LOGIN「江上部長、君のほうでさらに優秀なメンバーを五人選んでくれ」隼人は立ち上がり、真剣な表情で答えた。「承知しました、黒崎社長」健司は続いて美咲へ視線を向けた。「君はプロジェクトチームのサポートを担当しろ。進捗はすべて社長室と直接連携するように」「はい、黒崎社長」美咲は心の中で大喜びした。会議室は静まり返っていた。星良島プロジェクトは投資額が数百億円にも及ぶ超大型案件だ。健司が東雲グループを引き継いでから初めて手掛ける大プロジェクトでもあり、その重要性は言うまでもない。綾香は思いもしなかった。健司は隼人を左遷するどころか、むしろ重責を任せたのだ。そして最後に健司が告げた。「月末、プロ
綾香の頭は三秒ほどフリーズした。終わった。相手を間違えた。まさか、隼人だったなんて。彼女は、びしょ濡れになった彼の黒髪を見つめた。水滴が整った顎のラインを伝い、濡れたシャツの襟元へと消えていく。広い肩。引き締まった腰。色気があふれ出しそうだった。由梨なんて、もう見とれている。綾香の頬は一瞬で熱くなり、その熱は首筋から耳まで一気に広がった。「ご……ごめん!わざとじゃないの!」ようやく声を取り戻した彼女は、慌てて手を振る。「てっきり……別の人だと思ってて」隼人は何も言わなかった。ただ手で顔の水をぬぐい、その黒い瞳で静かに彼女を見つめる。感情の読めない深い眼差しだったが、綾香には
「もう一言でも返事してみろ。明日には隼人を瑞原市から消してやる」健司の声は大きくなかったが、その一言の破壊力は凄まじかった。綾香は彼を見つめ、驚きと信じられない気持ちでいっぱいになった。そして黙ってスマホを下ろした。どうして自分が隼人とメッセージをやり取りしていると分かったのだろう。車内を見回す。隠しカメラでもない限り、この男はよほど勘が鋭いか、頭の回転が速すぎる。「あなたは公私を混同するような人じゃないはず」「する」健司は短く吐き捨てた。その目には、さらに濃い陰が宿る。「でも江上部長は東雲グループの中核を担う人材で……」「綾香」健司は冷たく彼女を見た。「これ以上あいつをかば
「綾香さん、見本を見せろって言ったのはそっちだろう?言葉より行動のほうが説得力があるから」そう言って、健司はしてやったりという笑みを浮かべた。「……」綾香は言葉を失った。「黒崎社長、こんばんは」背後から、落ち着いた優しい男性の声が聞こえた。健司と綾香が同時に振り返る。その瞬間、綾香は思わず息をのんだ。隼人までここにいるの?もしかして、さっきのやり取りを見られていた……隼人は赤いドレスをまとった女性の腕を取り、二人のそばに立っていた。女性は上品なメイクを施し、洗練された雰囲気をまとっている。「桜井社長、こんばんは」健司は軽くうなずいた。「黒崎社長、御社の投資計画を拝見しましたが
近くにいた男が感心したように言った。「黒崎社長が目をつけるだけのことはあるな。本当にとびきりの美人だ」綾香は淡々と言った。「私はただの秘書です」きっぱりと関係を線引きする。健司は彼女の腰に回した手に少し力を込めると、「失礼する」そう言って、人の少ない隅へ連れていった。綾香はすぐに彼の大きな手を外した。「離してください。苦しいです」健司の目が鋭くなる。「誰がそんな格好をして来いと言った?」綾香は言葉を失った。……どういう意味?「このドレス、直樹さんが届けてくれたものですよね?てっきり黒崎社長が、私を売りに出すつもりなのかと」健司の表情が曇る。彼はただ直樹に、最新モデルのドレス
綾香は思奈の髪を丁寧に乾かし、服を着せると、温かいミルクを用意して渡した。ベッドに座らせ、両手で持って飲めるようにしてやる。そこまで終えてから、ようやくしぶしぶ自分の部屋へ向かった。十分後、再び姿を現した彼女は、まるで別人だった。上質なゴールドのキャミソールタイプのドレスが、しなやかな曲線を美しく引き立てている。長い髪はゆるくまとめられ、白く美しい首筋と肩のラインがあらわになっていた。八センチのヒールを履いた彼女は、一歩踏み出すたびに刃の上を歩いているような気分だ。綾香は直樹にいくつか注意事項をしっかり伝えると、ドアを開けて部屋を後にした。マンションの下では、黒いロールス・ロイス
綾香は必死に抵抗した。ハイヒールが飛びそうになるほど暴れたが、そのまま人のいない展望デッキまで運ばれてしまう。「おとなしくしろ」低い警告が耳元で響く。そして彼は大きな手で彼女の腰のあたりを軽く叩くと、ようやく慎重に地面へ下ろした。綾香は怒りで頭に血が上っていた。乱れた髪をかき上げると、健司を睨みつける。「いったい何がしたいの?わざとでしょ?」健司は高い位置から彼女を見下ろした。整った顔に感情はほとんど浮かんでいない。「助けてやったんだ。あの男は君には合わない」「合うかどうかなんて、あなたには関係ないでしょ?あなたはただの上司よ。私の私生活に口を出さないで」だが彼は横暴なほどきっぱり
綾香はぐっと歯を食いしばり、報告書を隅々まで二回確認をした。気づけば夜の九時半になっていた。ミスは一つも見つからなかった。綾香は資料を手に取り、再び社長室へ向かった。そして報告書を提出し直した。健司は涼しい顔で言った。「申し訳ない、どうやら俺の見間違いだったようだ」「……」「もう遅いし、送っていこうか」「結構です。車がありますので。お先に失礼します」そう言い残し、綾香は逃げるように部屋を出た。午後十時ちょうど。綾香はハイヒールを鳴らしながら、川沿いにある高級レストランへ入った。店内は柔らかな照明に包まれ、落ち着いた雰囲気が漂っている。窓際の席には、お見合い相手の男性が座
その場にいた全員が凍りついた。健司の瞳がわずかに揺れる。相性が悪い?一日五回でも足りなかったのに?そんなことを言うなら、世の中に合格できる男なんて存在しないだろう。「子供はいるのか?」健司は続けて聞いた。「いません」「それは良かった」健司は満足そうにうなずいた。綾香は思わず彼を睨む。何が良かったよ。あなたが残した厄介事で、私は死にかけたんだから。「よし。これから会議だ」健司は美咲へ視線を向ける。「美咲さん、同行してくれ」「承知しました」美咲は嬉しそうにメモ帳を持ってついていった。ところが会議は三時間も続いた。美咲は火花が散りそうな勢いでキーボードを打ち続ける。この新しい社
この声……綾香は顔を上げた。目の前にあったのは、底知れないほど深い瞳。端正で冷たい顔立ち。高く通った鼻筋。忘れたくても忘れられない顔だった。綾香の瞳が大きく揺れ、息が止まりそうになる。嘘でしょ?健司……!元夫だ。どうしてここに?「いつまで抱きついてるつもりだ?」苛立ち混じりの声が再び響く。わずかな嘲りも含んでいた。綾香は我に返り、感電したように手を離した。慌てて姿勢を正し、髪を整え、スーツの裾を引っ張る。エレベーターの中は重苦しい沈黙に包まれた。昨夜もまた、健司の夢を見た。あの日と同じ光景だった。イチョウの木の下に敷かれたマット。頭上には満天の星空……彼は自分の上に覆い







