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第7話

Author: 麦穂
手術はあっという間に終わった。

千夏がゆっくりと目を開けると、病室は相変わらず静まり返っていて、龍生の姿はどこにもなかった。

彼女は手を下腹部に当てた。そこは、あまりにも静かだった。

涙が糸の切れた真珠のように、次々と頬を流れ落ちた。

妊娠を知った日のあの溢れるような喜びから、たった二ヶ月あまりで子供を失うこの結末へ――それは終わりなき残酷な悪夢のようだった。

母と子、本来ならこの世で最も近しい存在。命が芽生えたその瞬間から、片時も離れることなく結ばれているはずだった。

だが今、その絆は無情に断ち切られてしまった。その痛みは骨の髄まで染み渡り、愛莉が龍生にべったり寄り添う姿を見る時よりも、二人が抱き合っているのを目の当たりにする時よりも、何千倍何万倍も辛かった。

「ごめんね、赤ちゃん」

千夏は声を詰まらせながら、もうこの世にいない我が子に再び謝った。

短く休んだあと、彼女は極限まで衰弱した身体を無理に支え、退院の手続きをしに立ち上がった。

春菜が待っている。

会計窓口で、千夏はよく知る人影と鉢合わせした。

龍生が愛莉を気遣うように支えながら、産婦人科からゆっくり出て来るところだった。

最初に千夏に気づいたのは愛莉だった。その目に一瞬だけ誇らしげな光が差し、すぐに取り繕うように慌てたふりをして龍生の腕を放した。

そして少し顔を上げ、か弱い声で千夏に呼びかける。

「上野さん、どうしてここに……」

すぐさま言い訳をするように続けた。

「誤解しないでください。私、感情が高ぶって赤ちゃんに影響しそうだったので、龍生にお願いして病院まで送ってもらっただけなんです」

千夏の名を聞いた瞬間、龍生の身体が一瞬だけ強張り、慌てて愛莉の手を離した。

しかし、すぐに眉間を緩め落ち着いたふうを装いながら言う。

「大丈夫、そんなに気を張らなくていい。千夏は君を責めたりしない。

元々は彼女の方に非があるんだ。彼女がわざときついこと言わなければ、君だって入院することはなかった」

千夏は冷ややかに愛莉を見やった。頬は血色よく艶やかで、ベビーシッターセンターで訴えていた腹痛で耐えられない姿なんてどこにもなかった。

視線を龍生に移すと、彼はただただ心配そうに愛莉を見つめており、千夏の蒼白な顔も、今にも倒れそうな身体にも全く気づかない。

あのメッセージを見てくれたのかどうか―――もう、そんなことはどうでもよかった。

目の前で掛け合いのように演じる二人を眺めるだけで、胸の底から嫌悪感が込み上げる。

術後の身体は極度に虚弱で、立っているだけでも地獄のように苦しい。足は力を失い、今にも崩れ落ちそうだった。

「へぇ……橋本社長の会社は随分と福利厚生が充実してるのね。ベビーシッターの費用も出るし、社長自らアシスタントの健診に付き添ってくれるなんて」

千夏は皮肉を込めて言い放った。

愛莉は慌てて歩み寄り、千夏の手首を握った。目元には涙を浮かべている。

「上野さん……龍生のこれまでの尽くし方を無視するとしても、そんな皮肉な言い方で龍生を傷つけるなんて……ひどいです。彼はあなたをこんなに愛してるのに。お願いです、どうか私のせいで二人の関係が……あっ!」

言い終える前に、愛莉は千夏の腕を力いっぱい押し、自分の身体を後ろへ倒した。

腹部を床に強くぶつけ、顔を歪めて地面にのたうち回りながら、両腕でお腹を必死に抱え、悲鳴を上げる。

「龍生っ!痛い……赤ちゃん……赤ちゃんは……!?」

「千夏!」

龍生の顔から血の気が引いた。

彼は反射的に千夏を突き飛ばし、蒼白な愛莉を抱きしめる。その瞳には溢れるほどの心配と痛ましさが宿り、愛莉こそが全てであるかのように見えた。

「お前は、日頃の鬱憤を俺にぶつけるだけならまだしも、愛莉はお前と同じ妊婦なんだぞ。どうして突き放すような真似をする!もしものことがあったらどうするつもりだ!」

視線はどんどん冷たくなり、まるで見知らぬ人を見るかのように千夏を睨む。

「ベビーシッターセンターの時の話もまだ片付いてないのに、今度はそれ以上のことを……他人のことを思いやれないのなら、せめてお腹の子のために善行の一つでも積んだらどうだ!」

千夏の腰は机の角に強く打ち付けられ、瞬時に冷や汗が額いっぱいに浮かんだ。

彼女は目の前の二人を、ただ虚ろに、絶望の中で見つめ続ける。

あの子は、もういない。

なのに、この男は別の女のために――まだ自分に刃を突き立てていた。

愛莉が涙で潤んだ瞳のまま口を開いた。

「龍生……どうか上野さんを責めないでください。私が自分でバランスを崩しただけ。悪いのは全部私です。上野さんがわざと私を突き飛ばすなんて、あるはずないですから……」

その言葉を聞けば聞くほど、龍生の表情は暗く険しくなっていく。

「千夏、謝れ!」
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