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第914話

Author: 藤原 白乃介
「うん!」

「じゃあ、しっかり掴まってて。スピード上げるよ」

そう言って、誠健はアクセルを踏み込んだ。クルーザーが一気に加速する。

知里の身体が思わず後ろに仰け反った。

クルーザーはまるでスーパーヒーローのように、次々と打ち寄せる高波を乗り越えていく。

そのまま深海へと突き進んだ。

知里の胸は高鳴り、全身が興奮に包まれていた。

「誠健、また波が来たよ!もっとスピード出して!」

「わあっ、空飛んでるみたい!」

「ねえ誠健、帰り道わからなくなったりしないよね?」

心から楽しそうに笑う知里の姿を見て、誠健の唇がふっと緩んだ。

彼は前方を指さして言った。

「知里、あっち見てみな」

知里はすぐに誠健の指差す方向を見て、目を大きく見開いた。

そこには小さな孤島が浮かんでいて、無数の小さな光が瞬いていた。

「誠健、あれってホタル……?なんであんなにたくさんいるの?」

誠健の口元に笑みが浮かぶ。

「行ってみたい?」

「行きたい!早く近づいて!」

クルーザーは島に向かって進み、あっという間に到着した。

島にはホタルの光以外、何の灯りもなかった。

誠健はバッグからいくつかの小箱を取り出し、知里の手を引いて船から降りた。

島は荒れ果て、雑草が生い茂っている。

虫の鳴き声が耳に届く。

知里がホタルを追いかけようとした瞬間、手首を誠健に掴まれた。

そのまま強く引かれ、彼の胸の中に倒れ込む。

唇が思わず誠健の胸元に触れてしまい、彼の力強い鼓動がダイレクトに伝わってくる。

知里が身を引こうとした瞬間、誠健の大きな手が彼女の後頭部をしっかり押さえた。

低くかすれた声が耳元で囁かれる。

「動くな。ここ、毒ヘビが多いんだ」

その一言で、知里はぴたりと動きを止めた。

ふたりはそのまましっかり抱き合い、頭上を飛び交うホタルの光を見つめていた。

知里は目を奪われていた。

夜空を舞うホタルたちは、小さな灯りのように幻想的な光景を作り出していた。

こんなにたくさんのホタルを見るのは初めてで、テレビで見た映像よりもずっと心を打たれる。

彼女は思わず誠健の胸に顔を埋め、囁くように言った。

「すごく綺麗……こんなにたくさんのホタル、初めて見た。どうしてここにいるってわかったの?」

誠健はスマホを取り出して撮影しながら答えた。

「智哉から聞いた
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