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第11話

Author: キカイ
真美の瞳孔がきゅっと縮み、背中に冷や汗がにじんだ。

彼女はおびえた声で顔を上げる。「瑛司さん、な、なにを言ってるの?

かれんさんがどこへ行ったかなんて、私が知るわけない。

このドレス、瑛司さんがくれたんじゃないの?」

瑛司はもう考えることすらできなかった。

彼は真美の腕を強くつかみ、目に嵐のような怒りを浮かべた。「いつ俺がお前にウェディングドレスをやった?

もう一度だけ聞く。かれんはどこだ?」

真美はこんな瑛司を見たことがない。

止まらないほど首を振り、そのまま力が抜けて床にへたり込んだ。

胸を締めつける不安が一気に押し寄せ、瑛司の理性は崩れ落ちた。

一歩踏み出し、真美の喉をわしづかみにする。

だが力を込める前に、背後から悲しい葬送曲が響いてきた。

黒い喪服の一団が、白い棺を担いでまっすぐこちらへ。先頭の男が深く一礼する。

「藤原さん、かれんさんはここにいます」

瑛司の血の気が引き、体が固まる。次の瞬間、先頭の男の顔面に拳を叩き込んだ。

「俺の結婚式なのに、自分が何を言ってるか分かってるのか!?

もう一言でもふざけたことを言ったら、全員まとめてあの世送りにしてやる!」

それでも男は怯まず、静かに続けた。「信じないなら、ご自分でご確認を」

怒りに震える瑛司は、人垣を押し分けて棺へと突き進む。

棺の中を見た瞬間、全身の力が抜け、膝から崩れ落ちた。

「かれん……かれん」

男は襟を直し、低く告げた。

「かれんさんは昨日、海に身を投げて亡くなられました。収容の依頼を受け、こちらへ参りました。

異議がなければ、死亡証明にご署名をお願いします」

その一言で、海辺はどよめきに包まれた。

「どういうこと!?」

「かれんさんが突然亡くなったなんて!」

記者のフラッシュが乱れ、ざわめきが広がる。

だが瑛司の耳には何も入らない。うなりだけが残った。

彼は棺の中を凝視する。震える手は宙で固まり、触れることさえできない。

長く海に沈んでいたせいで、遺体は膨れ上がり、見るに堪えない姿。

全身に傷とあざ広がり、薄黄色の液が白い布をじわりと濡らしていた。

「ありえない……」

後ずさりしながら、必死に首を振る。

「そんなわけがない。昨日の朝、玄関で謝って、昨日……」

昨日、俺は何をしていた――

深く考えるのが怖くて、棺の縁をつかむ
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