Mag-log inデスクの前に立った蘭の顔は、とても活き活きとしていた。「まだ初期段階ですが、私なりのアイデアもいくつか盛り込んでみました。お時間のある時にチェックしていただいて、厳しいご意見をいただけると嬉しいです。……初めてリーダーとして動かしているプロジェクトですけど、私、なんだかすごく手応えを感じているんです。この案件の方向性、私の得意なアプローチにすごく合っていて……紫音さん、そこまで見越して私に任せてくださったんですよね?」「さて、どうかしら」紫音はわざとはぐらかすように笑ったが、蘭は嬉しそうに目を細めた。「紫音さんの下で学ばせてもらって、こうして一緒に働けること……私、本当に幸運だなって思います。これからもずっと紫音さんの背中を追いかけて、たくさん吸収させてくださいね!」今日の蘭は、信じられないほど晴れやかな表情をしていた。誰かに認められ、期待される喜び。そして何より、自分自身の足で着実に前へ進んでいるという手応えが、彼女を内側から輝かせているのが痛いほど伝わってきた。「なるべく早く目を通しておくわ。修正点があればすぐにフィードバックするから」紫音はファイルを受け取り、蘭の顔をまっすぐに見つめた。「いい?私がこの案件を任せたのは、あなたなら絶対にできると確信していたからよ。だから、あなたは自分自身の能力を信じて、胸を張っていいの。もう誰に対しても引け目を感じたり、顔色を窺ったりする必要なんてない。あなたはこの仕事をやり遂げて、もっともっと強く、自信に満ちた女性になりなさい」紫音の言葉に、蘭は背筋を伸ばし、深く頷いた。「はいっ!」「まあ、堅苦しい話はこれくらいにしておきましょうか。とりあえず今は、目の前の仕事に集中して。……でも、根を詰めすぎて倒れたりしないでね。あなたに無理をさせたら、浩一さんにどんな文句を言われるかわかったもんじゃないから」紫音がおどけたようにウインクすると、蘭は「もう、紫音さんったら!」と顔を真っ赤にして照れ笑いした。その初々しくも逞しい姿を見て、紫音も心から安堵の笑みをこぼした。蘭がこうして本来の明るさと自信を取り戻してくれたことが、紫音にとっても自分のことのように嬉しかった。「はい!私、絶対にこのプロジェクトを成功させてみせます。紫音さんの期待を裏切りたくないし、
【俺たちの家のことで、蘭にはずっと窮屈な思いとプレッシャーをかけてしまっているよね。本当にごめん。でも、俺を信じてほしい。俺が必ず全部解決して、君が堂々と俺の隣で笑える未来を作るから。だから、どうか心をすり減らさないで】浩一からの長文メッセージには、彼がずっと胸の内に抱えていた深い愛情と、蘭への申し訳なさが滲んでいた。浩一の母である貴子からの強烈な反対や、家格の違いという理不尽な壁。それらが蘭の心をどれほど追い詰めているか、浩一は痛いほどわかっているのだ。だからこそ、彼女の負担を少しでも減らしたくて、こうして何度も何度も言葉を尽くして安心させようとしてくれている。浩一さんは、本当に優しいな……蘭はふっと肩の力を抜くと、ゆっくりと返信を打ち始めた。【大丈夫だよ、ちゃんと休憩も取るから心配しないで。最近ね、浩一さんと一緒にいられることが、私にとって何よりの癒しになってるんだよ。以前よりもずっと心強いし、前向きになれてる】【お母様のことも、家柄のことも、焦って解決できる問題じゃないってわかってる。逃げられない壁なら、腹を括って立ち向かうしかないよね。私も随分と肝が据わってきたかも!】【浩一さん一人に背負わせるつもりはないよ。時間はかかってもいいから、無理せず、二人で一緒に解決していこうね】送信ボタンを押すと、すぐに浩一から【ありがとう。蘭のその言葉で、俺もすっごく救われた】と返ってきた。その一文を見て、蘭は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。この理不尽な問題の数々は、間違いなく二人の関係を脅かす最大の試練だった。だが不思議なことに、この困難を前にして、二人の絆は壊れるどころか、以前よりもずっと深く、強固なものになっていた。私たちなら、絶対に乗り越えられる。互いを尊重し、思いやり、共に成長していく。この試練を乗り越えた時、自分たちはもっと素晴らしいパートナーになれるはずだ。蘭はスマートフォンの画面を撫でながら、改めて浩一と共に歩む未来への決意を強くした。蘭に新規プロジェクトを任せた後、紫音自身も立ち止まっている暇はなかった。紫音の会社は現在、順調に業績を伸ばし、成長期に差し掛かっている。この勢いを確かなものにし、会社をさらに上のステージへと引き上げるためには、より規模の大きな案件を獲得し続けなければ
……でも、浩一さんにとっては「簡単」でも、私にとってはものすごい大仕事なんだけどね。若くして家業のトップに立つ浩一にとっては難易度の低い案件であっても、これまでアシスタント業務の枠を出たことのなかった蘭にとっては未知の領域だ。プレッシャーがないと言えば嘘になる。だが、これから浩一の隣に堂々と立てる女性へと成長していくためには、いずれは自力で乗り越えなければならない壁だ。どんなに困難であろうと、今は決して逃げるわけにはいかない。今の蘭の周りには、紫音をはじめとして、いざとなれば手を差し伸べてくれる温かい味方がたくさんいる。けれど、最初から彼らに甘えるつもりは毛頭なかった。蘭はこれまでも、紫音の会社が立ち上がったばかりの激動の時期を、歯を食いしばって必死に支え続けてきたのだ。自分を限界まで追い込み、不可能だと思われた仕事も泥臭くクリアしてきた。その積み重ねがあったからこそ、このチャンスを掴み取ることができたのだ。今回だって同じだ。このプロジェクトは、誰の力でもなく、私自身の力で絶対に成功させてみせる。本当にどうしようもなくなる、最後の最後のギリギリまでは……絶対に誰にも頼らない!スマートフォンを強く握りしめ、蘭は静かに、けれど燃えるような決意を固めた。【浩一さんにとっては簡単かもしれないけど、私にとっては初めてのリーダー業務なんだからね?正直、まだ不安でいっぱいだよ……】素直な弱音を返信すると、すぐに浩一から力強いメッセージが返ってきた。【蘭なら絶対に大丈夫。だって、蘭は誰よりも賢くて頑張り屋だろ?俺は誰よりも君を信じてるよ】【もしこのプロジェクトを一人で成功させたら、蘭はもっと大きな自信を持てるはずだ。いつか自分の会社を立ち上げることだって夢じゃないかもしれないよ】【だから、何も恐れずに思いっきりやっておいで。以前だって『絶対無理です』って泣き言を言いながら、結局最後は完璧に仕事をこなしてたじゃないか。君がどれだけ努力して、どれだけ成長してきたか、俺が一番よく知ってるからさ】画面に並ぶ浩一の言葉たちは、不安で揺れていた蘭の背中を、優しく、しかし力強く押してくれた。浩一自身、本音を言えば、愛する彼女にこれほどの重圧を背負わせたくはないのだろう。リーダーとしてプロジェクトを回すのがどれほど
紫音さんは、いつだって私を導いてくれる……蘭は心の中で深く感謝した。紫音はただの上司ではない。仕事に見合った正当な報酬を与えてくれるだけでなく、まるで本当の妹のように自分のことを気遣い、成長する機会を与えてくれる。彼女への恩に報いるためにも、そして何より、浩一の隣に堂々と立てる自分になるためにも。絶対にこのチャンスを無駄にはしないと、蘭は密かに闘志を燃やした。「このチャンスは、あなたが自分の努力で掴み取ったものよ。私が家のことで身動きが取れなかった時、あなたがどれだけ裏で走り回ってサポートしてくれたか……ちゃんと見ているから。これは、あなたの今までの頑張りに対する当然の報酬なの」紫音は慈しむように目を細めた。「だから、もう『浩一さんと釣り合わない』なんて引け目を感じる必要は一切ないわ。あなたは仕事もできるし、こんなに立派に自立した女性に成長したんだもの。もっと堂々と胸を張っていいのよ」紫音の言葉は、蘭の心の一番柔らかい部分に真っ直ぐに届いた。ずっと抱えていた「家格の違い」や「自分自身の無力さ」に対するコンプレックスが、紫音の温かい言葉によってスッと溶けていく。「はい……!私、もうウジウジ悩んだりしません」蘭は力強く頷いた。「紫音さんが任せてくださった以上、絶対に最高の成果を出してみせます。どんな困難があっても……紫音さんが見守っていてくれると思えば、何だって乗り越えられる気がします!」その瞳には、さきほどまでの迷いは欠片もなかった。プライベートでは波乱続きだった蘭だが、このオフィスには紫音という最強の味方であり、憧れの姉のような存在がいてくれる。それが彼女にとって、どれほど大きな支えになっていることか。「ふふ、その意気よ。期待しているわね」紫音は満足げに微笑むと、蘭にプロジェクトを託して自分の執務室へと戻っていった。あの子なら、きっと大丈夫。自信を取り戻し、目を輝かせる蘭の姿を見て、紫音自身の心も晴れやかになっていた。一人になった蘭は、さっそく手元のスマートフォンを取り出した。画面を開き、一番上にピン留めされている連絡先――浩一のトーク画面をタップする。【浩一さん、聞いて!さっき紫音さんから、すごく大きな新規プロジェクトの責任者に指名してもらったの!】【私、絶
オフィスに到着すると、アシスタントの蘭はすでにテキパキと業務をこなしていた。浩一の一件で複雑な思いを抱えているはずだが、彼女の仕事ぶりには一切の乱れがない。そのひたむきな姿に、紫音は小さく微笑んだ。「蘭」「あ、紫音さん。おはようございます。本日のスケジュールですが――」「その前に、一つ頼みたいことがあるの」紫音はデスクに置かれた新しいプロジェクトのファイルを取り出し、蘭の前に差し出した。「この新規プロジェクトなんだけど、企画の立ち上げから運用まで、全権をあなたに任せたいの。もし無事に契約まで漕ぎ着けたら、このプロジェクトで発生するインセンティブは全額、あなたに還元するわ。……やってみる気はある?」その言葉に、蘭は目を丸くして固まった。紫音がこの大役を彼女に振ったのは、単なる業務の割り振りではない。蘭への信頼の証であり、同時に、彼女自身が抱えているコンプレックスや不安を払拭するための、ある種の「荒療治」でもあった。浩一の隣に立つにふさわしい自分になりたいと、蘭がどれほどもがき、努力しているか、紫音は誰よりも知っている。このプロジェクトは決して簡単なものではない。事前のリサーチや根回しなど、膨大な作業とプレッシャーが伴うだろう。しかし、これを乗り越えた時、蘭は間違いなく一回りも二回りも大きく成長できるはずだ。これは、紫音から蘭への最大の試練であり――最大のエールでもあった。「紫音さん……これ、本気ですか?」蘭は震える手でファイルを受け取ると、信じられないというように紫音の顔を見つめた。「こんなに大きなプロジェクト、私みたいなアシスタントに任せるなんて……やりたい気持ちはあります!でも、私なんかに最後までやり遂げられるんでしょうか……」蘭の瞳には、強い意欲と、それに勝るほどの不安が入り混じっていた。知識も経験も、今の自分にはまだ足りていないと自覚しているからこそ、尻込みしてしまうのだろう。「私があなたに任せるって言っているの。それはつまり、あなたなら絶対にできるって私が保証しているのと同じことよ」紫音はふっと微笑んで、不安げな蘭の肩をポンと叩いた。「今までだってそうだったじゃない。私が家のごたごたで会社に出られなかった時も、あなたが一人で完璧に業務を回してくれていた。あなたの有能さ
そう宣言する律の横顔は、底知れない覚悟に満ちていた。「実はもう、彼らを会社から完全に排除するための計画は立ててあるんだ」律は紫音を安心させるように、ふっと口角を上げた。「だから、本当に君が心配する必要はない。君がこうして私を想い、心を痛めてくれたこと……その気持ちだけで、私は十分に救われたよ。だから、これ以上は君が背負わなくていい」律にとって、紫音は絶対に守り抜かなければならない存在であり、唯一の「聖域」だった。あの親族たちの汚いやり口や、陰湿な権力闘争に、彼女を少しでも触れさせたくない。自分が彼女を守る防波堤になればいい、と彼は本気でそう思っていた。「……私の力が直接及ばないことは、わかってる」紫音は彼の胸にそっと寄り添い、静かに言葉を紡いだ。「でもね、私はいつだってあなたの味方だし、一番の理解者でいたいの。だから、今回みたいに苦しい時や、行き詰まった時は……どうか私に教えて。あなたが全部一人で抱え込んで、限界を超えてボロボロになっていく姿を見るのは、もう嫌だから」紫音は顔を上げ、彼を真っ直ぐに見つめた。「次にまたしんどいことがあったら、私を呼んで?一人でやけ酒なんてしないで、私を付き合わせてよ。私たちは夫婦になるんだから、苦しいことも一緒に経験していきたいの」「紫音……」「あなたには、会社を守り抜く力がある。私、信じてるから。だから、もうあの人たちに一切の遠慮なんてしなくていい。完膚なきまでに叩き出してやって」その迷いのない紫音の言葉は、律の心に重くのしかかっていた鎖を、完全に断ち切った。「必ずすべてを片付けてみせる。……いつも、君に心配ばかりかけてすまない」律は申し訳なさそうに眉を下げ、紫音をそっと抱き寄せた。「君は私にとって、誰よりも大切な人だ。だからこそ、私の抱える問題で君の心を曇らせてしまうのが、たまらなく心苦しいんだよ」律の本音だった。彼女を誰よりも幸せにしたいと願いながら、結局いつも自分の周りのゴタゴタで彼女を振り回し、苦労ばかりかけている。その事実が、彼の胸をチクリと刺すのだ。「もう、そんなこと言わないの。ほら、今日はもう仕事に行かなくちゃ」紫音は彼の背中に腕を回し、ポンポンと軽く叩いてから笑顔を作った。お互いに抱えているものは重いが、だからといって立ち







