智哉は狂ったように炎の中へ突っ込もうとした。 だが、複数のボディガードが必死に彼を押さえ込んだ。 「高橋社長、危険すぎます!ガソリンが燃えていて、火はもう止まりません!」 「放せ!俺が佳奈を助けるんだ……俺の子どもも一緒にいるんだ!」 「社長が行ったら命がありません!中に入るのは私たちに任せてください!」 だが、智哉は一人、拳で次々とボディガードを倒していった。 誰の制止も振り切り、近くの海水を浴びて服をずぶ濡れにし、そのまま燃えさかる船へと駆け込んだ。 「佳奈!今行くからな、どこだ!」 叫びながら船内を走り回ったが、いくら探しても佳奈の姿は見つからない。 上階へ向かおうとしたそのとき―― 「智哉兄さん、助けて……!」 聞き慣れた声に振り向くと、美桜が柱に縛りつけられていた。 火の海に囲まれ、今にも焼かれそうな状態だった。 その光景を見て、智哉の胸が一瞬強く締めつけられた。 きっと佳奈が勝ち残り、美桜を捕らえてそこに縛りつけたのだろう。 そして、自分は船から脱出した…… だが、彼女が海へ飛び込んだ可能性は高い。 佳奈には深海恐怖症があるうえ、妊娠もしている。 智哉は足元に転がっていた燃えた木片を蹴り、美桜の周囲の火をさらに勢いづけた。 「智哉兄さん!お願い、助けて!佳奈がどこにいるか教えるから!」 美桜は必死に叫び、縛られた体を大きく動かして逃れようとしたが、 佳奈が結んだロープは固く、動けば動くほどきつく締まっていく。 炎が容赦なく彼女の足元へ迫ってくる。 美桜はわんわんと泣きながら、哀願の声を上げ続けた。 だが、智哉の瞳には一切の同情はなかった。 ゴミでも見るような目で彼女を一瞥した後、彼は何も言わず、そのまま海へ飛び込んだ。 火に包まれる美桜は、痛みに叫び声を上げる。 だが、それ以上に心を抉ったのは―― 誰一人、自分を助けに来なかったことだった。 次々とボディガードたちが智哉を追って海へ飛び込んでいく。 誰も、彼女の方など見向きもしなかった。 その時だった。 「今すぐ潜って捜索しろ!俺の妹を絶対に助け出せ!」 火の中から、聞き慣れた怒号が響いた。 結翔が部下を
背後でガタンと音がして、ガソリンの入ったドラム缶が倒れた。 中の液体がどくどくと流れ出していく。 佳奈はすぐに悟った。これは、美桜が仕組んだものだ。 彼女はお腹の子だけでなく、自分の命ごと奪うつもりなのだ。 佳奈は必死に後ずさりしようとした。 だが、手足が縛られているせいで、動くスピードは遅い。 美桜が立ち上がる頃になっても、まだ一メートルも動けていなかった。 そのとき、美桜がポケットからライターを取り出し、「カチッ」という音とともに、青白い炎が佳奈の目の前で揺らめいた。 このライターが落ちたら、船中が一気に火の海になる。 逃げ道は、もうない。 佳奈は叫んだ。 「美桜、私を殺したいのはわかる。でも火をつけたら、あんたも一緒に死ぬのよ!」 美桜は鼻で笑った。 「教えてあげるわ。この船が燃え上がったら、すぐに私の仲間がヘリで迎えに来るの。 そのまま海外に逃げる手筈になってるの。 残されるのは、焼け焦げたあんただけよ……智哉が来たときには、骨のひとかけらも残ってないでしょうね、アハハハハ!」 「美桜、目を覚まして!あんた、捨て駒にされてるだけよ。彼らはあんたを利用してるだけ。 この計画が終われば、あんたなんか見捨てられるに決まってる! もし私の予想が当たってるなら、智哉はすでにすべての航路を封鎖してる。ヘリなんか、来るわけない!」 佳奈は言葉で美桜を牽制しながら、後ろ手で必死に縄を擦り続けた。 お腹の子を守りながら、なんとか生き延びようと、必死だった。 美桜はヒステリックに叫ぶ。 「うるさい!そんなはずない!彼らは絶対に私を見捨てたりしない!絶対に助けてくれるのよ!」 佳奈はすかさず問い返した。 「玲子のこと、忘れたの?あの人の方があんたよりずっと大事にされてたのに、あっさり見捨てられたじゃない。 美桜、お願いだからもうやめて。今ならまだ間に合う。 私を殺したって、あんたに未来はない。命まで捨てる必要はないの」 そのとき、佳奈の背後の手に、ふっと軽さが走った。 縄が切れた! 顔色ひとつ変えず、足の縄も急いで解き始める。 そして立ち上がろうとした、その瞬間―― 「なにしてんのよ!」 美
佳奈の頭が甲板に叩きつけられ、激しい痛みが襲った。 額からは血が流れ落ち、顔を濡らしていく。 それでも、彼女の耳には美桜の言葉がはっきりと届いていた。 ――「遠山家の令嬢はあんたにも譲らない」 遠山家の令嬢?それが自分に何の関係があるっていうの? 佳奈は血の滲んだ瞳で美桜を睨みつけた。 「あんた、勘違いしてる。私は清司の娘よ。遠山家なんて、関係ない!」 その言葉を聞いた美桜は、陰気な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。 「あいつらはそこまでしてお腹の子を大事にするんだ?本当のこと、まだ誰も教えていなかったんでしょ?じゃあ、代わりに教えてあげる。 どうせ私には何のリスクもないし、むしろ……あんたの子が死んでくれたら願ったり叶ったりよ」 美桜の声は氷のように冷たく、ゾッとするほど無感情だった。 「佳奈、あんたは清司と裕子の子じゃない。遠山家がずっと探してた、梅の花の痣を持つ令嬢が――あんただよ。 本当の父親は、聖人。母親は美智子。信じられないでしょ?あんたがずっと敵視してきたあの男が、実は自分の親父だったなんて。 おもしろいでしょ?自分の娘を知らずに傷つけてたなんてさ」 佳奈は頭の痛みに耐えながら、必死に思考を巡らせた。 美智子と聖人が実の両親……? それなら、結翔が自分に優しかったのも、橘お婆さまがなぜか特別に接してくれたのも、湊が彼女自身に興味を持ったのも―― 全部、智哉を通してじゃなく、自分自身に理由があったってこと? 佳奈の目が見開かれ、現実を受け入れきれないまま首を横に振った。 「嘘よ……そんなはずない。私の父親は清司だけ。遠山家なんて、関係ない!」 美桜は狂ったように笑ったあと、佳奈の腹部に蹴りを叩き込んだ。 「佳奈、私が何度もあんたの命を狙ったのは、智哉のためだけだと思った?違う! あんたが遠山家に戻れば、私の令嬢としての立場が消えるのよ。その座は、私のもの。誰にも渡さない!!」 怒りに我を失った美桜は、佳奈の体を乱暴に揺さぶった。 頭が揺れ、視界がぐらつく。腹の奥から、鋭い痛みが這い上がってきた。 佳奈はなんとか意識を保ちながら、言葉を振り絞った。 「美桜……たとえそれが本当でも、私は遠山家の令
時間が一分一秒と過ぎていく中、かすかに掴んだ手がかりも、すぐに断ち切られてしまった。何度も繰り返される空振りに、智哉の額には青筋が浮かび、今にも破裂しそうだった。彼は分かっていた。時間が経てば経つほど、佳奈と子どもが危険にさらされる。美桜が刑務所を脱走した時点で、もう戻るつもりなどないのは明らかだった。彼女は、道連れにする覚悟で佳奈を狙ってきたのだ。その事実が脳裏をよぎるたびに、智哉の胸は締め付けられ、息をするのも苦しくなる。キーボードを叩く指に力を込め、わずかな手がかりを探し続けた。その頃。佳奈が目を覚ましたとき、自分が船の甲板に横たわっていることに気づいた。手足はしっかりと縛られていた。耳元では、波が船体を打ちつける音が絶え間なく響いている。一瞬で状況を理解した。自分は拉致されたのだ。ウェディングドレスに身を包んで、心が震えるほどの感動に浸っていたあの瞬間。突然、口を塞がれ、鼻を突く薬品の臭いが肺に流れ込んできた。意識を失うまで、相手の顔すら見えなかった。波の音が鼓膜に響き、彼女の深海恐怖症がじわじわと襲いかかってくる。だが、今は恐れている場合ではなかった。生きて戻らなければならない。智哉が、彼との結婚式を待っている。お腹には、二人の子どもがいる。絶対に、この命を諦めるわけにはいかない。佳奈は体を少しずつ動かし始めた。すると、少し先に鋭利な金属片が見えた。あれなら縄を切れるかもしれない。音を立てないように、ゆっくりと体をずらしていく。強く動けば、犯人に気づかれる。それに、無理をしてお腹の子に何かあってはならない。一寸ずつ、一寸ずつ。全身の力を振り絞り、ようやくその鉄片の前にたどり着いた。すでに体は汗でびっしょり。息も絶え絶え。純白の美しいウェディングドレスはボロボロに破け、ところどころに汚れがついている。それでも、考えている暇はない。彼女は座り込んで、鉄片に手首の縄を擦りつけ始めた。そのとき、扉の開く音が聞こえた。佳奈はびくりと震え、動きを止めた。どうせ現れたのは、凶悪な誘拐犯に違いない……そう思った瞬間。そこに立っていたのは、見覚えのある顔だった。美桜が、全身黒ずくめの格好でドアの前に立っていた。やせ細った頬には陰気な
佳奈を案内していたスタッフは床に倒れており、佳奈の姿はすでにどこにもなかった。智哉はすぐに佳奈に電話をかけたが、流れてきたのは「おかけになった電話番号は電源が入っていない……」という冷たい音声だった。握りしめたスマホを通して、指先は血の気が引き、目には獰猛な怒りが宿る。まさか婚礼用のドレスショップにまで、やつらの手が伸びているとは思わなかった。自宅には厳重な警備を敷き、車移動中も前後に屈強なボディガードをつけていた。それで完璧なはずだった。だが、相手の手口を甘く見ていた。彼のドレス注文先まで突き止めるとは――。智哉はすぐさま高木に電話をかけた。「佳奈がいない。今すぐ人を中に入れろ」その十秒後、十数名のボディガードが更衣室に駆け込んでくる。そのとき、誰かが叫んだ。「高橋社長!この仕切りの裏に抜け道があります!高橋夫人は気絶させられて、ここから連れ出されたようです!」「すぐに追え!」一同は次々にその抜け道へと飛び込んだ。このドレスショップはB市でも屈指の繁華街にあり、左右には大型商業施設が並んでいた。抜け道は幾度も曲がりくねり、最終的に商業施設の地下駐車場へとつながっていた。駐車場に立ち尽くし、車が行き交う様子を見ながら、智哉は拳をぎゅっと握りしめた。佳奈はすでに車に乗せられ、連れ去られたのだ。しかも、妊娠している彼女が犯人ともみ合いになった可能性を考えると、赤ん坊の無事さえ危うい。智哉の胸は、見えない鉄の爪に引き裂かれるような痛みに襲われていた。心の奥底から、熱く赤い血が噴き出すような感覚。その声はまるで地獄の底から響く悪魔の咆哮だった。「美桜……もし佳奈に何かあったら、貴様をバラバラにしてやる!」すぐさま、高橋家、橘家、遠山家、藤崎家の四家合同で、捜索チームが結成された。そこに加わるのは、名探偵・晴臣。全員が高橋家本邸に集まり、誰の顔にも緊張が浮かんでいた。「高橋社長、高橋夫人の携帯の最後の信号は商業施設の地下駐車場で途絶えました。ゴミ箱の中で発見されています」智哉はリビングに立ち尽くし、拳を強く握ったまま動かない。背中にじっとり浮いた冷汗が、シャツをしっとりと濡らしていた。その冷たさだけが、唯一の冷静さを保たせてくれている。自分に言い聞かせた
今、ようやく夢が叶おうとしていた。佳奈は、自分の心臓が蜜で包まれているかのように、一拍ごとに甘さがあふれ出しているように感じた。智哉はもう、自分の感情を抑えられなかった。顔を傾け、その柔らかくて甘い唇をそっと塞いだ。大きな手は彼女の髪をかき分け、後頭部をそっと支え、キスはどんどん深くなっていく。何度も別れと再会を繰り返し、すべての問題を乗り越えた今、二人はようやく再び結ばれた。誰にも、この高ぶる気持ちは隠せない。どれくらいの時間が経ったのか、ようやく智哉は名残惜しそうに唇を離した。こまかく唇を重ねながら、顔にキスを落としていく。その声には、まだ満たされない渇望が滲んでいた。「嫁さん、昨日はいろいろありすぎて、新婚初夜がすっ飛んじまったな。今夜、ちゃんと埋め合わせさせて」顔を真っ赤に染めた佳奈は、彼を見上げて言った。「新婚初夜って、結婚式の日じゃないの?」「昨日、籍入れたじゃん。あれも初夜ってことで。式の当日は、ちょうど安定期に入ってるから、思いきり愛せるな」わざと「愛せる」の部分を強調する彼に、佳奈の顔はさらに赤くなった。彼を押しのけて、涙目で睨んだ。「変態……訴えるよ、セクハラで」「嫁さん相手のイチャイチャは、合法な夫婦の営みであって、セクハラにはならないよ?藤崎弁護士、何日も仕事休んでたら、法律忘れちゃったのか?」二人がじゃれ合っていると、背後から小さな笑い声が聞こえた。佳奈は慌てて智哉を突き飛ばし、振り返ると、ドアのところに麗美が立っていた。腕を組んで、にやにやと二人を見ていた。顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。麗美は舌打ちしながら、冗談めかして言った。「ちょっと、イチャつくのはいいけど、せめてドアぐらい閉めなさいよね。真っ昼間から人前でラブラブ見せつけて、恥ずかしくないの?」智哉は佳奈をそのまま抱き寄せ、気にする様子もなく答えた。「自分から見に来ておいて、文句言うなよ。責任はこっちじゃなくて、そっちだろ?」「なに調子乗ってんのよ。嫁さんもらったぐらいで、口元緩みっぱなしじゃないの?」「そりゃ緩むさ。夫婦の幸せってやつは、お前みたいに三十年彼氏ナシの人間には理解できねぇもんな?」「はいはい、わかってるって。私の大好きな弟が今、世界一幸せなのは事
智哉は口元に笑みを浮かべながら、スマホに映る赤面必至の映像を見つめていた。その喉から漏れる声は、まるで魔法の呪文のように佳奈をその場に釘付けにした。息をするのも忘れるほどだった。耳元には、動画の中の男女の艶めかしい吐息が響いていた。佳奈はまるで火にかけられたような気分になり、肌が熱を帯びて火照っていく。その綺麗な杏色の瞳には、あどけない色香が浮かび、それを見た者は思わず心を奪われてしまう。彼女は真っ赤な唇をぎゅっと噛みしめながら、しどろもどろに口を開いた。「わ、私、間違えて再生しちゃったの……そんなものだって知ってたら、絶対に見なかったよ。ねえ、信じて……旦那様」その甘くてか細い声には、ほんの少しの懇願が混ざっていて、それが智哉の喉を激しく震わせた。彼は佳奈の耳元に顔を近づけ、低くかすれた声で囁いた。「嫁さん……どんな体位がいいか、いちいち動画で勉強しなくても、子ども産んでからなら、何でも付き合ってやるよ」「ちがっ、ちがうの、そんなつもりじゃ……言ってるじゃん、間違えて開いちゃっただけなのに、なんで信じてくれないの?」佳奈は少し涙ぐんでいた。初めてこっそりエッチな動画を見ようとしたら、まさかの旦那に見つかるなんて、社会的に死ぬレベルの羞恥だった。潤んだ瞳を細かく震わせながら、悲しそうに智哉を見上げた。智哉はそんな佳奈の顎をそっとつかむと、微笑みながら唇に軽くキスを落とした。「わかった、信じる。でももう見るなよ。欲しいなら、全部俺がしてやるから」佳奈はあわてて彼の口を手でふさいだ。「もう、やめてってば……」「はいはい、わかったよ。じゃあ、真面目な話。君に用意したウェディングドレス、さっき届いたんだ。あとで一緒に見に行こう」夢にまで見たウェディングドレスの話に、さっきまでの恥ずかしさは一瞬で吹き飛んだ。佳奈は大きくうなずきながら、目を輝かせた。「うん、行きたい!でも……今太っちゃって、入らなかったらどうしよう……」その様子に智哉はくすりと笑いながら、彼女のすべすべの頬をつまんだ。「サイズ合わなきゃ直せばいいだけだ。式は来月だし、十分間に合う」大好きな人と結婚する日がもうすぐ来る――そう思うと、佳奈の顔全体が幸せの色に染まっていく。彼女は智哉の首に両腕を回し、背伸びして彼の顎に
まさかとは思ったけど、これは……黒歴史級の料理かもしれない――そう身構えながら、保温ボックスのフタを開けた知里の目に飛び込んできたのは、想像とはまったく違う、彩り豊かで香りまで美味しそうな五目チャーハンだった。しかも、チャーハンの上には綺麗なハート型の目玉焼き。もう一つのボックスには、優しい味がしそうなスペアリブとかぼちゃのスープ。ふわっと広がる出汁の香りを嗅いだだけで、知里のお腹が正直に鳴った。「……なるほどね、だから病院の看護師たちがみんなこのクソ男に群がるわけか」朝ごはんの見た目のあまりの愛情レベルの高さに、知里は小さく鼻で笑った。演技に自信があるからこそ、役と現実をきっちり分けられた。じゃなきゃ、あのクソ男のペースに、本気で巻き込まれてたかもしれない。ちょうどそのとき、スマホが鳴った。 画面には「佳奈」の名前。通話ボタンを押した瞬間、佳奈の含み笑いが耳に飛び込んできた。「知里、石井先生と同棲してるってホント?そんなビッグニュース、どうして私に教えてくれないの?」その一言で、知里は思わずスープを噴きそうになり、むせ返りながら咳き込んだ。「……な、なんでそれ知ってんのよ?」「だって石井先生が朝電話してきたの。知里は疲れて寝てるから、今日は連絡しないでって。何かあれば自分に言えって。」知里はブチ切れそうになりながら、歯を食いしばった。「あのクソ男の言うことなんか信じないで!私たちはただの演技だから!前に子供の件で世間に色々言われて、ファンも彼氏のことしつこく聞いてくるから、ちょっとカムフラージュで使ってるだけ。 石井誠健なんて、世界中の男が絶滅しても私は選ばないから!」すると佳奈はくすっと笑った。「そういうこと言ってると、後で後悔するよ?口は災いの元だよ」「なにそれ、佳奈!あんた高橋夫人になったとたんに、旦那の友達の肩持つの!?私のこと信じてないの?」「信じてるよ?でもさぁ、あそこまでされて何とも思わないのが不思議で……」「何とも思わないっつーの!っていうか、今夜の食事会どこ?その植物人間の旦那、表舞台に出てこれるようになったの?」「ちょっと!なんて言い方するのよ、うちの人は元気だもん!」「はいはい、元気で猛々しくて夜は絶叫コースね。『あっ、だめ、もう無理〜』っ
知里は彼を勢いよく突き飛ばした。「調子に乗らないでよ、ここには誰もいないんだから!」そう吐き捨てて、エレベーターに乗り込む。だが誠健は満面の悪戯っぽい笑みを浮かべながら、すぐに追いかけてきた。「誰もいなくても、カップルらしくしないとね。バレたら君の評判が下がっちゃうでしょ?」そう言って、またも彼女の肩を抱き寄せた。 知里がまた振りほどこうとした瞬間、彼は耳元で囁くように言った。「ひとつ、いいニュースがあるんだ。君の親友、佳奈のことなんだけど……。お利口にしてくれたら教えてあげるよ」佳奈の名前を聞いた途端、知里は顔を上げ、好奇心いっぱいの瞳で彼を見つめた。「なに?早く言ってよ」誠健はゆっくりと彼女の顔に近づきながら、真っ直ぐに目を見つめて言った。「佳奈と智哉が入籍したよ。今度こそ本当にね」そう言って、スマホでそのニュース記事を見せた。記事を見た瞬間、知里の顔が一気に明るくなった。「道理で今日の撮影中、なんかいいことある気がしてたのよね」その様子に、誠健は思わず吹き出した。「もしかして……それって、『イケメンでお金持ちの彼氏を手に入れた』前兆だったりして?」知里は彼に睨みをきかせた。「忘れてない?あんたは偽物よ」「でも、万が一偽物が本物になったら?」「絶対にありえないから、安心して」誠健のその言葉に、知里はまったく気に留めなかった。 頭の中は、佳奈と智哉の結婚でいっぱいだった。車に乗ってからも、眠くなりながら「新婚祝い、何を贈ろうかしら」などとぶつぶつ呟いていた。知里が眠ってしまったのを見て、誠健はそっと彼女の鼻先をつまみ、低く囁いた。「寝てる時だけは、静かで可愛いな」連日の夜撮影で、知里はすっかり疲れ切っていた。 シートに寄りかかっただけで、すぐに眠りに落ちた。家に到着した時も、彼女は目を覚まさず、誠健に抱きかかえられたまま、部屋へと運ばれた。翌日、昼近く。何度も鳴るスマホの音に、知里はようやく目を開けた。「誰よ……せっかくの休みなのに!」イラついた声で通話ボタンを押す。 まだ眠気の残るしゃがれ声で文句を言う。「誰……?」すると、電話の向こうから響いたのは、聞き慣れた声。「オレだよ。君の彼氏」その瞬間、知里は寝起き