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第5話

Author: 南大頭
暑さが厳しい中、紗綾の腕の傷は適切な処置を受けられず、感染が悪化してしまった。

医者は入院を勧め、紗綾もそれに従った。

この三年間、彼女は裕司の身の回りの世話を昼夜問わず続けてきた。体調が悪い時ですら、彼のそばを一歩も離れようとはしなかった。

だが今、彼女はただ、自分のために生きたいと思っていた。

紗綾は携帯の電源を切り、病室で静かに療養しながら読書にふける日々を過ごした。

病院内を慌ただしく行き交う医師たちの姿を見つめながら、彼女の目と心には、強い憧れが満ちていた。

かつて彼女の夢は、病に苦しむ人々を救う立派な医者になることだった。

だが裕司の母との契約のため、その夢を諦めざるを得なかった。

ようやく再び学びの場に戻る機会を得た今、彼女はただ、少しでも多くの知識を身に付け、一刻も早く現場に復帰して、自らの志を果たしたいと願っていた。

退院間近、紗綾は病院で偶然優芽と出会った。彼女は友人の付き添いで来ていた。

紗綾の姿を見るなり、優芽は怒りの表情で駆け寄ってきた。

「田舎者、あんた何してんのよ?わざと行方くらましたの?家の中めちゃくちゃになってるの知ってんの?裕司があんた探して飛び回ってるんだから!」

「私を?何のために?」紗綾は首を傾げた。

入院していたのは、むしろ裕司と詩音に二人きりの時間を与えるためのはずだった。

優芽は苛立たしげに髪をかき上げた。「もう説明するのも面倒!とにかく帰って自分の目で見なさい!」

そう言って、彼女は紗綾の怪我をまったく気にする様子もなく、無理やり彼女を病院から連れ出し、家へと連れて帰った。

邸宅の門をくぐった瞬間、紗綾は違和感を覚えた。

一週間前は青々としていた庭の草木がすっかり枯れ果て、屋内もひどく散らかっていた。

玄関の音を聞いた裕司は、目を輝かせて出てきた。

そして大股で近づくなり、紗綾の怪我した腕を掴んだ。

「どこ行ってたんだよ!

最近、ずいぶん気が強くなったな!ちょっと病院に送るのが遅れただけじゃないか、それで家出とか……家の中、見てみろよ、めちゃくちゃだぞ!」

紗綾の腕からは血が滲み、皮膚を越えて骨にまで響くような痛みが走った。

彼女はなぜ裕司が自分を探していたのか不思議に思っていた。だが今、ようやく理解した。

家に家政婦がいなくなったからだ。

彼は紗綾の怪我の具合にも、どこで何をしていたかにも興味がない。

ただ、いつもの通りに家事をこなす「都合のいい存在」でないことを責めているだけだった。

紗綾は歯を食いしばりながら、彼の手から腕を引き抜いた。

「裕司、痛いってば!」

その時になってようやく、裕司は彼女の服についた血に気づいた。

食堂で負ったあの傷を思い出し、彼の表情が少しだけ和らいだ。

「そんなに酷い怪我だったとは思わなかった。悪かったよ。でも君も家出なんて子供じみた真似してさ、これでおあいこだろ?

来て、見せたいものがあるんだ」

裕司は生まれて初めて、紗綾の手を取って二階へと連れて行った。

目の前に差し出されたのは、豪華なダイヤのネックレスだった。

「これ、君にやるよ。怪我の見舞いってことでさ。詩音ももうすぐ出て行くし、もう機嫌直そう」

紗綾は口を開いたが、何も言葉が出てこなかった。

以前の彼女なら、彼からの贈り物をどれほど待ち望んでいただろうか。どんな些細な物でも、きっと嬉しかったはずだ。

だが今、目の前にあるそのネックレスを見ても、裕司がこれを自分のために買ったのか、それとも詩音のためなのか、判断がつかなかった。

紗綾は無表情のまま箱を受け取り、そのままテーブルの上に置いた。

そして浴室へ向かい、シャワーを浴びてから部屋に戻ると、鏡の前で詩音がそのネックレスを身に着けているのが目に入った。

鏡越しに紗綾と目が合った詩音は、わざとらしく挑発的な笑みを浮かべた。

「ごめんね、紗綾さん、見苦しいところを見せちゃって。昨日このネックレスが素敵って言ったら、今日には裕司が買ってきてくれたの。ほんとに……」

詩音の言葉が終わる前に、裕司がキッチンから現れた。

彼は詩音の首元のネックレスを見て、一瞬だけ表情を固まらせた。

詩音は彼の腕にしなだれかかり、甘えるように微笑んだ。

「裕司、ありがとう。すっごく気に入っちゃった」

裕司は複雑な面持ちで紗綾を見て、次に詩音へ視線を移し、しばらく沈黙の後にようやく口を開いた。

「気に入ってくれたなら、良かったよ」

「そうね、詩音さんが喜んでくれたなら、いいんじゃない?」紗綾は淡々と頷いた。

そう言って、彼女は二人の前を通り過ぎ、庭へと向かった。

鼻先にかすかに漂う懐かしい香り。裕司はその背中を見つめながら、何かがおかしいと感じていた。

どうして怒らないんだ?まさか、演技か?

……まぁいい。ネックレス一つくらいで、次はもっと高いのを買ってやればいい。紗綾がそんなに器の小さい女のはずがない。

裕司はそう自分に言い聞かせた。
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