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第434話

Author: 藤原 白乃介
「もしお前じゃなかったら、あの子がこんなふうになることなんてなかった!自分の実の娘を、自分の手で壊したんだよ!」

その言葉を聞いた玲子は、信じられない顔で目を見開いた。

「そんなはずない……死ぬべきだったのは佳奈よ!美桜があんなふうになるなんて、信じない、信じたくない!」

彼女は聖人の襟を掴み、そのまま首を絞めようとした。

ちょうどその時、食堂のテレビからニュースが流れてきた。

画面には、佳奈の姿が映っていた。

淡い水色のマーメイドドレスを着た佳奈が、智哉の隣に立ち、橘家の人々に囲まれて、次々と酒を注がれていた。

「続いては速報です。C市の名門・橘家が、二十年以上前に行方不明になった孫娘をついに発見。昨夜、橘家本邸にて盛大な歓迎パーティーが行われました。

法曹界の無敗の女神・佳奈が、なんと橘家の愛娘だったのです。そして彼女と高橋グループ社長・智哉とのラブストーリーは、すでにネット上でも話題沸騰。今回の橘家と高橋家の縁組みは、まさに最強のタッグといえるでしょう」

リポーターの明るい声が響く中、玲子は画面を見つめながら、まるで気が狂ったかのように震え始めた。

自分の娘は焼けただれて重傷を負っているというのに、佳奈は橘家に迎え入れられ、大切にされている。

これまでの努力が、すべて水の泡だった。

「うあああああああっ!」

玲子はその場に崩れ落ち、地面に座り込んで声を上げて泣き叫んだ。

周囲の囚人たちは、彼女に冷たい視線を向けていた。

当直の看守が近づき、玲子の靴をつま先で軽く蹴って言った。

「玲子、騒ぐな。面会だ」

面会という言葉に、玲子はすぐさま泣き止んだ。

彼女はどんな機会でも逃すわけにはいかなかった。自分の娘をこれ以上苦しむのは絶対に許せない。

そして佳奈と智哉が、幸せに生きるなんて……絶対に認めない。

玲子はすぐに立ち上がり、期待に満ちた目で面会室へと向かった。

だが、姿を確認した瞬間、彼女の眉間には深い皺が寄った。

冷たい目で睨みつけながら言った。

「なんであんたなの?」

結翔は鼻で笑った。

「じゃあ誰だと思った?組織の仲間か?玲子、お前なんてとっくに捨て駒だよ。誰が助けに来るって思ったんだ?」

玲子は憎々しげに睨み返した。

「佳奈を橘家に戻したからって、あの子が幸せになれると思ってるの?甘いわね。美桜が受けた
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