Share

第879話

Author: 藤原 白乃介
咲良の手のひらほどの小さな顔が、一瞬でほんのり赤く染まった。

美しいタレ目の瞳には、きらきらとした光が宿っている。

「お兄ちゃん……彼のこと、好きなのって内緒にしてくれる?」

咲良のあまりの恥ずかしがりように、誠健は口元を緩めた。

「咲良はお兄ちゃんに手伝ってほしくないのか?咲良が彼のこと大好きなの知ってるよ」

咲良は首を振った。

「体が元気になったら、自分で告白しに行くの」

「そうか。じゃあ、もしうまくいかなかったら、お兄ちゃんが彼を拉致って、無理やり結婚させてやるよ」

「そんなの嫌!無理やりくっつけても、幸せになれないよ」

ふたりは楽しそうに笑い合っていた。この温かい雰囲気こそ、咲良が好きなものだった。

家族のみんなが、心から彼女を大切に思ってくれているのが伝わってくる。彼らの愛情は、咲良の胸にしっかりと届いていた。

夜になると、再開パーティーが高級ホテルの宴会場で盛大に開催された。

咲良は白いシフォンのドレスを身にまとい、漆黒の髪を肩にふわりと流していた。

高価な宝石は身につけておらず、シンプルで上品なアクセサリーだけ。

まるで空から舞い降りた妖精のような佇まいだった。

誠健の父と母が咲良の手を引いて壇上に上がり、集まった記者やゲストの前で彼女を紹介した。

「石井家が長年探し続けていた、我が家のお姫様です」

その言葉に、場内の視線が一斉に集まり、石井家へと賞賛の拍手が送られた。

会場は終始にぎやかで、華やかな雰囲気に包まれていた。

咲良にとっても、これほど盛大な宴会に参加するのは初めてのことだった。

彼女は両親に連れられて、業界の年長者たちに挨拶を済ませた後、会場の隅にある休憩スペースでひと息ついていた。

そのとき、瑛士がデザートの皿を手にこちらへやってきた。

穏やかな笑みを浮かべながら、彼は言った。

「咲良、おめでとうってまだ言ってなかったね」

咲良も微笑んだ。

「ありがとうって言うのは私の方だよ。瑛士が知里姉と知り合いじゃなかったら、お兄ちゃんに見つけてもらえなかったし、石井家に戻ることもできなかった」

「それは、きっと縁ってやつだよ。見つけ出せたのは、運命だったんだ……それに、君の養母さんがずっと君を守ってくれてたおかげでもある」

「わかってるわ。
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第883話

    誠健は丸三日三晩、意識を失っていた。そして四日目の朝、彼はゆっくりと目を開けた。最初に視界に映ったのは――知里だった。知里はタオルを手に、彼の体を拭こうとしていた。彼は反射的にその手を払いのけ、喉からかすれた声を絞り出した。「何してるんだ?」その声を聞いた瞬間、知里は顔を上げた。彼の冷たく鋭い視線を見つめたまま、目の縁がじんわりと赤く染まっていく。その一言、その仕草だけで、知里にはすべてがわかった――誠健は自分のことを忘れてしまったのだ。ちょうどそのとき、咲良が病室に駆け込んできた。誠健の目が開いているのを見た途端、彼女は駆け寄り、泣きながら叫んだ。「お兄ちゃん、やっと目が覚めたのね!みんなすごく心配したんだから!」彼女は誠健の胸に顔を埋め、小さくすすり泣き始めた。誠健は彼女の頭を大きな手で優しく撫でながら、かすれた声で慰めた。「咲良……もう泣くな」その声を聞いて、咲良と知里は同時に目を見開いた。彼は咲良のことを覚えていたのだ。咲良は信じられないというような顔で彼を見つめた。「お兄ちゃん、私のこと覚えてるの?」誠健は彼女の頬の涙をそっと拭いながら頷いた。「お前は俺の妹だ、忘れるわけがないだろ」「じゃあ……じゃあ、彼女のことは?知里姉のことは?一番愛してた女の子だよ。この件がなかったら、またやり直してたはずなのに……お兄ちゃん、思い出せない?」誠健の深い桃花眼がゆっくりと知里に向けられた。その眼差しには、今まで見たことのないほどの他人行儀な冷たさが宿っていた。初めて出会った時よりも、ずっと遠い。その一瞬の視線で、知里は確信した――彼は本当に、自分のことを忘れてしまったのだ。知里は苛立ちに満ちた笑みを浮かべた。「あなたの愛なんて、所詮その程度だったのね。骨の髄まで刻まれてるなんて、嘘ばっかり。忘れるわけないって言ってたくせに」誠健の瞳には一片の温もりもなく、知里を見据えたまま、同情の欠片もない声で言い放った。「もし何かあったとしても、ちゃんと責任は取る。でも……悪いが、君のことは覚えていない」その言葉は鋭い刃のように、知里の心に深く突き刺さった。涙が今にも落ちそうなほど目に溜まっていたが、唇の端はかすかに上がっていた。彼女はゆっくりと身をかがめ

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第882話

    知里はすぐにスマホを手に取り、誠健の父に電話をかけた。五分も経たないうちに、全員が駆けつけてきた。佳奈は、知里が誠健を抱きしめて泣いているのを見て、すぐに駆け寄った。「知里、いったい何があったの?」佳奈の顔を見るなり、知里は泣きながら叫んだ。「佳奈、結衣が誠健に媚薬を飲ませたの……それに、記憶を失う薬まであるって言ってた。誠健、もう二度と私のこと思い出せないかもしれないの」その言葉を聞いた瞬間、全員が凍りついたように目を見開いた。誠健の父はすぐに命じた。「誰か、早く誠健を病院に運べ!」ボディガードたちが担架を持って駆け込み、誠健をその上に寝かせた。佳奈は知里を支えながら後に続いた。その光景を見ていた結衣は、突然大声で笑い出した。誠健の父と母を見ながら、にやりと笑って言った。「無駄なことしても意味ないよ。この薬は闇市で手に入れたもので、解毒なんてできないの。誠健は知里のことだけじゃなくて、あんたたちのことも忘れるよ。もうすぐこの人はあんたたちの息子じゃなくなる。咲良でも抱いて、残りの人生を過ごせば?」その言葉に、誠健の父はついに怒りを抑えきれず、結衣の頬を力いっぱい平手打ちした。その一撃は、知里の比じゃなかった。結衣の唇から鮮血が滲み出た。誠健の父は目を血走らせながら彼女を睨みつけた。「結衣……石井家があんたに何をした?どうしてこんなに残酷なことを……初めから偽物だとわかってた時点で、アフリカのスラム街にでも捨てるべきだったな!」結衣は鼻で笑いながら言った。「でも、捨てなかったでしょ?私が偽物の影武者を海外に行かせたのも気づかなかったし、出入国を監視してたくせに、私はずっと近くにいたのよ。全部、今日のこの日のためだったの。どうせ心臓の病気で治療費もないし、死ぬのは時間の問題だった。だったら、死ぬ前に一発かましてやろうと思ってね。やっと願いが叶った。誠健も壊したし、知里の愛も壊した。もう思い残すことはないわ」誠健の父は歯を食いしばり、怒りに震えながら叫んだ。「誰か、こいつを捕まえろ!死なせるなよ!」そう言い残し、彼も誠健の搬送隊を追いかけていった。誠健は病院へと運ばれ、緊急処置を受けた。一時間後、手術室のドアが開いた。全員が一斉に駆け寄り、医者に尋ねた。「

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第881話

    その時、部屋のドアが突然開け放たれた。知里が足早に結衣の元へ駆け寄り、いきなり髪を掴んだ。そして彼女の頬に、容赦なく平手打ちを食らわせた。結衣は突然の一撃に呆然とした。反応する間もなく、もう片方の頬にも一発。耳元には、知里の冷え切った怒声が響く。「結衣、あんた死にたいの?」そう言うなり、知里はヒールのつま先で結衣の腹を蹴り飛ばした。結衣は数歩後退し、そのまま床に倒れ込んだ。彼女は心臓が弱く、体も細い。幼い頃から喧嘩慣れしている知里に、太刀打ちできるはずもなかった。だが、もはや逃げ道など残されていない。彼女の唇が冷たく歪み、嘲るように言った。「知里、好きにしなよ。たとえ私を殴り殺したって、誠健はもう二度とあんたを好きにならない。だって、あの薬の中には媚薬だけじゃなく、記憶を消す薬も入ってるんだから。今日、私が彼を手に入れられなくても、あんたも永遠に手に入らない。彼はあんたのことを、綺麗さっぱり忘れちまうの。あははは、知里……この勝負、見た目はあんたの勝ち。でも実際は、永遠の敗者だよ。あんたが手に入れたのは、もうあんたを愛さない男なんだよ」その言葉を聞いた知里は、怒りで我を忘れた。床に転がっていた棒を掴み、結衣に向かって振り下ろした。「記憶を消しただと?だったら今日、あんたをこの世界から消してやるよ。このクソ女、男が欲しいんだろ?百人でも千人でも紹介してやるよ、好きにしろ!」知里の手に握られた棒が、結衣の体に容赦なく打ちつけられる。一撃一撃が、どんどん重くなっていった。痛みに耐えきれず、結衣は頭を抱えて床を転げ回った。それでも、口は止まらなかった。「あははは、知里、あんたが誠健を好きなのはわかってる。あいつの心にあんたしかいないのも知ってる。でもね、私が石井家からいなくなったからって、二人がうまくいくと思ってるの?これは、私からの餞別だよ。『自分の好きな人の心に、自分がいない』っていう地獄、味わってごらん。知里、殴りなよ、もっと強く。私を殺したところで、あんたを愛してた誠健はもう戻ってこないんだから」結衣の言葉はまるで呪いのように、知里の胸を深く抉った。棒を振り下ろす手にも、ますます力がこもる。その時だった。耳元に、かすれた男の声が届いた。「さとっち……助

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第880話

    結衣は両手をぎゅっと握りしめていた。 歯が砕けそうなほど強く噛み締めながら、心の中で怒りをぶつける。 ――知里、お兄ちゃんは私のもの。あんたなんかに渡すもんか!そう吐き捨てるように思いながら、彼女はそのままパーティー会場へと足を踏み入れた。 一方その頃、誠健と知里は一緒にパーティー会場に入ってきた。 すると、白い子供用スーツに身を包んだ佑くんが二人に向かって駆け寄ってくる。 そして勢いよく知里の胸へと飛び込んだ。 「義理のお母さん、こっそりケーキ取っといてあげたよ。大好きな味ばっかり!」 その一言で、知里の一日の疲れは一気に吹き飛んだ。 彼女は笑顔で佑くんの頬にキスをすると、こう言った。 「ありがとう、佑くん。お腹ぺこぺこだったのよ」 「じゃあ、僕についてきてね!」 知里が会場に入るなり佑くんに連れ去られるのを見て、誠健はイラッとした様子で智哉を睨みつけた。 「お前、自分の息子を少しは止めろよ。せっかく迎えに行ったのに、一瞬で持ってかれたぞ」 智哉はニヤリと笑いながら返す。 「知里はうちの息子のことが好きなんだよ。お前も俺のことパパって呼べば、知里もお前のこと好きになるかもよ?」 「誰が呼ぶか!図に乗んな!」 そのやり取りに、誠治がさらに煽ってくる。 「最近の知里、仕事がバリバリ順調でさ、完全に『仕事に生きる系女主人公』って感じだよな。恋愛とか眼中にないんじゃない?」 結翔も便乗して茶化す。 「前にインタビューで今は独り身ですって言ってたし、誠健のことなんか最初から相手にしてないんじゃない?」 皆に好き勝手にからかわれて、誠健は苛立ち、近くのウェイターのトレーから酒を一杯取り、ぐいっと飲み干した。 「いいか、俺が一ヶ月以内に知里を落とせなかったら、お前ら全員パパって呼んでやるよ!」 そう啖呵を切ったその瞬間、佑くんがまた走ってきた。 ちょうどそこに、酒を運んでいたサービススタッフがぶつかりそうになる。 誠健は咄嗟に動き、佑くんを抱き上げて自分の背中でウェイターのトレーを受け止めた。 ガシャーンという音と共に、酒の入ったグラスが床に散らばり、誠健のシャツも酒でびしょ濡れになってしまった。 スタッフはすぐに頭を下げて謝る。 「申し訳ありません、石井さん……私の

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第879話

    咲良の手のひらほどの小さな顔が、一瞬でほんのり赤く染まった。 美しいタレ目の瞳には、きらきらとした光が宿っている。 「お兄ちゃん……彼のこと、好きなのって内緒にしてくれる?」 咲良のあまりの恥ずかしがりように、誠健は口元を緩めた。 「咲良はお兄ちゃんに手伝ってほしくないのか?咲良が彼のこと大好きなの知ってるよ」 咲良は首を振った。 「体が元気になったら、自分で告白しに行くの」 「そうか。じゃあ、もしうまくいかなかったら、お兄ちゃんが彼を拉致って、無理やり結婚させてやるよ」 「そんなの嫌!無理やりくっつけても、幸せになれないよ」 ふたりは楽しそうに笑い合っていた。この温かい雰囲気こそ、咲良が好きなものだった。 家族のみんなが、心から彼女を大切に思ってくれているのが伝わってくる。彼らの愛情は、咲良の胸にしっかりと届いていた。 夜になると、再開パーティーが高級ホテルの宴会場で盛大に開催された。 咲良は白いシフォンのドレスを身にまとい、漆黒の髪を肩にふわりと流していた。 高価な宝石は身につけておらず、シンプルで上品なアクセサリーだけ。 まるで空から舞い降りた妖精のような佇まいだった。 誠健の父と母が咲良の手を引いて壇上に上がり、集まった記者やゲストの前で彼女を紹介した。 「石井家が長年探し続けていた、我が家のお姫様です」 その言葉に、場内の視線が一斉に集まり、石井家へと賞賛の拍手が送られた。 会場は終始にぎやかで、華やかな雰囲気に包まれていた。 咲良にとっても、これほど盛大な宴会に参加するのは初めてのことだった。 彼女は両親に連れられて、業界の年長者たちに挨拶を済ませた後、会場の隅にある休憩スペースでひと息ついていた。 そのとき、瑛士がデザートの皿を手にこちらへやってきた。 穏やかな笑みを浮かべながら、彼は言った。 「咲良、おめでとうってまだ言ってなかったね」 咲良も微笑んだ。 「ありがとうって言うのは私の方だよ。瑛士が知里姉と知り合いじゃなかったら、お兄ちゃんに見つけてもらえなかったし、石井家に戻ることもできなかった」 「それは、きっと縁ってやつだよ。見つけ出せたのは、運命だったんだ……それに、君の養母さんがずっと君を守ってくれてたおかげでもある」 「わかってるわ。

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第878話

    「私の母(※養母)も一緒に戻っていい?」 咲良は目を潤ませながら、興奮気味にそう尋ねた。誠健の母は優しく笑いながら、咲良の頭を撫でた。 「もちろんよ。これからはずっと一緒よ。あなたをこんなに立派に育ててくれたんだもの。石井家にとっては一生の恩人よ」「じゃあ……名前は変えなきゃだめ?結衣って呼ばれるの、嫌なの。あの人のこと思い出しちゃうから……」「結衣じゃなくて、今の名前の前にお「石井」をつけましょ。これからは「石井咲良」って呼ばれるの、どうかしら?」咲良は目を輝かせて何度もうなずいた。 「すごく綺麗!その名前、大好き!」咲良の母はすでに荷物をまとめ終えており、咲良と一緒に石井家の本邸へと向かった。咲良がようやく家に戻った姿を見て、石井お爺さんは感極まって涙をこぼした。咲良をぎゅっと抱きしめ、切なそうに言った。 「よく戻ってきてくれたな、うちの可愛い子……今まで外でどれだけ辛い思いをしたかと思うと、爺ちゃんは胸が張り裂けそうじゃ……」咲良は小さな手で石井お爺さんの頬を撫で、微笑みながら言った。 「お爺ちゃん、泣かないで。お爺ちゃんが泣くと、咲良も胸がぎゅーってなるの」「そうか、なら爺ちゃんは泣かない。さあ、先祖様に挨拶に行こう。君のこと、一番可愛がってたお婆ちゃんが亡くなる間際まで君の名前を呼んでたん。帰ってきたって、ちゃんと伝えないとな」石井お爺さんは皆を連れて、石井家の祖先たちに手を合わせた。その後、咲良を連れて2階へ上がり、彼女の部屋を見せた。テレビでしか見たことのないようなプリンセスルームを目の当たりにして、咲良の顔には喜びが満ちた。部屋の中には、幼い頃に使っていた物も残っていた。彼女が一番好きだった長い耳のうさぎもそこにあった。咲良は机の上のアルバムを手に取り、一ページずつ丁寧にめくっていった。三歳になる前の自分の姿、少年時代の誠健兄の姿がそこにはあった。若かりし頃の父と母、そしてお爺ちゃんの姿も。写真からは、みんなが本当に咲良のことを大切にしていたのが伝わってきた。まるでお姫様のように愛されて育てられていた。遊園地に行けば、必ず父の肩車か兄の背中に乗っていた。まるで彼女の幼少期は、家族の愛の中で包まれていたようだった。微笑ましい写真を見ながら、咲良の

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status