مشاركة

五十八話:紅い勾玉

مؤلف: 渡瀬藍兵
last update تاريخ النشر: 2025-06-06 19:00:00

 夏が本格的に訪れ、少年少女たちは夏休みという名の熱に浮かされていた。

 悠斗も例外ではない。

(早く来すぎてしまったかもしれない……)

 腕時計へ視線を落とすと、短針は七時を指していた。

 美琴との待ち合わせは七時三十分。

 バス停のベンチに腰を下ろしてから、もう何度目かの溜息をつく。朝の空気はまだ夜の名残を含んでいて、日陰に入ればわずかに涼しい。けれどそれも、陽が高くなれば容赦なく焼かれるのだろう。蝉はとうに鳴き始めていた。

「はぁ。柄にもなく、はしゃぎすぎたかな」

 そう独りごちて、視線を道路の向こうへ流す。人通りはまだまばらで、時折タイヤが路面を擦る音だけが近づいては遠ざかっていく。

 あと三十分、何をして過ごそうか。

 そんなことを考えていた時だった。

「……先輩?」

「えっ?」

 振り返ると、そこに美琴が立っていた。

 風をはらんで柔らかく膨らむ若草色のワンピース。白いブラウスの襟元が、朝の光を受けてぼんやりと明るい。いつものポニーテールが、首筋に沿ってゆるく揺れていた。

「……あれ? 美琴? 随分早いね?」

「それはこちらも同じ言葉を言いたいところなのですが……」

 少し困ったように首を傾げる仕草は、いつも通りだった。肩にかけた小さな鞄を片手で押さえて、もう片方の手が所在なさげにワンピースの裾に触れている。

「僕はね……実は楽しみすぎて、早く来すぎたみたいなんだ」

 飾らない言葉だった。繕うような関係は、もうとっくに過ぎている。

「そうなんですね。私も初めての旅行で、とても楽しみで。そしたら、つい早く着いてしまったみたいで」

 美琴の声がわずかに弾んでいるのは、気のせいではないのだろう。視線がバス停の時刻表へ向かい、それからまた悠斗のほうへ戻ってきた。

 朝陽がアスファルトに長い影を伸ばしている。バスが来るまで、まだしばらくかかるようだった。

 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸

 二人の間に、わずかな沈黙が落ちた。

 いつもなら、こんなことはない。霊を見ることができる、ただの先輩と後輩。それだけの間柄のはずだった。気まずさなど無縁の——はずなのだが。

 今日は、少し違っていた。

 風に揺れるワンピースの裾をそっと押さえた美琴は、何か言いかけるように口を開き、けれどすぐには言葉が出てこないらしく、そのまま一度視線を足元に落とした。

「あ、あの」

「…なに?」

 そこで顔を上げた美琴は、どこか覚悟を決めたような、しかしまるで覚悟の中身が見つからないままの表情で、こう言った。

「き、今日はお天気がよろしいですね」

 その言葉を聞いた悠斗は思わず吹き出した。

「ぷっ、あははは」

「な、なんですか!?」

「いやごめん。なんか、らしくないなって思ってさ」

 笑い声がバス停の屋根の下に響く。両手を腰に当てて睨みつけようとした美琴は、しかしその頬だけがほんの少し桜色に染まっていて、怒りきれていないのが丸わかりだった。

「も、もう! 私だってこんな格好、慣れていないんですよ。笑われたのかと思ったじゃないですか!」

「そうなの? すごく着こなせてるから、てっきり着慣れてるのかと思ったよ」

「そ、そんなことないですよ。実際、この服を一緒に選んでくれたのは澪でしたし」

「ってことは……まさかこの旅行のために服を用意したの?」

「当然じゃないですか!」

 言い切ってから自分の声の大きさに気づいたのだろう、美琴はふいと顔をそらした。そのまま黙り込んだ横顔を、悠斗はしばらく見ていた。

 やがて、道路の奥からバスの車体が揺れながら近づいてきた。

 行先表示には『花守温泉郷』と。

「ほら、先輩っ! バスが来ましたよっ! 早く乗りましょう!」

 立ち上がった美琴の動きが、いつもより少しだけ速い。振り返ったその顔は、朝の光のせいだけではない明るさを帯びていた。

「わ、わっ。美琴、今日はやけに元気じゃない?」

「そうでしょうか? きっと気のせいですっ!」

 気のせいではないだろうと思ったが、悠斗は口には出さなかった。

(どこからどう見ても、いつもよりテンションが高いような……)

 けれど元気がないよりは百倍いい。差し出された手に引かれるまま、ステップを上がって窓際の席に腰を下ろした。隣に座った美琴は、鞄を膝の上に抱えたまま窓の外を覗き込んでいる。まだバスが動いてもいないのに、もう景色を見ている——その横顔が、悠斗にはどこかおかしくて、少し眩しかった。

 やがてドアが閉まり、バスが静かに動き出す。

 駅前のロータリーを抜け、信号を二つ越えると住宅街に入った。見慣れた屋根が並ぶ通りをしばらく走り、それも途切れると、窓の外はいつの間にか何もない田舎道に変わっていた。青々とした稲穂が風に揺れるのを、美琴はずっと飽きもせず眺めている。

「そういえば先輩、先輩にはこれを渡したかったんです」

 不意に振り向いた美琴が、リュックの中をごそごそと探り始める。やがて取り出された小さな巾着袋が、悠斗の前に差し出された。

「えっと、これは?」

 受け取った巾着袋は、手のひらに収まるほど小さかった。けれどわずかに重みがある。

 嬉しそうに目を細めた美琴は、膝の上で両手を組みながら言った。

「それは先輩へ、私からのプレゼントです。きっと役に立つものだと思うので、大切にしていただけると嬉しいです」

「役に立つ……? 開けてみてもいい?」

「はい。もちろんっ!」

 声が弾んでいる。悠斗は巾着の紐に指をかけ、緩めた口をそっと広げて中を覗き込んだ。

「これは……」

 逆さにした手のひらに、中身が滑り落ちる。

 窓から差し込む陽光を受けて、紅い光が指の間からこぼれた。紅色の勾玉だった。滑らかな曲面が、バスの揺れに合わせてかすかに光を揺らしている。

「勾玉?」

「はい。私の故郷では、勾玉というものはとても神聖で大切なものとして古くから伝わっていて、多くの人々がお守りとして身につけたり、大切な人へ贈ったりする習慣があるんですよ」

「そうなんだね。そういえば、なんだかこの勾玉、暖かいような……」

 握って、開いて、もう一度握る。陽の光で温まったのとは違う。表面ではなく、もっと奥——勾玉の芯そのものが熱を持っているような、不思議な温かさだった。

「実はその勾玉には一週間以上、私の霊気を流し込みましたから。きっとそれを握れば私の霊気がその勾玉から流れ込んで、先輩の霊眼術が発動しやすくなると思います」

 言い終わるか終わらないか、そのときだった。

 悠斗の瞳が、碧く染まった。

 霊眼術——発動の証。窓の外の景色が一瞬だけ色彩を変え、田んぼの上を流れる風の中に、かすかな光の粒が見えた気がした。

「ほんとうだ。すごいね、これ」

「試すのが早すぎますよ」

 呆れたように、けれどどこか満足そうに笑った美琴の声を聞きながら、悠斗は掌の中の勾玉をもう一度握った。紅い石の温かさは、まだそこにあった。

استمر في قراءة هذا الكتاب مجانا
امسح الكود لتنزيل التطبيق

أحدث فصل

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜    読者の皆さまへ

    ### 作品をより良くするための挑戦 この作品は、**物語の良さを最大限に引き出すため**に、大きく二つの改訂を行います。 一つ目は、視点の変更です。 当初は一人称で書いていましたが、**三人称一元視点(悠斗の内面に寄り添う視点)** に変更しました。これは、読者の皆さまにより深く物語の世界に没入していただくための選択でした。 一人称では表現しきれなかった、**静かな空気感**、**日常に滲み出る異常**、そして**じわりと背筋を這い上がる怖さ**。それらを、より豊かに、より美しく描くことができたと感じています。 二つ目は、内容のテコ入れです。 物語の核心は変えず、展開やシーンの構成を見直します。より自然な流れで、より緊張感のある展開で、悠斗と琴音の物語が読者の心に届くように。 ### でも、変わらないもの どれだけ手を加えても、**絶対に失いたくなかったもの**があります。 それは、**この物語が持つ温かさと切なさ**。 春の桜、夕陽の茜色、風に揺れる髪。そんな美しい日常の中に、静かに、でも確かに存在する「この世ならざるもの」との繋がり。 **悠斗の優しさ**と**美琴の儚さ**。二人の間に流れる、言葉にならない想い。 それらは、最初に書いた時から、ずっと変わらず、この物語の心臓として脈打っています。 ### 最後に この物語が、皆さまの心に、少しでも残るものであれば幸いです。 怖さの中にある優しさ。日常の中にある奇跡。そして、縁が結ぶ不思議な物語。 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   裏設定

    皆さん、物語を読んでいただきありがとうございます! ここでは、物語をさらに深く楽しんでいただくために、いくつかの裏設定を少しだけ解説したいと思います。 Q1. 迦夜(かや)って、結局何だったの? 第七章で悠斗たちを苦しめた《迦夜》。彼女たちは、琴音の呪いによって生まれた「歴史への怨嗟の集合体」です。 しかし、琴音が戦いの最中に言ったこのセリフ、気になりませんでしたか? > 『ぐぅ……! 吸収し損ねた迦夜の残骸か……! はみ出し者の分際で、妾に逆らうとは……っ!!』 実は、琴音はこの千年もの間、自らが振りまいた呪いが生み出す怨念を、その身に吸収し続けていました。 迦夜の力も怨みも。 つまり、悠斗たちが戦った迦夜は、その巨大な器から**ほんの少しだけ溢れ出してしまった「残骸」**にすぎません。 Q2. なぜ沙月(さつき)の血筋だけが、他の巫女より長生きできたの? 美琴の血筋をはじめ、多くの巫女たちが二十代という若さで命を落とす中、なぜ沙月の子孫だけは比較的長く生きられたのか。 その答えは、**沙月が呪いの元凶である琴音の「実の妹」**だったからです。 力の源流に最も近い血を持つ沙月は、琴音の力を扱える器でした。 (もちろん、全く呪われていない訳ではありません) 例えるなら、他の巫女たちの呪いの進行速度を「2倍速」とすると、沙月の子孫は「等速」で進む、というイメージです。 それ故に、他の巫女よりは長く、三十代~四十代まで生きることができました。 悠斗に一切呪いがないのは、沙月の子孫への強い想いから繋がった、祈りという名の奇跡なのです。 Q3. 忘れられた創設者・沙月の歴史 桜織市の創設者である沙月の歴史は、あまりにも長すぎるため、そのほとんどが人々の記憶から忘れ去られています。 温泉郷にかすかに「清き巫女の伝説」が残るのみで、その全貌を知るのは、桜織神社の墓守である藤次郎の一族だけです。 なぜ歴史が忘れられたのか? それは、沙月自身がそう望んだからです。 彼女は、自分の子孫たちが過酷な宿命に縛られず、自由に生きてほしいと願い、藤次郎の祖先に「真実を語り継ぐ必要はない」と伝えていました。 ちなみに、沙月には**《葵(あおい)》**という娘がいました。 白蛇様の分身体を封印する覚悟を決めた沙月は、その少し前に、娘を父方の家系へと

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の結び

    あれから――さらに、百年もの歳月が流れようとしていた。 悠久の風がこの白蛇山の山頂を吹き抜ける中、妾は静かに見守り続けていた。悠斗に遺した妾の血を媒体に、彼と美琴、そしてその子孫たちが紡ぐ、すべての記憶と感情を。 それが、妾が自らに課した最後の贖罪であったから。 二人は、実に満ち足りた生涯を送った。 まるで失われた時間を取り戻すかのように、笑い、愛し合い、時には些細なことで喧嘩をしながらも、固く手を携えて歩んだ。やがて、その腕に新しい命を抱き、慈しみ、育て、そして次の世代へと縁を繋いでいった。 霊砂や百合香たち、古の巫女たちもまた、穏やかに天寿を全うし、安らかな眠りについた。 その最後の魂が天へと昇ったのを見届けたとき……妾の役目も、ようやく終わったのだ。 あぁ……なんと壮大で、愛おしい記録であったことか。 妾の呪いが彼らを、そして多くの者を苦しめてしまった事実に変わりはない。 だが、妾の血を引き継いだ彼らの子孫たちが、この先も数多の物語を紡いでいく。かつてあれほど憎らしいとさえ思ったその事実が、今ではむしろ……誇らしく、喜ばしいとさえ感じるのだ。 そんなことを想いながら空を仰いでいた、その時だった。 『……姉上……』 ふと、天から懐かしい声が聞こえたような気がした。 いや、気のせいではない。魂に直接響く、凛として、それでいて慈しみに満ちた声。 『む……?』 『姉上……』 見上げると、雲間から柔らかな光が差し、天からひとつの人影が、静かに舞い降りてくる。 妾の記憶にある、ただ一人の姿。 『……沙月……!』 『迎えにまいりました』 地に降り立った妹は、以前と何ひとつ変わらぬ、穏やかな微笑みを浮かべていた。 かつては、その清廉さが息苦しくもあった。だが……それがいまは、どうしようもなく心地よい。 『ふふ……そなたの蒔いた種が、見事な花を咲かせ……こうして、妾を解放するに至った。感謝するぞ、沙月』 そう告げると、彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして、そっと妾の手を取った。 差し出されたその手は、記憶にあるどの温もりよりも柔らかく、そして、暖かかった。千年の時を超え、ようやく妹の手に触れることができたのだ。 さぁ、天へと上がろう。 悠久の時を、今度こそ二人で。 そして、この地に生きる、まだ見ぬ愛しき子孫たちよ。

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の最終話:縁が結ぶ光

    あれから――十六年が経った。 月日は慌ただしく流れ、私の日常も大きく姿を変えた。 私は今、この桜織市で『結び屋』という名の霊媒処を営んでいる。 古の巫女である霊砂さんたちとの交流は続き、私の方から「一緒に霊媒師をやらないか」と声を掛けたところ、彼女たちも快く受け入れてくれた。今では、皆が『結び屋』の正式な仲間だ。 皆の助けもあってか、いつしか「よく当たる」などと評判になり、かつてのような無名の存在ではなくなった。 けれど、やっていることは昔と何も変わらない。 ただ静かに、迷える霊たちの傍に寄り添い、その”想い”と向き合い――癒すだけ。 かつて、彼女がそうしてくれたように。 *** バスの車窓から、ふと紅い影を纏った霊を見つける。すぐに停止ボタンを押し、運賃を払ってバスを降りた。 いた。あの霊だ。 「こんにちは。何か、お困り事でも?」 私は、路地裏に佇むその霊に、臆することなく声をかける。 『あんた……私が見えるのね……』 「ええ。何か抱えている想いがあるはずです。私でよければお聞きしますよ」 『……なんで……なんで私が死ななきゃいけなかったの!? あいつが……あいつが悪いのに……!』 胸の内に渦巻く、未練と怒り。それはまだ”すれ違い”の最中なのだろう。 「よければ……あなたの話を、聞かせてくれませんか。私にも、力になれることがあるかもしれません」 これまで、幾度となく見てきた。怒りに呑まれ、世界を恨んだ霊たちも――きちんと”言葉”を交わせば、癒えるのだと。 *** 『……ってわけがあってねぇ……』 先ほどまで荒れ狂っていた霊は、今ではすっかり落ち着き、赤く禍々しかった気配も、まるで嘘のように消えていた。 「なるほど……それは、とてもお辛かったですね」 そう伝えると、彼女の身体が透き通り始める。成仏の兆候だ。 「あとは私が、あなたの想いを引き継ぎましょう」 『……ほんとに? いや……なんだか、あんたは信用できる気がするよ……』 彼女は、誤解の果てに彷徨っていた。だが、その誤解はいま解けた。約束通り、後日、彼女の言葉を伝えるために”その人”へ連絡を取るつもりだ。それが、私の仕事。私が選んだ、生き方。 『……あぁ……なんだか……心地がいいや……』 彼女の姿がさらに透け、やがて光の粒子となり、静かに――天へと昇っていっ

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の百八十:おかえりとただいま

    僕は車の中で、輝信さんと……琴乃さんの話をしていた。 彼女は、魂を賭して美琴を、そして僕を守ってくれたのだ。 美琴の言葉を借りれば──魂が攻撃されて死んでしまった場合、その魂は浄土へ昇れず、消滅してしまう。それを知っていながら、琴乃さんは迷わず僕たちを守ってくれた。その事実を思えば、あの山頂での自分の行動は……あまりにも愚かだったと、今更ながら胸が痛む。 この命は、琴乃さんと美琴、ふたりの魂に支えられて今、ここにあるのだ。 琴乃さんの想い人であり、彼女を同じように深く愛していた──輝信さん。彼がどんな反応をするか、正直、不安だった。 けれど、返ってきた言葉は……想像していたものとは違っていた。 「そうか、琴乃がふたりを守ってくれたのか……なら──ちゃんと、生きないとな。きっと琴乃も、それを望んでる」 その声は、努めて明るく振る舞う中に、微かな震えが混じっていた。ほんの一瞬だけ、その瞳の奥に深い悲しみがよぎる。でも彼は、変わらず優しく微笑んでくれた。 「……はい」 僕は深く頷いた。 *** 車内の空気は、しばらく静寂に包まれた。それでも、輝信さんは黙って僕を自宅まで送り届けてくれた。 「元気でな、悠斗君!」 別れ際、彼は笑顔で手を振った。 「俺はこれから琴乃の亡骸を弔ってくる。……また気が向いたら、あの家に来てくれ!」 その言葉を聞いて、僕は彼に尋ねた。なにか、自分にもできることはないかと。 だけど彼は、そっと首を横に振った。 「これは俺が、一人でやりたいことだから」 彼の瞳は、どこか遠い空を見つめていた。 そして、こうも言った。呪いが消えた今、琴乃さんが住んでいたあの家に住むつもりだと。そこに、彼女のための大きな墓を建てるつもりだと── (……僕も、ちゃんとお墓参りに行かないと) そう心に誓った僕に、彼は大きく手を振って車に乗り込んだ。 「じゃあな、悠斗君! 達者でなぁ!!」 その声が遠ざかっていく。 僕は、ただ静かに頭を下げて、その車を見送った。 *** 輝信さんと別れた僕は、その足で――久しぶりに、母さんのいる病院へと向かった。 バスの振動に揺られながら、窓に映る自分の顔が、やけに強張っていることに気づいた。もう何度も来ているはずの場所なのに、今日は心が落ち着かない。大切な報告があるからか、それとも、これまで

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の百七十九:終幕のその先へ

    「……よく戻ったな」 長老の家の前に立ったとき、あの慈愛に満ちた声が出迎えてくれた。 琴音様のことを村人たちに伝え終え、僕はひとり、この家を訪れていた。理由はふたつ。ひとつは――琴音様が告げた、美琴の転生の話を伝えるため。この人にとっても、美琴はきっと、大切な存在だったから。 「長老……琴音様から、美琴についてのお話がありました」 「ふむ……聞こう」 僕は、琴音様が語った言葉をそのまま伝えた。十数年後、美琴は再びこの世に生を受け、僕のもとへ還ってくる、と。 「琴音様が……そんなことを……?」 長老は、にわかには信じがたいといった表情で目を細めた。だが、その深く刻まれた皺の奥で、小さな希望の灯火が宿るのが見えた。 僕は静かに頷く。 「はい。あのとき、琴音様は力強くそう言ってくれました。……あの瞳に、迷いはありませんでした」 ゆっくりと、深く頷いた長老の目から、ひとしずく涙がこぼれ落ちた。 「そうかぁ……そうかぁ……」 何度も繰り返されるその声に、どれほどの想いが込められていたのか――僕は、その涙の重みを、ただ静かに見守った。 そして――もうひとつ。 「長老、もうひとつ……お願いがあります」 「ほう? なんじゃ?」 「沙月さんの情報を……すべて、正しく書き直してほしいんです」 しばしの沈黙の後、長老は目を閉じて静かに問い返す。 「それは……構わんが、なぜ今になって?」 「沙月さんのこの村での記録は、偽られたままです。本当のことが、何ひとつ残されていない……。千鶴さんが、彼女の子孫である僕達を守るためにそうしたのは分かります。でも、今はもう――その呪いも、終わったから……」 かつて琴音様が残した呪いは、もう祓われた。今の村には、彼女を知る人もいない。それなら、もう……彼女の人生を”真実”として刻んでもいいはずだ。 「ふむ……。では、文献を作り直そう」 そう言って、長老は真っ直ぐ僕を見つめ、力強く頷いてくれた。その声に、ひとかけらの迷いもなかった。 「ありがとうございます」 知らず知らずのうちに詰めていた息が、そっと吐き出された。 「して……その沙月様について詳しく話してくれるか?」 「もちろんです」 そうして、僕は語りはじめた。あの人が歩んできた、千年の祈りの軌跡を。温泉郷で呪われた霊たちを鎮めたこと。僕に呪いが宿って

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の百二十五:魂を喰らうもの

    緑色の清浄な焔が、確かに迦夜の禍々しい霊体を、その奔流の中へと包み込んだはずだった。けれど……目の前にいる“アレ”は、僕たちの、か細い希望を嘲笑うかのように、そんな甘い存在ではなかった。『……ゥゥア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……ッッ!!!』皮膚が焼け爛れるような、凄まじい苦悶の声を上げながらも、緑色の焔にところどころその身を焦がされた迦夜が、その瞳に、消えることのない憎悪の炎を宿したまま、まだその場に黒い影のようにうずくまり、確かに存在していた。祓い切れていない……!「嘘……。私の、今の全力でも……ダメ、なの……?」美琴の震える声が、絶望の色を帯びる。彼女は、霊力の大部分を使い果たした

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の百二十四:君が為の盾、祈りが為の焔

    「──穢れを清浄なる焔にて……」 僕の背後から、美琴の凛とした詠唱が空気を震わせる。その声に宿る霊力が、穢れた空間に波紋を広げていく。 迦夜の目が、カッと見開かれた。その金色の瞳に、初めて焦燥の色が浮かぶ。詠唱に込められた力の危険性に、気づいたのだろう。 させないとばかりに、迦夜は美琴へと一直線に飛んでくる。 「星燦ノ礫!!」 僕は、その間に割り込むように、牽制の礫を放った。 迦夜は鬱陶しそうに僕を睨みつけ、それをひらりとかわす。だが、立て続けに術を使った影響で、僕の呼吸は荒くなり、肺が焼けるように痛い。血の味が、口の中に広がっていく。 その隙を、迦夜は見逃さない。 にやぁ、と

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の百二十三:代償は命

    『どうして、私達だけがこんな目に合わなければならかったのだ』脳内に、冷たく響く声がした。それは、どこまでも深い悲しみに濡れていた。(私……達……?)その、複数形であることに、僕は一瞬だけ思考を奪われる。すると、次の瞬間、その声は、燃えるような怒りに変わった。『なぜだ!? 許せない!』『憎い…!こんな運命を強いた琴音も、白蛇も……!』『お前も巫女の末裔なのだろう? それなのに……』怒りの声は、一つの問いを、僕に突きつけてきた。『『なぜ、呪われていないのだ?』』『許せない。憎い、憎い、憎い』ドス黒い、底なしの感情が、僕の心を渦巻き、掻き乱していく。(…違う……!!僕が呪わ

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の百二十:黒い灰は軽すぎて

    僕が咄嗟に展開した桜色の結界に守られながら、美琴が静かに、だが力強い声で詠唱を紡ぎ始めた。 「燦星の輝きを我が手に集めよ……我が祈りにて穢れを砕く珠を放て!」 詠唱を終えた瞬間、彼女の華奢な身体から、眩いほどの紫色の霊気が迸った。それは、迦夜が纏う禍々しい瘴気と同じ源流にありながら、どこまでも清らかに澄んだ、浄化の輝きを放っている。 「星燦ノ礫…っ!!」 美琴の指先から、鋭い紫色の光弾が、閃光となって弾け飛ぶ。 それを見た迦夜は、さっきまでの般若のような怒りの形相から一転、なぜか、楽しそうににやりと口角を吊り上げた。 (何を考えてるか分からない……でも、僕にも出来る事がある!)

فصول أخرى
استكشاف وقراءة روايات جيدة مجانية
الوصول المجاني إلى عدد كبير من الروايات الجيدة على تطبيق GoodNovel. تنزيل الكتب التي تحبها وقراءتها كلما وأينما أردت
اقرأ الكتب مجانا في التطبيق
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status