Se connecterその後も、浩一とは色々なことを話した。けれど、核心的な解決策が見つかるわけもなく、互いにただ胸の内を吐き出すだけ吐き出して、二人は電話を切った。通話を終えても、紫音の胸の中には、重く複雑な感情が渦巻いたままだった。浩一とは、間違いなく生涯の親友だ。何があってもこの絆は手放さない。それは互いに確かめ合うことができた。けれど――問題は、蘭のことだ。蘭は、全部知っていたんだ……それを思うと、紫音はひどく気まずい気持ちになった。浩一さんが私を好きだったことを知りながら、蘭はどんな気持ちで浩一さんと付き合い、そして私の前でアシスタントとして笑顔を向けてくれていたのだろう。知ってしまった以上、今まで通りに蘭と顔を合わせる自信がない。頭を抱えながら、紫音は重い足取りで自宅へと帰った。律は、今日は重要な会議があるため帰りが遅くなるらしい。静まり返ったリビングで、一人ため息をつこうとしたその時――突然、玄関のチャイムが鳴った。インターホンの画面に映っていたのは、兄の州だった。「お兄ちゃん?どうしたの、こんな時間に」慌ててドアを開けると、そこにはひどく思い詰めたような、暗い顔をした州が立っていた。普段の頼りがいのある兄の姿はどこにもなく、今にも泣き出しそうなほど憔悴しきっている。「……何かあったの?顔色がすごく悪いよ。もしかして、まだあのこと……引きずってる?」自分がどれだけ混乱していても、やはり家族のピンチとなれば放ってはおけない。それに、こうして兄の顔を見ると、不思議と心が落ち着くのを感じた。身内という存在がそばにいてくれるだけで、これほどまでに安心できるものなのだと実感する。リビングのソファに腰を下ろした州は、深く頭を抱え込み、苦しげな声を漏らした。「……どうすればいいのか、もう分からないんだ」絞り出すようなその声には、深い絶望が滲んでいた。「毎日、毎日……有加里を忘れようと自分に言い聞かせてる。もう終わったことなんだって。彼女はもう、どこにもいないんだって……でも、駄目なんだ。どうしても諦めきれない。忘れることなんてできない……!」州の震える肩を見て、紫音は胸が締め付けられた。「お前にこんな重い話をしても迷惑なのは分かってる。でも、誰かに話を聞いてもらわないと、俺……もう気が
浩一は自嘲するように笑い、そして、ふっと声のトーンを落とした。「でも、本当にそれだけなんだ。俺はただ、君の一番の親友としてそばにいたかった。だから、君がこれからも変わらずに友達でいてくれるなら……俺はそれだけで十分だ。君の幸せを、心から祈ってる」言葉とは裏腹に、電話の向こうの浩一の心の中は、かつてないほど荒れ狂い、限界を迎えていた。母さん……っ!紫音との関係はどうにか最悪の事態を免れたが、浩一の胸中には、母親である貴子に対する激しい絶望と怒りが渦巻いていた。紫音を巻き込み、自分の意思を無視し、挙句の果てに絶対に知られてはならない過去の秘めた想いまで、最悪の形で暴露した母親。もはや、あの母親との関係が修復する余地は一ミリも残されていない。今日この日をもって、親子の縁は完全に断ち切られたと言っていい。もうこれ以上、あの家に関わっていたら、俺だけでなく周りの大切な人間まで全員壊されてしまう。浩一はスマートフォンを握りしめながら、冷たい決意を固めていた。これ以上、母親と顔を合わせるつもりはない。徹底的に家と縁を切り、すべてを捨てる衝動が抑えきれないところまで来ていた。親たちが異国に戻らず、この国に居座って自分を権力闘争の駒として操り続けようと言うのなら。だったら、俺のほうから出て行ってやる。塚山の後ろ盾も、家督も何もかも捨てて、自分からこの場所を去ればいいだけのことだ。電話の向こうの浩一が、静かに息を吐く音が聞こえた。紫音は、胸の奥で渦巻くもどかしさを少しずつ言葉にして紡いでいく。「おば様、本当に決意が固かったわ。どうしてもあなたを、結衣と結婚させたいみたい。私も必死に説得しようとしたんだけど……今日は私にとっても予期せぬことばかりで、正直、頭が真っ白になっちゃって」紫音は自嘲気味に笑った。「結局、あなたの力になれなかったどころか、かえって事態をややこしくしちゃってごめんなさい。でもね、こういう問題って一朝一夕で解決できるものじゃないから、どうか諦めずに踏ん張ってほしいの」そして、紫音は声のトーンを少しだけ落とし、祈るように告げた。「それとね、浩一さん。……お願いだから、絶対に衝動的な行動だけは起こさないで」紫音の脳裏に、かつての苦い記憶がフラッシュバックする。親と激しく衝突し、家を
どれほどの間、当てもなく街を歩き続けていただろうか。気がつけば、冷たかったはずの風も何も感じなくなっていた。結局、今日はもう会社へは戻らないことにした。蘭の顔を見るのも、今はまだ辛すぎる。紫音は人目のつかない静かな公園のベンチに腰を下ろし、一人で深くため息をついた。浩一さんが、私を……どれだけ考えても、やはり信じられない。でも、過去の記憶を一つ一つ辿っていくと、思い当たる節はいくつもあった。私が人生のどん底で苦しみ、すべてを投げ出そうとしていた一番辛い時期。浩一さんは自分の仕事を後回しにしてまで、ずっと私のそばで支え続けてくれた。一緒に立ち上がり、協力して困難を乗り越えてくれた。私はそれを「最高の親友だから」だと無邪気に信じ込んでいたけれど、あれは全部、彼なりの深い愛情だったのだ。浩一の想いは、とっくに過去のものだ。今さらどうこうなるわけではない。彼には今、蘭という心から愛する女性がいるし、私にも何より大切に想う婚約者がいる。それでも――知ってしまった以上、今までのような「ただの親友」にはどうしても戻れない気がして、胸の奥がチクチクと痛んだ。その時、バッグの中のスマートフォンが震えた。画面に表示された名前に、紫音はびくっと肩を揺らした。『浩一』少し迷ったが、逃げていても仕方がない。紫音は深呼吸をしてから、通話ボタンを押した。「……もしもし」「紫音か!よかった、出てくれて」電話越しに聞こえてきた浩一の声は、いつになく焦っていて、ひどく狼狽しているようだった。「ごめん……母さんから、全部聞いたんだろ。余計なことを吹き込んだって聞いて、さっき大喧嘩したところなんだ」「浩一……」「本当にごめん。……母さんの言った通りだ。俺、昔はずっと、紫音のことが好きだった」覚悟していたとはいえ、本人の口からはっきりと告げられた言葉に、紫音の心臓が大きく跳ねた。「でも、俺の片想いだ。紫音に負担をかけたくなかったし、君が笑って幸せでいてくれるなら、俺はただそばで背中を守れればそれでいいって、本気で思ってた」電話の向こうで、浩一が自嘲するように息を吐く音が聞こえた。「今さらこんな話、聞かされても困るよな。君には今、心から愛する人がいて、これから彼と幸せな家庭を築いていくんだ。だから、
貴子の揺るぎない価値観が、紫音に重くのしかかる。「だからこそ、あの子とあの女は絶対に上手くいかない。一時の感情で結ばれたところで、いつか必ず破綻する。その時にあの子がすべてを失って後悔するなんてこと、母親であるこの私が絶対に許さないわ」貴子の瞳には、狂気じみた「親の愛」が宿っていた。「あなたたち若者は、いつも視野が狭いのよ。『愛さえあれば乗り越えられる』なんて、夢見がちなことばかり言って。本当に自分にとって何が必要なのか、まったく分かっていない」そして、貴子は優雅に立ち上がると、これ以上の会話は無用だとばかりに冷たい視線を落とした。「だから紫音ちゃん、これ以上あの二人のために私を説得しようだなんて、無駄な真似はもうやめなさい。私がしていることはすべて、あの子の――ううん、あなたたち若者の本当の幸せのためのことなのだから」それは、完全なる拒絶であり、決定事項だった。彼女の中では、自分の引いたレールこそが絶対の正解であり、他者の感情など介入する余地は一ミリもないのだ。紫音はただ、その圧倒的な支配欲と冷徹さを前に、息を呑んで立ち尽くすことしかできなかった。どうしよう……私、とんでもないことを聞いてしまった。浩一の長年の想い人が、自分だったなんて。その事実が重くのしかかり、紫音の頭の中はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。これから先、親友として浩一とどう接すればいいのか。どんな顔をして彼と向かい合えばいいのか、全く分からない。これ以上、この場に留まって貴子と対峙する気力は、今の紫音にはもう残されていなかった。「……おば様。今日のところは、これで失礼いたします。突然お伺いしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」紫音は震える声で何とか言葉を絞り出し、深く頭を下げた。「でも……二人のこと、どうかもう一度だけ考えてみてください。あんな風に、すべての可能性を断ち切るような言い方だけは……」それが、せめてもの抵抗だった。しかし、今の紫音にはそれ以上何かを言う資格も、勇気もない。親友の危機を救うために意気込んで乗り込んできたはずが、とんでもない爆弾を抱え込まされてしまったのだ。どうして私、首なんて突っ込んじゃったんだろう……!激しい後悔が波のように押し寄せる。浩一は大切な親友だし、彼の今の彼女は
頭の中が真っ白になる。視界がぐらりと揺れた。浩一さんがずっと心に秘めていた人が、私……?浩一とは長年、ただの親友として付き合ってきた。二人の間にあるのは絶対的な友情であり、微塵の疑いも持ったことはない。彼が誰かを何年も一途に想い続けていることは知っていた。今まで何度も「誰なんだろう」と考えては、色々な女性を思い浮かべてみたりもした。でも、ただの一度だって、その相手が自分だなんて考えたこともなかったのだ。「お、おば様、冗談はやめてください……っ!」紫音は咄嗟に首を横に振った。こんなの、到底受け入れられるはずがない。「浩一さんが私を好きだったなんて、そんなの絶対にありえません!私たちは何年も、ただの親友として良い関係を築いてきたんです。私だって彼をかけがえのない友人だとしか思っていませんし……本当に、ただの冗談ですよね?」動揺を隠しきれないまま、必死に笑い飛ばそうとする。浩一さんからは、そんな素振りすら見せられたことは一度もなかった。私たちは性別を超えた、本当にただの親友だったはずなのに。しかし、貴子の目は全く笑っていなかった。「冗談?じゃあどうして、あの子が自分の時間を犠牲にしてまで、何年も何年もあなたのそばに居続けたと思うの?」「それは……」「誤解しないでちょうだい。もし仮に、あなたが浩一と結婚するというなら、私は喜んで賛成したし、祝福もしたわ」貴子はふっとため息をつき、憐れむような目を紫音に向けた。「でも、現実を見てごらんなさい。あなたはもう別の男性との婚約を受け入れて、将来の家庭を築こうとしている。そして、今の婚約者様を心から愛しているでしょう? ――何より重要なのは、あなたのその幸せは、『家同士が決めた政略結婚』から始まっているということよ」紫音はハッとして言葉に詰まった。確かに、紫音の婚約は最初、親に決められたものだった。しかし、今では律と深く愛し合っている。貴子はそこを見透かしたように、冷たく艶やかな笑みを浮かべた。「本当はこんな昔話、あなたに言うつもりはなかったの。でも、今日私がこれを話したのはね、あなたに現実の道理を分かってもらいたかったからよ」彼女の言葉は、氷のように冷徹で、有無を言わせない圧を持っていた。「若者たちが自分たちで見つけた恋愛なんて、
彼女の頭の中では、「息子を権力の座に就かせること」こそが唯一の正解であり、自分の行動はすべて息子のための無償の愛だと、心底から信じ切っているのだから。これ以上、何を言っても無駄なのだろう。冷たく言い放たれた言葉を前に、紫音は深い無力感に苛まれていた。貴子の決意は、鋼のように固い。どんな言葉を尽くして説得しようと、はなから聞き入れる耳など持っていないのだ。結局のところ、これは塚山家の内部の問題に過ぎない。外野である自分がこれ以上口を挟めば、ただ事態を悪化させるだけかもしれない。当事者である浩一自身が家族と向き合い、解決するしかない問題なのだから。しかし、紫音はどうしても引き下がれなかった。浩一は大切な親友だ。親友が望まぬ政略結婚で人生を縛られようとしているのを、ただ黙って見過ごすことなどできない。「……おば様。おっしゃることは分かります。すべては浩一さんの将来を思ってのことだということも」紫音は震えそうになる声を必死に抑え、まっすぐに貴子の目を見つめ返した。「でも、母親なら……息子の本当の幸せを願うべきではないですか?浩一さんにとって、塚山グループの権力や家柄なんて、ちっとも重要じゃないんです。彼は自分の力だけで十分すぎるほど優秀な結果を出しています。欲しいものがあるなら、誰の力も借りずに自分で手に入れられる人です。どうして政略結婚なんて古い鎖で、彼を縛り付ける必要があるんですか」必死に言葉を紡ぐ。どうか、少しでも彼女の心に届いてほしいと願いながら。「それに、彼に蘭を諦めさせる必要なんてどこにもないはずです。二人が結ばれるまで、どれだけ苦労したか……ずっと傍で見てきた私には分かるんです。蘭と一緒にいる時の浩一さんは、本当に、心から幸せそうに笑うんですから」紫音は真摯に訴えかけた。だが、その切実な願いを遮るように、くすくすと上品な笑い声が響いた。貴子はまるで、聞き分けのない子どものお伽話でも聞いたかのように、可笑しそうに口元を隠した。「紫音ちゃんってば、本当に純粋なのね」その声音には、容赦のない嘲りが混じっていた。「あなたはあの子の親友を自称しているけれど、あの子の本当の深情けを少しも理解していないようね。そもそも、あの子とあの女が釣り合うはずなんてないのよ。それにね――」貴子は