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第539話

Author: 藤原 白乃介
「わかった、問題ない。離婚を通じて財産を移すのは安全だ。誰も疑わないだろう。橘家と遠山家、それに佳奈……お前のせいで、これまで失ったものを思えば、適度な補償だっておかしくない。」

二人は離婚協議書の細かい内容について、さらに具体的な取り決めを進めた。

そのとき、高木がやって来て言った。

「高橋社長、爆発の原因が判明しました」

智哉は目を上げて尋ねた。

「時限爆弾か?」

「はい。これは国際的に最新型の超小型爆弾で、パチンコ玉ほどの大きさしかありませんが、殺傷範囲は半径十メートルに及びます。

それが瀬名夫人が子どもに贈ったお守りの中に仕込まれていました。映像によれば、奥様が荷物を片付けているとき、そのお守りを見つけて綺麗だと思い、何度か見つめていたようです。

幸いにも清司さんが異変に気づき、その守りを持って庭へ走ったおかげで、奥様とお子さんの命は助かりました」

それを聞いた瞬間、智哉は拳をギュッと握りしめた。

あのお守りは、奈津子がずっと前に佳奈へ贈ったものだった。まさか浩之が、あんなにも前から罠を仕掛けていたとは。

浩之の狙いは最初から佳奈と子どもの命だった。

彼はよく分かっていた。智哉にとって、何よりも大切なのは佳奈と子どもだということを。

人が一番大切にしているものを奪うことは、殺すよりも残酷だ。

……いいだろう。この借り、浩之に必ず返してやる。

翌朝、佳奈は夢の中で大きな爆音を聞いた気がした。

同時に、下半身に何かが流れ出す感覚があった。

そして、血まみれになった父の姿が脳裏に浮かぶ。

佳奈はガバッと目を開けた。視界に入ってきたのは、どこか疲れた様子の智哉の顔だった。

その瞬間、胸騒ぎが走り、急いでお腹に手を当てた。

……ぺたんこになったお腹の感触に、彼女の顔色が一気に青ざめた。

震える声で尋ねた。

「智哉……赤ちゃんは?」

智哉は何も言わず、ただ大きな手で佳奈の頭を優しく撫でながら、かすれた声で言った。

「佳奈……赤ちゃんは、また授かれる。今は何より、君の体をしっかり治すことが大切だ。お父さんは重傷で、まだ意識が戻ってない……君の声を、待ってるんだよ」

赤ちゃんがどうなったのか、智哉ははっきりとは言わなかったが、その言葉の意味は十分に伝わった。

佳奈は信じられないという顔で智哉を見つめた。

「そんなはずない
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