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第22話

Auteur: 六月の猫
司には、もう喜びも悲しみもない。胸の中はからっぽだった。権勢の頂に立ちながら、ふいにすべてがうんざりしたのだ。

彼は自分名義の財産をすべて澪へ譲渡し、彼女が何の不安もなく暮らせるようにした。秘書には多額の金を渡し、早期退職させた。

見慣れた部屋を見回すと、また澪を思い出す。澪の背に刻まれた傷、彼女のあの絶望と冷ややかさがよみがえる。

彼は気づく――自分はまだ罰を受けていない、と。

上着を脱ぎ捨て、籐の鞭を手に取る。司は容赦なく己の身に振り下ろした。一撃ごとに全力を込め、やがて肌は裂け、血にまみれていく。

「おちび乞い、すまない」

「おちび乞い、愛している」

彼は自らを打ちながら、澪へ謝罪の言葉を繰り返した。

澪のいないこの街には、一日たりともいられない。

全身傷だらけのまま、司は歩き出す。かつて澪と共に辿った道をもう一度踏みしめ、ひとつずつ、あの頃の幸せな思い出を拾い集めながら。

そのころ、遠くドイツでは、澪のバイオリン教室がついに軌道に乗った。そこでは子どもから大人までが通い、澪は一人ひとりに弓の手ほどきをしている。

澪が今使っているバイオリンは、ルーカスが探してくれたもので、手にしっくりと馴染んでいる。

そのお礼に、彼女はルーカスへ腕時計を贈った。

無職のように思っていたルーカスが、実はかつて帝都の篠原家の御曹司だったと澪が知ったのは、ずっと後のことだ。篠原家は当時、九条家をもしのぐ勢いを誇っていたが、一家そろって移住し、資産をすべて国外へ移したのだという。

けれど、そんな来歴は、澪には関係がない。彼女にとって、ルーカスは、あくまで友人だ。

ルーカスもまた何も迫らず、ただ静かに寄り添い続けた。

日々はますます穏やかで幸せなものになり、澪はようやく過去の傷から立ち直ることができた。

再び司の名を耳にしたのは、ある午後のこと。庭で日向に身を置き、コーヒーを飲んでいたときだ。

司の弁護士がやって来て、澪に一通の書類を差し出した。

「九条社長がお亡くなりになりました。全資産をあなたに譲るとの遺言です。こちらがその書類です」

澪はコーヒーをひと口含み、淡々と言った。

「寄付してください。女性や子どもを支える基金をつくって――この世から、もう物乞いの子どもがいなくなるように」

弁護士はさらに分厚いアルバムをもう一冊取り出して、卓上
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