も見たいけど、明日は休みなんだ。もし見たら、こっそり写真撮ってよ。ほむら先生が女の人に笑いかける顔、どんなのか見てみたいわ!」皆が噂話に花を咲かせていると、ナースステーションのカウンターが突然、数回ノックされた。「すみません、汐見時子さんはどの病室にいらっしゃいますか?」皆が振り返るとまず目に飛び込んできたのは息をのむほど整った顔立ち、そして体にぴったりと合ったスーツだった。ブランドのロゴはなかったが一目で高価なものだと分かった。数秒も経たないうちに、皆の心に同じ結論が浮かんだ。目の前のこの男性は、ただ者ではない。一人の看護師が我に返り、慌てて言った。「802号室です」「ありがとう」男は踵を返して去っていった。数人の看護師はまた話し始めた。「802号室!さっきあの子が言ってた、あの美人さんのおばあちゃんの病室じゃない?!やっぱり美人の周りにはイケメンが集まるのね。それにしても、かっこよすぎでしょ!」「待って……さっきの男性、どこかで見たことない?なんだか見覚えがあるような……」「そう言われてみれば、私も……ついこの間、テレビで見たような……」皆が噂話をしている間に、涼介はすでに病室の前に着いていた。ドアをノックし、中から「どうぞ」という声が聞こえると、涼介はドアを開けて入った。涼介の姿を見て、結衣は眉をひそめ、何か言おうとしたが、涼介は手にした見舞いの品を置き、時子を見て言った。「おばあちゃん、入院されたと伺って、お見舞いに参りました」時子の口元に笑みが浮かんだ。「涼介くん、来てくれたのね。さあ、座って」そう言うと、彼女は結衣を見た。「結衣、涼介くんにお茶を淹れてあげなさい」結衣は唇を引き結び、不承不承立ち上がってキッチンへ向かった。涼介は来る前は不安だったが、時子の自分に対する態度が以前と変わらない

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第116話

    時子は嘲笑うように言った。「つまり、養い子一人を虐められないように、実の娘を虐めろとでも言うのか?静江、結衣はお前たち夫婦に何一つ悪いことをしていない。お前たちこそあの子にひどい仕打ちをしたのだ!」時子が本気で怒りを露わにしているのを見て明輝は慌てて割り込んだ。「母さん、どうか怒らないでください。結衣の件は必ず汐見家に迎え入れます。実は最近、静江とその件で話し合っていたところでして……「ずいぶん長く相談しているようだが、何一つ結果が出ておらんではないか。満のこととなると随分と熱心らしいではないか。ただの帰国というのに、わざわざ宴まで催すとはな。しかも和光苑でだと?覚えておくがいい、お前が結婚した時でさえ、和光苑で式を挙げることは許されなかったのだぞ」時子の言葉はあまりに辛辣で、満を溺愛する静江は途端に黙っていられなくなった。「お義母様、それはどういうおつもりですか?私にすれば満こそが実の娘です。あの子には最高の待遇を与えて当然でしょう!今日お伺いしたのもあくまでご相談のつもりでしたのに。お貸しくださるお気持ちがなければ結構です、わざわざ満を貶めるようなことをおっしゃる必要はありませんわ!満が養女だからとお嫌いなら、これ以上申し上げることはございません。ご安心なさいませ、二度とこんなお願いに伺ったりいたしませんこと!」そう言うと静江は怒りに任せて踵を返し部屋を出て行った。明輝が時子の方を向き何か言おうとしたが、時子の方が先に口を開いた。「わたくしを怒らせるようなことを言う気なら、黙っていなさい。それと、自分の妻をきちんと躾けておきなさい。それができないなら、家から一歩も出さぬように。外で恥をかかせるようなことがあってはならん」「分かりました、母さん。では、どうぞごゆっくりお休みください。これにて失礼いたします。改めてお伺いさせていただきます」時子は嫌そうに手を振った。「早く帰れ。顔を見るだけで癪に障る」明輝は結衣の方に向き直り諭すように言った。「おばあちゃんのことをよろしく頼む。何かあればすぐ電話するんだぞ」結衣は頷いた。「はい」彼女が自ら明輝に連絡することはまずないだろうが、時子の前で彼の面子を潰したくはなかった。明輝が去った後時子は結衣を見た。「結衣、さっきわたくしがお

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status