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誕生日の夜、恋人と家族に見捨てられ、偽物の姉に人生を奪われた本物の令嬢は、復讐のために生き直す
誕生日の夜、恋人と家族に見捨てられ、偽物の姉に人生を奪われた本物の令嬢は、復讐のために生き直す
作者: 霜晨月

第1話

作者: 霜晨月
last update publish date: 2026-06-22 20:47:05

虹見市の夜は、神崎家のために明かりが灯されている。

パーティー会場はまばゆい光に包まれ、多くの招待客で賑わっている。

その中で、神崎澪かんざき みおだけが、一人壁際に佇んでいた。

手の中で固く握り締めたグラスへ視線を落とすと、揺れる琥珀色の酒面には、時間をかけて整えたにもかかわらず、誰一人として気づいてくれない自分の化粧が映っていた。

まるで、自分だけが場違いな存在だった。

トレイを手に忙しく行き交う使用人たちでさえ、彼女の目の前で遠慮なく声を潜めて噂話をしている。

「本物のお嬢様だなんて笑わせるわ。イブニングドレス一つ着こなせないなんて、やっぱり貧乏育ちね」

澪はドレスの裾をぎゅっと握り締めた。

指先が白くなるほど力が入る。

神崎家へ来て、もう二年。

父・すばるの叱責も、母・深雪みゆきの冷たい態度も、使用人たちの蔑むような視線も、今ではもう慣れっこだった。

後からやって来た余所者なのだから、疎まれるのも当然なのだ。

それでも、彼女には綾音あやねがいた。

血のつながりはなくても、いつも優しく包み込んでくれる姉だった。

この誕生日パーティーも、綾音が自ら企画してくれたものだった。

あの日、綾音は澪の腕を優しく取り、微笑みながらこう言ってくれたのだ。

「澪、この家に来てもう二年になるのに、ちゃんとお祝いしてあげられなかったでしょう。今年は、お姉ちゃんが素敵なパーティーを開いてあげるね」

澪はその言葉を信じた。

そして、ほんの少しだけ期待してしまった。

自分がいい子でいれば、いつか両親も笑顔を向けてくれるのではないか、と。

「澪、こんなところにいたのね」

背後から、柔らかな声が響く。

振り返ると、そこには完璧なまでに美しい綾音が立っていた。

ダイヤモンドを散りばめた高級オートクチュールドレスをまとい、左腕には深雪、右には昴。

まるで、その三人こそが本当の家族であるかのようだった。

澪はそっと足元へ目を落とす。

レンタルしたドレスは身体に合わずぶかぶかで、裾からはほつれた糸が覗いていた。

「お父様、お母様……」

「なんだ、ちゃんと口は利けるんだな」

昴の視線は冷え切ったまま、澪を射抜く。

「神崎家へ来て二年にもなるのに、挨拶一つまともにできんのか」

「お父様、澪を責めないであげて」

綾音が甘く穏やかな声で間に入る。

「澪は小さい頃から田舎で育ったんですもの。マナーのレッスンについていけないのも仕方ありませんわ」

そう言うと、綾音は一歩前へ踏み出した。

次の瞬間――

澪が反応する間もなく、足元に強い衝撃が走った。

綾音のヒールが、床に引きずっていた澪のドレスの裾をしっかりと踏みつけたのだ。

勢いよく身体が前へ投げ出される。

ドン――。

膝が大理石の床へ激しく叩きつけられた。

安物のドレスは無残にも大きく裂け、片脚がそのまま会場中の招待客の前へ晒されてしまう。

辺りから息を呑む音が上がり、必死に笑いをこらえる気配があちこちで漏れた。

「澪……急に立ち上がるから、ぶつかっちゃったじゃない」

綾音の声音には、絶妙な困惑と、まるで自分が被害者であるかのような響きが滲んでいた。

「綾音、大丈夫?」

深雪は慌てて綾音の腕を支えると、一転して澪を鋭く睨みつける。

「なんてはしたないの!神崎家の人間として恥ずかしくないの!」

昴も忌々しげに手を振った。

「さっさと失せろ。これ以上ここで恥を晒すな」

「……はい」

澪は俯いたまま、這うように立ち上がる。

裂けたドレスを必死に押さえながら、ふらつく足取りでその場を後にした。

控室の鏡に映る自分の姿を、澪はじっと見つめていた。

乱れた髪。

涙で滲んだアイメイク。

そして、大きく裂けたドレス。

悔しさで唇を強く噛み締めると、こらえていた涙がまた視界を滲ませた。

それでも、彼女は綾音を恨まなかった。

姉は自分を嫌っているわけではない。

ただ、自分が現れたことで両親の愛情を奪われることを恐れているだけなのだと、そう信じていた。

そもそも――

ここにいること自体が、自分の間違いだったのだ。

神崎家へ戻れば人生は変わる。

そう信じていた。

けれど、この二年間、この家が一度でも本当の意味で自分を受け入れてくれたことなど、一度もなかった。

「泣いているのか?」

冷え切った声が背後から降ってくる。

澪が勢いよく振り返ると、そこには非の打ちどころのない端正な顔立ちがあった。

「修……」

恋人の九条修くじょう しゅうが、仕立ての良いスーツを隙なく着こなし、控室の入口に立っていた。

どこか奔放さを感じさせる短髪。

百八十五センチの長身。

その圧倒的な存在感が、澪へ静かな威圧感を落としていた。

「修……いつからそこに?」

澪は慌てて手の甲で涙を拭った。

しかし、そのせいでメイクは余計に崩れてしまう。

これ以上こんな姿を見られたくなくて、彼女は慌てて俯いた。

「もう十分くらい前からだ。お前は隅に閉じこもったままで、俺のほうを一度も見ようとしなかったな」

修は眉をひそめ、いつものぶっきらぼうな口調で言うと、腕に掛けていたトレンチコートを広げ、彼女に拒む暇すら与えず肩へ掛けた。

コートの丈はちょうどよく、裂けたドレスをきれいに隠してくれる。

ふわりと漂う白檀の香りが、まるで彼自身に抱き締められているような安心感を与えた。

澪は溺れる者が流木にしがみつくように、無意識のうちに襟元をぎゅっと握り締める。

ドクン――と胸が大きく鳴った。

誰一人、自分の存在など気にも留めないこの家で。

修だけが、彼女にとって唯一息をつける場所だった。

「修……」

名前を呼びかけたものの、その先の言葉は喉の奥で消えた。

今日、彼は何か言葉をくれるのだろうか。

あるいは、誕生日プレゼントを。

……けれど、そんなことを尋ねる勇気はなかった。

こんな惨めな自分に、彼から贈り物を受け取る資格などあるはずがない。

恋人としてそばにいてくれるだけでも、自分には過ぎた奇跡なのだから。

それでも――

ほんの少しでも、何かがあれば。

どれほど救われるだろう。

言葉を飲み込む澪を見つめ、修の喉仏がわずかに動いた。

本能に突き動かされるように指先を伸ばし、彼女の涙を拭おうとする。

しかし、その瞬間。

澪は反射的に一歩後ろへ下がり、その手を避けてしまった。

修の瞳から、すっと光が消えていく。

付き合い始めて、もうすぐ二年。

それでも澪は、一度たりとも彼に身体へ触れさせようとはしなかった。

彼が手を伸ばすたび、彼女は決まって無意識に身を引いてしまう。

――やはり、綾音の言っていた通りなのだろうか……。

修は苛立ちを押し殺すように、心の中で小さく舌打ちした。

だが、今はその理由を問い詰める気にはなれない。

紳士らしい距離を保ったまま、淡々と告げる。

「用がないなら戻るぞ。この誕生祭は、主役のお前がいなければ始められないからな」

意味深な言葉だけを残し、修は最後に澪をじっと見つめると、そのまま背を向けて立ち去った。

その言葉の本当の意味を、澪はほどなくして思い知ることになる。

この時の彼女は、まだ夢にも思っていなかった。

待ち焦がれていたはずの誕生日プレゼントが、自分を標的にした最悪の――「公開処刑」になることなど。

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