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第6話

Autor: 霜晨月
last update Fecha de publicación: 2026-06-25 20:51:34

日曜の朝。

澪は清楚なワンピースに身を包み、腰には細いリボンを結んだ。派手さはないが、清潔感があり、どんな場にも溶け込める控えめな装いだった。

玄関では、すでに綾音が待っていた。細部まで計算し尽くされた華やかなドレス姿は、澪の質素な服装と鮮やかな対比を成している。

「澪、そのワンピース……少し地味すぎないかしら」

綾音は目を細め、笑みを浮かべながらも、その目だけは笑っていなかった。

「本家の歓迎会には、皆さんきちんとしたドレスでいらっしゃるのよ。もし着るものに困っているなら、お姉ちゃんのを何着か貸してあげるわ」

「ありがとう、お姉ちゃん。でも初めて本家へ伺うんだもの。あまり目立たないほうがいいと思うから」

澪は礼儀正しく微笑んだ。

夕暮れどき、一行が神崎本家へと到着すると、親族たちからの好奇や品定め、そして軽蔑の視線が澪に突き刺さる。上座に座る厳格な祖父・神崎平蔵(かんざき へいぞう)への挨拶もそこそこに、間もなく重苦しい晩餐会が幕を開けた。

「九条家のご子息がお着きです――」

玄関から声が響いた瞬間、澪の心臓が小さく跳ねた。

長身の影が足早に大広間へ入ってくる。

修は仕立ての良いスーツをまとい、背筋を真っすぐ伸ばしていた。その眼差しには、名門の跡取りらしい成熟した冷たさが宿っている。

部屋へ入るや否や、彼の視線は居並ぶ人々を通り越し、部屋の隅にいる澪を真っ直ぐ射抜いた。

「修! 来てくれたのね!」

綾音はすぐに歩み寄り、親しげに彼の手を取る。

「紹介するわ。この子が――」

「澪、だろ」

修は綾音の言葉を遮り、迷いなく彼女の名を口にした。

綾音は目を見開いた。

「二人とも……知り合いなの?」

「知りません」

澪は間髪入れず、きっぱりと言い切った。

修は唇の端をわずかに吊り上げ、昏い瞳で彼女を見据える。

「確かに、知り合いとは言えないな。だが、初対面でもない」

澪は唇を固く結び、無言で彼を見返した。

やがて始まった晩餐会。主役であるはずの澪は末席に追いやられ、親族たちから質問攻めに遭っていた。

「そういえば、澪の育てのお母様……まだ刑務所にいらっしゃるのよね」

綾音が甘い声で放った一言。それは鋭い刃となって、澪の傷口を容赦なく抉っていく。

養母・歩美が、かつて赤ん坊を誘拐した罪で服役していることは、この場の誰もが知っている。

今あえてその話題を持ち出すのは、公衆の面前で澪の頬を打つのと変わらなかった。

澪は静かに綾音を見つめた。

「罪を犯した以上、法律の裁きを受けるのは当然です」

その声に感情の揺らぎはない。

「養母は昔、最初の子どもを難産で亡くしたことがきっかけで統合失調症を患いました。他人の赤ん坊を、自分の子どもだと思い込んでしまうようになったんです。

ですが、それ以外では女手一つで私と兄を育て、病弱な祖母を介護し、妻として、母として、そして嫁としての務めを最後まで果たしてくれました」

言い逃れもしない。

正当化もしない。

だからといって、必要以上に貶めることもしない。

その落ち着き払った態度に、その場にいた人々の空気は少しずつ変わり始めていた。

綾音はその変化を敏感に察し、すぐに話題を切り替えた。

昴へ向き直ると、心底心配そうな表情を作る。

「お父様、澪は本当に苦労してきたんですね。働きながら学校へ通っていたのですから、お勉強も遅れてしまっているでしょう。

私がお勉強を見てあげたらどうかしら。

生徒会の仕事で忙しくはありますけれど、澪のことを放ってはおけませんもの」

親族たちは一斉に綾音へ称賛の眼差しを向けた。

綾音は青波私立学園の生徒会長であり、成績は常に学年トップ。

つい最近もバラエティー番組『超知能人類大賞』に出演し、ネット上で大きな話題を呼んだばかりだった。

それに対して澪は、働きづめの毎日で成績は赤点すれすれ。一週間前にようやく青波私立学園への転入手続きを済ませたばかりである。

一見、妹を思いやる優しい提案に見える。

だが実際は、自分を持ち上げ、澪を引き立て役にするための巧妙な罠だった。

澪は口を挟まず、静かに耳を傾けていた。

待っていたのだ。

狐が尻尾を見せる、その瞬間を。

ほどなく、その機会は訪れた。

従妹が目を輝かせながら会話へ加わる。

「『超知能人類大賞』、私、毎回欠かさず見てるの! 綾音お姉ちゃん、本当にすごいんだもん。どんどん勝ち進んでいって!」

その言葉を聞いた瞬間、澪の瞳に静かな光が宿った。

綾音は、まさにその番組の収録中に事故へ遭い、病院で輸血を受けた。

しかし、その血液型が神崎夫妻と一致しなかったことから騒動となり、神崎家は再調査を余儀なくされた。

その結果、本物と偽物のお嬢様の取り違えが明るみに出たのだ。

澪は思い出したように、何気なく尋ねた。

「そういえば、お姉ちゃんは番組でお怪我をされたって聞きましたけど……ひどかったんですか?」

「かすり傷よ。もうすっかり治ったわ」

綾音は穏やかに微笑んだ。

「それなら安心しました」

澪は頷き、何気ない口調で続ける。

「でも、あの番組がなかったら、私は本当の両親が誰なのか、一生知らないままだったんですよね」

その瞬間、食卓の空気が凍りついた。

取り違え事件は神崎家にとって最大の禁忌であり、自らその話題に触れる者など誰一人いなかった。

ところが、間の悪いことに従妹が思ったままを口にした。

「そういえば、そのときの分娩室の看護師さんって、その後どうなったの? あんな大失敗をしたんだから、誰かが責任を取らなきゃおかしいよね」

――来た。

澪が昨夜から待ち続けていた突破口が、ついに目の前に現れた。

澪は顔を上げ、痛ましげな表情を浮かべる。

「その看護師さんなら、もう亡くなっています。お姉ちゃんの本当のご両親が事故に遭われたあの日、一緒の車に乗っていたそうなんです……」

「違うわ。鈴木早紀すずき さきは死んでない」

綾音はきっぱりと言い切った。

まるで常識の誤りを正すかのように。

「彼女は植物状態に――」

言いかけた瞬間、綾音ははっと息を呑み、口を閉ざした。

昴の顔色が、血の気を失うほど青ざめているのが見えたからだ。

そして気づく。

澪が、波ひとつ立たない水面のような静かな瞳で、自分をじっと見つめていることにも。

場は、水を打ったような静寂に包まれた。

「誰が植物状態だと言った」

最初に沈黙を破ったのは平蔵だった。

湯呑みを静かに置き、かつてないほど重い声で問いかける。

「鈴木早紀とは……誰のことだ」

叔母もすかさず核心を突いた。

「鈴木早紀って、あの看護師のこと? そんな名前、今初めて聞いたわ」

深雪も眉をひそめる。

「綾音、メディアでは、あの看護師が生き残ったなんて一度も報じられていないのよ。あなた、どこでその話を知ったの……?」

「私は……」

綾音は口を開閉させるばかりで、一言も発することができず、助けを求めるように昴を見つめた。

「お姉ちゃんって、本当にすごいんですね……」

澪は澄みきった瞳で綾音を見つめる。

「そんな裏の情報までご存じだなんて。……お父様が、教えてくださったんですか?」

その一言が、鋭く核心を射抜いた。

昴の表情は、もはや険しいという言葉だけでは言い表せないほど凍りついていた。

ここに集まっているのは、酸いも甘いも噛み分けた老獪な人間ばかりだ。

彼らが昴と綾音へ向ける視線は、少しずつ疑念の色を帯び始めていた。

綾音は席に座ったまま硬直し、ナプキンを握る指先は白くなるほど力が入っている。

澪は静かに目を伏せ、一瞬だけ瞳の奥をよぎった冷たい光を隠した。

どれほど巧みに身を潜めようとも――狐は最後まで尻尾を隠し通すことはできなかった。

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