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第4話

作者: グッドラック夢男
病室を包む空気は、今にも張り裂けそうなほど重かった。

陽介は引きつった笑みを浮かべ、取り繕うように口を開く。

「お義兄さん、誤解です。茶々丸はさっき、美月と赤ちゃんに飛びかかりそうになったんですよ。

美月も出産直後で気が動転していて……ワゴンの中に別の赤ちゃんがいるなんて言い出して」

その必死の弁明に、靖彦は一言も返さなかった。

静かにしゃがみ込むと、縄で擦れて血が滲んだ私の頭をそっと撫でる。

その手の温もりに、私は思い切り袖へ噛みついた。そして必死にワゴンの方へ顔を向ける。

(靖彦!ワゴンだよ!下の隠し収納を探させて!あの子がまだ中にいるんだ!早く助けないと!)

もちろん、人間に猫の言葉は伝わらない。

でも――靖彦は違う。言葉は分からなくても、私のことを信じてくれている。

靖彦はゆっくり立ち上がる。鋭い視線がステンレス製のワゴンへ向けられた。

「調べろ」

その一言で、病室へ4人の黒服の護衛が駆け込んでくる。

敦子はその場へ尻もちをつき、顔面蒼白のまま震え始めた。

護衛たちは迷いなくワゴンへ飛びつき、中身を次々と床へぶちまける。

1段目。

2段目。

3段目。

血の付いたガーゼ。使用済みの注射器。空になった薬瓶。

出てくるのは医療廃棄物ばかりで、赤ちゃんの姿など、どこにもない。

引き出しも一つ残らず開けられ、隅々まで調べられる。

しかし――

「社長。異常はありませんでした」

護衛が頭を下げて報告する。

靖彦は黙ったままワゴンを見つめる。

床へ散乱した医療廃棄物。そして、なおも必死にもがき続ける私。

隠し収納はもっと下にある。

敦子が赤ちゃんをそこへ押し込むところを見ていなければ、誰だって見落としてしまうだろう。

陽介はようやく余裕を取り戻したように、小さく息をつく。

「お義兄さん。これで分かっていただけましたか?」

どこか傷ついたような顔を作りながら続ける。

「俺は入り婿とはいえ、一人の人間です。猫が暴れたからというだけで、ここまで疑われるなんて……さすがに人としての尊厳を踏みにじられた気分ですよ」

風花も目元を押さえ、涙ぐみながら口を開いた。

「そうですよ、米沢さん。陽介さんの美月への想いを、あなたもよくご存じのはずです。なのに、このような大騒ぎになってしまって……陽介さんを傷つけたばかりか、米沢家の信用まで落ちてしまいますよ」

靖彦は何も言わなかった。美月の青白い顔を見つめると、その瞳に浮かぶのは、妹を案じる兄の苦しみだった。

「……美月」

小さく息を吐き、静かに肩を抱き寄せる。

「もしかしたら、本当に疲れすぎているのかもしれない。

茶々丸ももう歳だからな。どこか具合が悪い可能性もある。一番いい病院で診てもらおう。だから今は、自分の身体を休めることだけ考えなさい」

その言葉に、美月は力なく頷いた。もう抵抗する気力も残っていない。

陽介に支えられながら、ゆっくりとベッドへ戻る。

「ごめんなさい……陽介。私……少し、おかしくなってたかもしれない……」

陽介は優しく布団を掛け直し、穏やかに微笑んだ。

「気にしなくていいよ。少し眠れば、きっと落ち着くから」

看護師に抱かれた赤ん坊が、心の中で楽しそうに笑う。

(あははっ!米沢家の人たちって、本当にバカばっかり!これで数千億の財産は全部私のもの!)

一方――

ワゴンの隠し収納から聞こえる赤ん坊の声は、消え入りそうだった。

(ねこさん……私……お星さまになっちゃうの……?

暗いよ……眠いよ……ママ……バイバイ……)

冗談じゃない!

私が12年も守ってきた大切な家族を、こんな腐った連中に傷つけられてたまるか!

まして、生まれたばかりのあの子が――一度もお母さんに抱かれることなく、このまま命を落とすなんて。

そんな結末、絶対に認めない。

(全員まとめて、そこをどけ!)

怒りが全身を駆け巡り、視界が真っ赤に染まった。

私は低く唸り、後ろ足へ力を込めた瞬間、筋肉が限界まで膨れ上がった。

ビシィッ!!

特製の捕獲ネットが、悲鳴を上げて裂ける。

誰もが息を呑む中、私は一直線にワゴンへ飛びついた。

狙うのは――底。隠し収納がある場所だ。

ドォンッ!!

全体重を乗せた体当たりで鋼板が歪む。

骨が軋む音と、金属がぶつかる音が同時に響いた。

ワゴンは勢いよく宙へ跳ね上がり、そのまま床へ叩きつけられる。

ガシャァン!!

凄まじい衝撃で、底に隠されていた引き出しが音を立てて崩れ落ちた。

そして次の瞬間――

小さな赤ん坊が、全身を紫色に変え、固く目を閉じたまま、美月のベッドの前へ転がり落ちた。

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