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第5話

Auteur: 稼ぎたい子
彼女は宴会場の外の柱の陰に身を潜めたが、嘉行とその従妹・笹原霧子(ささばら きりこ)の会話が聞こえてきた。

「ねえ、ほんとにこのままずっと二重生活を続けるつもりなの?」

霧子は眉をひそめた。

「いくら隠しても、真相は覆い隠せないでしょう。いつかお義姉さんにバレるわよ」

嘉行は笑って言った。「俺が愛してるのは名月だ。

でも青には子どもまで産んでもらった。だから彼女を捨てることなんてできないさ。

このまま二人とも守って生きていくのも、悪くないと思ってる」

「でももしバレたらどうするの?」霧子は不満げに言った。「それって結婚に対する裏切りじゃない。お義姉さんに失礼すぎるでしょ」

「そんな日は来ないさ。もう何年もこんなふうにやってきたんだから」嘉行は自信たっぷりに言った。「名月には申し訳ないと思ってる。だからその分、もっともっと大切にするつもりなんだ」

霧子は呆れて目を剥いた。「愛って、物で償えるものなの?忠告してあげるけど、叔父さんがもうすぐ帰国するんだからね。

あの人、頑固で、こういう不倫まがいのことが大嫌いなの。

浮気相手をちゃんと隠しておきなよ。叔父さんに見つかったら、絶対黙ってないから!」

柱の陰で、名月はそっと膝を折り、地面に崩れ落ちた。

心が痛みすぎて、もう何も感じなかった。ただ、吐き気だけが込み上げてきた。

ふらつく足取りでホテルを飛び出したが、連日の精神的ショックに体が耐えきれず、目の前が真っ暗になり、そのまま地面に倒れ込んだ。

目が覚めたら、彼女は見知らぬ部屋のベッドの上にいた。ソファにはスーツ姿の男が座っており、縁なしの眼鏡をかけ、分厚い資料に目を通していた。

無表情だった、その端正で整った顔立ちからは、どこか圧倒的な雰囲気が漂っていた。

名月はしばらく呆然とした後、その人物が誰かを思い出した。

嘉行の叔父、笹原五郎(ささばら ごろう)――彼は長年海外でビジネスをしており、名月も数回しか会ったことがなかった。

ただ、嘉行が三歳年上のこの叔父を少し苦手にしていることは知っていた。子どもの頃、親が甘やかして叱らなかった分、よく代わりに彼を叱っていたらしい。

嘉行は言っていた。「叔父さんは真面目で融通が利かない。何でもルール通りじゃないと気が済まない人だ」

「目が覚めたか」男は書類を閉じた。

「先生の話では、流産の後、情緒が不安定になって倒れたそうだ」

彼はゆっくりと彼女に近づいた。

「嘉行は君が流産したことを知らないんだろう?

知ってたら、もう取り乱して大騒ぎしてるはずだ。

一人で道端に倒れさせたりなんて、あり得ない」

名月は長く黙り込んだ後、小さな声で言った。「今日のことは、ありがとうございました。でも、このことはどうか彼に言わないでください」

五郎が黙ったまま何も答えないのを見て、彼女は懇願するようにささやいた。「お願いします……」

五郎は一瞬驚いたような顔をした。夫婦の間に何かあるのは明らかで、本来ならこのことは嘉行に知らせるべきだった。

だがなぜか心が揺れてしまい、結局、彼女の頼みを受け入れた。

彼は人を遣って名月を自宅へ送り届けた。

間もなく、嘉行も帰ってきた。

「お昼、何が食べたい?俺が作るよ」――料理人の味が好みに合わないかもしれない、ちゃんと気持ちがこもってないかもしれないと、嘉行はこの数年間、どんなに忙しくても三食は自分で用意してきた。

さらに、ジュエリーの箱を差し出した。「オーダーメイドのアクセサリーが届いたんだ。気に入るといいな」

名月はちらりと箱を見た。それは今日、彼が青に贈ったものとまったく同じデザインだった。

彼女は思わず笑ってしまった。

今まで「特別」だと思っていたものは、実は「使い回しの安っぽい愛情」に過ぎなかったのだ。

「いいわ。木の家を見に行きたいの」

「木の家」は五年前、嘉行が彼女のために建てた別荘だった。そこには、かけがえのない思い出がたくさん残っていた。

嘉行が九十七回目の告白でようやくOKをもらったのもそこだった。

初めて手をつなぎ、初めてキスをした場所――そして、彼が彼女にプロポーズし、一生愛すると誓った場所でもあった。

ただし、郊外にあるため、結婚後はあまり訪れていなかった。

今は十二時。

午後三時には飛行機に乗って、この地を永遠に去るつもりだ。その前にもう一度だけ見ておこう。

最後のお別れとして。

嘉行は一瞬、表情をこわばらせた。実は、最近青が「行きたい」と騒いだので、あの家の鍵を渡してしまっていたのだ。今日も彼女は子どもを連れて遊びに行っていた。

「わかった。昼ご飯を食べてから行こう」彼はキッチンに向かいながら、こっそりと青にメッセージを送った――【早く出て行って!】

午後一時、二人は別荘に到着した。

入ってすぐ、名月は違和感に気づいた。

庭のバラはすべて百合に変わり、淡い緑のカーテンはピンクに、リビングには赤ん坊用のロッキングチェアまで置かれていた。

明らかに、誰かがここで暮らしていた痕跡があった。

だが彼女は何も気づかないふりをして、そのまま二階へ向かった。寝室には彼女と嘉行の写真集が置かれていた。彼女はそれを燃やすために持ち帰ろうと思っていた。

だが――ページを開いた瞬間、彼女は凍りついた。

そこに写っていたのは、嘉行と青、そして双子の子どもたち。彼らはラベンダー畑で、エッフェル塔の下で、熱気球の上で……かつて、彼女と嘉行が思い出を刻んだ、あのすべての場所に、他の女を連れて行っていたのだ。

名月の顔色が明らかに青ざめたのを見て、嘉行が近づいてきた。「どうしたの、名月?」

名月は写真集をパタンと閉じ、笑った。「なんでもないわ。帰りたいだけ」

階段に向かって踵を返す彼女の背後で、嘉行のスマホが鳴った。彼の表情が一変する。「ちょっとトイレに行ってくる。先に下で待ってて」

名月は頷いて部屋を出た。

だが数分後、彼女は再び階段を上がった。浴室の外に立つと、嘉行の焦った声が聞こえてきた。

「子ども連れて出て行けって言っただろ!なんでまだいるんだよ!」

「だって、ちょっとスリルがある方が燃えるでしょ?」青の艶めかしい声が響く。「前はあなたたちのベッドで、結婚写真の前でやったけど、今は奥さんが下にいるのよ?ねえ、もっと興奮するでしょ?」

嘉行の荒い呼吸音が重なり――「……この小悪魔め!」

いやらしい水音と、耳を塞ぎたくなるような声が続いた。

名月は扉の外に立ったまま、心に何の波も起きなかった。ただ、思ったのは――どうしてこの男が、ここまで腐ってしまったのか、ということだった。

まるで泥の中に咲いたケシの花のように、妖しく、だが腐臭を放つ存在。

それとも、彼は最初からこういう人間だったのか?自分が、それに気づかなかっただけ?

彼女はふと思い出した。昔、嘉行が初めて彼女を社交界に連れて行ったときのこと。

裕福な令息たちは、表面では祝福の言葉をかけながら、裏では彼を「バカだ」と笑っていた。こんな好条件なのに、女が一人だけなんて。

そのとき嘉行は言った。「俺はあいつらとは違う。俺が愛してるのは君だけだ」

でも、結局は皆同じ。腐りきった本質は変わらない。ただ、腐る順番が違っただけ。

名月は小さく笑い、足音を忍ばせて階段を下りた。

彼女は山奥の寒村の出身だった。母は人身売買で売られてきた女で、息子を産めなかったため、日々夫から暴力を受けていた。

十三歳のとき、名月は山を抜け出し、最初にしたのは父親を刑務所に送ることだった。

父は彼女を呪った。「地獄に堕ちろ」と。母は自由を得たが、娘に感謝しなかった。

名月は、母にとって「恥の象徴」だった。

そんな歪んだ家庭で育った彼女は、誰にも心を開かず、孤独の中で生きてきた。

だが十八歳のある日、嘉行が彼女の人生に現れた。

彼はまるで消えない炎のように、冷たく凍った彼女の心を溶かし、過去の傷を癒やしてくれた。

数え切れないほどの愛を与えてくれた。再び人を愛せるようにしてくれた。

そして、いちばん幸せな瞬間に、いちばん深く、いちばん痛い傷を与えたのも彼だった。

その傷は、きっともう二度と、癒えることはない。

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