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第8話

Author: 佐伯進奈
陽翔は、両親にどう説明すればいいのかわからず、とりあえず言い訳でその場をやり過ごした。

両親が去った途端、廊下で耳をそばだてていた親友たちがどっと押し寄せた。

「すげぇな、陽翔さん。両親があそこまでオープンだとは。兄妹でもオッケーとか」

「オープンすぎだろ。でも相手が違うんだよな。陽翔の心はもう彩乃でいっぱいなんだから」

「だな。近いうちにゴールイン間違いなしだろ」

「おいおい、まだ何も決まっちゃいないって」

陽翔は笑いながら拳で彼の肩を軽く小突いた。

笑い声が広がったが、彼自身はまったく笑えなかった。

酒を少し流し込むと、彼は早々に帰ると言い訳してその場を抜けた。

帰り道、ふと目に入ったのはブライダルジュエリーの店。

気づけば足が勝手に中へ入っていた。

ショーケースの中、月の形を模したリングに目を奪われた。

小さなダイヤで縁取られた弦月。淡い光を放っていた。

「これ、見せてもらえます?」

店員が丁寧に差し出す。

「お客様、お目が高いですね。こちらは新作で、『ひとりを照らす月』を象徴しています。きっと意味に惹かれたのでしょうね」

陽翔は何も言わず、指輪を手に取った。

サイズも悪くない。......よし。

カードを出そうとした瞬間、横から伸びてきた手がそれをさらった。

彩乃だった。

彼女は嬉しそうに自分の指にはめてみた。

「やっぱり!ずっと待ってたけど来ないから!ここでサプライズ用意してくれてたんだね。

これ、私にプロポーズするためのものでしょ?」

......だが次の瞬間、指輪が関節で止まり、入らなかった。

彩乃は顔をしかめ、あっさり店員に渡した。

「サイズ合わないわ。もっと大きいのにして」

ちょうどそのとき、彼女の携帯が鳴った。

電話を切ると、陽翔の頬に軽く口づけして言う。

「看護師が回診に来るから、私もう戻るね」

もう一度指輪に目をやり、頬を染めて駆け出していった。

店員がリングを片付けようとすると、陽翔が制した。

「いや、それでいい。これを買います」

外に出ると、スマホを取り出し真理のチャットを開く。

【明日、俺の誕生日だ。来てくれ】

そう打ったが、送信前に全部消した。

明日という日を、彼女が忘れるはずはない。

言わずとも来てくれる。そう信じてる。

胸ポケットに指輪のケースを押し込み、深
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