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煽られる胸の鼓動 1

Author: 水守恵蓮
last update Last Updated: 2025-04-04 17:36:14

リビングで鏑木さんを見つけられず、私は闇雲に走り回った。まだ、どこになんの部屋があるかもわからないから、彼の名を呼びながら、片っ端からドアをノックして回っていると。「黒沢さん、こっち」リビングの奥、螺旋階段の中ほどまで降りてきた鏑木さんが、ひょいと身を乗り出していた。私は反射的に大きく顔を上げて、彼を仰ぐ。「どうしたの。賑やかだね」きょとんとした顔で首を傾げるのを見て、急いで螺旋階段を上った。「か、鏑木さんっ……!」「俺の書斎とメインベッドルーム、この上にあるんだ。在宅中はリビングにいなければ上にいるから、そんなに捜し回らなくていいよ」「あのっ! 服。し、下着……!」鏑木さんの説明に反応する余裕もなく、私は息を切らして、自分の言いたいことだけ口にした。「え?」「服はともかく……どうして下着のサイズまで完璧なんですか!?」息を乱し、慌てふためいて質問をぶつける私に、彼はパチパチと瞬きをして……。「完璧だった? それならよかった」「よかった、じゃなくて、意味不明です!」私は真っ赤な顔で言い募る。さすがに鏑木さんも、私の勢いの前で、わずかに背を仰け反らせた。そして。「……くっ」小さく吹き出し、肩を揺すって笑い出す。「俺が君の下着のサイズを知ってたら、そんなに不思議?」からかい混じりに言われて、私はさらに顔を火照らせた。「当たり前です! だって、どうして……」「服のサイズと、目測からの判断。それ以外、答えようがないかな」口元に手を遣って、愉快気にくっくっと声を漏らす彼に、私は呆気に取られてしまった。それだけで、ブラのサイズまで見抜けるもの?私はまだ不信感を拭えず、無意識に自分の胸元を見下ろした。だけど、鏑木さんまで同じところに視線を向けているのに気付き、「……っ!」反射的に両腕で胸を抱きしめ、彼の視線から隠した。「そ、そういうことなら、納得します。えっと……ありがとうございました!」なんだか、私のすべてを透視されているような、妙な感覚に陥る。私は慌てて彼に背を向け、中ほどまで上ってきた螺旋階段を駆け下りようとして……。「っ……美雨っ」弾かれたような、鋭い声。同時に強く肘を引かれて、一段下りただけで振り返った。「鏑木さん……?」見上げた彼が、顔を強張らせているのに怯み、おずおずと呼びかける。鏑木さんは、ハッとしたように息をのみ、私から手を離した。「っ、ごめん。つい……」大き
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    病院の正門を出た時、空は夕刻を迎えてオレンジに染まっていた。完全にショートした思考回路が、まだ働き出してくれない。私はぼんやりと足を踏み出した。力を入れたはずの足に、驚くほど神経が通っていない。ふわふわと浮いているみたいで、感覚が覚束ない。それでも、前に進んでいるから、私はちゃんと歩けていたんだろう。そこに、「美雨!」低く鋭い声が、意識に割って入った。私はそれに反応して、緩慢に顔を上げた。「美雨」もう一度、私を呼ぶ声。視界に、こちらに向かって走ってくる夏芽さんが映った。その姿を捉えた途端、なにか熱いものが胸に込み上げてきた。「っ……」せり上がる嗚咽を抑え切れず、私はその場にしゃがみ込んでいた。「美雨……?」夏芽さんの困惑した声が、近付いてくる。「どこか調子悪いか? 病院に行くために早退したって聞いて、驚いて……」そう、彼は室長から私の早退を聞いて、飛んできてくれたのだろう。まだ日の入りを迎えていない空。業務時間中だ。私を支えて立ち上がらせてくれる彼に、私は弾かれたように抱きついた。「っ……美雨?」虚を衝かれた様子で、彼の身体が一瞬強張る。「夏芽さ……私。私……」彼の胸に顔を埋めて、なにを言っているかわからないまま、泣きじゃくった。「どうした? 美雨。ここじゃ人目につくから、早く車に……」肩に置かれた手に力がこもるのを感じながら、私は激しくかぶりを振った。「責任……ですか?」掠れた声で、必死に短い質問を紡ぐ。「え?」「愛してるなんて、嘘。プロポーズを考えてくれたのは……妊娠の責任……?」「……!」くぐもった声でも、ちゃんと彼に届いたのは、頭上で息をのむ気配でわかった。その反応が、私の胸を鋭く貫く。「酷……い。酷い、夏芽さ……」いつかのように、彼を詰った。でも、身体に回る腕を解き、突き放す力はなく、私はがっくりとうなだれた。そして。「……美雨? 美雨っ!」切羽詰まったような声が、何度も私を呼ぶのを聞きながら、意識を失った。

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    多香子さんが帰った後、私は居ても立っても居られず、秘書室長に早退を申し出た。もちろん、病院に行くためだ。いくら彼女に言われたからって、体調が悪いわけでもないし、特段急ぐ受診でもない。また二週間後に次の予約を入れているから、その時でも構わない。でも、落ち着かなかった。こんな気持ちでは、仕事に集中できないし、なにより夏芽さんの前で平静を装うことができない。室長から許可を得て、私は夏芽さんが戻ってくる前にオフィスを出た。うちのオフィスビルから、総合病院までは電車で三駅。平日の午後とは言え、わりと混雑している電車で、私はドア横の狭いスペースに背を預けた。車窓を飛ぶように流れていく景色を、ぼんやりと視界に映す。なにも考えられないほど、思考回路は凍りついているのに、心臓だけが速いペースで打ち鳴っていた。電車を降りて改札を抜けると、ついこの間の土曜日に歩いた道を、病院に向かってやや小走りした。病院に着くと、受診を終えて出てくる人に逆行して、外来棟に入った。午後の外来には、中途半端な時間だ。これから受付をする患者さんは少なく、自動受付機付近は閑散としている。私は受診手続きをして、案内表示を頼りに、足を踏み入れたことのない、産婦人科外来の待合ロビーに進んだ。診察の順番を待つ女性たちが、長いベンチ椅子を埋め尽くしている。私は初診だし、予約もしていない。だから、相当待つことになると覚悟した。だけど、他科とは言え、ついこの間まで入院患者だったせいか、ほんの一時間ほどで私の順番が回ってきた。「こんにちは、黒沢美雨さん。調子はどうですか?」狭い診察室に入ると、白衣を着たわりと若い女医さんが電子カルテから目を外し、椅子を回転させて私に向き合った。「え? あ、あの……」自分でも、受診の目的をなんと言えばいいかわからずにいたから、『調子』を問われて口ごもった。「生理、来ましたか?」そう問われて、ますます戸惑う。「え、えと……?」なんだか、『初診患者』に対する質問じゃない気がする。産婦人科といったら、初診患者は妊娠を疑っているか、旅行を控えて生理周期をずらす薬を処方してもらうか……私にはそのくらいしか考えつかないけど、そのどちらにも、質問がそぐわない気がする。「入院中は、脳外科病棟にお任せしてましたが、情報は共有してもらっています。腹痛もなかったようだし、不正出血の報告もなし。腹部エコーやCT画像か

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