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第58話 想いの強さ

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-06-06 19:00:00

美琴の紅い結界を、ほんのわずかに揺らすことさえできないまま、僕の中に焦りだけが、まるで黒い染みのように、どんどん積もっていく。

僕は膝に手をつき、荒い息を繰り返しながら、必死に活路を探していた。

(どうすればいい……? どうすれば、あの壁を……美琴の守りを、僕は越えられる……?)

けれど、いくら考えても、焦れば焦るほど、明確な答えは浮かんでこない。

今は――ただ、目の前の一点に、全神経を集中するしかない。

僕は、もう一度、手のひらに括りつけた赤い勾玉を強く握りしめ、ありったけの霊力をそこに込めていく。

じわり、と赤い光が、まるで血潮のように掌に灯り、熱を帯びていく。

「……星燦ノ礫ッ!!」

ほとんど叫ぶように、僕は再び光弾を放った。

心の奥底で、ただひたすらに願う。

(頼む……! 今度こそ……どうか、僕の想い、届いてくれ!)

だけど――

無情にも、甲高く鋭い音を立てて、美琴の結界がほんのわずかに揺れるだけ。

僕の放った碧い光は、またしても、まるで硬い壁に跳ね返されるように、あっけなく弾かれてしまった。

「くっ……!」

立て続けに二発も全力の術を使ったことで、僕の体力も、そして霊力も、ほとんど限界まで消耗していた。

膝ががくりと崩れ、僕はその場に、みっともなく尻もちをついてしまう。

地面についた手の指が、悔しさでかすかに震えていた。

そんな僕に、美琴が、そっと静かに歩み寄ってくる。

そして、僕の
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