LOGINムアンの内に秘めた感情が、麗美の心を動かさないわけがなかった。彼女にはわかっていた。彼の瞳にある深い想いは、演技なんかじゃない。時には燃える炎のように感じられるほどだった。ムアンに見つめられて、麗美は少し居心地が悪くなり、すぐに視線をそらして、拗ねたように言った。「子どもの前なんだから、もう少し気をつけて」ムアンは笑って彼女の頭を撫で、穏やかな声で言った。「分かった、君の言うことを聞くよ。海底レストランを予約したから、佑くんも連れて一緒に行こう。ダイビングもできるし、熱帯魚を見るのにちょうどいい季節だ。もし試したいなら、俺が付き合うよ」それを聞いて、麗美の目が輝いた。昔、彼女はここでダイビングをして魚を見たいと切望していた。しかし、ある映画を見てから、二度と来る勇気がなくなった。映画の主人公のように、誰かに檻に閉じ込められるのが怖かったのだ。だが、心の中にはずっとダイビングへの憧れがあった。彼の言葉に、麗美はたちまち興味をそそられた。口元には、子供のような笑みが浮かんだ。「本当にできるの?」ムアンは彼女を水のように穏やかな眼差しで見つめた。「俺を信じてくれるなら、できる」「うん、信じる」彼女はためらうことなく答えた。言い終わった瞬間、後悔した。どうしてこんなに簡単に承諾してしまったのだろう。本当に彼をそこまで信頼しているのだろうか?二人の結婚はもともと政略結婚だった。もしムアンが彼女に何か企んでいるとしたら、彼女は映画の主人公よりも悲惨な結末を迎えるかもしれない。しかし、一度口に出した言葉を撤回するのは、あまりにも大げさに思える。ムアンは彼女の懸念を察したようで、笑って彼女の頭を撫でた。「心配しないで。君を檻になんか入れない。俺は金はいらない。ただ妻が欲しいだけなんだ」彼の言葉は優しく、そして切なく、深く、一途だった。後ろで聞いていた花音は、思わず晴臣の腕を掴んで叫んだ。「あああ、晴臣おじさん!このムアンって人、どうしてこんなに誘惑するのが上手なの?麗美おばさんみたいなクールな人まで顔を赤くしちゃうなんて。私もこんな口説き上手な彼氏にいつか出会えるかな」晴臣は彼女の頭を軽く叩いた。「女の子がそんなこと言って恥ずかしくないのか」「何が恥ずかしいのよ!私たち寮
彼の奥ゆかしく抑えた礼儀作法は、麗美の心をさらに揺さぶった。 麗美はすぐに視線を伏せ、胸の奥の感情を隠しながら淡々と答えた。 「大丈夫。あなたこそ眠れなかったの?目が赤いよ」 その言葉を聞いたムアンの唇がふっと上がった。 愉快そうな笑みが声ににじむ。 「麗美は俺のこと気にしてくれてるのか?」 彼はそう言いながら、大きな手で麗美の頬を優しく撫でた。 その眼差しには、人を惹きつける深い想いが込められていた。 麗美は見まいとしても、一度目が合えばもう抜け出せない。 血走ったその瞳を見つめながら、掠れた声で言った。 「あなたは私の夫、気にかけるのは当たり前でしょ」 ムアンは小さく笑い、柔らかく答えた。 「ありがとう。昨夜はあんまり眠れなかったんだ。好きな女を妻にしたんだから、興奮しすぎたのかもしれない」 麗美の眉がひそむ。 「あなた、私が好きなの?」 「俺の気持ち、まだ伝わってないかな?」「どうして私を好きなの?私たち、知り合って間もないのに」「好きになるのに理由も時間もいらないさ。時には一目で、その人のために永遠を待てるんだ。君は俺にとって、その待つ価値のある人だ」 ムアンの声は柔らかく、どこか切なくて、まるで心地いいチェロの旋律のようであった。 麗美はその響きに酔いしれ、逃れられなくなる。 彼の深い瞳を見つめながら、その奥に自分の知らない物語が潜んでいるような気がした。 だがひとつだけわかるのは――ムアンの想いは演技などではなかった。 もし彼の言葉が本当なら、麗美が無理に距離を取る必要はない。 玲央との関係で心に受けた大きな傷のせいで、彼女はこれまで結婚に希望を抱いたことがなかった。 だが今の政略結婚は、どうしても避けられない現実。 ならば心を閉ざして一生を過ごすより、思い切って受け入れてみるほうがいいのかもしれない。 そうすれば、きっと新しい人生が開けるはずだ。 麗美は目を上げてムアンを見つめ、低く掠れた声で言った。 「ムアン、あなたは私を好きじゃなくてもいい。でも、私を騙すことだけは許さない。それが私の最大の譲れない点よ。わかる?」その言葉に、ムアンの瞳が一瞬だけ陰を帯びた。 だがすぐ彼は彼女の頭を撫で、落ち着いた声で答えた。 「安心して。た
この光景を見て、リーナは全身が爆発しそうなくらい怒りに震えた。 二人が互いに気遣う様子を睨みつけ、苛立ちのあまりドンッと床を踏み鳴らす。 「晴臣、覚えてなさいよ!今日の恥はぜったい返すんだから!」 そう吐き捨てると、彼女は踵を返して出ていった。 その背中に、佑くんの幼い声が飛んでくる。 「おばさん、朝ごはん忘れてるよ。ほっといたら、また僕がゴミ捨てしなきゃいけないじゃん」 元々怒りで胸が煮えたぎっていたリーナは、このひと言でさらに逆上する。 ぶんっと袋をつかみ上げると、そのまま別荘を飛び出した。 高いヒールが床を叩く音が、広い屋敷に響き渡った。 バタンと扉が閉まると同時に、花音は慌てて手を引き抜く。 おずおずと晴臣を見上げた。 「晴臣おじさん、私……ご迷惑かけちゃった?」 晴臣は笑みを浮かべ、彼女の頭をコツンと軽く叩いた。 「今さら確認するのか?もう殴っちゃっただろ」 「だって……あの人の言い方、あんまりにも失礼だったんだもん。私、今まであそこまで悪く言われたことなんてなかった……」 花音が唇を尖らせ、小さく肩をすぼめているのを見ると、晴臣はまた頭を撫でて笑った。 「大丈夫だ。飯を食おう。全部、俺に任せとけ」 「でも晴臣おじさん、あの人のこと好きじゃないのに、なんで付き合ってあげてるんですか?」 晴臣は少し眉をひそめる。 「あいつの父親は俺の恩師だ。さらに昔、俺の外祖父が窮地に陥った時に助けてもらったこともある。二重の恩義があるんだ。無碍にはできない」 「じゃあ……私のさっきの行動、晴臣おじさんを困らせちゃった?」 「いや、むしろ助かったよ。本当はもうとっくに縁を切りたかったんだ。ただ、向こうがしつこくてな。今日でけりをつけたいと思っていた。君はむしろ後押ししてくれた」 その言葉に花音は胸を張り、堂々と宣言する。 「じゃあこれからもし邪魔される時には、私に任せてください!彼女のフリくらいならいくらでもするよ。ギャラは安い、ご飯つきなら十分だから!」 晴臣は吹き出すように笑い、軽く肩をすくめる。 「君はホント手がかからないな……まぁ後のことは後で考えよう。さぁ飯だ。食ったら女王陛下に会わせてやる」 その一言に佑くんの目がまん丸になる。 「えっ!?本当!?またおば
「晴臣、私たち子どもの頃はとても仲良くしてたでしょ?あなたはいつも私に優しくしてくれて、何でも私に残してくれたのに、どうして今はこんなに冷たいの?」晴臣はふっと笑った。 「それはお前を妹だと思ってたからだ。ずっと兄妹のままなら、俺は変わらず優しくした。でもお前が求めるものは多すぎる。俺には与えられない」リーナは人前で断られ、顔色が一気に悪くなった。 彼女はぎゅっと拳を握りしめ、涙に滲んだ瞳で晴臣を見上げた。 「でもあの約束を忘れないで。三十歳まで結婚してなかったら、私を娶るって……あれはあなたが父に約束したことよ」「安心しろ。三十になる前に必ず結婚する。でも、その相手は絶対にお前じゃない」「晴臣、どうしてそこまで私を嫌うの?まさかあの女のせい?見てよ、あんな小娘なのに男を誘惑することしか知らない、まるで狐女じゃない!それなのに、あんなに庇うなんて!」ついにリーナは堪え切れず、本性をあらわにした。 青い瞳をぎらつかせ、花音を睨みつける。 奥歯をきりきりと噛みしめ、今にも飛びかかってその妖艶な顔を引き裂きそうな勢いだった。 その言葉を聞いた晴臣の顔色はさらに陰鬱になった。 細く長い目の奥に漂うのは、かつて見せたことのない冷たい闇だった。 「リーナ……お前の父親が俺や外祖父にくれた恩義を無駄にしない方がいい。俺を本気で怒らせたら、親戚付き合いだろうと容赦なく切り捨てる」リーナの目は怒りで真っ赤になった。 「晴臣!あの時父がいなければ、あなたの外祖父はもう死んでた!今のあなたも瀬名家も存在しなかった!それをこんな小娘一人のために、私と敵対するわけ!? その後のことを考えた?」晴臣が口を開こうとしたとき、花音が椅子から立ち上がった。 幼い顔に笑みを浮かべ、そのままリーナに歩み寄る。 声はやわらかく愛らしい響きだった。 「おばさん、私の毛がちゃんと生えてるかどうか……試してみないと分からないでしょ?」その言葉が落ちると同時に――パシッ!と、リーナの頬に鋭い音が響いた。 リーナの視界が一瞬で星で覆われる。 半分の顔にしびれが走り、口の端から血が滲む。 彼女は怒りで足を踏み鳴らした。 「この狐女!よくも私を叩いたわね!その口を裂いてやる!」そう叫び、袖を捲り上げて花音に突進する。
花音はその言葉を聞いた瞬間、口に含んでいたミルクを思いきりむせてしまった。 咳が止まらない。 佑くんはすぐに小さな手を伸ばして、彼女の背中をポンポンと叩いてくれた。 そして優しく声をかける。 「お姉ちゃん、この人にびっくりさせられたんじゃない?」 花音はしばらく咳き込み、涙まで浮かべていた。 白い顔は真っ赤に染まっている。 彼女は首を軽く振って答える。 「だいじょうぶ……ただちょっと急いで飲んじゃっただけ」 晴臣はその様子を見て、さきほどまでの無表情が嘘のように、心配そうに花音を見つめた。 声まで柔らかい。 「誰も取らないんだから、そんなに慌てるなよ」 佑くんは大きな瞳をパチパチさせて花音を見、次にリーナを見た。 「お姉ちゃんを驚かせたのは、このおばさんだ」 「おばさん」と呼ばれた瞬間、しかも花音を「お姉ちゃん」と呼ぶのを聞いて、リーナはギリッと歯を噛む。 だが顔にはわざとらしい困ったような表情を浮かべた。 「晴臣、見てたでしょ?私は何もしてないのに、どうして驚かせたことになるのよ」 佑くんは小さな顔を上げて言った。 「だって、あなたが『私こそ晴臣おじさんの婚約者だ』なんて言うからでしょ。晴臣おじさんは立派な独り身なのに」 「晴臣おじさん」と聞いたリーナの胸の緊張が一瞬ゆるむ。 彼女は手にしていた朝食を差し出しながら言った。 「坊や、これ、朝ごはん。謝罪の気持ちよ、受け取ってくれない? それに、私と晴臣おじさんには本当に婚約があるの。大人たちが決めたことだから、嘘じゃないのよ」 佑くんは瞬きを繰り返すと、晴臣を見た。 「晴臣おじさん、この人、嘘ついてる?」 晴臣は眉間を押さえるようにして、低い声で答えた。 「お前のひいお爺さんが決めたことだ。でも俺は一度も認めたことはない」 佑くんはぷくっと頬を膨らませ、怒りながらリーナをにらむ。 「どんな約束だって、当事者の二人が認めないと成立しないんだよ。晴臣おじさんは全然認めてないんだから、婚約なんて無効だ」 その理路整然とした言葉に、晴臣もリーナも思わずぽかんとする。 まだ三歳にも満たないように見える子どもが、どうしてこんなに筋の通った話し方をするのか。 リーナは苦笑を浮かべた。 「でも両方の親が
「なりたいわ。でも、今じゃない。もう少し大人になってからね」「うんうん、分かったよ。お姉ちゃん、安心して。僕がこの秘密を守ってあげる。お姉ちゃんが晴臣おじさんの奥さんになりたいって、絶対に言わないからね」「お願いだから、その話はやめてくれない?」二人が階下へ降りると、晴臣の朝食はすでに準備されていた。晴臣は少し驚いたように二人を見て言った。「どうしてそんなにぐずぐずしてたんだ?お腹空いてないのか?」花音はすぐにテーブルに歩み寄り、豪華な朝食を見て驚いたように言った。「晴臣おじさん、すごすぎ!悪い人を捕まえるだけでなく、社長もできて、料理もできるなんて。こんなに完璧な人、好きにならないわけないじゃない」佑くんは椅子によじ登り、心から同意するようにうなずいた。「そうだよね!晴臣おじさん、こんなにいい人なんだから、花音お姉ちゃんも好きになっちゃうよね」花音:さっき秘密を守るって言ったばかりじゃない?もう私を売っちゃうの?友情の船が沈むのが早すぎるわ。晴臣は特に気にする様子もなく、笑いながら佑くんの頭を軽く叩いた。「くだらないことを言うな。早くご飯を食べろ」「僕、何も言ってな……」彼が何か言おうとすると、花音に口いっぱいに卵を詰め込まれた。彼女は彼の耳元でささやいた。「秘密を守るって約束したでしょ?」佑くんはすぐに間違いに気づき、慌てて晴臣に言った。「花音お姉ちゃんは、おじさんのことなんて好きじゃないよ。おじさんのこと年寄りだって言ってたし」花音:君は火に油を注いでいるの?晴臣は笑って彼の頭を軽く叩いた。「また俺を年寄りって言うのか。どこが年寄りなんだ?」花音は彼がさらに失言するのを恐れ、すぐに麺を一口食べさせて言った。「佑くん、晴臣おじさんが作った麺、すごく美味しいから食べてみて」口を塞がれた佑くんは、ようやく大人しくなった。花音の心もようやく落ち着いた。三人が食事をしていると、ドアのチャイムが鳴った。晴臣はすぐに立ち上がってドアを開けに行った。入ってきたのは、とても美しい女性だった。彼女は高級なオーダーメイドのワンピースを着て、茶色の巻き髪に、整った顔立ちをしていた。彼女は晴臣を見ると、すぐに恥じらいの笑みを浮かべた。「晴臣、朝食を買ってきたの。あなたの好