Chapter: 裏設定皆さん、物語を読んでいただきありがとうございます! ここでは、物語をさらに深く楽しんでいただくために、いくつかの裏設定を少しだけ解説したいと思います。 Q1. 迦夜(かや)って、結局何だったの? 第七章で悠斗たちを苦しめた《迦夜》。彼女たちは、琴音の呪いによって生まれた「歴史への怨嗟の集合体」です。 しかし、琴音が戦いの最中に言ったこのセリフ、気になりませんでしたか? > 『ぐぅ……! 吸収し損ねた迦夜の残骸か……! はみ出し者の分際で、妾に逆らうとは……っ!!』 実は、琴音はこの千年もの間、自らが振りまいた呪いが生み出す怨念を、その身に吸収し続けていました。 迦夜の力も怨みも。 つまり、悠斗たちが戦った迦夜は、その巨大な器から**ほんの少しだけ溢れ出してしまった「残骸」**にすぎません。 Q2. なぜ沙月(さつき)の血筋だけが、他の巫女より長生きできたの? 美琴の血筋をはじめ、多くの巫女たちが二十代という若さで命を落とす中、なぜ沙月の子孫だけは比較的長く生きられたのか。 その答えは、**沙月が呪いの元凶である琴音の「実の妹」**だったからです。 力の源流に最も近い血を持つ沙月は、琴音の力を扱える器でした。 (もちろん、全く呪われていない訳ではありません) 例えるなら、他の巫女たちの呪いの進行速度を「2倍速」とすると、沙月の子孫は「等速」で進む、というイメージです。 それ故に、他の巫女よりは長く、三十代~四十代まで生きることができました。 悠斗に一切呪いがないのは、沙月の子孫への強い想いから繋がった、祈りという名の奇跡なのです。 Q3. 忘れられた創設者・沙月の歴史 桜織市の創設者である沙月の歴史は、あまりにも長すぎるため、そのほとんどが人々の記憶から忘れ去られています。 温泉郷にかすかに「清き巫女の伝説」が残るのみで、その全貌を知るのは、桜織神社の墓守である藤次郎の一族だけです。 なぜ歴史が忘れられたのか? それは、沙月自身がそう望んだからです。 彼女は、自分の子孫たちが過酷な宿命に縛られず、自由に生きてほしいと願い、藤次郎の祖先に「真実を語り継ぐ必要はない」と伝えていました。 ちなみに、沙月には**《葵(あおい)》**という娘がいました。 白蛇様の分身体を封印する覚悟を
Last Updated: 2025-08-15
Chapter: 縁語り其の結びあれから――さらに、百年もの歳月が流れようとしていた。悠久の風がこの白蛇の山頂を吹き抜ける中、妾は静かに見守り続けていた。悠斗に遺した妾の血を媒体に、彼と美琴、そしてその子孫たちが紡ぐ、全ての記憶と感情を。それが、妾が自らに課した最後の贖罪であったから。二人は、実に満ち足りた生涯を送った。まるで失われた時間を取り戻すかのように、笑い、愛し合い、時には些細なことで喧嘩をしながらも、固く手を携えて。やがて、その腕に新しい命を抱き、慈しみ、育て、そして次の世代へと縁を繋いでいった。霊砂や百合香たち、古の巫女たちもまた、穏やかに天寿を全うし、安らかな眠りについた。その最後の魂が天へと昇ったのを見届けたとき……妾の役目も、ようやく終わったのだ。あぁ……なんと壮大で、愛おしい記録であったことか。妾の呪いが彼らを、そして多くの者を苦しめてしまった事実に変わりはない。が、妾の血を引き継いだ彼らの子孫たちが、この先も数多の物語を紡いでいく。かつてあれほど憎らしいとさえ思ったその事実が、今ではむしろ……誇らしく、喜ばしいとさえ感じるのだ。そんなことを考えていた、その時だった。『……上……』ふと、天から懐かしい声が聞こえたような気がした。いや、気のせいではない。魂に直接響く、凛として、それでいて慈しみに満ちた声。『む……?』『姉上……』見上げると、雲間から光が差し、天から人影がひとつ、静かに舞い降りてくる。妾の記憶にある、ただ一人の姿。『……沙月……!』『迎えにきましたわ』地に降り立った妹は、以前と何ひとつ変わらぬ、穏やかな顔で微笑んでいた。かつては、その清廉さが息苦しくもあった。だが……それがいまは、どうしようもなく心地よい。『ふふ……そなたの蒔いた種が、見事な花を咲かせ……こうして、妾を解放するに至った。感謝するぞ、沙月』そう告げると、彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして、そっと妾の手を取った。差し出されたその手は、記憶にあるどの温もりよりも柔らかく、そして、暖かかった。千年の時を超え、ようやく妹の手に触れることができたのだ。
Last Updated: 2025-08-07
Chapter: 縁語り其の最終話:縁が結ぶ光あれから――十六年が経った。月日は慌ただしく流れ、私の日常も大きく姿を変えた。私は今、この桜織市で『結び屋』という名の霊媒処を営んでいる。古の巫女である霊砂さんたちとの交流は続き、私の方から「一緒に霊媒師をやらないか」と声を掛けたところ、彼女たちも快く受け入れてくれた。今では、皆が『結び屋』の正式な仲間だ。皆の助けもあってか、いつしか「よく当たる」などと評判になり、かつてのような無名の存在ではなくなった。けれど、やっていることは昔と何も変わらない。ただ静かに、迷える霊たちの傍に寄り添い、その“想い”と向き合い――癒すだけ。かつて、彼女がそうしてくれたように。***バスの車窓から、ふと赤い影を纏った霊を見つける。すぐに停止ボタンを押し、運賃を払ってバスを降りた。いた。あの霊だ。「こんにちは。何か、お困り事でも?」私は、路地裏に佇むその霊に、臆することなく声をかける。『あんた……私が見えるのね……』「ええ。なにか抱えている想がある筈です。私でよければ聞きますよ」『……なんで……なんで私が死ななきゃいけなかったの!? あいつが……あいつが悪いのに……!』胸の内に渦巻く、未練と怒り。それはまだ“すれ違い”の最中なのだろう。「よければ……あなたの話を、聞かせてくれませんか。私にも、力になれることがあるかもしれません」これまで、幾度となく見てきた。怒りに呑まれ、世界を恨んだ霊たちも――きちんと“言葉”を交わせば、癒えるものだと。***『……ってわけがあってねぇ……』先ほどまで荒れ狂っていた霊は、今ではすっかり落ち着き、赤く禍々しかった気配も、まるで嘘のように消えていた。「なるほど……それは、とてもお辛かったですね」そう伝えると、彼女の身体が透き通り始める。浄化の兆候だ。「あとは私が、あなたの想いを引き継ぎましょう」『……ほんとに? いや……なんだか、あんたは信用できる気がするよ……』彼女は、誤解の果てに彷徨っていた。だが、その誤解はいま解けた。約束通り、後日、彼女の言葉を伝える
Last Updated: 2025-08-07
Chapter: 縁語り其の百八十:おかえりとただいま僕は車の中で、輝信さんと……琴乃さんの話をしていた。彼女は、魂を賭して美琴を、そして僕を守ってくれたのだ。美琴の言葉を借りれば──魂が攻撃されて死んでしまった場合、その魂は浄土へ昇れず、消滅してしまう。それを知っていながら、琴乃さんは迷わず僕たちを守ってくれた。その事実を思えば、あの山頂での自分の行動は……あまりにも愚かだったと、今さらながら胸が痛む。この命は、琴乃さんと美琴、ふたりの想いに支えられて今、ここにあるのだ。琴乃さんの想い人であり、彼女を同じように想っていた──輝信さん。彼がどんな反応をするか、正直、不安だった。けれど、返ってきた言葉は……想像していたものとは違っていた。「そうか、琴乃がふたりを守ってくれたのか……なら──ちゃんと、生きないとな。きっと琴乃も、それを望んでる」その声は、努めて明るく振る舞う中に、微かな震えが混じっていた。ほんの一瞬だけ、その瞳の奥に悲しみがよぎる。でも彼は、優しく微笑んでくれた。「……はい」僕は深く頷いた。***車内の空気は、少しだけ静かになった。それでも、輝信さんは黙って僕を自宅まで送り届けてくれた。「元気でな、悠斗君!」別れ際、彼は笑顔で手を振った。「俺はこれから琴乃の亡骸を弔ってくる。……また気が向いたら、あの家に来てくれ!」その言葉を聞いて、僕は彼に尋ねた。なにか、自分にもできることはないかと。だけど彼は、そっと首を横に振った。「これは俺が、一人でやりたいことだから」彼の瞳は、どこか遠くを見ていた。そして、こうも言った。呪いが消えた今、琴乃さんが住んでいたあの家に住むつもりだと。そこに、彼女のための大きな墓を建てるつもりだと──(……僕も、ちゃんとお墓参りに行かないと)そう誓った僕に、彼は大きく手を振って車に乗り込んだ。「じゃあな、悠斗君! 達者でなぁ!!」その声が遠ざかっていく。僕は、ただ静かに頭を下げて、その車を見送った。***輝信さんと別れた僕は、その足で――久しぶりに、母さんのいる病院へと向かった。バスの振動に揺られながら、窓に映る自分
Last Updated: 2025-08-07
Chapter: 縁語り其の百七十九:終幕のその先へ「……よく戻ったな」 長老の家の前に立ったとき、あの懐かしい声が出迎えてくれた。 琴音のことを村人たちに伝え終え、僕はひとり、この家を訪れていた。理由はふたつ。ひとつは――琴音が告げた、美琴の転生の話を伝えるため。あの人にとっても、美琴はきっと、大切な存在だったから。 「長老……琴音様から、美琴についてのお話がありました」 「ふむ……聞こう」 僕は、琴音が語った言葉をそのまま伝えた。十数年後、美琴は再びこの世に生を受け、僕のもとへ還ってくる、と。 「琴音様が……そんなことを……?」 長老は、信じきれないといった様子で目を細めた。だが、その深く刻まれた皺の奥で、微かな光が灯るのが見えた。 僕は小さく頷く。 「はい。あのとき、琴音様は力強くそう言ってくれました。……あの瞳に、嘘はありませんでした」 静かに、けれども深く頷いた長老の目から、ぽろりと涙がこぼれた。 「そうかぁ……そうかぁ……」 繰り返されるその声に、どれほどの想いが込められていたのか――僕は、その涙の意味を、ただ静かに見守った。 そして――もうひとつ。 「長老、もうひとつ……お願いがあります」 「ほう? なんじゃ?」 「沙月さんの情報を……すべて、書き直してほしいんです」 少しの間、長老は黙っていた。やがて、目を閉じて静かに問い返す。 「それは……構わんが、なぜ今になって?」 「沙月さんのこの村での記録は、偽られたままです。本当のことが、何も残されていない……。千鶴さんが、彼女の子孫である僕達を守るためにそうしたのは分かります。でも、今はもう――その呪いも、終わったんです」 かつて琴音が残した呪いは、もう祓われた。今の村には、彼女を知る人もいない。それなら、もう……彼女の人生を“真実”として遺してもいいはずだ。 「ふむ……。では、文献を作ろう」 そう言って、長老は真っ直ぐ僕を見て頷いてくれた。その声に迷いはなかった。 「ありがとうございます」 知らず知らずのうちに詰めていた息が、そっと吐き出された。 「して……その沙月様について詳しく話してくれるか?」 「もちろんです」 そうして、僕は語りはじめた。あの人が歩んできた、千年の祈りの軌跡を。温泉郷で呪われた霊たちを鎮めたこと。僕に呪いが宿っていなかったのは、彼女の長き祈りがあったからだということ。そして何よ
Last Updated: 2025-08-07
Chapter: 縁語り其の百七十八:呪いからの解放『……行ってしまわれた……』 琴音様の声が、静かに宙に溶けていく。 彼女は、白蛇様が消えた空を、ただ静かに見上げていた。その横顔に、ふと寂寥の影が落ちる。 「やっぱり……琴音様も、寂しいですよね」 僕の口から、自然とそんな言葉が漏れた。 美琴を失った時の、あの胸を抉るような悲しみとは違う。それでも、この別れを「大したことない」と割り切るべきではない。 あの白蛇様との別れは、琴音にとっても、心の奥底をじんわりと締めつけるものだったに違いない。 『うむ……そして、悠斗。そなたは……落ち着いたようだな』 琴音様が、僕を気遣うように言葉を紡ぐ。 その声に、僕は小さく頷いた。 「はい……まだ、引きずっていないと言ったら嘘になりますけど。でも、あなたの過去を見て……白蛇様や琴音様と、言葉を交わせて……」 そう言いながら、僕は自分の胸に手を当てた。 そこには、美琴への喪失感から生まれた激しい怒りも、琴音様への憎しみも、もう渦巻いてはいない。感情の嵐は去り、ただ深い悲しみが、どこか遠い場所で静かに沈んでいるのを感じる。 癒えたわけではない。けれど、確かに鎮まった悲しみだった。 「……それだけで、充分でした」 僕の言葉は、偽りない本心だった。 彼女たちの過去を知り、その想いに触れたことで、僕の心は救われていたのだ。 『……悠斗』 琴音が、ゆっくりと僕の名を呼んだ。 『彼女……美琴が、このまま救われぬまま終わりを迎えるなど、この妾が……断じて許さぬ』 その言葉に、僕の心臓が大きく跳ねた。 彼女の声には、揺るぎない決意と、美琴への確かな想いが宿っていた。 「えっ……?」 呆然とする僕に、琴音様は真っ直ぐな目で告げる。 『故に断言しよう。美琴は、十数年後――輪廻転生を果たし、そなたの元へと帰ってくるであろう』 輪廻転生……? また、美琴に……会えるっていうのか? 僕の胸に、驚きと、信じられないほどの希望が波のように押し寄せる。絶望で固まっていた心が、少しずつ溶けていくようだった。 『彼女は、それだけ偉大なことを成し遂げたのだ。それくらい転生が早くとも……世界の理も、許してくれよう。悠斗……そなたも、よくやった』 琴音様がそう言った瞬間、僕の目から涙が溢れて止まらなかった。 それは、もう悲しみではない。 安堵と、琴音への感謝、そし
Last Updated: 2025-08-07
Chapter: 第69話:小さな町での聞き込み調査「さてさて。私はパンを食べたら、少し町を調査してみますかねぇ。」ミストさんが、楽しげに周囲を見渡す。「おや! あそこ、座って食べるにはもってこいですよ!」彼女の指差した先には、小さな木造ベンチがぽつんと置いてある。ミストさんはベンチに腰を下ろすと、うれしそうに袋からパンを取り出し――ひとくち、頬張る。「ん~~~!!! 美味しいですねぇ~!」緊張感が全く無いその様子に、さっきまで胸にあった警戒心が、ふっとどこかへ消えていった。私も、ミストさんの隣に腰を下ろす。そして、三つ買ったうちのひとつを、そっと手渡した。「おや? これは??」「いつものお礼です。」そう言うと――「な、なんてお優しい……!!シイナ君なんて……長年一緒にいるのに、こんなことしてくれませんよ……!」ミストさんが大げさに、でも本当にうれしそうに喜んだ。その時。「ヘックシッ!!」遠くの方で、誰かのくしゃみが聞こえた。……たぶん、シイナさんだと思う…。私は思わず、くすりと笑った。「それより……私も調査するね。なにか、手伝えることはある?」私はミストさんに尋ねた。「ふむ。では、一緒に歩きましょう!まだこの結晶、完全に機能してるか怪しいところがあるので――エレンさんの感知が頼りになる時や、浄化をお願いする時があるかもしれませんから!」ミストさんは、パンを片手にそう答えた。***そして、私たちは調査を開始した。空は、雲ひとつない清々しい青。これから歩き回るには、もってこいの天気だった。「さぁ! じゃあ行きますよぉ!!」「お、おー!!」私も、右腕を空に伸ばして、ミストさんのノリに少しだけ合わせる。「まずは、聞き込み調査からですっ!」ちょうど、町民と思われる男性が通りかかった。「すみませーん! 少しお伺いしたいのですが!!」ミストさんが元気よく、男性の方へ駆けていく。「お、おお? なんかの調査かい?」「そうなんですよ~。ところで……お兄さん! なにか最近、困ったこととかありませんか!?」ミストさんが、自然な笑顔で尋ねた。「うーん……困ったことかぁ……特にはないかな?」「そうですか~! いえ、なら結構です!!」元気よく一礼するミストさんに、男性が「はは、元気だね」と笑いながら、私にも手を振って去っていった。私はぺこりと
Last Updated: 2025-08-28
Chapter: 第68話:幸せの町、ソレア野営地のテントへと戻ると、朝の柔らかな光が木々の葉を透かし、きらきらと地面で揺れていた。夜の冷気はもうどこにもなく、空気に暖かさが満ち始めている。「ん…おはよう」焚き火の番をしていたらしいシイナさんが、私の足音に気づいて顔を上げた。「うん、おはようございます」私も同じように手を振って、笑顔で返す。少しずつ、本当に少しずつだけど、仲間たちに敬語を使わずに話すことに慣れてきた気がする。「朝から出かけていたのか? 珍しいな」「ダンジョンを見つけて……ちょっとだけ、中に入ってみたの」言った瞬間、シイナさんの穏やかだった表情が僅かに固まった。「…ダンジョン? 一人で…?」彼の声のトーンが、少しだけ低くなる。彼が純粋に心配してくれているのが痛いほどわかったから、私はできるだけ落ち着いた声で説明した。「エレンが、私の自身の護身のためにも戦闘の訓練が必要だって言うから……。本当に少しだけ潜って、様子を見てきただけなんだ」その言葉に、シイナさんは何かを考えるように少しだけ目を伏せた。「なるほど… エレンの判断か」彼は一度言葉を切り、私に向き直る。「そうだな、…いざという時もある。」「自身の護身の為の実戦経験も必要だろう。無事に戻ったから何も言わないが、次からは俺も同行させてもらうぞ? 心配だからな」私のことを心から案じてくれているのが伝わってくる、その真っ直ぐな言葉が、胸の奥にじんわりと温かく染みていく。そんなやり取りをしながら自分たちのテントへ戻ると、どうやら先に戻っていたらしい三人が、それぞれの形で迎えてくれた。「おっ、戻ってきたか、エレナ!」「待ってましたよぉ~!」「おかえりなさい」軽く手を振ってくれるその姿に、張り詰めていた肩の力が自然と抜けていくのを感じる。「グレン、ミスト。口だけじゃなくて、手も動かしてくれると助かるんだがな」シイナさんが、二人を見て、やれやれと首を振る。「一人だけ優雅に本を読んでるヤツに言われたかねぇよ!」「そーだそーだぁ! 我々が働いているというのに!」二人が示し合わせたように、息ぴったりにシイナさんを責め立てる。「…これは遊びで読んでる訳ではないんだが!??」「はぁ……」その深いため息だけが、朝の空気にやけに大きく響いた。***ほなんだかんだと騒がしくテントの片付けを終えた私たちは、
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 第67話:成長の自覚フードの奥、空洞であるはずの眼窩に、殺意そのものが紅い光となって灯った。憎悪に満ちたオーラが空間を圧し潰すように膨れ上がり、骸骨の魔物が床を蹴る。空間そのものを歪ませるような怒気をまき散らしながら、一直線に跳びかかってくる。刃のように鋭利な骨の鎌が、空気を引き裂く音を立てて横薙ぎに迫る――。(しゃがめ……っ!)エレンの声が、思考に直接打ち込まれるように鋭く響く。脊髄が命令を理解するより早く、私は地を這うように身を屈めた。鋭い鎌は私の髪を数本かすめ、背後の壁に深い傷を刻んだ。ぞっとするほどの空圧が通り過ぎていく。「今っ!」しゃがんだ姿勢のまま、短剣に宿した聖なる光を、祈りと共に前方へと突き出す。眩い光芒が圧縮され、白熱の刃となって一気に伸長。狙い過たず、がら空きになった魔物の胸郭を深々と貫いた。『オ、オオオオ……ッ!』音ならざる悲鳴が、魂に直接響く。「ていっ!」私は光の刃を握る手に力を込め、真横に薙ぎ払う。骨が砕ける物理的な感触ではない。魔物の霊体を構成する瘴気を焼き切るような、魂そのものが軋むおぞましい抵抗が手に伝わった。ザンッ――!聖なる軌跡を残し、特異個体の魔物は霊的な繋がりを断たれたかのようにガクンと崩れ落ち、動かなくなった。「……あれ?特異個体って、もっと手強いんじゃ……?」(違う。君が、強くなったのだ)「えっ……?」(この旅が、君の眠っていた身体能力を目覚めさせている。そして……その身に宿す聖属性の純度は、以前とは比較にならんほど高まっている)知らなかった。でも、エレンの言葉がじんわりと胸に染みてくる。内側から、確かな熱が生まれるのを感じた。「私も、成長してるんだ…」その感慨に浸る、ほんの刹那。(エレナ――ッ!後ろだ!!)エレンの警告が、警鐘のように頭蓋を揺らす。「えっ……!?」――死角。いつの間に回り込んでいたのか。二体目の魔物が振り上げた骨の鎌が、すでに眼前に迫っていた。その瞬間。カチィンッ――!私の意志とは無関係に、左手が勝手に腰の短剣を抜き放ち、眼前の鎌を弾き返していた。金属と骨がぶつかる甲高い音が響く。「ええっ!?」(ふう……どうにか防げたな)「すごい……エレン! こんな真似ができるなんて……!」(私の方も、君という器と馴染み、日々できる事が増えている……ということだ)――
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: 第66話:ダンジョン鳥のさえずりが、静かに朝の訪れを告げてくれる。 風は優しく、テントの幕を揺らしていた。私は、ゆっくりと身を起こす。 (おはよう、エレナ) 「……おはよう、エレン」 彼の名を、声に出して呟く。 今となっては、仲間たち全員が、私たちの“秘密”を知っている。もう、このやり取りを、何かに怯えながら行う必要はないんだ。その事実が、胸を温かくする。 私はテントの入口を開け、外の様子を覗き込んだ。夜の間に降りた朝露に濡れた、ひやりと冷たい空気が、頬を撫でる。 「まだ、みんな寝てるかな……。着替えて、少し散歩に行こう」 (いい案だな) 私はそう呟いて、ゆっくりと立ち上がる。 寝間着姿のまま荷物へ手を伸ばし、清潔に畳まれた服を取り出した。柔らかな素材の白いシャツを身にまとい、次に、金の刺繍があしらわれたスカートを丁寧に履く。 司祭様から貰った、聖女としての衣服。袖を通すと、自然と背筋が伸びる気がした。 心配をかけないよう、簡単な置き手紙を書き残し、私はそっと、キャンプ地を離れた。 *** 朝靄に包まれた森の中を、私は一人、歩いていた。 「ここ、綺麗……。川の水も澄んでるし、なにより、自然の匂いがする」 (ああ、そうだな) 木々のざわめき、川のせせらぎ、遠くで響く鳥の声。そのすべてが、メモリスでの戦いで張り詰めていた心を、浄化してくれるようだった。 そんな、穏やかな時間の中―― (……エレナ) 「ん? どうしたの?」 (左前方だ。……何か、感じないか?) 言われた方へ視線を移す。最初は、木々と下草しか見えなかった。 けれど、ゆっくりと近づいていくと―― 「……あっ」 落ち葉の陰に隠れるように、古びた石造りの“階段”が、黒い口を開けていた。まるで、大地に空いた、古い傷跡のようだ。 (……ダンジョン、だな) エレンの声が、低く呟く。 ダンジョン……。魔力が自然に溜まった場所に生まれる、魔物の棲み処。その構造は一つとして同じものがなく、冒険者にとっては未知の試練と言われている。 「ど、どうする……?」 (魔物の気配はする。……だが、大した強さではないな) 「じゃあ……行ってみようかな? ……エレン、代わる?」 (ふむ……いや、このまま行こう) 「えっ!?」 (昨日、エレナに対して“甘そう”だと、シイナに言われてしまってな。ち
Last Updated: 2025-08-23
Chapter: 第65話:ナヴィス・ノストラへ「……次は、ナヴィス・ノストラだ」シイナさんが指した、地図の一点。その地名に、私の心臓が、とくん、と小さく跳ねた。「ナヴィス・ノストラ……」ぽつりと呟いた私の声に、ミストさんが「おお〜」と声を上げる。「さすがシイナ君。確かにそのルートなら、禁足地までの距離も縮まりますね」ナヴィス・ノストラ。私も、その名は知っている。歴史の影に、隠れるように存在する――小さな港。そして、その海の先にあるのは……聖女の地下墓を擁する国。「エレナ。察しはついていると思うが、ナヴィス・ノストラの先には“へレフィア王国”がある」「うん……。私のお母様も、そこに眠っているから……」その一言で、ほんの少しだけ、場の空気が澄んだように静かになる。大丈夫。悲しいけれど、私はもう、それに縛られないと決めている。お母様は、その命を、祈りと共に国のために捧げたのだから。その誇りを、私が受け継ぐ。「ああ。道中、近くを通るなら……君もきっと、先代の聖女様のお墓参りに行きたいと思ってな」シイナさんの、不器用だが、温かい気遣いが、胸にじんわりと染み込んでいく。「……ありがとう」私はそっと微笑んで、みんなの顔を見た。「では、へレフィア王国が次の目的地……そして“隠れ港”は、そこへ向かうための中継地ということですね?」シオンの確認に、シイナが頷く。「ああ。準備ができ次第、出発するぞ」その言葉で、私たちの新しい旅路が、確かに定まった。***メモリスを発って数時間後、私たちは、久しぶりに“野宿”をすることになった。空が茜色から深い藍へと移り変わり、一番星が瞬き始める。焚き火を起こし、その火の番をするグレンさん。黙々と、しかし手際よくキャンプの準備をするシイナさん。夜の森で薪を集めるシオンさん。今日の食料を吟味し、下ごしらえをするミストさん。そして私は、この小さな営みを守るため、周囲に四方結界を張っていた。「よし……ここで、最後」私が最後の一角に祈りを重ね、結界が淡い光のドームとして完成した、その瞬間だった。――誰かに、見られている。敵意ではない。殺気でもない。ただ、静かで、理知的な、何かの視線。顔を上げ、結界の向こう側の闇に目を凝らすと――それは、いた。闇よりも深い夜に溶ける、白銀の毛並み。燃えるような、赤い双眸。体躯は人ほどもあるだろうか。けれどその
Last Updated: 2025-08-23
Chapter: 第64話:メモリスのその後──────エレナの視点──────翌日――ラムザスさんの暴走を止めた私たちは、メモリスの領主から、正式な呼び出しを受けていた。案内されたのは、街の庁舎にある、静かで、どこか無機質な応接室。そこにいたのは、白い研究衣をまとった一人の女性だった。長く艶やかな黒髪を後ろで一つに束ね、理知的な眼鏡の奥から、疲労と安堵が入り混じった眼差しを、私たちに向けてくる。「皆さん、この度は……ラムザスを止めていただき、本当にありがとうございました」彼女――この街の正式な代表である領主が、深々と頭を下げた。「言い訳になるかもしれませんが……私も、家族を人質に取られておりました。ラムザスの狂気には、逆らうことができなかったのです……」「事情は、分かりました。ですが……あなたの命令だと言っていた者たちに、ソウコ君…被験者の一人が襲われかけました。あれは、一体?」私は、あの路地裏での出来事を思い出しながら、尋ねる。その声に、棘はなかった。ただ、事実が知りたかった。「それも全て、ラムザスが私の名を騙り、衛兵や傭兵を操っていたのです……。私は、私の専属の衛兵に、あの少年をあくまで“保護”するよう、命じておりました」その声は震えていて、決して演技ではないと分かる。形式上はこの女性が“長”であったものの、実質的にこの街を支配していたのは、やはりラムザスさんだったのだろう。「なるほど…それで、ソウコ君を……」私が頷くと、それまで黙っていたシイナさんが、一歩前に出た。その瞬間、場の空気が、友人との会話から、公的な交渉へと変わる。「あなたの苦境、致し方ない部分もあったと理解します。なので、まずは“被験者”たちの保護を優先させていただきたい。彼らは今後、ベルノ王国の魔法研究所が、責任を持って引き取ります」その口調は明快で、けれど決して感情的ではない、落ち着いた圧力を纏っていた。「ええっ……! それは……! ぜひ、お願いいたします……!」領主は胸に手を当てて、心からの安堵の吐息を漏らす。シイナさんは、淡々と続けた。「次に、この街の技術について。完全に封印すれば、民の生活基盤が崩れるでしょう。よって、一定の条件を飲むのであれば、記憶の取り扱いを、今後も王国は許可します」「ほ、ほんとうですか!? し、して、その条件とは……!?」身を乗り出す領主に、シイナさんは
Last Updated: 2025-08-21