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81:悔悟

last update Fecha de publicación: 2026-11-02 20:46:29

「社長、奥様。まず、事件当夜の大学病院の状況についてですが……奥様が仰った通り、午後6時頃に1階の廊下の火災報知器が何者かによって押され、エレベーターが一時的に停止した記録が残っておりました」

「やっぱり、あのベルは誰かがわざと鳴らしたものだったのですね。その時、警備員の制服を着た男の人が来て、私を西側の非常階段へ誘導したんです。そして階段の踊り場に、まどかさんがいました」

 透子が身を乗り出して言うと、高木は申し訳なさそうに首を横に振った。

「それが、奥様……。病院の警備会社に確認したところ、当時その廊下にいた正規の警備員はおらず、外部の人間が制服を着用して紛れ込んだ可能性が高いとのことでした。しかし、肝心の西側非常階段の出入り口と裏口付近の防犯カメラが、ちょうどその時間帯だけシステム点検のエラーという形で録画が停止しておりまして、冷泉院まどか様や偽の警備員が映った映像は一切残っていなかったのです」

「そんな。カメラが止まっていたなんて……」

 透子はこの事件に根深いものを感じる。

 まどかは確か
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  • 身代わり花嫁の契約結婚   86

     そして7日目の夜、弦也の誕生日当日。 作業台の上の小さな絵画は、描かれた当時の柔らかい春の色彩を完全に取り戻していた。 透子は修復が終わった絵の表面を、そっと指先で触れた。(弦也さんのお祖父様は、本当に優しい絵を描かれる人だわ。きっとこの絵のように温かい心の持ち主だったのね) 時計を見上げると、時刻は午後9時を回っている。 先ほど窓の外を見ていた時、弦也の車が帰宅するのが見えた。 透子は修復を終えた小さな絵画を小箱に入れて、両手で胸に抱えて離れを出た。「きっと、これを見れば弦也さんもあの頃のことを思い出して、私の話を聞いてくれるはずだわ」 冬の冷たい夜気を吸い込んで、透子は母屋の階段を上る。 2階の奥にある弦也の書斎へと向かった。 絨毯の敷かれた静かな廊下を歩き、書斎の扉の前まで来た時だった。 いつもなら固く閉ざされているはずの書斎の扉が、数センチだけわずかに開いており、中から部屋の明かりが細い線になって漏れていた。 ノックをしようと手を伸ばした透子の耳に、中から聞こえてくる高い女性の声が飛び込んできた。 どうやらスピーカーでビデオ電話をしているらしい。そういえば今日は東堂邸で姿を見ていなかった。「……ねえ、弦也さん。今日は弦也さんのお誕生日だから、お祝いが言いたくて電話したのよ。本当はお屋敷でお祝いしたかったのに、どうしても帰れなんて言うんだから。それに、どうしてそんなに怖い顔をしているの?」 冷泉院まどかの声だった。 透子は思わず足を止めて、開いた扉の隙間から中をうかがった。 書斎のデスクの前に立つ弦也に対し、まどかが甘えるような声を出しいる。「ねえ弦也さん。いつまでお姉様と結婚しているの? そろそろ止め時じゃなぁい?」 まどかの言葉に、廊下に立つ透子の胸が激しく波打った。「せっかくできたお腹の子どもだって、結局いなくなってしまったじゃない。お祖母様の病気も治ったのだし、もう透子お姉様をこのお屋敷に置いておく理由なんて、どこ

  • 身代わり花嫁の契約結婚   85:報われない思い

     弦也の誕生日まで、あと7日。  このまま何もせずに距離が開いていくのを待っているだけでは、本当に2人の心は離れ離れになってしまう。(もう一度、弦也さんとちゃんと向き合って話がしたい。そのために、私にできることをしよう) 透子はコートを羽織り、久しぶりに庭の奥にある離れのアトリエへと足を運んだ。 暖房の切れた静かなアトリエに入る。 もう何ヶ月もあまりアトリエを使っていなかったから、空気は冷え切っている。 けれどミキがこまめに掃除をしてくれたので、汚れもホコリもない。 透子は保管棚の一番奥から、白い布に包まれた小さな木枠の絵画を取り出した。 大きさはノート一冊分ほどの、ごく小さな風景画だった。 これは一昨年の初夏、祖父の大きな庭の絵を修復した後に、弦也の書斎の片隅の棚にひっそりと置かれていたのを透子が見つけたものだ。  相良の話では、弦也が10歳の誕生日に祖父から直接プレゼントされた思い出のスケッチ画で、弦也が長年大切にしていた形見の品だという。 表面のワニスが酸化して曇り、額の角が少し欠けていたため、透子は「いつかきれいに直して、弦也さんの誕生日に驚かせよう」と、相良に頼んでこっそり預かっていたのだった。 しかしその後は他の修復の依頼が舞い込み、そうしているうちに透子の妊娠が判明した。  医師から有機溶剤や古い顔料を扱う作業を止められたため、手をつけられないまま棚の奥に眠っていたのだ。 透子は作業台の上にその小さな絵を置いて、自分のお腹をそっと撫でた。「……もう溶剤を使っても、お腹で苦しがる子はいないのね」 ぽつりとこぼれた言葉に、視界がにじみそうになる。透子はすぐに涙を拭ってエプロンを結んだ。(悲しみに暮れているだけでは、あの子もきっと喜んでくれない) 今はこの透子の手で弦也の大切な思い出の品を蘇らせ、彼に笑顔を取り戻してもらうのだ。 その日から7日間、透子はアトリエに籠もって修復作業に打ち込んだ。 まだ事故後の負傷と体力が完全には戻っておらず、長時間立ちっぱな

  • 身代わり花嫁の契約結婚   84

    「そんなはずはありません! 口裏を合わせているだけです!」 透子は必死に言い募ったが、弦也は首を振った。「透子、落ち着いてくれ。火災報知器やカメラの件がある以上、誰かが君を狙ったのは事実だろう。だが俺は、昔からの幼馴染であるまどかが、自分の手で妊婦を階段から突き落とすような直接的な凶行に及んだとまでは思えない。おそらく、先日の株主総会で俺に追い落とされた義隆叔父さんたちの残党か、俺に恨みを持つ連中が、俺を苦しめるために君を狙ったんだ」 弦也は両手で自分の顔を覆うようにして、苦しげに言葉を継いだ。「すべては俺が社内の争いで多くの敵を作り、君を東堂家の跡目争いに巻き込んだせいだ。犯人が誰であれ、君と子供を傷つけた原因は俺自身にある。……これ以上、こんな話をして体を消耗させないでくれ。部屋へ戻って休むんだ」 弦也は透子の肩に手すら触れようとせず、そのまま1人で応接室を出て行ってしまった。(どうして! 私が自分の目で見たと言っているのに、まどかさんのアリバイの方を信じるの……?) 弦也が自分を責めていることは強く感じた。 けれどそれ以上に、自分の必死の訴えが夫に届かず、まどかの「流産のショックで見えた幻覚」という言葉を否定してもらえなかったことが、透子の心を深くえぐっていた。◇◇ それからさらに時間が過ぎ、2月に入った。 屋敷の中の空気は、透子が嫁いできた1年前の春よりもさらに重く冷え切っている。 弦也は朝早くに会社へ出て行き、夜は透子が眠った後の深夜に帰宅して、そのまま書斎のソファで仮眠をとる生活を続けていた。 食事も一切共にしようとせず、廊下で顔を合わせても、短い挨拶だけで目を逸らして通り過ぎていく。 ある日の午前中。1階の廊下を掃除していたミキが、通りかかった相良に悲しそうな声で話しかけた。「相良さん、旦那様と奥様、あれから一度もちゃんとお話をされていないみたいです。せっかく退院されたのに、旦那様がまるで奥様

  • 身代わり花嫁の契約結婚   83

    「しらばっくれないでください! 偽の警備員を使って私を階段に誘い込んで、倒れた私の前で誰かに電話をしていたのも、私は意識が遠のく中でちゃんと聞いていたんです!」 意識を失いつつあった透子は、電話の相手までは知らない。ただ電話の声を覚えているだけだ。 それでも突き落としたのはまどかで間違いない。あの時彼女が身に着けていた、ルビーのピアスの禍々しい赤い光ですら脳裏に焼き付いている。 弦也が鋭い声でまどかに問いただした。「まどか、透子の言っていることは本当か。あの日の夕方、君はどこにいた」 まどかはみるみるうちに瞳に涙をためると、弦也に向かって首を横に振った。「違うわ、弦也さん! 信じて! あたしはあの雨の日の夕方、ずっと自宅でお母様や茶道の先生と一緒にいたのよ! 病院になんて一歩も近づいていないわ! 屋敷の使用人だってみんな証言してくれる!」 まどかは白いレースのハンカチを取り出して目元を押さえた。心底痛ましそうな声で透子を見る。「ああ、なんて可哀想な透子お姉様……。大事なお腹の赤ちゃんを亡くされたショックがあまりにも大きすぎて、心までおかしくなって、そんな恐ろしい幻覚を見るようになってしまわれたのね……。あたしが以前、お姉様にきついことを言ったから、あたしのことを悪魔みたいに思い込んでしまわれたんだわ……」 まどかはすすり泣きながら、テーブルの上にユリの花束を置いた。「だから去年、あたしのことを階段から突き落としたのね。意地悪なことを言ってしまったから、仕返しで嫌がらせをしたのね。そして今回、ご自分が落ちてしまった時にあたしのことを思い出した。そうでしょう?」 そして、花束の陰で弦也から見えない角度で、まどかは透子だけに見えるように口角を吊り上げる。 勝ち誇ったような冷たい笑みを浮かべてみせた。『証拠なんてどこにもないわよ、身代わりのお姉様』とでも言いたげな、悪意に満ちた目だった。「あたし、お姉様が落ち着かれるまで、もう東堂のお屋敷には近づかないようにするわね

  • 身代わり花嫁の契約結婚   82

    「俺も彼女のことは昔から知っている。確かにわがままで困った性格ではあるが、人1人を……ましてや仮にも家族である君を、殺しかねない手段に出るなど……」「…………」 透子はもはやまどかを家族とは思っていないし、まどかとて思っていないだろう。あれほどの憎しみと殺意を向けてきたのだから。 けれど彼女を子供の頃から知っている弦也としては、すぐに信じられない気持ちも理解はできた。(弦也さんにとっては、彼女はいつまでも無邪気な幼馴染なのね) 透子は皮肉に考える。無条件で信じてもらえない悲しみが、ひたひたと胸に満ちていった。◇◇ と、その時。 接室の扉がノックされ、執事の相良が硬い表情で入ってきた。「旦那様、お話中に恐れ入ります。玄関に、冷泉院まどか様がお見えになっております。奥様が退院されたと聞いて、どうしてもお見舞いを申し上げたいと……」「まどかが……?」 透子が顔を上げると、弦也は立ち上がって相良に言った。「追い返せ、と言いたいところだが、ちょうどいい。本人から直接話を聞いてやる。ここへ通せ。高木は一度下がっていてくれ。……透子はどうする? 負担ならば下がってくれて構わないが」「いいえ。彼女は私に会いに来たのでしょう? ここで会います」 透子は青ざめながらも、視線を下げることはしなかった。 弦也にまどかを会わせれば、どうせ都合のいいことを吹き込むに決まっている。(立ち向かわなければ) そして、赤ちゃんを失わせた償いをさせなければ。 透子は強く手を握りしめた。 高木がファイルを抱えて退室する。 入れ替わるようにして、黒い上品なコートを着たまどかが応接室へと入ってきた。 彼女の手には白いユリの花束が抱えられていた。

  • 身代わり花嫁の契約結婚   81:悔悟

    「社長、奥様。まず、事件当夜の大学病院の状況についてですが……奥様が仰った通り、午後6時頃に1階の廊下の火災報知器が何者かによって押され、エレベーターが一時的に停止した記録が残っておりました」「やっぱり、あのベルは誰かがわざと鳴らしたものだったのですね。その時、警備員の制服を着た男の人が来て、私を西側の非常階段へ誘導したんです。そして階段の踊り場に、まどかさんがいました」 透子が身を乗り出して言うと、高木は申し訳なさそうに首を横に振った。「それが、奥様……。病院の警備会社に確認したところ、当時その廊下にいた正規の警備員はおらず、外部の人間が制服を着用して紛れ込んだ可能性が高いとのことでした。しかし、肝心の西側非常階段の出入り口と裏口付近の防犯カメラが、ちょうどその時間帯だけシステム点検のエラーという形で録画が停止しておりまして、冷泉院まどか様や偽の警備員が映った映像は一切残っていなかったのです」「そんな。カメラが止まっていたなんて……」 透子はこの事件に根深いものを感じる。  まどかは確かに裕福な冷泉院家の令嬢だが、浅はかな性格でもある。1人でそこまで周到に準備ができるものだろうか?(でも待って。たしかあの時、彼女は電話をかけていた……? 私はほとんど気絶していたから、電話の声がしたのをぼんやり覚えているだけだけれど。協力者がいる?) 透子の思考は高木の言葉でさえぎられる。「さらに、当夜に奥様の緊急処置を担当した大学病院の当直医についても調べました。奥様を普段診察していた主治医の女性医師は、あの火災報知器の騒動の直前に別の病棟へ呼び出されており、代わりに急患として運ばれた奥様の処置を1人で担当したのは、別の関連病院から非常勤で入っていた中年の男性医師でした」 高木は続ける。「その医師は『非常階段の下で倒れている奥様を院内のスタッフが見つけて処置室へ運び込んだが、すでに手遅れだった。冷泉院家とは面識もない』と証言しています。その医師個人の口座や病院への寄付金の流れも調べさせましたが、裏金が動いたような形跡や冷泉院家との繋がりを示す証拠は何一つ見つかりませんでした」 高木の報告を

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