Short
昨日までの愛は、もう語れない

昨日までの愛は、もう語れない

By:  マリモCompleted
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
8Chapters
58views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

御影玲司(みかげ れいじ)との子どもを出産したあと、私、篠宮澪(しのみや みお)は重い産後うつを患った。 何度も刃物を手首に当てる私を、玲司は必死に抱きしめた。 「やめてくれ。俺と律のことを考えてくれ。俺たちがそばにいるから……」 姉と親友の朝比奈莉央(あさひな りお)も刃物を手に取り、自分の手首を傷つけた。 「澪が死ぬなら、私たちも一緒に死ぬ。3人の命でも足りない?」 その日から、私は誰も傷つけたくない一心で、治療に向き合うようになった。 症状がようやく落ち着き始めたと思っていたある日、姉に連れられて披露宴へ向かった。 ところが、壇上に立っていた新郎新婦は、玲司と莉央だった。 私は何も考えられなくなった。 姉は羨ましそうに2人を見つめた。 「本当なら、2人は5年前にこの披露宴を開くはずだったの」 「澪のうつ病のせいで、2人はずっと罪悪感を抱えてきた」 そして、私を見た。 「分かる?」 「本当は、澪がみんなを苦しめているの」 「もう、2人を自由にしてあげて」

View More

Chapter 1

第1話

私は何も言わず、バッグにいつも入れていた睡眠薬を1錠ずつ口に押し込んだ。

姉の篠宮千夏(しのみや ちなつ)はそれに気づかず、玲司と莉央のことを話し続けていた。

「玲司が、澪が死のうとするたびに、どうしてあれほど取り乱すのか知ってる?本当に怖いのは、莉央まで澪のあとを追うことなの。慌てるのも当然でしょう?

それに、玲司1人で律の面倒を見られると本気で思ってたの?律の母親代わりは、もうとっくに莉央よ。初めて覚えた言葉だって、莉央に向かって『ママ』だったんだから」

私は感覚が麻痺したように、その言葉を聞いていた。

苦い錠剤が喉に張りついた。

ふと、以前、周囲の人たちが話していたことを思い出した。

「御影社長は父親役も母親役も1人でこなしてるのに、篠宮さんは子どもを産んだくらいで産後うつなんて。大げさにもほどがあるわ」

「親友が手を貸してくれなかったら、御影社長のほうが先に参ってたでしょうね」

……

莉央は、とっくに私に代わって律の母親になっていたのだ。

「澪!」

次の瞬間、披露宴会場の壇上にいた玲司がこちらを振り向いた。

異変に気づくと、反射的に壇上から駆け下り、私に薬を吐き出させようとした。

「澪、説明させてくれ。お前が思っているようなことじゃない……」

玲司の目は真っ赤だった。

私は糸の切れた人形のように床へ崩れ落ち、口から唾液に濡れた錠剤を吐き出した。

ウェディングドレス姿の莉央が、疲れ切ったような顔で私を見下ろしていた。

「澪の産後うつのせいで、玲司はこれまで一度もまともな結婚式を挙げられなかったの。

玲司は一度くらい、ちゃんと新郎として式に立ってみたかっただけ。だから私が花嫁役を引き受けてあげたの。それくらいの自由も許せないの?

これ以上、騒ぎを起こさないで。お願いだから」

私は拳を強く握りしめた。

胸の内が一気にかき乱された。

恐怖で体が震え始めると、私は反射的に頓服の抗不安薬を探した。

いつもならすぐに薬を渡してくれる玲司が、この時だけは動かなかった。

その視線は、切り傷から血をにじませている莉央の腕に釘づけになっていた。

うまく息ができず、胸が締めつけられた。

その時、玲司のスマートフォンが突然鳴った。

律を見ているベビーシッターの三浦(みうら)さんからだった。

玲司の顔色が変わった。

「律が熱を?分かった、すぐ戻る」

玲司と莉央は一瞬、目を合わせた。

そのまま2人で立ち去ろうとする。

私は母親としての本能に突き動かされるように体を起こし、玲司の上着の裾をつかんだしての本能に突き動かされ。

「私も行く」

玲司が振り返った。

その目には、疲れと嫌悪がにじんでいた。

そうだ。

律の泣き声を聞くだけで取り乱してしまう私に、何ができるのだろう。

私は手を放した。

慌ただしく去っていく2人の姿は、私よりもずっと家族らしく見えた。

背後から、勝ち誇ったような姉の笑い声が聞こえた。

「両親は、澪に何不自由ない暮らしをさせるために、私をずっとよそへ預けていた。

今度は澪が、捨てられる気持ちを思い知ったでしょう?」

その瞬間、5年間の愛も、20年以上続いた姉妹の絆も、すべて終わった。

私は意識がぼんやりしたまま家へ戻った。

クローゼットの最上段にしまい込んでいた鍵のかかった箱から、睡眠薬を取り出した。

そして、1錠、また1錠と飲み込んだ。

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
8 Chapters
第1話
私は何も言わず、バッグにいつも入れていた睡眠薬を1錠ずつ口に押し込んだ。姉の篠宮千夏(しのみや ちなつ)はそれに気づかず、玲司と莉央のことを話し続けていた。「玲司が、澪が死のうとするたびに、どうしてあれほど取り乱すのか知ってる?本当に怖いのは、莉央まで澪のあとを追うことなの。慌てるのも当然でしょう?それに、玲司1人で律の面倒を見られると本気で思ってたの?律の母親代わりは、もうとっくに莉央よ。初めて覚えた言葉だって、莉央に向かって『ママ』だったんだから」私は感覚が麻痺したように、その言葉を聞いていた。苦い錠剤が喉に張りついた。ふと、以前、周囲の人たちが話していたことを思い出した。「御影社長は父親役も母親役も1人でこなしてるのに、篠宮さんは子どもを産んだくらいで産後うつなんて。大げさにもほどがあるわ」「親友が手を貸してくれなかったら、御影社長のほうが先に参ってたでしょうね」……莉央は、とっくに私に代わって律の母親になっていたのだ。「澪!」次の瞬間、披露宴会場の壇上にいた玲司がこちらを振り向いた。異変に気づくと、反射的に壇上から駆け下り、私に薬を吐き出させようとした。「澪、説明させてくれ。お前が思っているようなことじゃない……」玲司の目は真っ赤だった。私は糸の切れた人形のように床へ崩れ落ち、口から唾液に濡れた錠剤を吐き出した。ウェディングドレス姿の莉央が、疲れ切ったような顔で私を見下ろしていた。「澪の産後うつのせいで、玲司はこれまで一度もまともな結婚式を挙げられなかったの。玲司は一度くらい、ちゃんと新郎として式に立ってみたかっただけ。だから私が花嫁役を引き受けてあげたの。それくらいの自由も許せないの?これ以上、騒ぎを起こさないで。お願いだから」私は拳を強く握りしめた。胸の内が一気にかき乱された。恐怖で体が震え始めると、私は反射的に頓服の抗不安薬を探した。いつもならすぐに薬を渡してくれる玲司が、この時だけは動かなかった。その視線は、切り傷から血をにじませている莉央の腕に釘づけになっていた。うまく息ができず、胸が締めつけられた。その時、玲司のスマートフォンが突然鳴った。律を見ているベビーシッターの三浦(みうら)さんからだった。玲司の顔色が変わった。「律が熱を
Read more
第2話
苦い錠剤を次々と飲み下すうち、過去の記憶がよみがえった。3年前。私は玲司との子どもを授かるため、何度も体外受精に挑んだ。採卵のために何度も注射を受け、体は針の痕だらけになった。それでも幸いなことに、10か月間お腹の中で育てた子どもは、無事に生まれてきてくれた。玲司は分娩室の前で、私と子どもの無事を祈りながら待ち続けた。けれど、私を待っていたのは、家族3人で過ごす幸せな日々ではなかった。終わりの見えない苦しい毎日だった。私は子どもの泣き声を聞くだけで、体がこわばった。授乳しようとするだけで、手が震えた。母親なのに、何もできない。そう思うたびに、自分を責め続けた。玲司は何度も私を抱きしめて言った。「大丈夫だ。大丈夫。俺がいるから……」けれど、あとになって気づいた。玲司は、何年もやめていた煙草をまた吸い始めていた。夜中になるとベランダへ出て、隠れるように1人で煙草を吸っていた。私は冷たい床にうつ伏せになったまま、偶然、莉央が私を公開範囲から外し忘れたSNSの投稿を目にした。動画を開いた瞬間、男女の荒い息遣いが聞こえてきた。画面には、玲司の引き締まった背中が映っていた。玲司は莉央と指を絡め合っていた。「澪が何度も自殺しようとするから、俺はもう本当に疲れた。莉央と一緒にいる時だけは、心から楽になれる」私は爪を噛み、唇の端から血をにじませていた。ふと、以前、玲司に無理やり組み敷かれ、何度も名前を呼ばれた時のことを思い出した。あの時は、「みお」と呼ばれているのだと思っていた。けれど今なら分かる。玲司が呼んでいたのは、「みお」ではなく「りお」だったのだ。夢中で何度も呼んでいたのは、ずっと親友の名前だった。抑え込んでいた感情が一気にあふれ、涙がこぼれ落ちた。その時、姉からメッセージが届いた。【莉央の投稿、もう見たでしょう?今夜は2人の新婚初夜よ】【でも知らなかったでしょうね。2人が初めて体を重ねたのは、お母さんが亡くなった日なの】頭の中が真っ白になった。【あの日、私は澪と一緒にお母さんの葬儀に出ていた。玲司からは急に行けなくなったと連絡があったけれど、本当はその時、2人で一緒にいたの】【それなのに澪は、莉央がお母さんの死を悲しんで、泣き崩れている
Read more
第3話
私はその場に立ち尽くし、目の前が何度も暗くなった。バッグの奥に大切にしまっていた婚姻届受理証明書は、初めから偽造されたものだったのだ。今でも、玲司にプロポーズされた日のことを覚えている。あの時の玲司は、まるで少年のように舞い上がり、私の前で片膝をついた。それなのに玲司は、律の母親としての場所も、結婚式も、妻としての立場も、すべて莉央に与えていた。目の前の景色が、次第にぼやけていく。もう立っていられなかった。私はそのまま意識を失った。次に目を覚ました時、私はベッドに寝かされていた。階下からは、明るい音楽が聞こえていた。まだ意識がはっきりしないまま、どうにか体を起こした。1階には大勢の客が集まり、3歳になった律の誕生日を祝っていた。玲司と莉央は2人で律を抱き、カメラに向かってポーズを取っている。まるで、本当の家族のようだった。髪も乱れたまま現れた私を見て、客たちはひそひそと話し始めた。「母親らしいことなんて1日もしてないくせに、よく律くんの誕生日会に顔を出せるわね」「せっかくの家庭をめちゃくちゃにしておいて……また発作でも起こしたらどうするの?誰かを傷つけたら大変よ」……その声を聞いた玲司が、複雑な表情で私を見た。「澪、起きたばかりで、まだ体がつらいだろ。部屋へ戻って休んでいてくれ。会が終わるまで、下りてこなくていい」莉央も私のそばへ来て、なだめるように言った。「律がまた泣き出したら、澪も発作を起こすでしょう?澪のためを思って言ってるの」莉央が近づいた時、その左手にあるものが目に入った。薬指には、見覚えのある指輪が輝いていた。御影家で代々、母から息子の妻へと受け継がれてきた指輪だった。かつて玲司は、その指輪を私の左手にはめてくれた。けれどその後、発作を起こした時に紛失したり傷つけたりしないよう、預かっておくと言った。まさか、あの指輪を莉央に渡していたなんて。不意に涙がこぼれ落ちた。それでも、自分の声は驚くほど静かだった。「2人は、もうとっくに婚姻届を出してたんでしょう?」莉央は一瞬、動きを止めた。それから私の手を取ろうとして、説明を始めた。「澪、違うの。私たちは全部、澪のためを思って……」私はその手を激しく振り払った。すると莉央
Read more
第4話
何度も体当たりし、ようやくドアをこじ開けると、玲司は隣の寝室で倒れた莉央に付き添っていた。玲司は私を見ると、口元をほんのわずかに緩めた。私がようやく謝る気になり、別れを切り出したことも後悔した――そう思ったのだろう。けれど、その期待に応えるつもりはなかった。私は玲司の脇をすり抜け、莉央へ歩み寄った。「律はどこ?」声が震えていた。莉央の目が、わずかに泳いだ。「どうして急にそんなことを聞くの?律なら、三浦さんが寝かしつけてくれてるわ」玲司は莉央をかばうように、その前へ立ちはだかった。目には苛立ちが浮かんでいる。「莉央を倒れるまで追い詰めて、まだ足りないのか?今度は何をするつもりだ。いい加減、芝居はやめろ。お前がいつ律のことを気にかけた?」一瞬、何を言われたのか分からなかった。まさか、玲司の口からそんな言葉を聞くとは思わなかった。けれど今は、傷ついている場合ではない。手首のスマートウォッチは、鳴りやむことなく警告音を発していた。律の身に、何かが起きている。心臓が激しく脈打った。気づけば、私は莉央の襟元をつかんでいた。「律をどこへやったの?」莉央は何も知らないという顔で首を振った。ところが次の瞬間、私の腕を引き寄せ、耳元で低くささやいた。「あの子がいるから、何もかもおかしくなったの。玲司がこのまま苦しみ続けるのを、私は見ていられない。澪だって、本当はそうでしょう?」そう言うと、莉央はスマートフォンを操作した。画面に映し出されたのは、裏庭のプールを映す防犯カメラの映像だった。3歳の律が、水面に浮かんでは沈んでいる。小さな手足を必死に動かし、もがき続けていた。一気に血の気が引いた。気づいた時には、私は莉央の首をつかみ、指に力を込めていた。「律を返して!」もみ合ううち、口の中を切ったのか、唇の端から血が流れ、鼻血まで出た。周囲の人々が息をのんだ。玲司はその場に立ち尽くし、驚いた目で私を見ていた。「どういうことだ……」私にだけは分かっていた。大量に飲んだ睡眠薬が回り、意識が遠のき始めている。私は平然と手の甲で顔の血をぬぐった。たとえ母親でいられる時間があとわずかでも、律だけは守らなければならない。足をもつれさせながらプールへ向か
Read more
第5話
澪は、顔から血の気を失ったままベッドに横たわっていた。口元に残った血は、すでに乾いている。「澪!」玲司はベッドへ駆け寄った。澪に触れようと伸ばした手が、ひどく震えていた。「どうして……こんなことに……」状況をのみ込む間もなく、玲司はスマートフォンを取り出し、119番に電話しようとした。そこへ千夏が入ってきた。「いつまで、あの子の芝居に騙されるつもり?あんな正気じゃない女に振り回されて、莉央のことを考えたことはあるの?本当にぼろぼろにされたのは、莉央のほうなのよ」電話をかけようとしていた玲司の手が止まった。ベッドに横たわる澪へ目を向ける。「澪は……芝居をしてるのか?」「ほかに何があるの?」千夏は掛け布団を勢いよくはぎ取り、澪の体を強く揺さぶった。「起きなさい。いい加減、芝居はやめて。玲司と莉央をあれだけ苦しめて、まだ足りないの?少しは周りのことを考えられないの?」次の瞬間、玲司が千夏を乱暴に突き飛ばした。「澪にそんなことを言うな!」そして千夏に顔を近づけ、低い声で警告した。「俺と莉央のことを澪に話したら、ただじゃおかないからな」そう言うと、玲司は澪に掛け布団をかけ直した。「ほら、こうして戻ってきただろ。もうこんな真似はやめろ。莉央は大事には至らなかった。俺ももう、お前に怒鳴ったりしない。それでいいだろ?」しかし、澪は静かに横たわったまま、何の反応も見せなかった。「澪?」玲司はもう一度、澪の肩を強く揺さぶった。それでも、澪はぴくりとも動かない。玲司の息が止まった。恐る恐る鼻先に手をかざす。「そんな……どうして……」千夏もその場で動けなくなった。その時、掛け布団の端に引っかかっていた睡眠薬の空シートが床に落ち、2人の足元へ滑っていった。玲司の顔色が変わった。震える手で、すぐに119番へ電話をかけた。澪は救急車で搬送されると、そのまま救命救急センターの処置室へ運び込まれた。玲司は医師にすがりついた。「先生、お願いします。澪を助けてください。どうか……お願いします」処置室の扉が閉まると、玲司はその場に崩れ落ちた。「どうしてこんなことを……本当に、俺を置いていくつもりなのか……」千夏はうつむき、かすれた声を漏らした。
Read more
第6話
「何だって!?」玲司の目が大きく見開かれた。転がるように家へ戻ると、裏庭のプールサイドでは、救急隊員が律の蘇生を続けていた。律はぴくりとも動かなかった。三浦さんは息も絶え絶えに泣きながら話した。「莉央さんが律くんを連れていってから、姿を見ていないんです。さっき外へ遊びに連れていこうと思って、家中を捜して……最後に、ここで見つけて……」その言葉を聞いた玲司は、充血した目で莉央を見た。「お前がやったのか?本当に、お前なのか?」澪が取り乱したように裏庭へ向かおうとし、何度も律を捜していた姿が脳裏によみがえった。澪は、おかしくなってなどいなかった。「違うわ」莉央は即座に否定した。「律が勝手にプールへ入ったのかもしれない。私は本当に何も知らないの」三浦さんが律に付き添って救急車に乗り込むと、玲司は室内へ駆け込み、防犯カメラの録画を確認した。莉央があとを追おうとすると、千夏がその腕をつかんだ。「莉央……もう私も、あなたのことを信じられない」録画を再生した瞬間、玲司は息をのんだ。画面の中で、莉央が律の頭を力ずくで水中へ押さえつけていた。律が必死に助けを求めても、その手を緩めようとはしない。憎しみに満ちたその顔は、玲司の知っている莉央とはまるで別人だった。千夏も言葉を失った。「どうして、こんなことができるの?私はあなたの味方をして、澪に2人の前から身を引かせようとまでしたのに!」その言葉に、玲司は耳を疑った。「どういう意味だ?」自分が口を滑らせたと気づいた千夏は、それ以上隠そうとはしなかった。「玲司と莉央があまりにも苦しそうだったから、澪を2人の披露宴に連れていったの。2人のことを諦めさせたかっただけよ。全部、あなたたちのためを思ってしたことなの」乾いた音が響いた。玲司は千夏の頬を平手打ちした。「澪をあそこまで追い詰めたのは、お前だったのか!澪は産後うつで苦しんでいたんだぞ。あんなものを見せられて、耐えられるわけがないだろ!」玲司は目の前の2人を押しのけた。千夏は震える手で警察に通報した。病院へ搬送された律は、懸命な処置もむなしく、死亡が確認された。玲司はそのまま、澪が治療を受けている救命救急センターへ向かった。処置室の前で膝を
Read more
第7話
私は病室のベッドに横たわったまま、少しずつ周囲の気配を感じ取れるようになっていた。玲司はベッドのそばに座り、私の手を強く握っていた。「澪、お願いだ。目を覚ましてくれ。律はもういない。俺には、もう澪まで失うことなんてできない……」泣き続けた玲司の声は枯れ、私の手を握る両手も震えていた。律のことを聞いた瞬間、目尻から涙がこぼれた。目の前で息をしなくなり、もがく力さえ失っていく律を、私はただ見ていることしかできなかった。そして父親である玲司も、律を死なせた1人だった。玲司は涙を拭いながら、途切れ途切れに話し続けた。「莉央があんな人間だとは思わなかった。5年前、確かに莉央に惹かれたことはあった。でも、それはもう過去のことだ。今になって、ようやく分かった。俺が本当に愛しているのは澪だ。澪を重荷だと思ったことなんて、一度もない……」今さら、そんな言葉を聞く気にはなれなかった。私は再び、深い眠りへ沈んでいった。次に意識が浮かび上がった時、ベッドのそばには千夏がいた。千夏は私の手を握り、泣きながら訴えた。「澪、私を恨まないで。私は取り返しのつかないことをした。まさか、澪をこんな目に遭わせるなんて……」けれど、私は千夏を恨んではいなかった。むしろ、真実を暴いてくれたことに感謝していた。玲司と莉央の関係も、自分が信じていた愛がどれほど独りよがりなものだったかも、千夏のおかげで知ることができた。少なくとも、千夏が告げたことに嘘はなかった。その時、病院の手続きを済ませて戻ってきた玲司が、千夏を見るなり声を荒らげた。「まだ何をしに来た?出ていけ!澪にお前みたいな姉はいない!」千夏は涙で顔を濡らし、力なく首を振った。「玲司にも澪にも、本当に取り返しのつかないことをした。でも、澪が目を覚ますまで、ここにいさせて」玲司は千夏を乱暴に突き飛ばした。「お前が澪に真実を突きつけなければ、澪は死のうとなんてしなかった!こんなことにもならなかった!お前も莉央と同じだ。澪をこんな目に遭わせた張本人だ!」私は心の中で苦く笑った。玲司だって、同じなのに。けれど今さら、誰が悪いのかを争ったところで、何の意味もなかった。3か月後、私はようやくはっきりと目を覚ました。真っ先に駆け寄
Read more
第8話
森ヶ丘こころの医療センターへ移ってから、私の心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。ほかの入院患者と手芸をしたり、レクリエーションの時間に歌ったり、音楽に合わせてゆっくり体を動かしたりした。死ぬことしか考えられなかった私にも、少しずつ別の道が見えるようになった。環境を変えるだけで、呼吸が楽になることもある。玲司が再び私の前に現れた時、大小さまざまな紙袋をいくつも提げていた。「澪がここで療養することには反対しない。でも、面会まで拒まないでくれ。もう少しそばにいさせてほしい。それに、家にいると毎日、プールのほうから律の泣き声が聞こえる気がするんだ。本当に苦しい……」そこで初めて、玲司の目の下に濃い隈ができていることに気づいた。上着のポケットからは、精神科で処方された薬の袋がのぞいていた。けれど、もう玲司をかわいそうだとは思えなかった。「自業自得よ」玲司はしばらく黙り込んだあと、テーブルの上に置かれていた折り鶴を手に取った。「昔、俺も澪と一緒に折ったよな。あの時だけは、澪も笑ってくれた」私は玲司の手から折り鶴を奪い、元の場所へ戻した。玲司は伸ばしていた手を引っ込めた。重い沈黙が流れた。その時、私の好物を入れた紙袋を手に、千夏が近づいてきた。「澪、会いに来たの」千夏はケーキを切り分けながら、淡々と話し始めた。「莉央は殺人罪で起訴されたわ。当然の報いよ。私は莉央を一番の親友だと思っていた。莉央のために、澪を傷つけた……」千夏は切り分けたケーキを私に差し出した。私は受け取らなかった。「お姉ちゃんも分かってるでしょう。もう元には戻れないの。玲司も、莉央も、お姉ちゃんも。もう誰もいらない」千夏の手から、ケーキが床に落ちた。「澪、私は実の姉なのよ。どうしてそんなことが言えるの?」思えば、私たち姉妹の間には、とっくに距離ができていた。千夏と莉央は、よく2人で楽しそうに過ごしていた。私が近づくと、急に会話が途切れ、気まずそうな空気が流れた。私は最初から、2人の輪の中には入れてもらえていなかったのかもしれない。玲司が千夏を乱暴に押しのけた。「澪をこれ以上追い詰めるな。陰であれだけ澪を傷つけておいて、よく姉面ができるな。お前は本当に最低だ。今すぐ出ていけ。二
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status