Mag-log in帰る前の連絡は必須だったけれど、例えば0時を回ったからと言って叱られることもなかった。
それが一変したのは、結婚をして一緒に暮らすようになってから。前述したように仕事は寿退社をせざるを得ない雰囲気にされてしまったし、家にいるなら必要ないよね?と携帯電話も取り上げられた。
それでも結婚してすぐの頃はお伺いを立てれば友人たちと出かけることも渋々ながら許してもらえていたし、夜だって0時を過ぎないことを条件に出してもらえていた
キッズ携帯を肌身離さず持っておくことは義務付けられていたけれど、それさえ守っていれば
加えて女子会だと話していたのに、たまたま居酒屋で同級生の男の子たちと出会ってしまい、男女混合で飲んだのが
卵焼きと肉じゃがを温めるついでに、フードストッカーからレンジで温めたら食べられるレトルトのご飯を取り出すと、ほかほかに温めた後でふと手を止める。(お粥にしよう) 弱っていそうな偉央にはその方がいい気がした。 小さな片手鍋を取り出すと、温めたばかりのご飯をそれに入れてウォーターサーバーから水を入れた。***「偉央さん、起きていらっしゃいますか?」 トレイに湯気のくゆるお粥と卵焼き、それから肉じゃがを載せて寝室に戻ると、偉央は結葉の予想に反して薄暗がりの中、身体を起こしていた。「寝ていてくださいって言ったのに」 ベッド横のサイドテーブルにトレイを載せて食事がしやすいようにカーテンを開けると、部屋の中が明るくなった。「ごめん……」 素直に謝る偉央を見て、結葉はそれ以上言い募ることが出来なかった。*** さっきトレイを載せたサイドテーブルは、下がコロになっていて、そのまま高さを調整して向きを変えたら、ベッドに座ったまま食事が出来るようになる仕様だ。 結葉は偉央から酷く責め立てられて起き上がれなくなった時なんかに、このテーブルでよく食事を摂っていた。 結葉がダウンした時、偉央は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。 でも元を正せばその原因を作ったのは偉央だったので、罪滅ぼしの気持ちが強かったのかも知れない。 動くのが辛かった時にはとても便利だったけれど、風邪など以外でこれを使った回数の方が圧倒的に多かったことを思うと、結葉はどうしても複雑な気持ちになってしまう。 なるべくそのことは考えないようにして、偉央の前にテーブルを設置すると、偉央の背後にある枕をムギュッと押し潰して厚みを調整して彼がすがれるようにした。 これも、偉央が結葉のためによくやってい
身長差が二〇センチ以上あるから、実際小柄な結葉が偉央の支えになれたかどうかは分からない。 でも、偉央は結葉に捕まってベッドサイドに腰をかけることが出来た。 偉央は目眩でもしているのだろうか。 苦しそうに眉間にしわを寄せると、眼鏡を外してベッドの宮棚に置く。 偉央の裸眼の顔を見るのは本当に久々だなと思った結葉だ。 偉央は眼鏡をしていると、付け入る隙のないインテリっぽく見えるけれど、眼鏡を外すと少し印象が柔らかくなる。 まだ偉央との関係が今ほどこじれていなかったころ、彼に優しく抱かれた後で二人布団のなかで睦言を交わしながら、眼鏡のない彼の顔を間近にして照れ臭かったのを、結葉は鮮明に覚えている。 折檻をされるように酷く抱かれるようになってからの偉央は、情事の際にも眼鏡を外すことは無くなったし、ことが終わった後に、結葉と一緒に眠る事もなくなっていた。 というより結葉は偉央から気を失うまで酷く責め立てられて、明け方、目が覚めるといつもベッドに一人だった。 寝室はカーテンが閉められていて薄暗いからだろうか。 結葉は何だかソワソワと落ち着かない。 自分も少し前まではこの部屋で寝起きしていたんだと思うと、監禁生活の片鱗をふと思い出してしまって、結葉は自然と心拍数が上がってくるのを感じてしまう。「偉央さん、大丈夫ですか?」 それを誤魔化すみたいに偉央を気遣ったら、心底申し訳なさそうな顔をして偉央が吐息を落とした。「せっかく久しぶりにキミに会えたのに……情けない所を見せてしまってすまない」「それは気にしないで? だけど……本当にどうしちゃったの?」 自分が偉央を置き去りにしたから?と心の片隅で思わなくもない結葉
「い、お、さん……」 ゆっくり振り返ってみると、やはりそこに居たのは偉央だった。 結葉はオロオロと視線を彷徨わせる。「もしかして……帰ってきて……くれた、の?」 ポツリポツリと、まるで答えを聞くのを怖がっているみたいに問いかけられた。 それが分かっていてもどうしようもないから懸命にフルフルと首を横に振ったら、偉央がとても悲しそうな顔で結葉を見詰め返してきた。 覇気が全く感じられない偉央の様子に、一瞬ほだされそうになった結葉だ。 でも、ここで選択肢を間違えたらまた元の木阿弥になってしまう。 偉央には見えない所でグッと拳を握って自分を鼓舞すると、結葉は小さく吐息をついて、寝室前に立つ夫をじっと見つめた。「偉央さん、お手紙くれたでしょ? 『もう一度私の手料理が食べたい』って……。だから……」 流しの縁を掴んだ手に、知らず知らず力がこもってしまう。 結葉は指先が白くなるぐらいギュッとそこを握ってしまっていたことに気が付いて慌てて手を離すと、恐る恐る偉央の反応を窺った。 今は距離もさることながら、システムキッチンが間にあるから、おいそれと偉央に触れられる心配はないはずだ。 だけど少しでも偉央がこちらに近付いてきたら、しっかり距離を取ろうと思った。 警戒心が視線に滲み出ていたのかもしれない。 偉央は小さく溜め息を落とすと、 「……そっか。わざわざ……僕のためにそんなことを。本当に有難う……」 それでも淡く微笑んだ。 その悲しそうな笑顔に、結葉はギューッと胸が締め付けられる。 (偉央さん、痩せた?) いや、痩せたというよりやつれた、と言った方が正しい気がした結葉だ。 「偉央さん、ご飯、ちゃんと食べていらっしゃいますか?」 思わずそんなことを問い掛けてしまったのは、偉央が余りにも弱々しく見えたから。「……どうだろう。食べてないことはないんだけど……余り食は進まない、かな。……何か久しぶりに会えたのに情けなくてごめん……」 プライドの高い偉央が、弱々しいところを他者に見せること自体珍しいことだ。 力なくこぼさ
リビングに入ると、カーテンが閉ざされたままの室内は薄暗かった。 何だか暗い、というだけで家の中の空気もどんよりと重苦しく感じられてしまう。 実際には二四時間換気システムのおかげで、窓を開けていなくても空気が澱むということはないのだけれど、明るさの与えるイメージというのは大きいらしい。(偉央さん、もしかして長いことカーテン、開けたりしてないのかな) 空気がずっと滞留しているような息苦しさを感じた結葉は、カーテンを開けて部屋に灯りを取り入れる。 そのままキッチンに行くと、カウンターの上に持ってきた荷物を一旦置いてから、換気扇のスイッチも押した。 ついでに切タイマーもオンにしておいたので、もし切り忘れてここを出ることになったとしても数分経ったら自然にファンが止まるはずだ。 高層階に位置するこの部屋は、窓を開けると風が強過ぎて部屋の中のものが散乱してしまうから、基本的には換気のために窓を開けることは出来ない。 自分がここに滞在する時間はごくわずかだけれど、せめてその間くらいは、と思ってしまった結葉だ。「よしっ」 小さく気合いを入れるようにつぶやくと、結葉は紙袋の中から持ってきたタッパーを一つずつ取り出していく。 ひとまず全部を袋から出して台上に並べた後で、冷蔵庫を開けてみてどこに入れるか思案しようと思った。 久しぶりに対面する、長らく慣れ親しんできた愛用の冷蔵庫に、何だか感慨深い気持ちになる。 真ん中のところに切り込みがあって、両側に向けて扉が観音開きになる冷蔵庫は、二人ぐらしには十分すぎるほどの大きさの六〇〇Lで、いつも中にはそこそこにゆとりがあったのだけれど。(嘘……。何にも入ってない……) 開けてみると、びっくりするぐらい物が入っていなかった。 肉や野菜はおろか、牛乳や卵すら貯蔵されていなかった。 確かに冷たい飲み物が欲しければ、最悪ウォーターサーバーの水を飲めばよい。
玄関扉を開けて家に入ったと同時、靴を脱ごうとしたらバランスを崩してシューズクロークに置かれていた靴を、いくつか足元に払い落としてしまった偉央だ。 いつもならすぐに拾って土間には何もない状態にするのだけれど、いまはとてもじゃないがそんな気力はない。 ふと視線を落とした足元。 自分の靴に混ざって、結葉の小さなパンプスなどが散乱しているのを見て、偉央はギュッと胸が締め付けられるような思いがした。 結葉を監禁していた最終日、服は全て取り上げたけれど、靴だけは敢えて残したのを思い出す。 もしも結葉が決死の覚悟で逃げ出したとして、履き物がなかったら足を怪我してしまうと思ったから。 自分が足枷をつけてしまったことで痛々しいくらいに足首に傷を負ってしまった結葉に、あれ以上手傷を負わせるのは忍びないと思ってしまったのだ。(結葉の足の怪我は治っただろうか) ズルズルと身体を壁にこするようにして寝室を目指しながら、偉央はそんなことを思った。*** 抱えた紙袋のせいで前がよく見えないけれど、やはり自分はここの住人だったんだなぁと思いながら、結葉は淀みのない足取りでかつて偉央と住んでいた最奥の一室を目指した。 オートロックで、扉が閉まれば勝手に鍵が掛かってしまうホテル仕様のようなその玄関扉に、最初のうちは慣れなくて戸惑ったのを思い出す。 生体認証キーでなかったら、鍵を部屋に置き去りで締め出しに、なんてこともしょっちゅうあったかも知れない。 そのシステムのせいで、偉央と微妙な空気のまま家に帰宅したときなんかは、偉央に押し込まれるように部屋に入って、彼の背後で扉が閉まって施錠音が鳴り響いた途端〝閉じ込められた〟という息苦しさを感じさせられたのを思い出す。 惣菜というのはそれなりに水分を含んでいるからか結構重く感じられて、部屋前で一旦紙袋を持ち上げ直すと、結葉は今度は左手人差し指
偉央と結葉が住んでいたタワーマンションは、生体認証が鍵になっていた。 生体認証には顔認証や虹彩認証など、さまざまなものがあるらしいのだが、このマンションのそれは指紋認証システム採用だ。 結葉は(どうかまだ登録が抹消されていませんように)と祈るような気持ちで正面入り口にあるセンサーに恐る恐る右手人差し指を当てる。 ――と、すぐにピッという聞き慣れた音がして、難なく目の前の自動ドアが開いた。(よかった……) マンションの入り口は、割と『みしょう動物病院』から丸見えの位置にあるため、結葉はいそいそと中に入った。 すぐに真正面の受付ブースにいるコンシェルジュらと目が合った。 結葉に気が付いた斉藤と白木が、何か話し掛けたそうに結葉を見つめてきたけれど、結葉は心の中で〝後程ちゃんとうかがいます!〟と言い訳をして、ペコペコと頭を下げながら急いでエレベーターホールへと向かう。 本来ならばすぐにでも受付に駆け寄って、先日のお礼を伝えたいところだけれど、今はとにかく偉央がいない間に手荷物を部屋に置いて来てしまいたい一心だった結葉だ。 上の階へ上がるため、呼び出しボタンを押すと、たまたま一階に箱があったらしく、すぐに扉が開いた。 個室に乗り込んで、「閉」ボタンを押したら、ドアが閉まり切る寸前、受付の方から走ってきた斉藤に「あのっ……!」と声を掛けられた。 けれど、結葉が「えっ」とその声に目を向けたときには、扉が閉まり切ってエレベーターは上昇を開始してしまった。 結葉は心の中で〝本当にごめんなさいっ。後でちゃんと伺います!〟と言い訳をすると、手にした紙袋をギュッと握りしめた。 たくさん詰めすぎたからだろうか。 ふと見ると、持ち手の付け根のところが破れて来ていて、結葉は落っことしたら大変、と紙袋を両手で抱き抱え直す。 そのせいで前が