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第176話

Author: 山田吉次
美羽は淡々と言った。

「千早マネージャーはどうも、自分の私生活を私に話すのが好きみたいですね。飛行機の中からずっと、機会があればそうしていました。

普通、人は自分のプライバシーを大事にするものです。なのに千早マネージャーは他人に語りたがります。何か特別な癖でもありますか?」

紫音は唇を吊り上げた。

「そんなに気になりますか?夜月社長とのことが。妬いてるんでしょ?真田さんはまだ彼に未練があるじゃないですか?だって3年も一緒にいて、あれだけ親密だったんだから、簡単に断ち切れるわけないでしょ」

美羽はその挑発に乗らず、自分の言葉だけを重ねた。

「……もし本当にそうなら、一度カウンセリングを受けた方がいいですよ。そういうことに鈍感でいると、周囲を不快にさせることもありますから。

それとも、私を恋敵だと思って、わざと自慢したり、嫌味を言いたいですか?だとしたら、全く無駄なことです」

紫音の口元から笑みが薄れていった。

「……そして、確かに私は怒っています。ただ怒っているのは、千早マネージャーの不真面目な態度のせいで、私まで揶揄されましたから。昨夜徹夜で計画書を作ったのは、今日効率よく働くためであって、陰で『男女関係で出世した』なんて疑われるためじゃないです」

美羽ははっきり言い切り、一切顔を立てなかった。

紫音の、いつも艶っぽく微笑んでいる顔から、ついに表情が消えた。

だが何度も分をわきまえない態度を取ったのは彼女自身、美羽は必要に迫られて言っただけだった。

最後に忠告を置いた。

「私は千早マネージャーの夜月社長に何の興味もありません。だから二人がどうなろうと私には関係ありません。千早マネージャーが宝物のように思っているものでも、他人にとってはただの雑草かもしれませんし、誰もが欲しがるわけじゃないのです。

人は自尊心があってこそ価値がありますよ。千早マネージャー、自分をもっと大事にした方がいいと思います」

「……人は自尊心があってこそ……」

紫音はその言葉を繰り返し、やがて笑った。ただしその笑みは目に届かなかった。

「そうね、あなたたちの目には、私は自尊もなく、軽薄で淫らな女にしか映らないんでしょうね」

美羽はそのつもりではなかったが、あえて訂正はしなかった。

紫音は改めて美羽を見つめた。

彼女の骨格は整っており、顔立ちは端正。濃い化
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