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御曹司は雲の上の人 4

ผู้เขียน: 水守恵蓮
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-04-04 17:33:27

入院から、今日で五日。

これまで連日、頭部CTやらMRIといった精密検査を受けてきた。

『せっかくだから』と勧められ、脳とは関係ない腹部CTやエコーなどもある。

一週間で、詰められるだけ詰め込んでるみたいだ。

昨日の午前中に脳血管造影と脳波測定を終え、今日、午後になって、箕輪先生が、結果と詳しい説明をしに病室に来てくれた。

最初の日に先生が口にした『可能性』――。

私は、この一年ほどの記憶が欠落しているそうだ。

逆行性健忘……つまり、記憶喪失の診断を受けた。

頭を打ったりした後は、よく見られる症状だと言われたけど、『記憶喪失』なんて、ドラマかなにかだけの世界の話だと思っていた。

それが、現実で自分の身に降りかかるなんて、信じられない。

私自身は、二十六歳になったばかりという認識でいるのに、箕輪先生は『黒沢さんは二十七歳です』と言う。

秘書室に異動してまだやっと半年なのに、鏑木さんは『もうすぐ丸二年になる』と言う。

寄ってたかって、『私』を否定してるみたい。

なんだか、狐に化かされてるようで、現状をすんなり受け入れられない。

でも、テレビや新聞、雑誌などを見ると、私の記憶がおかしいのは、認めざるを得ない。

なにせ、齟齬がありすぎる。

総理大臣が誰かとか、芸能人の誰と誰が結婚したとか離婚したとか……。

上書きしなきゃいけない情報が過多になるばかりで、完全に浦島状態だ。

こうなると、記憶を失っているという状況を、受け入れるより他なかった。

私一人のことなら、名前も勤め先も覚えているし、日常生活にそれほど支障はないと思うけど、いざ、戻るとなったらどうなるのか……。

説明を終えた箕輪先生が出て行ってすぐ、まるで入れ替わるように、外からドアがノックされた。

「はい」

ベッドに足を投げ出して座っていた私は、その上にスマホを置いて返事をした。

「黒沢さん、こんにちは。気分はどう?」

ドアがスライドして、鏑木さんが入ってくる。

「あ。鏑木さん! こんにちは」

私は条件反射でドキッと胸を弾ませながら、挨拶を返した。

彼は私にニコッと笑うと、躊躇うことなくベッドサイドに歩み寄ってくる。

「はい、これ。お見舞い。君が好きなミックスベリーのパイ」

どこか悪戯っぽく目を細め、有名な洋菓子店の小さなギフトボックスを顔の高さに持ち上げた。

「わ! ありがとうございます!」

思わずはしゃいだ声をあげて、彼の手からボックスを受け取った。

早速箱を開け、色合いも華やかなパイに感嘆の声をあげながらも、やはり違和感が過ぎる。

「あ、あの……」

私はボックスを足の上に置いて、上目遣いの視線を向けた。

「ん?」

鏑木さんは、壁際に片付けられていたパイプ椅子を持ってきた。

腰を下ろしながら、聞き返してくる。

『どうして私の好物を知ってるんですか?』

喉まで出かかっていた質問は、声に出さずにのみ下した。

『どうして?』

一度聞いてしまったら、永遠に質問を繰り返してしまいそうだ。

正直言うと、この病院で目覚めた時からずっと、鏑木さんには不可解な思いしかない。

私がエスカレーターから転落した時、救急車を呼んでくれたのは彼だということも。

目が覚めるまで付き添ってくれてたのも、『美雨』とファーストネームで呼んだのも、私が記憶を失っている可能性があると言われてショックを受け、悲痛に顔を歪めたことも――。

「どうした? み……黒沢さん」

彼は開いた足の上に両腕を置いて、グッと前に屈んで私を促してくる。

『美雨』と名前で呼びかけて、『黒沢さん』と言い直すのは、私が混乱するからだろう。

それがまたぎこちないから、彼にはその呼び方が定着していた、と推測できる。

だからこそ、意味がわからない。

二十六歳の私には、鏑木さんと親しく言葉を交わせるようになる出来事が、起きたんだろうか……。

「え、っと」

私は、のみ込んだ質問の代わりの話題を探して、そっと目を逸らした。

「鏑木さん、毎日来てくださって、ありがとうございます」

とっさに浮かんだお礼を口にする。

「お忙しいのに、恐縮です」

改まってそう告げながら、無意識に背筋を伸ばした。

そう。

鏑木さんは、この五日間ずっと、仕事の合間に私の面会に来てくれている。

どうしてこんなに、気にかけてくれるんだろう――。

少なくとも、私の認識以上に『親しい』のは察せられる。

業務上縁ができて、顔見知りになったくらい?

顔を合わせれば挨拶を交わす程度?

いや、もっと親しい会話ができるくらいだろうか。

それとも、それ以上に踏み込んだ、親密な関係とか……。

深読みしすぎて、過激な思考に落ちていきそうになるのを自覚して、私は慌てて自分を律した。

そんなこと、あるわけない。

本来、鏑木さんは、言葉を交わすのも畏れ多い、雲の上の存在だ。

そんな人と、子会社の一秘書でしかない庶民の私が、業務の範囲を越えて『親しく』なれるわけがない。

思考を揺らして目を泳がせる私を、彼はジッと上目遣いに見つめていたけれど。

「当然のことをしてるだけだ。こうなったのも、俺のせいなんだから」

「え?」

どこか自嘲気味な口調に、思わず聞き返す。

だけど鏑木さんは、つっと視線を横に流して黙り込んでしまった。

そう言えば……私自身が『事故』を覚えていないから、救急車を呼んでくれた彼から聞く以外、知る由がない。

でも、そもそも、なんでエスカレーターから転落するようなドジを踏んだんだろう。

それが鏑木さんのせいって、どうして……?

「いや」

なのに彼は、自分の前言と私の質問を同時に打ち消し、かぶりを振った。

「ごめん。なんでもないよ」

声を明るく転調させて、にっこりと麗しい笑みを浮かべる。

「っ」

私の心臓は、性懲りもなく、ドッキンと跳ね上がった。

うちの会社の秘書室に所属する、鏑木さんを見知っている総勢十人の女性秘書は、彼が来社するとみんなもれなく色めき立つ。

いっそ神々しいほど、優美な姿態とスマートな物腰。

手の届く人じゃなくても、遠くから眺めて目の保養にするくらいなら――。

そうやって、彼に憧れているのは、私だけじゃない。

多くの女性を虜にする鏑木さんが、今はわざわざ私を見舞って、微笑んでくれる。

自分のせいというだけで、ここまで気にしてくれるもの?

一度は納得したはずなのに、やっぱり深読みを続けてしまうのを、私は必死に堪えた。

鏑木さんは、私の心の葛藤など露ほども知らず、

「あ」

黒いスーツの左袖を、ちょんと摘まんだ。

そこから超高級腕時計を覗かせて、目を落とす。

「ごめん。次の予定が迫っているから、今日はこれで」

「え? あ!」

パイプ椅子から腰を浮かせるのを見て、私は思わず声をあげてしまった。

「ん?」

彼は中途半端な体勢で止まり、私に目を向けてくる。

「えっと、これ……せっかく二つあるのに」

仕事の途中で立ち寄ってくれたとわかってるのに、私は、手元のギフトボックスにミックスベリーパイが二つ入っているのを口実に、引き留めるような言い方をしてしまった。

そんな自分が恥ずかしくて、宙に目を彷徨わせる。

「ああ」

鏑木さんはクスッと笑って、しっかりと背筋を伸ばして立ち上がった。

「黒沢さんと一緒に食べようと思ってたんだけど、ちょうど箕輪先生とお話し中だったから、外で待ってた。二つとも、君が食べて」

「二つともって。太っちゃいます」

見ているだけで生唾が出る美味しそうなパイだけど、昨日もシュークリーム、一昨日は苺大福を差し入れてくれた。

さすがにカロリーが気になる。

すると、彼はひょいと小気味よく肩を動かした。

「黒沢さんは華奢だから。むしろ、少し太るくらいでちょうどいい」

「えっ……」

何気ないからかい口調が、なにか意味深に聞こえて、私はドキッと鼓動を弾ませた。

「それじゃ。また、明日来る」

「あっ……ありがとうございました」

裏返った声でお礼を言った時には、鏑木さんはやや急ぎ足でドア口に向かっていた。

私が、その広い背中を目で追うと、ドアに手をかけたところで、こちらを振り返ってくれる。

「お大事に」

短い言葉と同時に柔らかい笑みを浮かべ、彼は病室から出ていった。

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