「先輩! 絶対にその刃物に触れないでください!」 切羽詰まった少女の警告が響くと、少年の喉がひゅっと鳴った。 眼前に立ちはだかるのは、虚ろな目をした一人の男。その手には鈍色のサバイバルナイフが握られ、尋常ならざる気配を放っている。 「彼の周囲には……彼に殺された人たちの怨霊が渦巻いています!」 少女の言葉が、嫌というほどリアルに、目の前の光景と結びつく。 「その怨念が、ナイフをただの凶器じゃない……“呪具”にしてしまっているんです!」 あれを浴びれば、命はない。 それが、直感でわかってしまったのだ。 少年の掌にじっとりと汗が滲み、指先が微かに震える。 今まで対峙してきた不成仏霊とは、魂の密度がまるで違う。明確な殺意と、それを実行するための物理的な手段。その両方を、目の前の『悪霊』は確かに持っていた。 ──ダンッ! 鋭い踏み込みの音。男の身体が空気を裂き、ナイフが横薙ぎに閃いた。少年はほとんど反射で後ろへ飛び退く。凶刃が鼻先を数ミリで掠め、全身の毛が逆立つ。 「……遅ぇんだよ、ガキが」 掠れた、嘲るような声。 次の瞬間、背後から風を裂く音。そして、左腕に走る、灼けるような鋭い痛み。 「……っ!」 呻きが唇から漏れる。咄嗟に庇った腕の袖が裂け、赤黒い血が迸った。骨には達せずとも、傷は決して浅くない。 これは、少年たちが否応なく歩むことになる茨の道の、ほんの始まりに過ぎなかった。 だが──全ての始まりは、そこにはない。 もっとずっと静かで、穏やかな春の風が吹く日々の内にこそ、その根は芽吹いていた。 これは、一人の少年と一人の少女、二つの魂の邂逅の記録。 そして、千年の呪いをその血に宿し、千年の祈りをその身に受けた、宿業の物語である。 ────────── 柔らかな風が、春の訪れをそっと街へと運んでくる。桜の花びらが、まるで空に溶けていくかのようにふわりと舞い上がり、優しい陽射しが、この街全体を祝福するように包み込んでいた。 ここ、桜織市《さくらおりし》は、風穂県《かざほけん》のなだらかな平野部に広がる、どこまでも穏やかな表情をした町だ。 遠い昔、この土地に最初に根付いた桜の木々が、毎年春になると美しい花を咲かせ、そこに住まう人々を、ずっと静かに見守ってきたとい
Terakhir Diperbarui : 2025-05-15 Baca selengkapnya