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第2話

作者: 霜晨月
last update 公開日: 2026-06-22 20:47:38

澪が会場へ戻って間もなく、誕生祭は華やかに幕を開けた。

来賓からの祝辞が続く中、人々の視線を一身に集めながら、修がゆっくりとステージへ上がる。マイクを手にした彼は、鋭い眼差しで会場をゆっくりと見渡し、最後にその視線を澪のもとでぴたりと止めた。

澪の心臓が大きく跳ねる。

緊張で身体をこわばらせながらも、胸の奥ではかすかな期待が膨らんでいた。

修は――どんな祝福の言葉を贈ってくれるのだろう。

「今日、この場を借りて、皆さんにお伝えしたいことがあります」

修は澪を見つめたまま、一語一語、会場中に響き渡る声で告げた。

「澪。俺はずっと、お前のことが好きだと思い込んでいた。だが、ようやく気づいた。それは、ただの思い違いだったんだ」

――修……何を言っているの?

澪は呆然としたまま、ステージの上の彼を見つめた。

修はマイクをスタンドに戻すことなく手に持ち、そのままゆっくりとステージを降りる。

向かった先は、澪ではなく――綾音のもとだった。

修は綾音の前で立ち止まると、居並ぶ賓客たちが見守る中、静かに片膝をつき、彼女の手を取った。

「俺の心を本当に動かしたのは、お前だった。綾音」

その瞬間、会場が大きくどよめく。

修はポケットから青いベルベットのケースを取り出して開き、照明を受けてまばゆく輝く指輪を差し出した。

「今日から、俺の恋人になってくれないか」

修と澪が交際しているという話は、上流階級の社交界ではちょっとした噂になっていた。

誰もが、名門・九条家の御曹司である修が、なぜ澪のような地味な娘を恋人に選んだのか理解できずにいた。

だからこそ、修が大勢の前で綾音に想いを告げた瞬間、人々は一度こそ息を呑んだものの、すぐに納得したような表情へと変わっていった。

それも当然だった。

修と綾音――誰が見ても、この二人こそが釣り合いの取れた理想のカップルだったのだから。

鳴りやまない拍手と歓声、そしてあちこちから漏れ聞こえる囁き声。

その渦の中で、ただ一人、澪だけが魂を抜かれたように立ち尽くしていた。

「このプレゼント、気に入ってくれたか?」

修のその言葉は、澪ではなく、綾音へ向けられたものだった。

綾音は、この世で一番幸せな女性のような笑みを浮かべながら、修が自分の薬指に指輪をはめるのを見つめていた。

それでも彼女は、気遣うふりだけは忘れなかった。

「修、ちょっとやりすぎよ。今日は澪のお誕生日なのに――」

「それがどうした?」

修は冷笑を浮かべ、傲然とした視線を澪の青ざめた顔へ向けた。

「どんな女でも、この九条修の隣に立てるわけじゃない。まして、見る目もなく、自分の立場すら分かっていないような無能ならなおさらだ」

その言葉が胸の奥へ深く突き刺さり、澪の顔から一瞬で血の気が引いた。

足元から頭のてっぺんまで悪寒が駆け抜ける。

真夏だというのに、まるで氷の洞窟へ突き落とされたようだった。

胸が痛い。

見えない巨大な手で胸を容赦なく貫かれ、血にまみれた心臓をえぐり出され、そのまま自尊心ごと踏みにじられたような激痛だった。

血の気を失った唇はかすかに開いたまま、喉は完全に塞がれたように動かず、彼女はひと言も発することができなかった。

恋人と姉に、大勢の人々が見守る前で、これ以上ない屈辱を与えられた。

それでも彼女には、弁明することも、抗議することも許されない。

これ以上、この場所に一秒たりともいられなかった。

澪は弾かれたようにトレンチコートを脱ぎ捨てると、背を向け、一目散に会場を飛び出した。

外は、バケツをひっくり返したような土砂降りだった。

澪は無我夢中で走り続けた。

焦るあまり、途中で片方のヒールが脱げ落ちる。

それでも立ち止まることなく、砂利道とぬかるみの中へ、不揃いな足取りで踏み込んでいった。

鋭い小石が足の裏を切り裂き、濁った泥水が血のにじむ傷口へ容赦なく染み込んでいく。

だが、その痛みさえ、今の彼女には何も感じられなかった。

ぼろぼろになったイブニングドレスは雨を吸って鉛のように重くなり、身体にまとわりついて、刃物で削られるような冷たさで体温を奪っていく。

足をもつれさせた澪は、勢いよく濡れた地面へ叩きつけられた。

膝を強く打ちつけ、手のひらの皮膚が大きく擦り剝ける。

流れ出した血は、激しい雨によって瞬く間に洗い流されていった。

その背後に、傘を差した修が姿を現した。

泥まみれになり、まるで捨て犬のように地面へ這いつくばる彼女を、冷たい眼差しで見下ろしている。

哀れんでいるわけではない。

助けに来たわけでもない。

ただ、最後の一撃を与えるためだけに追ってきたのだ。

「本気で、この俺がお前を好きになるとでも思っていたのか?」

薄い唇が、嘲るように歪む。

「身の程を知れ。綾音のためじゃなければ、お前なんか最初から視界に入れる価値もない」

嘘だった。

何もかも――最初から全部、偽りだった。

どうして……。

澪は虚ろな瞳で修を見上げた。

かつて優しく囁いてくれたその唇は、今では毒蛇のように、この世で最も禍々しい毒を吐き続けている。

彼女は震える身体をどうにか起こし、よろめきながら再び激しい雨の帳の向こうへと走り出した。

煙るような豪雨の中、澪はたった一人、幽霊のように彷徨い続けた。

どこへ向かえばいいのかも分からない。

世界はこんなにも広いのに、自分の居場所だけがどこにもなかった。

本当に分からなかった。

自分はいったい、何をそこまで責められるような罪を犯したというのだろう。

誰かと何かを奪い合ったこともなければ、人に悪意を向けたこともない。

それなのに神崎家は自分を拒み、誰もが自分を疎み、唯一心の支えだと信じていた男でさえ、大勢の人々の前で自分を踏みにじった。

気がつけば、澪は長く長く続く石段の頂上に立っていた。

その時、不意に背後から清らかな香りが漂ってくる。

生ぬるい雨の夜には似つかわしくない、洗練された高級な香水の香りだった。

澪がはっとして振り返った、その瞬間――

暗闇の中から、黒い手袋をはめた手が伸びてきた。

袖口から覗く、金色の鶴の紋様が刻まれたカフスボタンだけが、一瞬、彼女の網膜に焼き付く。

その手の主の顔を見る間もなく、掌が彼女の背中へ押し当てられ、容赦ない力で突き飛ばされた。

身体は一瞬でバランスを失い、視界が激しく上下に回転する。

ゴツン――

後頭部が硬い石段に激突し、骨が砕けるような鈍い音が、激しい雨音に紛れて響いた。

溢れ出した鮮血が、あっという間に視界を真っ赤に染めていく。

体温が、そして意識が、凄まじい勢いで遠ざかっていくのを感じた。

どうして――どうして、私なの?

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