LOGIN今までに私が執筆してきた短編童話集です。
View Moreあけみがまだ生まれる前の話です。お父さんがお母さんにこう、切り出しました。
「今度、猫の譲渡会があるんだけど、一緒に行かないか?」 あけみのお父さんもお母さんも、猫が好きで休みが合えば、猫カフェに行くなどしていました。 「いいわねぇ。いつなの?」 「今度の土曜日だよ。」 「わかったわ。一緒に行きましょう!」 お父さんもお母さんもにこにこしながら、その日を待ちました。 そして、譲渡会当日になりました。会場には、たくさんの人が来ています。 お父さんとお母さんも、どの猫にしようか、真剣に見ていきます。 「ねぇ、この子はどうかしら?生後6ヶ月の雌猫ちゃんよ?」 「お、三毛猫かぁ。可愛いなぁ。」 「じゃあ、決まりね!」 お父さんもお母さんも嬉しそうです。猫をお迎え用のゲージに入れ、車に乗せペット用品売り場へ向かいます。 「猫トイレ、猫砂。子猫から食べられるカリカリの餌。あと、おやつに、これはどうかな?」 スティック状の袋に入った、猫のおやつを手に取りながら言います。 「お、そうだな。えーっと、あとは、猫のおもちゃと…。」 お父さんもお母さんも楽しそうに、猫のおもちゃを選びます。 「爪とぎや、爪切りも必要ね。」 「そうだな。それと、お風呂グッズも買っておかないとな。」 ペット用品売場はゲージに入れたペットも一緒に見て回れます。 子猫は最初はにゃーにゃー鳴いていましたが、疲れたのか、おとなしくしています。 たくさんの買い物を済ませ、家に帰宅しました。 「ちょっと買いすぎたかな?」 「大丈夫よ。きっと。」 迎え入れた猫の名前をお父さんとお母さんで、ちゃおと名付けました。猫のワクチン接種や、避妊手術も済ませました。 ちゃおを迎え入れて半年後、お母さんが妊娠していることが分かりました。お父さんも大喜びです。 「最初の子は、流産してしまって残念だったけれど、また戻ってきてくれたんだな。」 「そうね。流れた子は、忘れ物を取りに戻ったって 言われてるものね。」 そうして生まれてきたのが、あけみです。 ちゃおはあけみが家に来てから、時に母親、そして時にお姉さんとなりながら、見守り、一緒に遊んだり、寝るときも必ず一緒でした。 あけみもちゃおが大好きで、 とても可愛がっていました。 しかし、ある日のことです。 「お母さん!ちゃおの元気がないの!!」 あけみがちゃおを抱きかかえて階段を降りてきました。 「どうしたのかしら?」 お母さんが言います。 「動物病院、連れていかなきゃな。」 お父さんも心配そうに、ちゃおを見ながら言います。 「お父さん、お願いね!」 「大丈夫だ。あけみも早く支度して学校に行きなさい。」 「ちゃお、頑張ってね。」 あけみは心配しながら、学校に行きます。 あけみが学校から帰ってきた時でした。ちゃおが起き上がり、にゃーと一声鳴き、あけみの顔を見て甘えてきました。 「ちゃお!頑張ったね。偉かったね!!」 「にゃー。」 あけみがそっとちゃおを抱きかかえると、あけみの帰りを待っていたかのように、ちゃおは静かに息を引き取り、虹の橋を渡ってしまいました。 その時、ちゃおは13歳、あけみは11歳でした。 あけみも、お父さんも、お母さんもみんなで泣きました。そして、ちゃおを棺代わりの段ボールの中に入れ、一緒にたくさんの花を入れてちゃおを火葬しました。 定期的に動物病院へ連れて行き、ちゃおの健康診断を受けていたのでこんなにも突然のお別れが来ることは誰も想像できませんでした。 それから数ヵ月後のことです。あけみは、元気だった頃のちゃおを夢で見るようになりました。 「お母さん、今日もちゃおの夢、見たよ!」 「そう。ずっと一緒だったものね。」 「今日は寒かったからか、布団の中に入り込んで、一緒に寝てたよ。」 いつからか、あけみは夢にちゃおが出てくると、お母さんに報告するようになっていました。 「ちゃおは、幸せだったかなぁ?」 「ちゃおは、少なくとも、私たちを幸せにしてくれたわ。あけみも、そう思わない?」 「そうだね。私、ちゃおのこと、大好きだった…。」 あけみが涙を流しながら言います。 「お母さんも、ちゃおを迎え入れて本当に良かったと思っているわ。」 それからまたしばらく経ったある日のことです。あけみは不思議な夢を見ました。 黒猫と、ちゃおの結婚式の夢です。あけみはまだ、結婚式に出席したことはなく、広い会場内を彷徨い歩きます。 「ここは、どこだろう?賑やかだし、きっと何かのパーティーね!」 会場内を少し歩いたところに、お父さんとお母さんの控え室がありました。 「あら、あけみ!来たのね。」 控え室のドアを開け、お母さんが言います。 「お母さん!これは何のパーティーなの?」 「今に分かるわよ。」 あけみは会場をうろうろします。すると、おじさんとおばさんから声を掛けられます。 「やっと見つけたわ!あけみちゃんね?」 「はい。そうですけど…。」 おじさんは黒猫を抱っこし、おばさんはちゃおを抱っこしています。 「この子にこの首輪を着けてあげてほしいの。」 おばさんがあけみに、綺麗な花が付いた首輪を渡します。 「はい。…これでいいですか?」 「ありがとう。今日はこの子たちの結婚式なの。」 「あけみちゃんも一緒に、祝ってくれるかい?」 あけみはようやく、黒猫とちゃおの結婚式だと理解しました。 「もちろんです!」 披露宴会場に移動します。高砂には、黒猫とちゃおがちょこんと座っています。 司会が、次は花嫁から、ご家族へ、お手紙です。と言うと、ちゃおはマイクまで移動し、猫の姿から、美しい花嫁姿になり、あけみや、お父さん、お母さんに対し感謝の言葉を綴った手紙を読み上げたのです。 あけみも、お父さんとお母さんもぼろぼろ泣いてしまいました。 手紙を読み終わったちゃおは、元の猫の姿に戻り、また、黒猫の隣に座りました。 あけみはきょとんとしています。あけみは思わず、頬をつねってみました。痛くありませんでした。 夢だとわかり、安心したのと、ちゃおが幸せそうで嬉しいのとで不思議な気持ちで、朝を迎えました。 「お母さん!今日はね、ちゃおの結婚式の夢を見たの!」 あけみは起きてくるなり、キッチンにいるお母さんに向かってそう言います。 「あら?あけみも?実は、お母さんも、ちゃおの結婚式の夢を見たの。」 あけみとお母さんは顔を見合わせながら不思議そうにしつつも、話します。 「ちゃおが幸せなら、それでいいんだ。」 「そうね。」 「何の話だ?」 どうやらお父さんは夢を見ていなかったようです。 「こっちの話よ。」 お母さんはあけみにウィンクをし、お父さんにそう言います。 また、数ヵ月が過ぎました。もう、夢にもちゃおは出てこないのか、とあけみは半ば諦めかけていた時です。 再び、夢の中でちゃおに会うことが出来ました。ちゃおは大きなお腹をして、ゆっくりとあけみの枕元に近づき、こう言いました。 「あけみ、子猫を生んだら、私、ここにいてもいいかなぁ?」 「ちゃおが好きなようにしていいよ。」 ちゃおは、2匹の子猫を生みました。 「王子(黒猫)は若くて、とても優しくて素敵な猫よ。でも、私は歳だし。広いお屋敷の中を追いかけっこしてもとても敵わないの。」 「ちゃおの幸せが、私たちの幸せだよ。だから、ちゃおが幸せになるんだったら、王子のもとに帰っても、ここにずっといてもどちらを選んでも、ちゃおが幸せならそれでいいからね。」 「ありがとう…。」 ちゃおは生まれた2匹の子猫にミルクを与えながら、ペロペロと舐めています。 翌朝、あけみは目が覚めて起き上がり、いつものように、お母さんに夢の内容を報告します。 「ちゃおがね、2匹の子猫を生んだの。」 「…っ!え?ちょっと待って!!もしかして…!」 お母さんの生理が遅れていることに気付き、驚いています。この時お母さんは38歳です。 「今日、病院に行ってくるから。まだ、確定ではないから、お父さんには内緒ね。」 「わかった。」 お父さんが起きてきました。 「なんだ?また二人で内緒話かぁ?」 あけみとお母さんは目を合わせると 「そのうち、分かるわよ。」 と言いました。 「そのうち、かぁ…。まあ、いいや。」 「ほら、あけみもお父さんも早くご飯食べて!」 「はーい。」 「分かったよ。」 あけみとお父さんはご飯を食べ、あけみは学校へ、お父さんは会社へ向かいました。 お母さんは身仕度を済ませると、産婦人科に行っていました。 「あら!双子ちゃんですね。おめでとうございます。」 「…っ!」 お母さんは思わず泣いてしまいました。 「ありがとうございます。」 お母さんは病院を出ると、そのまま役所へ行き、母子手帳を2冊交付してもらいました。 あけみが学校から帰宅してきました。 「お母さん!どうだった?」 「やっぱり妊娠してたわ!しかも、双子なの!!」 「え?双子なの?私が見た夢って!!」 「ちゃおが教えてくれたのかもね。」 夕方を過ぎ、お父さんが帰宅してきました。 「ちょっと相談なんだけど、いいかな?」 「なあに?相談って?」 「今度、猫の譲渡会があるんだけど…。ペットロスで寂しいだろうと思ってさ。」 「それよりね、私から報告があるの!」 「なんだい?」 「双子を妊娠したの!」 お母さんは、お腹を優しく撫でながら言います。 「えっ?本当なのか?あけみに兄弟が出来るのかぁ。あけみもついにお姉ちゃんかぁ…。」 お父さんは感慨深げに言います。 「これからまた、忙しくなるわよ!」 「私に出来ることなら、手伝うから!」 「お父さんだって!」 あけみたち家族は幸せを噛み締めていました。空のずっと高いところに、ひとりの雲が住んでいました。名前はモク。モクは、とても泣き虫でした。ちょっと寂しくなると、ぽつり。悲しくなると、ぽつぽつ。寂しくてたまらなくなると、ザーザー。雨が降ります。そのため、モクはいつもひとりでした。「またモクが雨を降らせてるぞ」「洗濯物が乾かないじゃないか」「今日はせっかくのお祭りなのに……」下の町から聞こえてくる声を、モクはいつも悲しい気持ちで聞いていました。「ごめんなさい……」謝っても、雨は止まりません。涙をこらえようとすると、胸が苦しくなります。そして、とうとう我慢できなくなると──また雨が降るのでした。ある日のことです。モクは、町から遠く離れた森の上を飛んでいました。その日は朝からずっと雨でした。森の木々も、草花も、みんな濡れています。モクはため息をつきました。「ぼくなんて、いないほうがいいのかな」そのときでした。森の小道を、一人の女の子が歩いてきました。赤い長靴。黄色いレインコート。そして、小さな青い傘。女の子は雨の中を歩きながら、鼻歌を歌っています。モクは不思議に思いました。「どうして、この子は笑っているんだろう?」女の子は森の奥まで歩いてくると、一本の小さな花の前で立ち止まりました。花は、雨に打たれてうつむいています。女の子はしゃがみ込みました。「大丈夫?」もちろん、花は答えません。女の子は傘を少し傾けました。すると、花に当たっていた雨が少しだけ弱くなります。「明日は晴れるといいね」その声を聞いた瞬間。モクの胸が、きゅっとしました。ぽつん。また涙が落ちました。女の子が空を見上げます。「もしかして、泣いてるの?」モクは慌てて雲の形を変えました。「ち、違うよ!」「雲さん、しゃべった!」女の子は目を丸くしました。「ご、ごめん……」「どうして謝るの?」「だって、ぼくが雨を降らせてるから」モクは小さな声で言いました。「みんな、ぼくの雨が嫌いなんだ」女の子は少し考えてから、首を横に振りました。「私は嫌いじゃないよ」「……ほんとう?」「うん」女の子は雨粒を一つ、指先で受け止めました。「雨が降ると、花が元気になるでしょう?」「でも……」「それに」女の子は笑いました。「雨の日は、傘をさして歩くのも楽しいよ」モク
山の向こうに、小さな村がありました。村には、もう誰も住んでいません。家の屋根はところどころ壊れ、道には草が伸びています。春になると、古い家の庭に白い花が咲きました。夏には、蝉の声が聞こえました。秋には、赤い葉っぱが道を埋めました。そして冬になると、村は雪の中にすっぽり隠れました。人の姿はなくても、季節だけは毎年やってきます。そんな村へ、毎週一度、手紙を届ける郵便屋さんがいました。名前は、ハルさん。もう七十を過ぎた、小さなおじいさんです。ハルさんは、雨の日も、風の日も、雪の日も、村へ向かいました。赤い自転車のかごには、いつも一通の手紙が入っています。宛名は、いつも同じでした。『ミサへ』それだけです。差出人の名前も、住所も書かれていません。ある日、郵便局に勤め始めた少年のユウが、その手紙を見つけました。「ハルさん。この手紙、どこへ届けるんですか?」「山の向こうの村だよ」「でも……あの村には、誰も住んでいませんよね?」ハルさんは、少しだけ笑いました。「そうだね」「じゃあ、誰に届けるんですか?」ハルさんは答えませんでした。ただ、手紙を大切そうに胸ポケットへしまいました。次の土曜日。ユウはハルさんについて、山の向こうへ行くことにしました。「どうしても一緒に行きたいかい?」「はい」「遠いよ」「大丈夫です」「帰りはもっと遠く感じるよ」「それでも行きます」ハルさんは困ったように笑いました。「じゃあ、しっかりついておいで」二人は朝早く、郵便局を出発しました。山道は細く、ところどころ石が転がっています。ハルさんは自転車を押しながら、ゆっくり歩きました。しばらくすると、古い橋が見えてきました。橋を渡ると、村の入口です。「ここが……」ユウは立ち止まりました。本当に、誰もいません。家は何軒もあります。けれど、どの窓にも明かりはありません。庭にも、人の気配はありません。「静かですね」「昔は、にぎやかだったんだよ」ハルさんはそう言って、村の奥へ歩いていきました。そして、一軒の小さな家の前で立ち止まりました。郵便受けは、錆びついていました。ハルさんは、その中へ手紙を入れました。「これで、お届け完了」「……本当に届いたんですか?」ユウが聞きました。ハルさんは郵便受けを見つめました。「う
その猫は、ある冬の朝、商店街の裏通りで見つかった。 灰色の毛並みに、尻尾の先だけが黒く、まるでインクを落としたような模様の猫だった。 「寒かっただろうね」 声をかけたのは、古本屋を営む七瀬悠人だった。店の前を掃除しようと箒を持ったまま、猫の前にしゃがみ込む。猫は警戒しながらも、悠人の手をこわごわと嗅いだ。 その小さな震えを見て、悠人はためらいなくマフラーをほどき、そっと猫を包んだ。 「よかったら、うちで温まっていきなよ」 こうして猫は、古本屋の住猫となった。 猫は「スミ」と名付けられた。尻尾の黒いしみを見て、悠人が思いつきでつけた名前だ。 スミは本の匂いが好きらしく、よく詩集の棚の前に座り込み、まるで言葉を味わうように鼻をひくつかせていた。 ときどき来る小学生の女の子は、「スミちゃん、今日のおすすめの本は?」と訊き、スミの座る棚から一冊を借りていく。 悠人はそんな様子を見るたび、胸の内がじんわりと温かくなった。 猫がいるだけで、店に流れる時間が柔らかくなる。 そんなことを、彼はこの歳になって初めて知った。 だが、スミが来る前の悠人は、もっと硬い表情をしていた。 三年前、妻の美咲を病で亡くしてから、彼は笑うことを忘れていた。美咲と二人で守ってきたこの店を、ただ惰性で続けているだけだった。客が来ても機械的に対応し、閉店後はカウンターで酒を飲む。そんな日々の繰り返し。 変わったのは、スミが来てからだ。 朝、店を開けるとスミが窓辺で待っている。餌をやると、小さな声で鳴く。その日常の些細な営みが、悠人の心に少しずつ色を取り戻させていった。 冬が終わり、春が来たある夜。 悠人は店のカウンターで、閉店作業をしながらため息をついた。 売り上げは下がり続け、家賃の支払いに不安があった。 古本屋は人の温もりがあるが、数字は温まってはくれない。 「もう、続けるのは難しいかもな……」 ぽつりと漏らしたその時だった。 ──だいじょうぶだよ。 ふいに、耳元で声がした。 驚いて辺りを見るが、誰もいない。ただ、スミが足元にいて、ゆっくりと目を細めていた。 「……スミ? 今、声が……」 ──だいじょうぶ。まだ、終わらないよ。 そう聞こえた気がして、悠人は思わず笑ってしまった。 疲れすぎて幻聴が聞こえたのだろう
その夜、星がなくなった。 夜空には雲ひとつなかった。 月も出ていない。 ただ、どこまでも深い黒が、村の上に広がっていた。 村人たちは最初、それを珍しいことだとは思わなかった。「今夜は星が見えないな」「きっと明日になれば戻るさ」 そう言って、いつものように家へ帰っていった。 けれど、ひとりだけ知っている子どもがいた。 この村で、星を守る役目を持つ子どもだった。 名前は、誰にも呼ばれなかった。 星を守る者には、名前が必要ないのだと、昔から言われていた。 子どもは夜空を見上げた。 胸の奥が、きゅっと痛んだ。「……ごめんなさい」 返事はなかった。 いつもなら、空にはたくさんの星がある。 眠れない夜には、ひとつずつ数えた。 悲しい夜には、いちばん明るい星を探した。 迷った夜には、北の空にある星が道を教えてくれた。 けれど今夜は、そのどれもない。 子どもは知っていた。 星は消えたのではない。 自分の心が曇ったから、星が光を失ったのだ。 ずっと胸の奥にしまっていた悲しみ。 誰にも言えなかった寂しさ。 泣きたいのに、泣いてはいけないと思っていた涙。 それらが少しずつ積もって、心の中に夜を作ってしまった。 その夜が、空まで広がったのだ。「星を……戻さなくちゃ」 子どもは小さな袋を肩にかけた。 そして、村を出た。 星が落ちた場所を探すために。 最初に見つけたのは、森だった。 いつもなら月明かりと星明かりが木々の間から差し込み、獣たちの目が小さく光っている。 けれど今夜は、真っ暗だった。 鹿が道を見失っていた。 小さな鳥が木の枝から落ちそうになっていた。 夜行性の動物たちでさえ、不安そうに鳴いている。「星がないと、こんなに暗いんだ……」 子どもは手のひらを握った。 自分が悲しんでいるだけなら、それでよかった。 自分ひとりが眠れないだけなら、それでもよかった。 けれど、自分の心の曇りが、こんなにもたくさんのものを暗くしてしまった。 そう思うと、胸が苦しくなった。 森を抜けると、小さな町があった。 窓には灯りがともっている。 けれど、どの家の灯りも頼りなく揺れていた。 人々は眠れず、何度も窓の外を見ている。 子どもが泣いている家もあった。 老人がひとり、暗い空を見つめていた。「星がない夜