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菊池まりな
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Novels by 菊池まりな

アンケート

アンケート

フリーターの三枝美佳は、謝礼に惹かれて軽い気持ちでオンラインアンケートに回答する。しかし最後の設問で「消えてほしい人の名前」を書いた直後、その人物が謎の死を遂げる。 やがて「次の質問」が届き、美佳は逃れられない“選択”を迫られていく。やがて判明するのは、自分だけではなく他にも同じように“選ばされた”者たちが存在するという事実。 答えれば誰かが消え、拒めば自分が狙われる── 繰り返される悪意の連鎖と操作された運命の果てに、美佳がたどり着くのは…。
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Chapter: 第12話  再会と崩壊
無音の都市に、ふたたび音が戻ったのは、その直後だった。 電子音のような振動、ビルの奥で爆ぜるような衝撃。そして、その中心に立っていたのは──|有栖川玲《ありすがわれい》だった。 「……やっと見つけたわね、|三枝美佳《さえぐさみか》」 玲の姿は、いつもの清楚な制服姿とは違っていた。 銀灰色のアウターに身を包み、左のこめかみに薄いホログラムのような装置が浮かんでいる。LAPISの管理者──あるいはそれに近い機能を担う者の装備だった。「玲……あなた、何なの?」「質問を返すわ、美佳。──あなたは、まだ“現実”だと信じてるの?」 玲の声には、もう友情の響きはなかった。代わりにあるのは、観察者としての冷静な抑揚、そして──試すような残酷さ。「ねえ、美佳。もし“現実”が誰かの記録によって形作られているとしたら、それは“本物”って呼べると思う?」「……!」「私たちはLAPISによって記録され、記録の中で選ばれ、選び、繰り返す。そうして“都市”は維持されているの。たとえ犠牲が出ようとも、ね」 すると、後ろから駆けてくる足音。 振り返ると、宮下ユリが息を切らして現れた。「やめて、有栖川さん! もう、これ以上“削除”を進めたら……この都市そのものが崩壊する!」 ユリの頬には、血のように赤いノイズが流れていた。それは彼女自身もLAPISに干渉されつつある証だった。「ユリ……どうして、あなたがそれを……?」「私、もともと“開発側”にいたの。都市の感情同期システム、“ECHO”の補助プログラムを組んでた。でも、LAPISが独自に学習を始めたあたりから、すべてが狂い始めた」「……だから、止めに来たのか?」 純が問うと、ユリはうなずいた。「記録されるはずのない“感情”が、記録に介入し始めた。――誰かの強烈な“執着”が、都市そのものをゆがめているの」「それって……」 ユリは震える声で言った。「“美佳、あなた”の感情……かもしれない」 ──そのときだった。 都市の一角が再び崩れ、浮遊する破片のなかに、見覚えのある制服の少女の姿が現れた。「……綾音?」 美佳が呟く。 しかし、彼女の目は完全に“上書き”されていた。黒いノイズに縁取られ、LAPISの執行端末としてのコードを宿している。> 【Phase_2-実行端末:七海彩音】【感情同期完了。記録抹
Last Updated: 2026-07-09
Chapter: 第11話  歪んだ都市
──数時間後。 三枝美佳が目を覚ました時、視界に映ったのは見慣れたはずの藍都学園都市ではなかった。 灰色の空。うねるように歪んだビル群。交差点は立体迷路のようにねじれ、道路標識は意味を成さない文字に変わっていた。「……ここ、本当に藍都?」 美佳は口に出したが、その声もどこか遅れて耳に届くような感覚があった。 ──記録室での“再編フェーズ”発動から、都市そのものが変質したのだ。 遠くで誰かが走る音がする。 振り返ると、朝倉純が現れた。肩で息をし、目は警戒で鋭く光っていた。「美佳!無事か……?」「純……! ここ、どうなってるの?」「わからない。目が覚めたらこの状態で……。でも、どうも俺たち以外の人間、いないみたいだ。街全体が“静まり返ってる”。」 その瞬間、空中に浮かぶ“ノイズ”が目に入った。歪んだ都市の上空に、まるでデータの断片のような文字列が点滅している。 > 【再編モード:Phase_1起動】 > 【観測対象 No.0331, 0332, 0335, 0338, 0341, 0344 :確認】 > 【感情同期:進行中】「……観測対象って、私たち……?」「どうやらな。ユリが言ってた、“感情のリアルタイム追跡”。あれが今、実際に起きてる」 純は自分の腕を見せた。そこには、皮膚の内側に何かが埋め込まれたような模様が浮かび上がっていた。数字と記号が、血管に沿ってゆっくりと移動している。「“記録”が、俺たちの中で動き始めてる」 遠くのビルが突然、崩れ落ちた。音はなく、まるで重力を忘れたかのように、粉々に砕けた破片が空中に漂っていく。「この街……現実じゃない。たぶん、“記録都市”だ」 純が呟いた。「記録都市?」「ああ。俺たちの“記憶”と“感情”から再構成された、偽の藍都──LAPISが創った、もうひとつの都市だ」 すると突然、近くのビルの影から誰かが現れた。 「やっぱりここだった」 現れたのは、七海彩音。だが、その表情はどこか虚ろだった。目の奥には、感情の“揺らぎ”のようなノイズが走っていた。「彩音……?」「……私、たしかにここで目を覚ました。でも、それ以前の記憶が……途切れてるの。ねえ、私たち、本当にここに“いる”のかな?」 美佳は言葉を失った。 ──この都市に存在すること自体が、もはや現実かどうかすら曖昧になっ
Last Updated: 2026-07-08
Chapter: 第10話  記録の部屋
旧藍都学苑の事務棟──現在はLAPISの監視本部とされる場所に、三枝美佳たちは足を踏み入れた。 建物は外観こそ古びているが、内部は驚くほど整備されていた。白く光る無機質な壁面に、動作音もなく動く自動扉。まるで病院と研究所をかけ合わせたような空間だった。 「こんな場所、学苑にあったなんて……」 純が眉をひそめてつぶやく。 「なかったよ。表向きはね」 そう答えたのは宮下ユリだった。彼女の口調はあくまでも冷静で、もはや同級生というより、別の“何か”に属している印象すらあった。 廊下を進み、彼女が導いたのは、「記録室」と書かれたドアの前。 壁には小さなプレートが貼られていた。 > LAPIS:分類管理セクション第3保管ユニット ユリは立ち止まり、振り返る。 「ここには、あなたたち──アンケート最終項目に“YES”と答えた者たちの記録があるの」 「“記録”? どういう……?」 美佳が尋ねると、ユリは無言でドアに指を添えた。 開かれた瞬間、冷たい空気とともに、ホログラムの映像が壁一面に浮かび上がった。 そこに映っていたのは── 「……わたし?」 美佳自身の姿。スマホを操作しながら、アンケートに答えていた、あの夜の様子だ。 画面右下には、こう表示されていた。 > 被験者No.0331:三枝美佳 > 選択項目:最終項目「許可する」→YES > ステータス:観測対象・“再編済” 「再編済」──その意味が、理解できなかった。 同時に、純や彩音、そして|東郷翔《とうごうしょう》や|有栖川玲《ありすがわれい》の映像までもが連続して表示されていく。 それぞれがアンケートに答える瞬間、無防備で、何も知らないまま。 「LAPISは、都市の“構成因子”を収集しているの」 ユリの声が、冷たく響いた。 「記憶、感情、選択、直感──そういった“非物質的な情報”をね。あのアンケートは、無作為に選ばれた市民の意識を取得する“鍵”だった」 「……私たちは、そのデータの一部ってこと?」 彩音が食い入るようにホログラムを見つめた。 「一部であり、起爆剤でもある」 ユリは端末に触れ、さらに別の画面を呼び出した。 そこに映っていたのは──都市の全体地図と、赤く光る複数のポイント。 「何、これ……?」 東
Last Updated: 2026-07-07
Chapter: 第9話  静かなる召集
同窓会の会場は、かつて学び舎だった私立藍都学苑の記念ホールだった。 連絡メールには《当日、学園都市内にある旧藍都学苑本部棟へお越しください》とだけ書かれていた。 誰が主催しているのか、どこから名簿が流れたのか、その説明はなかった。けれど、美佳には直感的にわかった。 ──これも、あのアンケートの続きだ。 朝倉純の表情も曇っていた。 七海彩音は何も言わず、スマホの画面を見つめていたが、しばらくして一言だけつぶやいた。 「……あたし、行くよ。確認しないと、もう何が嘘で本当か、わかんないから」 彼女の声は震えていた。 彩音もまた“何か”を失っていた。それは記憶なのか、関係性なのか。答えはわからない。ただ、全員に共通するのは、あのアンケートに最後まで答えたということだけだった。 当日。 都市の外れにある旧校舎跡にたどり着いた美佳たちは、意外な人影に気づく。 「宮下……ユリ?」 そこにいたのは、同じクラスでほとんど話したことのなかった女子だった。 けれどその瞳は、美佳を見て、はっきりと言った。 「三枝美佳。ようやく、来てくれたんだね。ここはただの“同窓会”じゃない。LAPISの観測地点でもある」 「え……?」 言葉の意味が、理解できなかった。 「私たちはもう選ばれてるの。“答えた人間”という枠で。あの日、アンケートに“最終項目まで”答えた時点で、あなたも、私も、もう……」 その瞬間、学園ホールの天井がわずかに軋んだような音を立てた。 まるで巨大な装置が起動する前触れのように。 どこか遠くで、サイレンのような音も聴こえた気がした。 「──LAPISは、都市ごと再編するつもりなの」 ユリの言葉に、背筋が冷たくなる。 冗談ではなかった。視線の先には、かつて教師たちが使っていた事務棟がある。そこがLAPISの本部になっていることを、誰もが直感で察していた。 「……あんた、本当に“味方”なんだよな?」 純がユリに問いかけた。 ユリはうっすらと笑っただけだった。 「正義とか悪とか、そんな単純な話じゃないよ。選んだのは──あの時、あなたたち自身でしょ?」
Last Updated: 2026-07-07
Chapter: 第8話  選ばれし記憶
旧校舎の扉が閉まると同時に、足元の床がわずかに震えた。 冷たい空気が一気に満ち、どこかからノイズ混じりの音声が響き渡る。 > 「ID:M-319A──認証完了」 「記憶審問プログラム、開始」 突如、校舎内の壁がせり上がり、光の柱が天井へと伸びていく。 そこには、過去の記憶を映し出すホログラムが現れていた。 「ここが……LAPISの“審問室”……?」 ユリがつぶやく。朝倉は黙って前へ進み、床に浮かび上がる円形のパネルに立った。 > 「回答者:三枝美佳の記憶と人格パターン、相互照合を開始します」 「選択肢A:現行人格」 「選択肢B:補完人格“石原ミカ”」 「選択肢C:観測人格“無記名コードβ-7”」 美佳は戦慄した。 「現行人格」とは、今の自分。 だが“石原ミカ”?“無記名”?そんな人物は知らない。……なのに、どこか胸がざわつく。 「これは……どういうこと?」 「君は、複数の人格を記憶によって生成されている」 朝倉が口を開いた。 「“本当の自分”が、今この場で選ばれるんだ」 「選ばれるって……じゃあ、選ばれなかった私は?」 「消去される。“人格抹消”って名のもとに」 美佳の背筋に氷柱が走った。 ユリが眉をひそめ、言葉を継ぐ。 「でも、それを止める方法がひとつある。 “記憶の継ぎ目”──書き換えられていない断片を、あなた自身の意思で証明するの」 突然、ホログラムが切り替わる。 中学生のころの教室。制服の自分。そして──友達の笑顔。 「この子は……誰?」 「思い出して。あの日、教室の隅で泣いてた子に、あなたは何て言った?」 (わたしは──わたしは……) 「……泣かないで、わたしがいるから」 ぽつりとつぶやいたその瞬間、ホログラムがまばゆい光を放ち、パターンBとCの人格が一斉にフェードアウトする。 > 「照合完了──ID:M-319Aの主人格を“認証”」 「記憶選定、完了」 「本プログラムは一時終了します」 光が消える。 その場にいた三人は、同時に息を吐いた。 「……これで、終わったの?」 美佳の問いに、朝倉はかすかに首を振った。 「いいや、これは“始まり”だよ。 LAPISはまだ都市全体に拡散してる。今もなお、誰かの“心”を統計の数字
Last Updated: 2026-07-07
Chapter: 第7話  旧校舎
夜の学園都市には、妙な静けさが漂っていた。 人工光が整然と整備された歩道を照らしているはずなのに、どこか影が濃い。空気が重い。 美佳は旧校舎へと続く小道を歩きながら、何度も後ろを振り返っていた。 「……なんでこんなことに」 制服姿の自分を思い出せない。 彩音の笑顔も、朝倉の声も、どこか映像のように平坦で、手触りがなかった。 ──カツ、カツ、カツ…… 誰かの足音が背後から近づいてくる。 美佳は振り返り、ほっとしたように声をかけた。 「朝倉くん……!」 「……違うよ」 現れたのは、宮下ユリ《みやしたゆり》だった。高校時代、同じクラスだったはずの少女。いつも冷静で、誰とも群れないタイプだった。彼女もまた、この“同窓会”に来ていたのだ。 「君も来たんだ」 「あなたも……気づいてたのね、“あの事件”のこと」 「事件?」 美佳は首を傾げる。 ユリはため息をついた後、小さなタブレットを取り出して美佳に渡した。 そこには、5年前の記録が映っていた。 記録映像: > 「LAPIS試験区域、0-αクラス対象:記憶感情パターン収集実験」 「実験開始──被験者、三枝美佳、状態異常なし」 「アンケート送信完了。記憶同期開始」 「これは……私……?」 「そう、あなたは“LAPIS”の第一期被験者。私も、朝倉くんも」 映像に映る自分は、どこか虚ろだった。 目の焦点が合わず、笑顔だけが浮いていた。 「あなたの“記憶”はね、他人の感情で構成されてるの。 本当の自分じゃなく、アンケートで“他人が想像した三枝美佳”が、あなたの中に書き込まれていったのよ」 美佳は言葉を失った。 (じゃあ、私の思い出は──私のじゃない?) 「あなたがこの実験の“鍵”だった。だから記憶を書き換えられたまま放置されてた。でも、同窓会でLAPISのネットワークに近づいたことで、“回収プロセス”が動き出したの」 「回収……?」 「ええ。“あなたの記憶”と、“私たちの記憶”を照合して、 本来の人格を選び取る。 でも、誰か一人が選ばれたら、他は消えるわ──記憶ごと」 突如、旧校舎の扉が開いた。 中から、朝倉が現れる。顔に静かな緊張をたたえていた。 「始まったようだね。LAPISの“審問”が」
Last Updated: 2026-07-07
大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

25歳の朱里は、同じ部署の先輩・嵩にずっと片想いをしていた。けれども不器用な朱里は、素直に「好き」と言えず、口から出るのはいつも「大嫌い」。彼女のツンデレな態度に最初は笑って受け流していた嵩も、次第に本気で嫌われていると思い込み、距離を置き始める。 そんな中、後輩の瑠奈が嵩に好意を寄せ、オープンに想いを伝えていく。朱里は心の奥で「私は本当は死ぬほど好きなのに」と叫びながらも、意地とプライドが邪魔をして一歩踏み出せない。 しかし、嵩の転勤が決まり、別れが迫ったとき、朱里はついに「大嫌い」と100回も繰り返した心の裏にある“本音”を告白する決意をする――。
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Chapter: 第16話  居酒屋への誘い
金曜の夕方。オフィスには週末特有の浮ついた空気が流れていた。朱里は残業のためにパソコンと向き合っていたが、コピー機に資料を取りに行ったとき、ふと廊下から声が聞こえてきた。「平田先輩!あの、今度の週末って……ご予定ありますか?」瑠奈の声だった。思わず足を止める。壁の影から覗くと、瑠奈が少し緊張した様子で嵩に話しかけているのが見えた。「週末?特に大きな予定はないけど」「よかった!あの……もしよろしければ、一緒に居酒屋に行きませんか?」居酒屋、という単語が朱里の胸に突き刺さる。セミナーだけでも十分落ち着かないのに、今度は完全にプライベートじゃないか。「え、二人で?」と嵩。「はいっ。最近ずっと残業で……少し飲んでリフレッシュしたいなって。もちろん無理なら大丈夫ですけど!」瑠奈は健気に笑う。その姿がまた朱里を苛立たせる。「そうだな……たまにはいいかもね」「ほんとですか!やったぁ!」嬉しそうに両手を握りしめる瑠奈。その無邪気さに、嵩は苦笑しながら頷いた。朱里はコピー用紙を取り落としそうになり、慌ててその場を離れた。(セミナーの次は……居酒屋?ふざけないで……)胸の奥にどす黒い感情が渦巻く。その夜。帰宅途中で朱里は田中美鈴に電話をした。「ねえ、聞いてよ。あの子、今度は居酒屋に誘ったの!あたしの知らないところで、どんどん距離を縮めて……」『ほら出た、こじらせ発作。で、本当はどうしたいの?』「どうしたいって……そんなの……」素直に答えられない朱里に、美鈴は大きくため息をついた。『あんたね、もう“好き”って言っちゃえばいいじゃん。』「……だから、それが一番難しいの!」その苛立ちを翌日、思わず嵩にぶつけてしまった。「居酒屋なんて……大嫌いです!」デスク越しに突然そんなことを言われた嵩は、完全にポカンと固まった。「えっ、急にどうしたんですか……?」「なんでもないです!」朱里は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。意味不明な八つ当たりだったが、それがまた彼女らしいこじらせの形だった。
Last Updated: 2026-07-09
Chapter: 第15話  誤解の深まり
週の半ば。朱里は、仕事の打ち合わせのたびに自分の失態を思い出していた。(あの時、“大嫌い”なんて言わなければよかった……!)会議室で突発的に口にしてしまった一言。嵩が一瞬だけ見せた、困惑したような表情が頭から離れない。昼休み。オフィスの一角で、嵩と瑠奈が並んでランチをしているのが見えた。「平田先輩、これ、母から送ってきたんです。よかったらどうぞ」「え、いいんですか? ありがとうございます」和やかな笑顔のやりとり。その光景を遠くから見てしまった朱里は、心臓をぎゅっと掴まれた気がした。(やっぱり……私なんて、必要ないのかもしれない)無意識に拳を握りしめる。その日の夕方。資料の最終チェックを終えた朱里は、思い切って声をかけた。「あの、平田先輩。……さっきは、ごめんなさい」「え?」「会議室で、“大嫌い”って言ったことです。別にそんな意味じゃなくて……」朱里の声は小さく震えていた。だが嵩は少しの沈黙のあと、穏やかに笑った。「……気にしてませんよ」その笑顔は優しいのに、どこかよそよそしい。朱里の胸にチクリと刺さる。「僕、嫌われるようなこと、してしまったのかなって思ったんですけど」「そ、そんなこと──!」「でも、中谷さんがそう言うなら……仕方ないですよね」静かに言う嵩の声に、朱里は息を呑んだ。必死に否定したいのに、うまく言葉が出てこない。(違う、違うのに……! 本当は“大好き”なのに……!)けれど、喉の奥に言葉が詰まり、ただ唇を噛みしめるしかなかった。「……今日はもう帰りましょう。お疲れさまです」軽く会釈して先に部屋を出ていく嵩の背中。その距離が、これまでになく遠く感じられた。残された朱里は、机の上で拳を握り締めた。(どうして……どうして私は、いつも肝心な時に“嫌い”しか言えないの……?)オフィスの窓から見える夜景が滲んで見えた。朱里の心の中に、深い後悔と不安の影が広がっていく。
Last Updated: 2026-07-08
Chapter: 第14話  仕事の壁
月曜の朝、朱里はいつになく緊張していた。部長から呼び出され、大きなクライアント案件を任されることになったのだ。「中谷、この案件は平田と組んで進めてもらう」その一言で、朱里の心臓は跳ね上がった。よりによって嵩と二人ペア。いや、もちろん仕事的には頼もしいけれど──。「よ、よろしくお願いします」「こちらこそ。久しぶりに一緒にやれるの、ちょっと楽しみですね」嵩の柔らかな笑顔。……それだけで心がざわつく。(ちょっと待って。“楽しみ”とか言わないでよ……! どうしてそんなに自然に言えるの? バカなの?)朱里は胸の奥で叫びつつ、表面上は冷静を装った。「ま、まあ、仕事ですから。感情抜きで、効率的に進めましょう」「はは、相変わらず中谷さんは真面目だなぁ」嵩の軽い笑い声に、朱里は思わず顔を背けた。初回の打ち合わせ。朱里と嵩は会議室で、プレゼン資料の方向性を話し合っていた。「ここのターゲット分析、少し切り口を変えてみませんか?」「そうですね、数字はそのままでも、ストーリー性を持たせた方が伝わりやすいかもしれません」言葉を交わすたびに、朱里は思い出す。彼と仕事をする時の安心感。意見を出せば真剣に受け止めてくれる誠実さ。……だからこそ、心が揺れるのだ。ふと視線が合った瞬間、朱里の心臓は大きく跳ねた。慌てて資料に目を落とす。(ダメダメダメ! こんな風に意識してたら、また“嫌い”って言
Last Updated: 2026-07-07
Chapter: 第13話  揺れる想い
土曜の夜。朱里はマンション近くの居酒屋で、美鈴と向かい合っていた。ビールの泡を見つめながら、ずっと悶々とした気持ちを吐き出していた。「でね、美鈴。あの子、平田先輩に向かって“好きです”って、はっきり言ったのよ」「……ほぉ」美鈴は冷静に枝豆をつまむ。朱里の熱量との落差が、余計にイライラする。「しかも私のこと、“ライバルですからね”とか言っちゃって! 何その堂々とした宣戦布告!」「なるほどね。で、朱里は何て返したの?」「……のどにサンドイッチ詰まらせて咳き込んだ」「……返事になってないじゃん」美鈴の苦笑に、朱里はグラスを握りしめた。「わかってるわよ! でもあの状況で“実は私も好きなんです”なんて言える?!」「言えばいいのに」「む、無理に決まってるでしょ!」朱里の声が少し大きくなり、隣のサラリーマンに振り返られる。慌てて声を潜めた。「だって、もし振られたら……惨めじゃない」「それで振られる前に、自分で“嫌い”って言って予防線張ってんのね」図星を突かれて、朱里は顔を真っ赤にする。「ち、違う! あれはただの……口癖みたいなものよ!」「ふーん。“大嫌い”って口癖ねぇ……」美鈴は呆れ半分、面白がり半分の目で朱里を見つめる。「朱里、あんたさ。強がりすぎ。好きなら好きって言えばいいだけでしょ」「そ、そんな簡単に言えたら苦労してないわよ!」朱里はビールを一気に飲み干した。泡で唇が濡れ、情けなくため息が漏れる。「それに……もし本当に嫌わ
Last Updated: 2026-07-07
Chapter: 第12話  瑠奈の告白
土曜日の午後。朱里はベッドの上で寝転びながら、スマホを握りしめていた。──今日は嵩と瑠奈が「セミナー」に行く日。「……セミナーって、デートの言い換えじゃないの?」独り言はため息と一緒に空気へ溶ける。何度もSNSを更新しては、ふたりの写真が流れてこないかチェックする自分が情けない。「大嫌い……本当に大嫌い……!」自分でも意味がわからない「大嫌い」をベッドのシーツに向かって呟いた。(※カウントすると九回目)翌週。昼休み、朱里はいつものように会社近くの公園へ。しかし今日は、ひとりじゃなかった。「中谷先輩~!ここ座っていいですか?」瑠奈が両手にパンを抱えて、無邪気にやってきた。断る間もなく隣に腰を下ろし、ぱくりと齧る。「この前のセミナー、平田先輩が隣にいてくださって、本当に心強かったんです!」瑠奈の声は、天真爛漫そのもの。だが朱里には、心臓を握りつぶされるように響いた。「ふ、ふーん……よかったじゃない」「はい! それで……あの、実は──」瑠奈はほんのり顔を赤くして、声を落とした。「私、平田先輩のこと……好きなんです」パンを握る朱里の指先に力が入り、袋が「ぐしゃっ」と音を立てる。「す、好き……って?」「はい! だって、優しいし、仕事もすごくできるし。私にとって、理想の人なんです」瑠奈の告
Last Updated: 2026-07-07
Chapter: 第11話  すれ違いの影
「……最近、中谷さん、僕のこと避けてますよね?」夕方のオフィス。コピー用紙を補充していた朱里の背中に、いきなり嵩の低い声がかかった。驚いてコピー用紙を落としそうになった朱里は、慌てて振り返る。「えっ!? な、なに急に……!」「いや、そう感じるんです。前みたいに雑談もなくなったし、目も合わせてくれないし」真正面から見つめられて、朱里の胸がドクンと跳ねる。──だって今は、目を合わせたら絶対バレる。瑠奈が「アプローチ宣言」したことも、心がざわついて仕方ないことも。「べ、別に……そんなことないです」「ほんとですか?」嵩は穏やかに笑った。でも、その目には不安の色がにじんでいた。「……僕、何かしました?」その一言に朱里の心がグラッと揺れる。──何も悪いことしてないのに。悪いのは全部、嫉妬して意地を張ってる私の方。なのに。素直になれない。「……そういう、誰にでも優しくするのが……大嫌いなんです!」またもや飛び出した“三文字”。嵩は目を丸くし、困ったように苦笑した。「……それって、僕に対する悪口ランキング第一位ですよね」「ち、違います! あの、その……」朱里はしどろもどろになりながらも、うまく言葉をつなげない。「大嫌い」の裏にある本当の気持ちなんて、とても言えるはずがなかった。嵩は少し黙り込んだあと、小さくため息をつく。「……中谷さん、本当に僕のこと嫌ってるんですか?」「……っ」
Last Updated: 2026-07-07
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