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第758話

Author: 藤原 白乃介
彼女はすぐに駆け寄ってドアを開けた。目の前に立っていたのは、背が高くスラっとした青年だった。

その男の子は身長が190センチ近くあり、シンプルな白いTシャツにジーンズ姿だった。

整った顔立ちには太陽のような笑顔が浮かび、口元にはうっすらと見えるえくぼがあった。

彼女を見ると、瑛士は丁寧に軽く頭を下げて、親しげに言った。

「知里姉さん」

知里は興奮気味に彼を上から下まで眺めた。

「えっ、これが私の知ってるあの弟?こんなに背が伸びて、しかもイケメンになっちゃって……完璧に学園の王子様って感じじゃない!」

瑛士は少し照れながら笑った。

「からかわないでくださいよ」

「早く入って入って。あなたの好きな料理、いっぱい頼んどいたんだから。本当は外で食べようと思ってたんだけど、ちょっと最近色々あってさ、誰かに見られると困るから、今日は家で我慢してもらうね」

瑛士は荷物を下ろし、テーブル一杯に並んだ料理を見て言った。

「そんなに気を遣わなくてもよかったのに。僕、自分で作れますから。知里姉さんに作ってあげたかったのに」

知里は見上げながら驚いた顔をした。

「イケメンで優しくて料理もできるとか……そりゃあ女の子たちにモテモテでしょ。彼女はいるの?いないなら、姉ちゃんが紹介してあげようか?」

瑛士は耳まで赤くなりながら答えた。

「いません。でも……好きな人はいます」

「えー、あなたみたいに優秀な子でも片想いとかするんだ?誰なのその子?姉ちゃんに教えてよ、連絡取ってあげる」

「大丈夫です、自分で想いを伝えたいんです」

「うん、それでこそ男だよ。責任感あるし、行動力もある、いい子に育ったねぇ」

瑛士の美しいタレ目が知里をまっすぐ見つめて、穏やかな声で言った。

「知里姉さん、僕もう十九ですよ。もう子ども扱いしないでください」

知里は笑いながら彼の頭を撫でた。

「でもね、姉ちゃんにとってはいつまでたっても、守ってあげたい可愛い弟なんだよ」

「もう守ってもらわなくて大丈夫です。今度は僕が、知里姉さんを守ります」

「……うん。瑛士、立派になったね。もうすっかり大人の男だ」

そう言って、彼女は洗面所の方を指差した。

「はいはい、手洗ってきて。ご飯にしよう」

瑛士は立ち上がって洗面所へ向かった。

そのとき、玄関の外から男の声が聞こえてきた。

誠健
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