佑くんは智哉と佳奈の方を指さして言った。「パパとママと一緒に来たよ。あの女王様、あれは僕の叔母さんだよ」玲央はその声に反応して佑くんの方を見た。そして一目で、高橋グループの社長・智哉と、世界的に有名な弁護士・佳奈の姿を確認した。思わず頭を振った。知里の親友がこんなすごい家の子だったとは思いもしなかったし、麗美とそんな関係があったなんて、なおさら驚きだった。彼はしゃがみこみ、佑くんの頭を優しく撫でながら言った。「ほら、早く中に入りな。パパとママが待ってるぞ」佑くんは何度も頷いて答えた。「イケメンおじさん、あとで舞台での演出が見られる?」「見られるよ。あとでな」そう言い残して、玲央はパフォーマンスチームと一緒に会場内へと向かった。佑くんは小走りで智哉のもとへ。智哉は少し驚いたように彼を見た。「ここにも知り合いがいたのか?」佑くんはふんっと鼻を鳴らして小さく顎を上げた。「だってしょうがないじゃん、僕って超イケメンで超かわいいから、みんな僕のこと好きになっちゃうんだもん」その一言に、周囲はどっと笑い声に包まれた。一行は麗美に導かれ、パーティー会場のホールへと足を踏み入れた。ヨーロッパ風のクラシックな建築、きらびやかな内装、地域色の強い装飾が施された空間に、佑くんは思わず手をたたいて喜んだ。「わぁ……すっごくきれい!僕、ここ大好き!」麗美は笑顔で彼の頭を撫でて言った。「気に入ったなら、何日か泊まっていっていいよ?」「うん!叔母さんと一緒なら、もうパパとママの取り合いしなくていいもん!パパね、毎日妹を作るって言うくせに、ママを独り占めしてばっかり。妹全然できないの。ねぇ叔母さん、パパってもしかしてダメなんじゃない?」その言葉に、その場にいた全員が爆笑した。智哉は苦笑しながら、佑くんのうなじを指でつまんで軽くひねった。「こいつ……会って早々、俺の悪口言いやがって。おばあちゃんに会ったら、他に何を言うつもりだ?」佑くんは首をそらして自信満々に言った。「僕は事実を話してるだけだよ?告げ口なんかしてないもん。間違ってること言った?」麗美はその口調を聞きながら、驚いたように佳奈に尋ねた。「佳奈、もしかして普段からこの子に法律の話してるの?なんか話し方がやたら論理的で……
聖人が佑くんに気づかれた瞬間、反射的にお皿で顔を隠し、そのまま列に紛れて立ち去った。佑くんは追いかけようとしたが、ちょうどその時、麗美が盛装で現れた。彼はすぐに短い足で走り寄り、「叔母さん、叔母さん、僕、会いたかったよぉ」と叫びながら彼女の胸に飛び込んだ。麗美はドレスのことなど気にも留めず、ぎゅっと抱きしめて、何度も何度も頬にキスをした。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。女王になってからというもの、毎日が忙しく、そして孤独だった。ここには家族の温もりがなく、あるのは終わりのない接待と仕事ばかり。彼女は佑くんのほっぺにキスをして、笑顔を見せた。「叔母さんね、もうみんなに会いたくて頭おかしくなりそうだったのよ」彼女の目尻から涙が一粒こぼれるのを見て、佑くんはすぐにぷにぷにの小さな手でそれを拭ってあげた。「叔母さん、泣かないで。これからは佑くん、いっぱい会いに来るから、ね?」麗美は嬉しそうに微笑んだ。「叔母さんはね、悲しいんじゃなくて……嬉しくて泣いてるの。さあ、行きましょう。美味しいもの、たっくさん用意してるよ」すると佳奈と智哉も歩いてきて、微笑みながら頷いた。「姉さん、元気にしてた?」「食べて飲んで、周りには人もいて……元気に決まってるでしょ?ただ、みんなに会いたくて仕方なかったのよ」佳奈はそっと彼女を抱きしめ、優しく言葉をかけた。「姉さん、本当にお疲れさま。家族のために、こんなにもいろいろ我慢してくれて……ありがとう」女王という肩書きは聞こえはいいが、それはつまり国の顔であり、象徴でもある。これからの人生で自由な結婚は望めないし、行動だって大きく制限されてしまう。自由を愛してきた麗美にとって、それはきっと耐えがたいことのはずだった。そんな中での佳奈の言葉に、麗美の目元がうっすらと赤くなった。口元を緩めて言った。「そこまで悲観するほどでもないよ。思ってるより、私は自由にやれてるわ」姉の犠牲に心を打たれたのか、智哉も少し感傷的になっていた。彼は笑みを浮かべながら、佑くんの頭をくしゃっと撫でた。「もし寂しかったら、佑くんを預けてもいいよ」麗美はその言葉に、優しい目で彼を見つめた。「佑くんは、ずっとあなたたちの側にいられなかったんでしょ?やっと家族三人一緒に
佳奈は、結翔の口にした「彼」が誰のことなのか、当然わかっていた。 それは、あのクズ親父――聖人のことだ。 この二年間、結翔は可能な限り佳奈の前で聖人の名前を出さないようにしていた。 刑務所に面会に行くのも、いつも佳奈に隠れてこっそりだった。 佳奈もわかっている。 結翔にとって、聖人はどうしても切り離せない存在なのだ。 それもそのはず、幼い頃から育ててくれた父親なのだから。 だが佳奈にとって、聖人はただの生物学的な父親に過ぎない。 情なんて、これっぽっちもなかった。 彼に対する憎しみも、年月とともに少しずつ薄れてきた。 今となっては、彼の存在を気にしないようにしているだけだ。 「そう……けっこう早いね」 佳奈は淡々と答えた。 結翔は少し黙ってから言った。 「出所した後、一人でM国に行ったんだ。あっちで暮らすつもりらしい。佳奈……あの人、この数年ずっと後悔してるよ。俺が面会に行くたび、君のこと聞いてきた。 本当は、君と佑くんに会いたいんだ。ただ、口に出せないだけで」 それを聞いた佳奈の口元が少しだけ緩んだ。 「お兄ちゃん、別に説得しようとしてるわけじゃないよね?私、会う気なんてないから」 「いや、会えって言ってるわけじゃない。ただ、今のあの人の姿を知ってほしかっただけだ」 「どれだけ変わったって、私には関係ない。一生に一人の父親は清司だけだよ。もう切るね、佑くん帰ってきたから」 そう言って、結翔が何か言う前に佳奈は電話を切った。 佑くんが佳奈の胸に飛び込み、顔を見上げながら言った。 「ママ、さっきおトイレで泣いてるお年寄り見たよ。娘と孫に会いたいって言ってた。 ねえ、おじいちゃんも僕たちに会いたいと思ってるかな?電話してあげようか?」 佳奈は笑いながら頬をつまんだ。 「家に帰ったら、おじいちゃんとビデオ通話しようね」 二人がそう話していると、病室の扉が開いた。 智哉が中から出てきた。 佳奈はすぐに駆け寄り、彼の全身を見て確認するように聞いた。 「どうだった?状況は深刻なの?」 智哉は佳奈の頭を軽く撫でながら、優しく言った。 「予想より悪かった。直近は一時的な視覚障害が頻発するそうだ。 適合する角膜が見つからなければ、完全に失明する可能性もあ
「ママに電話代わって。話したいことがある」「いいけど……でもね、叔父さん、ママにおパパと離婚するように言わないでね。ママ、パパのことすごく好きだから。ずっと一緒にいるって言ってたの」結翔の胸がズキンと痛んだ。すぐに応えた。「叔父さんはそんなこと言わないよ。心配しないで」彼の言葉を聞いてようやく安心したのか、佑くんは電話を佳奈に渡して言った。「ママ、叔父さんが話したいって。僕、トイレ行ってくるね」「気をつけてね」「わかってるってばー」佑くんはトイレの方に小走りで向かった。中に入ると、すぐに聖人が中で涙を拭っているのが目に入った。佑くんは不思議そうに見上げながら聞いた。「おじいちゃん、なんで泣いてるの?」その声を聞いた瞬間、聖人は動きを止めた。佑くんの顔を見た時、胸の奥がまるで誰かに刃物で刺されたように痛んだ。この子が……自分が昼も夜も思い続けてきた孫だった。刑務所の中で過ごす日々、彼はこの子のことばかり考えていた。もう会えないと思っていた。でも、こんなに大きくなってて、しかもこんなにしっかりしてるなんて。聖人はしゃがみ込み、大きな手で佑くんの頭をそっと撫でた。声を詰まらせながら言った。「おじいちゃんはね、娘と孫のことを考えてたんだよ」佑くんはまんまるの黒い目をぱちぱちさせて聞いた。「会いたいなら、会いに行けばいいじゃん?」聖人は喉を詰まらせながら答えた。「おじいちゃんはね……昔、あの子たちを傷つけてしまったから、顔向けできないんだ」「家族なのに、なんで傷つけたの?」「おじいちゃん、あの頃はバカだったんだ。人の言葉を鵜呑みにして、間違ってひどいことをしてしまった……佑くん、ごめんな」自分の名前を呼ばれて、佑くんは驚いて目を大きく見開いた。「なんで僕の名前、知ってるの?」聖人はしまったと思い、すぐに取り繕った。「さっき廊下でママが呼んでるのを聞いたんだよ」佑くんは何度かうなずいて言った。「そっかぁ。じゃあね、おじいちゃんが娘さんと孫に会いたいなら、ちゃんと謝りに行けばいいんだよ。きっと許してくれるから」その言葉に、聖人は涙を拭いながら聞いた。「もし……佑くんだったら、おじいちゃんを許してくれるかい?」佑くんはすぐに首を振った。「そんな
その一言で、佳奈の胸がぎゅっと締めつけられた。智哉の角膜移植が二度目で、ドナーとの適合が極めて難しいのは知っていた。 だが、ここまで厳しいとは思っていなかった。佳奈の顔がみるみる青ざめていくのを見て、智哉はそっと肩を抱き寄せ、優しく慰めた。「生体移植もそんなに難しくないよ。最近は亡くなる前に臓器提供する人も多いし、もしかしたらそのうち俺にもチャンスが来るかもしれない」佳奈は笑顔で首を横に振った。「大丈夫よ。たとえ合う人がいなくても、私は気にしない。あなたがそばにいてくれるなら、それだけでいいの」そんな二人の甘いやり取りに、リンダの表情にかすかな苦みが浮かんだ。 だが、それもすぐに消えた。「高橋夫人、彼を検査に連れて行きますね」佳奈は静かにうなずいた。佳奈は佑くんの手を引いて、病室の外で待つことにした。母親の様子がどこか落ち着かないのを察した佑くんは、すぐに佳奈の胸元に飛び込み、柔らかい声で慰めた。「ママ、大丈夫だよ。パパはきっと良くなるよ。たとえ目が見えなくなったって、佑くんが代わりにママと一緒にパパを守るから」その言葉に、佳奈は思わず笑みを浮かべ、息子の額にそっとキスをした。「なんて優しい子なの……ママ、嬉しすぎて涙が出ちゃいそう」佑くんは大きな黒い瞳をぱちぱちと瞬かせ、にこっと笑って言った。「だって僕はママが命がけで守ってくれた子だから。だから、ママに優しくするのが当たり前なんだよ」佳奈は少し驚いた顔で佑くんを見つめた。「それ、誰に聞いたの?」「おばあちゃんが言ってたよ。ママが僕を守るために、一人で海に飛び込んで、もう少しで溺れちゃったって。ママは命がけで佑くんを守ってくれたから、僕もママを守るの!」その言葉に、佳奈の心がじんわりと熱くなった。あの時のことが、次々と頭の中に蘇る――玲子と美桜に何度も罠にはめられ、命の危機に瀕したあの頃の記憶。けれど、すべての困難を乗り越えて、今こうして、我が子がそばにいてくれる。家族三人で幸せに暮らせる日々がある。その現実が、何よりも尊い。佳奈は佑くんをぎゅっと強く抱きしめた。ぷにぷにした頬にキスを落としながら、微笑んで言った。「いい子ね。これからは、もう何も怖くないわ。パパもきっと元気になる」その母子の愛らしいやり取
これは、智哉がずっと前から考えていた計画だった。息子の姿をAIシステムに入力するだけじゃなく、佳奈の姿も記録するつもりだった。そして、これから先の彼らの成長や変化、一つひとつの時期の姿を、すべて頭に焼き付けておくつもりだ。もし本当に移植手術ができなかった場合、暗闇の世界で生きる自分には、その記憶と想像だけが希望になる。佑くんはそっと智哉の首に腕を回し、優しく言った。「パパ、大丈夫だよ。佑くんが大きくなったら、パパのことちゃんと養ってあげる。もし見えなくなっても、ママと佑くんがパパの目になってあげるよ」元々それほど感傷的な空気ではなかったのに、息子のその一言で、智哉の鼻の奥がつんと熱くなった。彼は佳奈と佑くんを強く胸に抱きしめ、低く静かな声で言った。「ありがとうな、お前たち……」運命は彼に様々な困難を与えた。だけど、こんな素敵な妻と、愛しい息子がいる。たとえこの先、本当に視力を失っても、それだけで十分、価値があると思えた。佳奈は二人の頭をそっと撫でながら言った。「念のために、もう一度しっかり検査してもらいましょう」智哉はうなずいた。「そうだね。以前手術してくれた先生がこの街にいるはずだから、あとで連絡してみるよ」「じゃあ、あなたが連絡してる間に、私は佑くんの髪を乾かしておくね」佳奈がドライヤーを手に佑くんの髪を乾かし始めると、智哉はスマホを手に寝室へと入っていった。電話が繋がると、すぐに女性の声が聞こえてきた。「智哉、何かあったの?」智哉は淡々と答えた。「今日、一時的に視界がぼやけた。念のため、検査をお願いしたい」相手の女性はすぐに答えた。「予定より少し早いけど、想定内よ。いつ来れる?すぐに準備するわ」「明日の午前に行くよ。妻と一緒に」「了解。スケジュールを空けておくわ」翌朝。早くに佑くんが目を覚ました。ベッドから起き上がると、小さな足でトコトコと佳奈たちの寝室まで走っていった。そして目にしたのは、ぴったりと抱き合って眠るパパとママの姿。彼はすぐにベッドに上がり、智哉の胸元に潜り込むと、小さな手でそっと彼の顎を撫でた。その感触に気づいた智哉は、笑いながら佑くんの額にキスをした。「いつもはママのところに潜るのに、今日は珍しいな?」すると、佑