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第954話

Author: 藤原 白乃介
知里は彼に深く口づけされ、少し頭がぼんやりしていた。荒い息をつきながら言う。

「誠健、上に行こう。ここだと人に見られちゃう」

誠健の瞳には、抑えようのない情欲が滲んでいた。

彼は飢えた狼のように知里の胸元へ噛みつき、そのまま力ずくでドレスを裂いていく。

白く滑らかな鎖骨を辿りながら、更に下へと唇を移した。

知里はあまりの刺激に耐えきれず、喉から低く艶めいた声を漏らす。

だが理性の片隅で、この場所が危険すぎると警鐘が鳴っていた。

ゴシップ記者に撮られかねない。

今夜、誠健は大々的に公開プロポーズをした。すでにトレンドのトップに上がっているかもしれない。

もしここで車中行為まで撮られたら、彼女の評判は一瞬で地に落ちるだろう。

知里は必死に動いて彼を止め、柔らかくなだめるように囁いた。

「誠健、家に帰ろう。私、ここじゃ嫌なの」

誠健はようやく唇を胸から離し、灼熱の眼差しを彼女に落とす。

声もすっかりかすれていた。

「さとっち……愛してる」

「わかってるわ。だから上に行こう。人に撮られたくないの」

ようやく誠健は理性を取り戻し、自分のコートを脱いで知里に掛けると、そのまま抱き上げて階段を上がった。

部屋のドアが開かれ、目に入る懐かしい光景。

抱き合う相手もまた懐かしい人。

過去の記憶が一気に押し寄せ、二人の脳裏を満たしていく。

視線が絡み、吐息が混ざる。

誠健は大きな手で知里の頬を撫で、低く囁いた。

「さとっち……会いたかった」

そう言って、彼女の唇を深く奪った。

灯りを点ける間もなく、二人は熱く激しく口づけを交わす。

やがて熱を帯びた空気に衣服が次々と床に落ち、一晩中、部屋には艶めく声と気配が溢れ続けた。

そして空が白み始める頃、ようやく静寂が戻った。

――翌朝。

知里は電話の着信音に叩き起こされた。

ぼんやりと応答ボタンを押すと、対面から秘書の叫び声が飛び込んできた。

「知里姉!トレンド入りしてますよ!石井さんのプロポーズ動画がネットに流れて、全国のファンが二人のリアルカップルを応援してます!

会社には映画やドラマのオファーが殺到してるんです!」

その言葉に、知里は驚かなかった。

すでに予想していたことだから。

今のファンが求めているのは「
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