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第 4 話

作者: 藍葉
綾香はぐっと歯を食いしばり、報告書を隅々まで二回確認をした。

気づけば夜の九時半になっていた。

ミスは一つも見つからなかった。

綾香は資料を手に取り、再び社長室へ向かった。

そして報告書を提出し直した。

健司は涼しい顔で言った。「申し訳ない、どうやら俺の見間違いだったようだ」

「……」

「もう遅いし、送っていこうか」

「結構です。車がありますので。お先に失礼します」そう言い残し、綾香は逃げるように部屋を出た。

午後十時ちょうど。

綾香はハイヒールを鳴らしながら、川沿いにある高級レストランへ入った。

店内は柔らかな照明に包まれ、落ち着いた雰囲気が漂っている。

窓際の席には、お見合い相手の男性が座っていた。

上質なスーツを着こなし、金縁の眼鏡をかけたその姿は、知的で穏やかな印象だった。

「俊介さんですか?遅くなってしまってすみません。仕事が長引いてしまって」綾香は礼儀正しく微笑んだ。

「綾香さん、どうぞ」

岡本俊介(おかもと しゅんすけ)は立ち上がり、紳士的に椅子を引いてくれる。「お腹が空いているかと思って、先にマッシュルームスープとパンを頼んでおきました」

言い終わるのと同時に、温かなスープとパンが運ばれてきた。

彼は続けてメニューを差し出した。「他にも好きなものを注文してください」

綾香はメニューを受け取り、好物をいくつか選んだ。

香り豊かなマッシュルームスープをひと口飲む。

温かさが胃までじんわり広がり、彼女はこの男性の気遣いを少し評価した。

二人は自然に会話を楽しんだ。

話してみると、彼は見た目がいいだけでなく、知識も豊富で話し方も洗練されている。

ちょうど良い雰囲気になったその時、ふいに強い存在感をまとった影が二人の上に落ちる。

低く落ち着いた男の声が響いた。「綾香さん」

綾香の手がぴたりと止まり、顔を上げた瞬間、目を見開く。「社長……」

彼女は反射的に立ち上がった。心臓が大きく跳ねる。

どうしてここに?

健司は彼女を見ることもなく、高価なスーツの袖をゆっくり整えていた。そこには青いサファイアのカフスボタンが光っている。

五年前、自分も四か月分の給料を貯めて、似たようなカフスボタンを彼に贈ったことがあった。

けれど健司がそれを身につけたことは一度もない。きっと安物だと思われていたのだろう。

「これから接待だ。君も来い」有無を言わせない口調だった。

「社長、もう勤務時間外です」綾香は冷静に言い返した。

「秘書規則第七条第二項。社長が退勤するまで秘書も退勤しない」ようやく彼は視線を上げた。その目は冷たく、わずかな温度もなかった。「もう一度復習させようか?」

綾香は強く下唇を噛んだ。唇が白くなるほど力が入る。そして俊介に向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。「俊介さん、本当にすみません……」

言い終わる前に「きゃっ!」と悲鳴が漏れる。体がふわりと浮いたかと思うと、次の瞬間には肩に担ぎ上げられていた。硬い肩が腹に食い込み、鋭い痛みが走る。

「何するの!?下ろして!黒崎健司!」綾香の顔は真っ赤になった。空中で足をばたつかせる。

俊介はその場で完全に固まっていた。

だが、その名前を聞いた瞬間、顔色が変わる。

黒崎健司。このA国で知らぬ者はいない金融界の大物。総資産は兆円規模とも言われる男だ。

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