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グロテスク、開花。後戻りはできない

last update Last Updated: 2026-01-09 05:36:23

   ♠ 亮

唯織と別れ、

沙耶と一緒になって四か月が過ぎた。

もうすぐクリスマスの時季で街は赤いリボン、

緑の電飾、

白いモフモフが前後にも左右にも溢れていた。

隣には桃色に輝く笑顔の沙耶が寄り添ってくれる。

みなとみらいでディナーを食べ、

和田町の自宅へ二人で並んで歩いている。

ディナー代金は沙耶の方で用意してくれた。

俺は結局バイトも辞めて音楽活動しかしていない。

「今日のステーキ美味しかったね。

また行こうね」

和室に二人向かい合って座り、

缶チューハイで乾杯する。

一口飲み、

お互いに微笑み合う。

二人でクリスマスイブの日は何をするか計画を出し合って談笑する。

カーテン越しに冷気が染み込む。

少しだけ寒いが気にならないほど楽しく心も温かくなっている。

「実は今日さ、

他にも言っておきたいことがあるんだよね」

沙耶は正座をし、

急に姿勢を正して真剣な表情になった。

何か気に入らない言動をしたかなと思い焦った。

沙耶とは一生一緒のつもりだ。

絶対に嫌われるような言動はしたくない。

不安な気持ちをよそに夢があるのと彼女は真剣な顔で語り出す。

「将来メイド喫茶を開きたいってずっと思っているんだよね。

高校時代にメイド喫茶でバイトしていた時期があるんだ。

当時流行ってもいたし、

楽しそうだからメイド喫茶を選んだんだけど、

今でも楽しい記憶が残っていて天職なんだなって思っているんだ」

唐突な夢語りで驚いたが、

酔いも手伝って打ち明けてくれたのだろう。

メイド服を着た沙耶はさぞ似合っていただろう。

彼女は幼い顔立ちと百六十台前半くらいの身長を持っており、

少女感と美人な女性の雰囲気を同居させている。

加えて垂れ目気味のつぶらな瞳が儚さも演出している。

「今はお父さんの会社で働いているけど、

中々資金が集まらなくて。

お店開くのってやっぱ大変なんだなあって思っているの」

畳の表面を指でなぞる。

相当酔っているのか唐突に声を出さずに涙をホロホロとこぼす。

彼女の涙を見ていると俺の生活費のせいではないかと自責の念を抱く。

どす黒くて重量のある罪悪感が胃の中で発生し苦しい。

あわあわとだけ言葉が出る。

生活費はもう送らなくて良いと言おうかと迷う。

だが、

沙耶からの支援がないと今の俺は食い扶持がなくなり餓死する。

またバイトの面接からになるが、

再び受かるなど考えられない。

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  • 艶撫亮~embryo~   艶撫亮の意味

    艶撫亮のライブ当日、ライブハウスの中には今までの藤沢亮のライブでは考えられないほどの人数が来ていた。顔面を破壊した猟奇的で摩訶不思議なアーティストとして艶撫亮は、一部の人たちの間で話題になっていた。「頽廃と新生」のミュージックビデオも三十万再生に届いていた。他にもいくつか新曲を発表していたので、合計だと百万再生は優に越えているだろう。周囲を見渡すと意外と若い女性が多かった。誰が亮の恋人なのか判別できない。以前戸塚のライブにいた可愛らしい女性は見当たらない。開演時間になり会場全体が暗くなる。顔面を跡形もなく破壊した艶撫亮が初めてステージに現れるため周囲の緊張感も高まる。暗く禍々しい雰囲気のSEと一緒にステージ上に人影が現れた。照明は点いておらず、ひょろ長い人間の影だけがステージの中央に見える。人型を見て間違いなく亮だと思う。まだ顔は見えない。SEが止まるとアコースティックギターを激しく掻き鳴らし、ライブが幕開けした。一体どんなライブをするのか。荒くなくしっとりでもなく、ねっとりとした旋律が特徴的なイントロで始まる。「頽廃と新生」だ。──生み落とされることはなく/ねじり引き摺り出された罪なき罪人/不完全な私の卵はモズの巣へと/口なき口へミミズの死骸が落とされて/母は外から笑う/花の蜜の臭いが漂い私を狂おすAメロとBメロの間に照明が点いて亮を照らす。見るも無残な人間の残骸のような顔が浮かび上がる。彼の顔を見た観客たちは悲鳴と絶句、絶叫、号泣の全てを混ぜた音を発した。動画で見ていたが、やはり実物はとても見られるものではなかった。焼け爛れたような頭皮、潰れた目元、穴だけになった鼻。傷だらけの頬。亮本人は周囲の反応を気にせずに何やら台詞を述べる。「embryo、俺は胎児になり変わった。胎児とは五体満足の人間になる前の未完成な存在。そんな未完のものは常に完成を目指すものであり、既成の作品のように古くなって過去のものにはならない究極の作品である」彼は何を言っているのか。亮が自分自身で考えた理屈とは思えない。メロディーのうねりが大きくなっていく。大蛇がせせらぎの浅瀬でネロネロのたうち回っているような曲調のままBメロに入る。──母は俺が生きることこそ罪と言う/爪を立て、脳みそを掻き

  • 艶撫亮~embryo~   甘ったるい餡子のような匂いを放ち、私を捕らえる

       ♢ 唯織自宅の布団の上で胡坐をかいたまま、スマホを持って絶句していた。一瞬自分が何を見ているのか分からなかった。亮の公式ユーチューブチャンネルの名称が変わっている事実に今日気が付いた。──艶撫亮。公式チャンネル一体何があったのか気になって確認すると、新曲のプロモーションビデオがアップされていた。──「頽廃と新生」ミュージックビデオサムネは黒地に白い文字で曲名とアーティスト名が書かれているだけだった。ミュージックビデオの内容は、最初は真っ黒のシルエットしか映されていない男が真っ白の空間で歌っていた。歌声は確かに亮のものだった。徐々にシルエットから顔が浮かび上がり、最後には真正面からの彼の顔がアップで映し出された。徐々に浮かび上がる艶撫亮の顔に最初の視聴の時、恐怖と衝撃で最後まで観られなかった。あの顔は亮なのか。声は本人なので確実に亮なのだろう。布団の上に寝転がり、動画から受けた衝撃を時間をかけてゆっくり受容する。私と同棲していた頃の亮はありきたりな何の特徴もない曲を披露していた。今回の艶撫亮としての新曲は今までの亮では絶対に作れない曲だ。誰かが亮に何らかの影響を与えたとしか考えられない。では、誰がどんな影響を与えたのか。私の頭の中には亮が新たに好きになった女性の存在が際立っている。彼が変わったのはその女性と出会ってからだ。原型を留めないほどに破壊された彼の顔は一つ連想させられるものがある。「小中学生立ちんぼ倶楽部」のやり口として、女の子に依存し始めた男たちは体に女の子の名前の入れ墨を彫るなどし、身体に何らかの細工をして依存度を高められていたようだ。他の女性に意識を持って行かれないようにするためだ。亮もう艶撫亮として生きるしか道がなくなったと言っても過言ではない。艶撫亮は顔が人間のものではなくなっているので、他の女性と深い関係になる未来はないはずだ。動画で見ただけでも悲惨と分かる顔を見て合同会社の陰を感じる。気のせいだとは思えない。何か女性の情報がないかと手あたり次第で艶撫亮の情報を調べてみたが何も出なかった。だが、気になるSNSでの投稿を発見した。──二月〇日〇時 横浜KKスタジオ ワンマンライブ開催決定今まで路上ライブばかりしていた亮にとって初めてのライブハウスではないか。

  • 艶撫亮~embryo~   艶撫亮を作る

    卓袱台の上には鋸包丁が二挺、錐が一本、水酸化ナトリウム水溶液二五〇ミリリットルの入った瓶が一つ、砂利一掴み分がビニール袋に入って置いてある。午前中に揃えて来た。平日の十三時、カーテンを三重にして何枚もの敷布団や掛け布団を窓の前に層を作るように重ね、音が洩れないようにした。そんな部屋に一人きり。沙耶は艶撫亮になる未来を想定して、角部屋で上や隣に居住者のいない部屋を契約したのかもしれない。念のため壁や天井にも段ボールをガムテープで貼り付け、プチプチと呼ばれている気泡緩衝材で覆う。タオルを丸めて猿轡のように噛み、準備は完了だ。だが、まだ心は準備ができていない。実行の時間になっても案の定、踏ん切りが付かない。沙耶を繋ぎ留めておく目的のためには手段を問わないつもりだが、艶撫亮になるのはどうしても抵抗を覚える。もちろん今のまま活動を続けても売れるのは厳しい現実も理解している。ラインを開いて改めて共有されたファイルを開く。「艶撫亮へのなり方」には徹底して顔面を無残に破壊する方法が淡々と記載されていた。なぜ顔面を破壊しないといけないのか。「艶撫亮の意味」の冒頭に書かれていた。〈embryoつまり胎児は人間の未完成の状態だ。胎児と同等の未完成になるため完成された人間から離れる必要がある。人間から離れるために目鼻口が揃った顔を手放すのだ。未完成の存在を体現する艶撫亮は皆の鏡像と同等だ。なぜなら人は皆完璧ではないからだ。未完成な人類は同じく未完の芸術的存在である艶撫亮に共感して心惹かれる。未完の存在の艶撫亮と自身とを重ね合わせて自分自身のように鑑賞する。皆、艶撫亮の完成を願い、見守り続ける〉この理論が正しいか判断するには俺自身がまず顔を破壊しないと始まらない。深呼吸をすると畳と段ボールの匂いが鼻腔を満たす。自室はこんな良い匂いがする場所だったのか。卓袱台の上にある水酸化ナトリウム水溶液の瓶に手を添える。平日の昼間、外は静寂。誰もいやしない。大丈夫だ。スルリと穏やかな空気を裂くように瓶を頭上へ向かって持ち上げる。丁度目線の高さまで掲げる。瓶の中の液体が緊張と恐怖によって震える。本当にこれで良いのかと何度も頭の中で繰り返し、ゆるゆると瓶を手にした左手を頭上に持って行く。一気に緊張が絶頂へ達し、

  • 艶撫亮~embryo~   グロテスク、開花。後戻りはできない

       ♠ 亮唯織と別れ、沙耶と一緒になって四か月が過ぎた。もうすぐクリスマスの時季で街は赤いリボン、緑の電飾、白いモフモフが前後にも左右にも溢れていた。隣には桃色に輝く笑顔の沙耶が寄り添ってくれる。みなとみらいでディナーを食べ、和田町の自宅へ二人で並んで歩いている。ディナー代金は沙耶の方で用意してくれた。俺は結局バイトも辞めて音楽活動しかしていない。「今日のステーキ美味しかったね。また行こうね」和室に二人向かい合って座り、缶チューハイで乾杯する。一口飲み、お互いに微笑み合う。二人でクリスマスイブの日は何をするか計画を出し合って談笑する。カーテン越しに冷気が染み込む。少しだけ寒いが気にならないほど楽しく心も温かくなっている。「実は今日さ、他にも言っておきたいことがあるんだよね」沙耶は正座をし、急に姿勢を正して真剣な表情になった。何か気に入らない言動をしたかなと思い焦った。沙耶とは一生一緒のつもりだ。絶対に嫌われるような言動はしたくない。不安な気持ちをよそに夢があるのと彼女は真剣な顔で語り出す。「将来メイド喫茶を開きたいってずっと思っているんだよね。高校時代にメイド喫茶でバイトしていた時期があるんだ。当時流行ってもいたし、楽しそうだからメイド喫茶を選んだんだけど、今でも楽しい記憶が残っていて天職なんだなって思っているんだ」唐突な夢語りで驚いたが、酔いも手伝って打ち明けてくれたのだろう。メイド服を着た沙耶はさぞ似合っていただろう。彼女は幼い顔立ちと百六十台前半くらいの身長を持っており、少女感と美人な女性の雰囲気を同居させている。加えて垂れ目気味のつぶらな瞳が儚さも演出している。「今はお父さんの会社で働いているけど、中々資金が集まらなくて。お店開くのってやっぱ大変なんだなあって思っているの」畳の表面を指でなぞる。相当酔っているのか唐突に声を出さずに涙をホロホロとこぼす。彼女の涙を見ていると俺の生活費のせいではないかと自責の念を抱く。どす黒くて重量のある罪悪感が胃の中で発生し苦しい。あわあわとだけ言葉が出る。生活費はもう送らなくて良いと言おうかと迷う。だが、沙耶からの支援がないと今の俺は食い扶持がなくなり餓死する。またバイトの面接からになるが、再び受かるなど考えられない。

  • 艶撫亮~embryo~   第四章 山本優香、再び。災厄をもたらすか。

       ♢ 唯織亮が出て行ってから四か月経った。職場の産院の近くにある東戸塚駅すぐのアパートに引っ越して新しい生活にも慣れた。1Kの狭い部屋でも全く問題なく過ごせている。むしろ亮がいなくなり苛立つ瞬間が消え、赤子の死体を発見した記憶も薄れて行き、以前よりも気持ちに余裕のある生活を送れていた。毎日の仕事の忙しさもあり、赤子死体放置の調査は一向に進まなかった。つい二か月前に亮が戸塚のペデストリアンデッキ上の広場のステージでライブを敢行している姿を見た。相変わらず分不相応な恋愛ソングを歌っていた。観客の中に立ちんぼ倶楽部に所属していそうな女子小中校生の姿はなかった。一人だけ若くて可愛らしい女性の姿もあったが、ライブの途中で去って行った。きっと偶々足を止めただけだろう。亮の歌手活動は続いており、特に仕事を辞めさせられてはいないようだ。彼が「生きとし生けるもの合同会社」の餌食になったという予想は思い過ごしなのか。完全に行き詰まり、毎日の仕事の疲れもあって調査ができない。今日も昼勤が終わり、二十一時前に帰宅した。引っ越してからは、また見知らぬ紙袋が置かれているのではと嫌な想像をする日はなくなった。限られた人にしか引っ越し先の住所を教えていない。自転車を停めて郵便受けを確認すると、保険会社からのハガキとカード会社からの封筒に交じって、差出人の記載のない茶封筒が一つ入っていた。自宅の中に入って誰からなのか気になって最初に差出人不明の茶封筒を開けた。B5サイズの紙に直筆で文字が書かれていた。〈本間唯織様ご無沙汰しております。お元気にしておりますか。私は相も変わらず元気です。急にお手紙が来たことにとても驚いているでしょう。本間さんはお引っ越しされてから殆どの人に新しい住所を知らせず、知っているのは親や仕事関係の人に限られていますからね。その中でも直筆の手紙を書く者と考えると、もう誰も思い浮かばないのではないでしょうか。当然でしょう。私は直接あなたから住所を聞いたわけではないのですから。心当たりがなくて当たり前です。それに関して今は一旦置いておきましょう。今回手紙を書かせてもらったのは、私のことを思い出していただきたかったという意味だけなのです。覚えていますか。半年程前、思い出しただけでも憎くて

  • 艶撫亮~embryo~   生活の変化は突然に。

    それから今まで亮と別れるきっかけもなかったので、何となく付き合い続けた。彼の意見にも特に反対せずに同棲まで開始した。過去の私の甘さが今になって後悔を生んでいる。告白された時に断っておけば、今抱えている苛立ちを覚えずに済んだ。傍から見たら私は亮にフラれた女になる。そんな恥ずかしい現実は受け入れたくない。こちらからフるような形にしないと納得がいかない。どうやってこちらからフる形にすべきか考えていたら、いつの間にか眠りに就いていた。正午過ぎに目を覚ました。部屋から出ると何だかいつもよりも自宅が広く感じられた。何が起きたのかと思って焦りながら部屋中を歩き回った。狭いキッチンには亮の食器やマグカップ、プロテインが悉く消えていた。まさかもう既に新居を見付けて引っ越しまで済ませたのかと思って彼の寝室に入った。ベッドのみを残してギターなど音楽活動に必要な物や生活用品など全て消えていた。吃驚から乾いた咳が何度も出る。私と一緒に生活しながら既に引っ越しの準備を済ませていたようだ。そんな気配全く感じ取れなかった。もし私が別れを受け入れなかった場合、どうするつもりだったのか。引っ越しできずに余計な費用を払わないといけない。別れを受け入れると確信していたのか。「舐めるんじゃねえぞ」亮のベッドに染み込ませるように大声を発した。急いで洗面台に向かって鏡の前に立った。顎の細い輪郭に、青白い肌。奥二重のキッと吊った目が怒りでピクついている。顔全体から怨念の情が溢れ出ている。指紋など気にせず、洗面台の鏡に両手を着いて私自身の顔に至近距離まで詰めた。「本間唯織。お前は藤沢亮を絶対に許さないんだ。徹底的に敵視をして奴が不幸になれば喜び、幸せになろうとしたら絶対に絶望に突き落としてみせようじゃないか」亮のような男にどんな形でも負けるのは嫌だ。誰にも負けない強い女でありたい。悔しさを抱きながら暗示をかけていると、「小中学生立ちんぼ倶楽部」のやり口に男を女と別れさせてその日のうちに家を出て行かせる行程があると思い出した。亮は立ちんぼ倶楽部の毒牙にかかったのか。まさかと思いながらも半ば本当にそうなのではないかと思った。もし亮が「小中学生立ちんぼ俱楽部」の餌食にされているならば、亮を追えば立ちんぼ倶楽部の運営元の「生きとし生

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