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第435話

Author: 藤原 白乃介
そう言い終えると、結翔は部下に命じて玲子の血を少し採取させた。

彼女の言葉が本当かどうか、証拠が必要だった。

さっきの会話はすべて録音してある。これらの証拠があれば、玲子に死刑判決を下すのも難しくはない。

刑務所を出た結翔は、ポケットからタバコを取り出し、一本火をつけた。

深く吸い込んだニコチンが喉を通って肺に染み渡る。吸い込みすぎたせいか、何度も咳き込んだ。

佳奈のことを思うと、胸が締めつけられるように痛んだ。

この事実を、彼女に伝えるべきかどうか……結翔は迷っていた。

彼女が知ったら、智哉との関係に影響が出るかもしれない。

ようやく、好きな人と結婚しようとしているのに――その相手の母親が、自分の母親の命を奪った犯人だったと知ったら、どうなる?

胸の奥がズキズキと痛んだ。

それでも結翔は気持ちを落ち着け、佳奈に電話をかけた。

すぐに繋がり、佳奈の優しく柔らかな声が耳に届いた。

「お兄ちゃん、なんでそんなに早く出かけたの?なにかあった?」

その声を聞いた瞬間、結翔は少し笑みを浮かべた。

「ちょっと会社の用事でな。今、何してる?」

佳奈の声はとても明るく、嬉しそうだった。

「おばあちゃんがたくさん持ってきてくれたの!全部、お母さんが私のために用意してくれてた嫁入り道具なんだって。

宝石にアクセサリー、有名人の書画、それに川沿いの高級物件が何軒も!全部合わせたら数百億円はあるって……。

お兄ちゃん、私ね、なんだかすごく悔しいの。お母さんの顔すら見られなかったなんて、もし生きてたらよかったのに……」

その言葉を聞いて、結翔の心臓がズドンと殴られたような衝撃を受けた。

佳奈の中で、母の存在が日に日に大きくなっているのがわかる。

だからこそ、彼は怖かった。

「佳奈……もし、お母さんを殺した犯人が見つかったら……どうする?」

結翔の低い声に、佳奈は手に持っていたものをそっと置いた。

「お兄ちゃん、何か見つけたの?なにか手がかりが?」

「いや、ただの仮定の話だよ。気にしないでくれ」

「もし本当に犯人が見つかったら……私は必ず、法廷で自分の手で裁きを下す。お母さんのために、正義を貫くの。

その人には、絶対に償わせる。お兄ちゃん、約束して。何を知っても、必ず私に教えて。彼女は私の母親なんだから、真実を知る権利がある」

佳奈の言葉
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