共有

第24話

作者: レタス
聖女閣の内、姜央は訪ねてきたのが秦玉蘭だと知り、わずかに眉をひそめたが、結局は門の前に現れた。

「奥様」

姜央の声は冷淡かつ疎遠であった。

「ご用件があるのなら、ここでおっしゃってください」

秦玉蘭は顔を上げた。涙に濡れた瞳には深い後悔と哀願が満ちている。

彼女は震える声で口を開いた。

「藍珈、私……私はあなたに会う資格などないとわかってる。

けれど、もう他にどうすることもできないの!時聿……時聿がもう持たないって、医者は助からないって……

だからあなたにすがるしかないの、お願い、どうか彼を助けて!」

その言葉に、姜央の瞳に複雑な色が一瞬だけよぎった。

「奥様、彼の生死は私とは関係ありません。救うことはできません」

「苗疆の医術はとても優れてるんでしょう?あの時、蘇可児を救えたのに、どうして今、時聿を救えないの?」

「本当に、救うことはできません」

姜央は変わらぬ言葉を返した。

もし死にかけている者が皆救えるのなら、この世はすでに混乱に陥っているだろう。

「藍珈!」

秦玉蘭の声がかすれ、次の瞬間、彼女はひざまずき、激しく頭を地面に打ち付けた。

涙と泥が混ざり合った。

「私が悪かった!あなたたちを傷つけた!あの時は私が自分勝手で、あなたを追い出した!

わかってる、あなたがたくさん辛い思いを受けたことも、私があなたに謝るべきことも……

でもお願い、時聿がかつてあなたを愛したことに免じて、彼を助けてください!」

姜央は沈黙した。視線は秦玉蘭の姿に落ちていた。

かつては高慢に人を見下ろしていたその瞳が、今は懇願と悔恨でいっぱいになっている。

彼女の記憶は過去へと戻った――あの高慢な女が冷たく彼女に言った言葉を。

「あなたは我が秦家にふさわしくない。子どもすら産めないあなたが、どうして我が家に入れると思うの?」

「奥様、私は医者ではありませんし、神でもありません。彼を助ける方法も理由もありません」

姜央の声は冷徹で、もはや情の欠片すらない。

「それに……これこそ彼自身の選択の結果ではないでしょうか?」

そうだ、さもなければどうして秦時聿が急に会社の株を秦立言に譲ったりするだろう。

秦時聿は、自らの命が長くないことをとうに悟っていたのだ。

秦玉蘭は必死に姜央の衣をつかみ、涙声で言葉を紡いだ。

「藍珈、お願い!彼を救っ
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • 苗疆聖女の帰還:社長の後悔は止まらない   第26話

    陰っていた空がようやく晴れ、陽光は薄靄を透かして大地に降り注ぎ、雪原はやわらかな光を反射して、苗寨全体を金色に包み込んでいた。姜央は聖樹の下に立っていた。身にまとっているのは、聖女だけが着られる衣装。銀飾りが陽光を受けてきらりと輝き、彼女は顔を上げ、空に向かって伸びる聖樹の枝を仰ぎ見た。その胸には、言葉にできぬ複雑な波紋が広がっていた。秦時聿の死をすでに耳にしていた。彼の懺悔の動画も見た。心に憎しみはなく、快感もない。ただ淡い惜しみと、静かな解放感があった。彼女は砕けた二つの同心玉を取り出し、聖樹の根元に埋め、三本の線香を立てた。立ち去るときには、彼女は秦時聿が持っていた玉を拾い上げた。その玉は彼女自身が手で割った。これで借りは返したことになる。彼女の同心玉は欠けていた一片が、秦時聿の棺に納められ、彼と共に土に帰った。姜央は最後の弔辞を静かに唱え終えた。これが、彼女が秦時聿のために行った法事だ。すべては決着した。因果はここにて終わった。「今分かった。愛は修行のようなもの。人を苦しめ、惑わせ、そして成長させる」姜央の唇に淡い微笑が浮かんだ。彼女は聖樹の幹をそっと撫で、まるでそれと語り合うようだった。脳裏にさまざまな光景がよみがえった。――秦時聿が手を取り、決して裏切らないと誓ったとき。――苗寨の外の雪原で、風雪にさらされながら彼女の名を叫び続けた姿。――病床で、かすかな声で懺悔を語り、涙に濡れた横顔。「彼はついに手放した……」姜央は低くつぶやいた。「きっと、それが彼自身の救いになったんでしょう」耳の奥で、秦時聿の声がかすかに響いた。――「藍珈、すまなかった……」目を開いたとき、姜央は静かに笑った。「秦時聿……さようなら」彼女は背を向け、聖女閣へ続く小道を歩き出した。そのとき、子を抱いた若い母親が駆け寄ってきた。顔には焦りの色が浮かんでいた。「聖女様、子どもが熱を出して……どうかお助けください!」姜央は微笑み、優しく子供を受け取り、穏やかに言った。「大丈夫、診てみます」その歩みは軽やかで、そして確かだった。彼女にとって、過去はすでに人生の一部。今の自分は聖女、この苗寨を守る存在なのだ。数年後、姜央もまた聖女の後継者を育て始め

  • 苗疆聖女の帰還:社長の後悔は止まらない   第25話

    秦時聿は静かに病床に横たわっていた。病院の白い灯りが彼の目を刺し、痛んでいる。身体はすでに極めて衰弱し、呼吸をするたびに針で刺されるような苦しさが襲ってくる。姜央が母と共に見舞いに来なかったことは、本来ならば予想の範囲であった。だが、いざその現実を目の当たりにすると、どうしても胸の奥から失望が込み上げてきた。それはまるで見えない手に心臓を鷲に掴まれるようで、痛みは鋭く、息もできないほどだった。ふと彼は思い出した。かつて藍珈が噬心蠱に侵されたときも、こんな痛みを味わったのではないか、と。今、自分も同じ骨を噛み砕かれるような痛みを体験している。これこそが因果応報というものだろう。――藍珈、やはり俺はろくな死に方をしないらしい……秦時聿の目尻から涙がひとしずく滑り落ちた。彼は顔を横に向け、窓の外を見つめた。木の枝には新芽が芽吹き始め、春の訪れを告げている。だが、彼に残された時間はもうわずかだった。深夜。病室は静まり返り、ただ心拍数モニターの「ピッ、ピッ」という音だけが響き、まるで彼の命の残り時間を刻んでいるようだった。秦時聿はアシスタントにカメラを用意させ、自らは衰弱した身体をベッドボードに預けた。顔色は青ざめていたが、その眼差しは妙に澄み渡っていた。「藍珈……姜央とは呼びたくない。最後くらい、俺たちが共にいたときの名で呼ばせてほしい」彼は低く、一語一語を絞り出すように語った。「これは俺がお前に負う、最後のけじめだ」カメラの前で、秦時聿は残る力を振り絞り、浮気の過去を語り始めた。隠し事もせず、言い訳もせず、ただ自らの卑劣と醜さを最も率直に曝け出した。それは彼自身の過去の過ちへの直視であり、藍珈への遅れた懺悔でもあった。「俺は、愛のためだと錯覚してた。だが結局は、自分の欲望を満たすためだけで……お前を傷つけ、他の誰かも傷つけてしまった」彼は言葉を切り、頬を伝う涙を拭うこともなく続けた。「藍珈、俺を許すことは決してないだろう……」録画を終えると、秦時聿はアシスタントにその動画を託した。「俺が死んだら、この動画を公開してくれ」「社長……!」アシスタントは嗚咽をこらえきれず、涙で顔を濡らしながら頷いた。秦時聿はかすかな笑みを浮かべた。「これが、俺にできる

  • 苗疆聖女の帰還:社長の後悔は止まらない   第24話

    聖女閣の内、姜央は訪ねてきたのが秦玉蘭だと知り、わずかに眉をひそめたが、結局は門の前に現れた。「奥様」姜央の声は冷淡かつ疎遠であった。「ご用件があるのなら、ここでおっしゃってください」秦玉蘭は顔を上げた。涙に濡れた瞳には深い後悔と哀願が満ちている。彼女は震える声で口を開いた。「藍珈、私……私はあなたに会う資格などないとわかってる。けれど、もう他にどうすることもできないの!時聿……時聿がもう持たないって、医者は助からないって……だからあなたにすがるしかないの、お願い、どうか彼を助けて!」その言葉に、姜央の瞳に複雑な色が一瞬だけよぎった。「奥様、彼の生死は私とは関係ありません。救うことはできません」「苗疆の医術はとても優れてるんでしょう?あの時、蘇可児を救えたのに、どうして今、時聿を救えないの?」「本当に、救うことはできません」姜央は変わらぬ言葉を返した。もし死にかけている者が皆救えるのなら、この世はすでに混乱に陥っているだろう。「藍珈!」秦玉蘭の声がかすれ、次の瞬間、彼女はひざまずき、激しく頭を地面に打ち付けた。涙と泥が混ざり合った。「私が悪かった!あなたたちを傷つけた!あの時は私が自分勝手で、あなたを追い出した!わかってる、あなたがたくさん辛い思いを受けたことも、私があなたに謝るべきことも……でもお願い、時聿がかつてあなたを愛したことに免じて、彼を助けてください!」姜央は沈黙した。視線は秦玉蘭の姿に落ちていた。かつては高慢に人を見下ろしていたその瞳が、今は懇願と悔恨でいっぱいになっている。彼女の記憶は過去へと戻った――あの高慢な女が冷たく彼女に言った言葉を。「あなたは我が秦家にふさわしくない。子どもすら産めないあなたが、どうして我が家に入れると思うの?」「奥様、私は医者ではありませんし、神でもありません。彼を助ける方法も理由もありません」姜央の声は冷徹で、もはや情の欠片すらない。「それに……これこそ彼自身の選択の結果ではないでしょうか?」そうだ、さもなければどうして秦時聿が急に会社の株を秦立言に譲ったりするだろう。秦時聿は、自らの命が長くないことをとうに悟っていたのだ。秦玉蘭は必死に姜央の衣をつかみ、涙声で言葉を紡いだ。「藍珈、お願い!彼を救っ

  • 苗疆聖女の帰還:社長の後悔は止まらない   第23話

    北京の秦グループ本社の会議室は煌々と灯りがついていた。会議室のテーブルの上には様々な書類が積み重なり、息苦しいほどの重圧が漂っていた。秦時聿は静かに席に腰を下ろし、落ち着いた眼差しを周囲に注いだ。秦立言は甥との激しい議論を覚悟していたが、次に秦時聿の口から発せられた言葉は、その場の全員を震撼させた。「本日をもって、俺が持ってる株式を叔父さんに譲渡し、グループの業務はすべて叔父さんに一任します」会議室は一瞬にして騒然となり、誰も信じられない様子で秦時聿を見つめた。秦立言ですら呆然としたが、すぐに口元に薄い笑みを浮かべた。「本気なのか?」秦立言の声には探るような色がありつつも、勝ち誇った響きが強かった。秦時聿はうなずき、反論の余地もないほど平静な口調で言った。「すでにすべての譲渡契約書に署名した。弁護士が速やかに手続きを進めます」その声は大きくはなかったが、まるで重い鎚がテーブルに落ちたかのように場を圧し、全員を黙らせた。隣に座っていた秦玉蘭は、突然立ち上がり、テーブルを叩きつけるようにして叫んだ。「時聿!何を馬鹿なこと言ってるの?自分が何をしてるか分かってるの?苗寨に行ってまた狂ったのか?あの女、藍珈に呪いでもかけられたのか!」秦時聿は母を見上げ、その目には疲弊と隔たりが浮かんでいた。「藍珈とは関係ない。母さん……この数年、俺はあまりにも疲れ果てた。もう争いたくない」かつては父の遺した基盤を守り抜こうとも思った。だが、その力はすでに残されていなかった。秦玉蘭の顔は怒りで紅潮し、秦時聿を指差して罵声を浴びせた。「それは臆病者の振る舞いよ!秦グループは我が家のもの、それを他人に易々と渡すなんて!お父さんの苦労をどう思ってるの?」秦時聿は反論せず、ただ低く呟いた。「彼女がいなければ、俺は生きる意味を失った」秦玉蘭は怒りに震え、手で彼を強く突き飛ばした。「親不孝者!私を殺す気か!」その瞬間、わずかな力で押されたはずの秦時聿の体はぐらりと揺れ、胸を押さえて苦しげに身を折った。顔色は一気に蒼白となり、額からは大粒の冷や汗が滴り落ちた。「時聿!」秦玉蘭は慌てて手を伸ばし彼を支えた。「どうしたの!?」病院の救急室にて。「手術中」の表示灯が、まる二時間も点り続けていた

  • 苗疆聖女の帰還:社長の後悔は止まらない   第22話

    苗寨の聖女の部屋――聖女閣(せいじょかく)の中では、銅炉の炭火がぱちぱちと音を立て、空気には薬草と松脂の香りが漂っていた。藍通玄は椅子に静かに腰を下ろし、その顔の皺は以前よりも深く刻まれ、目には抗うことのできない威厳が宿っていた。秦時聿は彼の前に立ち、両手を固く握りしめていた。胸の傷はまだ完全には癒えておらず、包帯が身体に巻かれ、コートを羽織るしかなかった。「俺は聖女の掟などどうでもいいです。ただ一つわかってるのは、姜央を失うわけにはいきません。彼女を連れて行きたいんです」藍通玄は冷たく鼻を鳴らし、手にした杖を床に強く打ちつけた。その音が部屋に響き渡った。「秦時聿、お前の執念は彼女を殺すことになると知ってるのか?」その言葉は落雷のように秦時聿の心を打ち砕いた。瞳孔が収縮し、彼は震える声で問い返した。「殺す……?どういう意味ですか?」藍通玄はゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩み寄ると、遠くにそびえる巨大な木――聖樹(せいじゅ)を見つめながら低い声で語った。「聖女となった巫女の命は、すでに苗寨の聖樹と深く結びついている。彼女の魂は聖樹に属し、身体もまた苗寨のものだ。ここを離れれば、聖樹の反抗を受ける。軽ければ重傷を負い、重ければ命を落とす」秦時聿は愕然とし、その場に立ち尽くした。頭の中が真っ白になった。自分の耳を信じられなかった。声を震わせて尋ねた。「ありえない…そんなことありえない!お祖父さん、嘘をついてるんでしょう?そうでしょう?」藍通玄は振り返り、冷徹な眼差しを向けた。「嘘?わしがお前のようなよそ者をわざわざ騙すものか。秦時聿、はっきり言っておく。姜央の運命はすでに定められてる。彼女は苗寨の聖女であり、お前のものにはならぬし、ここを離れることもできない。本当に彼女を思うなら、手放すべきだ。彼女が自分の役目を安心して果たせるように」秦時聿の胸は大きく波打ち、まるで強烈な一撃を受けたかのようだった。「それなら……俺がここに残ります。ここで彼女と共に生きます!」藍通玄は首を横に振り、深くため息をついた。数日後の朝。秦時聿は姜央の行く手を遮った。姜央は手にした巫術用の道具――法器(ほうき)を弄びながら、彼を一瞥することもなく冷ややかに言った。「何の用?」秦時聿の

  • 苗疆聖女の帰還:社長の後悔は止まらない   第21話

    彼女の言葉は氷の槍のように秦時聿の心臓を突き刺した。彼の手は無意識のうちに膝を掴み、その指の関節は力の入りすぎで真っ白に浮き出ていた。秦時聿は深く息を吸い込み、苦しげに言葉を絞り出した。「姜央、俺は決してお前を裏切ろうと思ったわけじゃない。俺が愛してるのはずっとお前だけだ。蘇可児と一緒になったのは――それしか方法がなかったからだ。母が……お前を受け入れない。お前が子を授かれない……だから母が俺を追い詰めたんだ……」姜央の手が一瞬止まり、その瞳に微かな揺らぎが走った。だがすぐに、冷笑が口元に浮かんだ。「追い詰められた?じゃあ、お母さんに強いられて蘇可児と寝たってこと?そしてあなたは素直に従ったのね。秦時聿、あなたはいつだって選択肢を持ってた。これはあなた自身が選んだ卑劣な道よ。まさか他の女の子宮を利用するなんて……それを正当化できるとでも?あなたは本当に、吐き気がするほど醜い」その顔は秦時聿が幾度も夢に見た、愛おしく焦がれた顔だった。だが今、その表情は霜に覆われたように冷えきり、彼の心を震え上がらせた。秦時聿の顔から血の気が引き、彼はうなだれた。瞳には深い悔恨が浮かんでいた。「姜央……俺が間違ってた。でもあの時は、ただお前との未来を守りたかったんだ……子どもさえいれば、母も折れて、俺たちの結婚を認めてくれると、そう信じてた……」姜央はその言葉を聞くと、ふっと笑みを洩らした。だがその笑顔には一片の温もりもなく、鋭い嘲りと失望だけが宿っていた。「未来?こんな未来を、私が望んでると思ったの?秦時聿、あなたには本当に驚かされる。あなたは『未来』のためだと称して、女の身体を道具のように扱い、無垢な子どもを取引の駒にする……それがあなたの答え?」秦時聿の心臓は鋭い針で刺し貫かれるように痛み、息すら苦しくなる。自分の行いがどれほど卑劣で、決して許されないものだったのかを、初めてこれほど鮮明に突き付けられた。言い訳したかった。もっと理由を並べたかった。だが口を開けば開くほど、より一層自分が偽善的に見えることに気づいてしまった。「姜央、お前を傷つけたかったわけじゃない、ましてや蘇可児を傷つけるつもりも……ただの一時しのぎで……」しかし言葉の途中で、姜央の視線に射抜かれ、喉が詰まった。姜央

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status