เข้าสู่ระบบ「い、お、さん……」 ゆっくり振り返ってみると、やはりそこに居たのは偉央だった。 結葉はオロオロと視線を彷徨わせる。「もしかして……帰ってきて……くれた、の?」 ポツリポツリと、まるで答えを聞くのを怖がっているみたいに問いかけられた。 それが分かっていてもどうしようもないから懸命にフルフルと首を横に振ったら、偉央がとても悲しそうな顔で結葉を見詰め返してきた。 覇気が全く感じられない偉央の様子に、一瞬ほだされそうになった結葉だ。 でも、ここで選択肢を間違えたらまた元の木阿弥になってしまう。 偉央には見えない所でグッと拳を握って自分を鼓舞すると、結葉は小さく吐息をついて、寝室前に立つ夫をじっと見つめた。「偉央さん、お手紙くれたでしょ? 『もう一度私の手料理が食べたい』って……。だから……」 流しの縁を掴んだ手に、知らず知らず力がこもってしまう。 結葉は指先が白くなるぐらいギュッとそこを握ってしまっていたことに気が付いて慌てて手を離すと、恐る恐る偉央の反応を窺った。 今は距離もさることながら、システムキッチンが間にあるから、おいそれと偉央に触れられる心配はないはずだ。 だけど少しでも偉央がこちらに近付いてきたら、しっかり距離を取ろうと思った。 警戒心が視線に滲み出ていたのかもしれない。 偉央は小さく溜め息を落とすと、 「……そっか。わざわざ……僕のためにそんなことを。本当に有難う……」 それでも淡く微笑んだ。 その悲しそうな笑顔に、結葉はギューッと胸が締め付けられる。 (偉央さん、痩せた?) いや、痩せたというよりやつれた、と言った方が正しい気がした結葉だ。 「偉央さん、ご飯、ちゃんと食べていらっしゃいますか?」 思わずそんなことを問い掛けてしまったのは、偉央が余りにも弱々しく見えたから。「……どうだろう。食べてないことはないんだけど……余り食は進まない、かな。……何か久しぶりに会えたのに情けなくてごめん……」 プライドの高い偉央が、弱々しいところを他者に見せること自体珍しいことだ。 力なくこぼさ
リビングに入ると、カーテンが閉ざされたままの室内は薄暗かった。 何だか暗い、というだけで家の中の空気もどんよりと重苦しく感じられてしまう。 実際には二四時間換気システムのおかげで、窓を開けていなくても空気が澱むということはないのだけれど、明るさの与えるイメージというのは大きいらしい。(偉央さん、もしかして長いことカーテン、開けたりしてないのかな) 空気がずっと滞留しているような息苦しさを感じた結葉は、カーテンを開けて部屋に灯りを取り入れる。 そのままキッチンに行くと、カウンターの上に持ってきた荷物を一旦置いてから、換気扇のスイッチも押した。 ついでに切タイマーもオンにしておいたので、もし切り忘れてここを出ることになったとしても数分経ったら自然にファンが止まるはずだ。 高層階に位置するこの部屋は、窓を開けると風が強過ぎて部屋の中のものが散乱してしまうから、基本的には換気のために窓を開けることは出来ない。 自分がここに滞在する時間はごくわずかだけれど、せめてその間くらいは、と思ってしまった結葉だ。「よしっ」 小さく気合いを入れるようにつぶやくと、結葉は紙袋の中から持ってきたタッパーを一つずつ取り出していく。 ひとまず全部を袋から出して台上に並べた後で、冷蔵庫を開けてみてどこに入れるか思案しようと思った。 久しぶりに対面する、長らく慣れ親しんできた愛用の冷蔵庫に、何だか感慨深い気持ちになる。 真ん中のところに切り込みがあって、両側に向けて扉が観音開きになる冷蔵庫は、二人ぐらしには十分すぎるほどの大きさの六〇〇Lで、いつも中にはそこそこにゆとりがあったのだけれど。(嘘……。何にも入ってない……) 開けてみると、びっくりするぐらい物が入っていなかった。 肉や野菜はおろか、牛乳や卵すら貯蔵されていなかった。 確かに冷たい飲み物が欲しければ、最悪ウォーターサーバーの水を飲めばよい。
玄関扉を開けて家に入ったと同時、靴を脱ごうとしたらバランスを崩してシューズクロークに置かれていた靴を、いくつか足元に払い落としてしまった偉央だ。 いつもならすぐに拾って土間には何もない状態にするのだけれど、いまはとてもじゃないがそんな気力はない。 ふと視線を落とした足元。 自分の靴に混ざって、結葉の小さなパンプスなどが散乱しているのを見て、偉央はギュッと胸が締め付けられるような思いがした。 結葉を監禁していた最終日、服は全て取り上げたけれど、靴だけは敢えて残したのを思い出す。 もしも結葉が決死の覚悟で逃げ出したとして、履き物がなかったら足を怪我してしまうと思ったから。 自分が足枷をつけてしまったことで痛々しいくらいに足首に傷を負ってしまった結葉に、あれ以上手傷を負わせるのは忍びないと思ってしまったのだ。(結葉の足の怪我は治っただろうか) ズルズルと身体を壁にこするようにして寝室を目指しながら、偉央はそんなことを思った。*** 抱えた紙袋のせいで前がよく見えないけれど、やはり自分はここの住人だったんだなぁと思いながら、結葉は淀みのない足取りでかつて偉央と住んでいた最奥の一室を目指した。 オートロックで、扉が閉まれば勝手に鍵が掛かってしまうホテル仕様のようなその玄関扉に、最初のうちは慣れなくて戸惑ったのを思い出す。 生体認証キーでなかったら、鍵を部屋に置き去りで締め出しに、なんてこともしょっちゅうあったかも知れない。 そのシステムのせいで、偉央と微妙な空気のまま家に帰宅したときなんかは、偉央に押し込まれるように部屋に入って、彼の背後で扉が閉まって施錠音が鳴り響いた途端〝閉じ込められた〟という息苦しさを感じさせられたのを思い出す。 惣菜というのはそれなりに水分を含んでいるからか結構重く感じられて、部屋前で一旦紙袋を持ち上げ直すと、結葉は今度は左手人差し指
偉央と結葉が住んでいたタワーマンションは、生体認証が鍵になっていた。 生体認証には顔認証や虹彩認証など、さまざまなものがあるらしいのだが、このマンションのそれは指紋認証システム採用だ。 結葉は(どうかまだ登録が抹消されていませんように)と祈るような気持ちで正面入り口にあるセンサーに恐る恐る右手人差し指を当てる。 ――と、すぐにピッという聞き慣れた音がして、難なく目の前の自動ドアが開いた。(よかった……) マンションの入り口は、割と『みしょう動物病院』から丸見えの位置にあるため、結葉はいそいそと中に入った。 すぐに真正面の受付ブースにいるコンシェルジュらと目が合った。 結葉に気が付いた斉藤と白木が、何か話し掛けたそうに結葉を見つめてきたけれど、結葉は心の中で〝後程ちゃんとうかがいます!〟と言い訳をして、ペコペコと頭を下げながら急いでエレベーターホールへと向かう。 本来ならばすぐにでも受付に駆け寄って、先日のお礼を伝えたいところだけれど、今はとにかく偉央がいない間に手荷物を部屋に置いて来てしまいたい一心だった結葉だ。 上の階へ上がるため、呼び出しボタンを押すと、たまたま一階に箱があったらしく、すぐに扉が開いた。 個室に乗り込んで、「閉」ボタンを押したら、ドアが閉まり切る寸前、受付の方から走ってきた斉藤に「あのっ……!」と声を掛けられた。 けれど、結葉が「えっ」とその声に目を向けたときには、扉が閉まり切ってエレベーターは上昇を開始してしまった。 結葉は心の中で〝本当にごめんなさいっ。後でちゃんと伺います!〟と言い訳をすると、手にした紙袋をギュッと握りしめた。 たくさん詰めすぎたからだろうか。 ふと見ると、持ち手の付け根のところが破れて来ていて、結葉は落っことしたら大変、と紙袋を両手で抱き抱え直す。 そのせいで前が
「あのね、想ちゃん。私、今日も午前中、ちょっとだけお出かけしてこようと思ってて」 想に弁当を手渡しながら言ったら、「どこに?」と問われて弱ってしまった結葉だ。 素直に「偉央のところへ食べ物を届けに」と伝えるのはさすがにないと思ったら「昨日百均で……」と思わず口から出てしまって、自分でも何と続けたら良いのか分からずに戸惑ってしまう。「……百均?」 それでもそれを想に繰り返された途端、「欲しかったものが在庫切れでね。店員さんに聞いたら、他店舗から在庫を取り寄せるから後日もう一度出直して欲しいって言われたの」と驚くほどスラスラと嘘がつけてしまってびっくりする。「ああ、そうなんだ」 昨日結葉が買い物に出ていたことを知っていた想は、結葉の嘘にいとも簡単に騙された。「今日は、結構寒いし暖かくして行けな?」 想にポンと優しく頭を撫でられて、結葉は俯いてギュッと唇を噛んだ。 こんなにも優しくしてくれる想に嘘をついてしまった自分が、ものすごく醜いものに思えて「うん、有難うね、想ちゃん」と答える声が、不自然に震えてしまった。*** 独身の頃、ハムスターの福助を連れて、『みしょう動物病院』までバスで行ったことがある。 山波家近くの最寄りのバス停でお目当てのバスが来るのを待ちながら、結葉はその時のことを思い出していた。 母・美鳥が作ってくれたトートバッグに入れた福助が、キャリーケースの中でチョロチョロと動くたび、コトコトとケージが揺れるのを感じて、何度も何度も隙間から中の様子を確認した。 黒々としたまぁーるい目と視線がかち合うたびキュンと胸が高鳴った。 福助は、結葉が初めて飼った生き物だったからだろうか。 何て可愛いんだろう!とそのつぶ
「今日はちょっとおかず、多めに作りすぎちゃって。もしよかったら芹ちゃんも使って?」 卵焼きなんかはわざと多めに作って、芹のお弁当にも入れられるよう、切るサイズまで調整した結葉だ。 結葉の言葉に、たくさん並べられた惣菜の山を見て、芹が目をキラキラと輝かせる。「わぁ〜。すごい! 今日ってもしかしたらこれ入れさせてもらって、ご飯詰めたらお弁当完成じゃない?」 ヤッター!と諸手を挙げて喜ぶ芹を見て、「そんな風に言ってもらえるの、すっごく嬉しい」って微笑み返したら、横からヒョイッと手が伸びてきてつくねの照り焼きを一個、さらって行ってしまった。「あっ」 芹が抗議の声を上げる目の前で、純子が口をモグモグさせながら「ん〜、美味しっ♡」と微笑んだ。「お母さんっ!」 ムムッとする芹に、「まだ、たくさんあるから大丈夫だよ?」 結葉が苦笑しながらなだめてみたけれど、芹は自分の弁当箱のフタを閉めて包むまで、そんな母親を警戒し続けていた。 きっと芹にとってはハプニングとしか呼べない母子のやり取りも、結葉にはとっても微笑ましく見えた。 自然と口の端に笑みが浮かんでしまう。「おはよー。……って結葉、お前朝っぱらからなに楽しげに笑ってんの? 何か面白ぇーことあった?」 想が起きてきて、結葉の表情に気が付いてそんな言葉を投げかけてきた。 結葉がふるふると首を振っていたら、入り口付近で立ち止まった息子を押すようにして「こら、想、でっかいのが通路を塞ぐな」と公宣がキッチンに入ってくる。「みんな、おはよう」 一家の大黒柱の起床に、みんなが一斉に「おはよう」と返した。 皆が話している間も、一人黙々と朝食の準備をしていた純子が、「







