Share

第2章:3

Author: 社菘
last update Last Updated: 2025-07-11 18:00:20

ただの王女が政治的な話の助言をするなんて不審がられるかと思ったけれど、シルヴァンはロレインの言葉一つ一つを聞き漏らさないよう真剣に聞いていた。言葉遣いが『ロレイン』に戻っていたかもしれないけれど、今はそんなことよりもシルヴァンの態度がただただ嬉しかったのだ。

「あなたの助言を元に策を練ってみます」

「あ、陛下……グラシアル王国への打診は慎重に行う必要があります。あの国は中立を保つために、どちらかに肩入れしていると思われることを極度に嫌いますから」

「なるほど。では、どのようなアプローチがいいとあなたは思いますか?」

「宗教的な大義名分を前面に出すのはいかがでしょう? 『大陸の平和は神々の意志』『戦争による破壊は神殿への冒涜』といった形で、宗教会議としての仲裁を依頼するのです」

「なるほど……それなら思想を重んじるグラシアル王国も断りにくいでしょうね」

「あとは、交渉が成立した場合の具体的なメリットも用意しておくべきです。ヴァルモン魔国には技術協力と貿易拡大、グラシアル王国には仲裁成功の名誉と三国間貿易の利益など……」

「三者にとって、争うよりも協力したほうが得だと思わせる関係を作り出す、ということか……参考になります」

今までのロレインの提案を聞いたシルヴァンは話を頭の中で整理しているのか、じっと床を見つめて微動だにしない。そんな姿を見ると、ロレインはちゃんと彼に助言できたのだなと思えて頬が緩むのが分かった。

「明日、早速宰相のクラウスと外務大臣に相談してみます。あなたの提案を具体的な外交戦略として練り上げてみますね」

「お役に立てたのであれば幸いです」

「本当はこんな話をしに来たわけじゃなかったんですが……あなたのおかげで、希望の光が見えてきました」

シルヴァンが柔らかな笑みを向けて、ロレインの心臓が大きく跳ねた。そしてソファから立ち上がるシルヴァンの服の裾を、無意識にきゅっと握りしめてしまったのだ。

「……どうか、な

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 身代わり花嫁の女装王子は狼陛下を遠ざけたい   第3章:1

    城下町での一日から数日が経った。ロレインは狼に正体を打ち明けたことで少しだけ心が軽くなったものの、シルヴァンとの関係は以前にも増して複雑になっていた。彼の優しさに触れるたび、罪悪感と愛情が入り混じって胸が締め付けられていた。「ロレイン様、今日は皇帝陛下とお茶会の予定ですね」「ああ、そうだったな。政務の合間に時間を作ってくれるなんて……申し訳ないよ」フィオナに身支度を整えてもらいながら、ロレインは複雑な気分だった。最近シルヴァンと過ごす時間が増えるたび、彼への気持ちが深くなっていく。それと同時に、嘘をついている罪悪感も強くなるのだ。「でも、とても嬉しそうなお顔をしていらっしゃいますわ」「そ、そんなことないよ……」「ふふ、素直になられたほうがよろしいのではないでしょうか? 最近は陛下とお食事をされる時間も増えて、とてもお幸せそうで」フィオナの言葉に頬を染めながら、ロレインは王宮の庭園へ向かった。今日は宰相クラウスからの提案で、シルヴァンと共に庭園で午後のお茶を楽しむことになっていた。政務の合間の息抜きということだったが、最近また忙しくしているシルヴァンとは朝食以外で久しぶりに二人きりの時間だった。庭園に設けられた白いテーブルにはすでにシルヴァンが座っていて、ロレインの姿を見ると優しく微笑んだ。今日も黒を基調とした服装だが、どこか柔らかい印象で、以前の近寄りがたい雰囲気は完全に消えていた。「リリア、今日も美しいですね」「あ、ありがとうございます……陛下こそ、お疲れではありませんか?」「あなたの顔を見ると疲れも吹き飛びます」シルヴァンの率直な言葉に、ロレインの心臓がドキリと跳ねた。こんな風に愛情を込めて見つめられると、自分が偽物だということを忘れそうになってしまう。「どうぞ、お座りください」シルヴァンが椅子を引いてくれて、ロレインは少し照れながら腰を下ろした。テーブルには美しい磁器のティーセットと、色とりどりの小さなケーキやクッキーが並んでい

  • 身代わり花嫁の女装王子は狼陛下を遠ざけたい   第2章:7

    城下町から帰ったロレインは、一人になると急に疲れがどっと押し寄せてきた。今日一日、『リリア』として完璧に振る舞い続けたが、特に少年に手の大きさを指摘された時は本当に心臓が止まるかと思ったことを思い出し、自室で深いため息をついた。「お疲れ様でした、ロレイン様」「ああ、フィオナ……ありがとう。でも、楽しかったよ」フィオナの手によってドレスを脱ぎ、普段着に着替えると少しだけ肩の力が抜けた。それでも心の中のもやもやは晴れない。「ジェイクさんからも、ロレイン様が楽しそうだったっておっしゃってましたよ。陛下もお優しかったとか」「……そうだね。あいつには恥ずかしいところを見せたから気まずい」フィオナの言葉に、ロレインは複雑な表情を浮かべた。確かにシルヴァンは優しかった。手の大きさを指摘された時もさりげなくフォローしてくれたし、ネックレスを買ってくれたり、ルビーベリーを5箱も注文してくれたり。でも、その優しさは全て『リリア』に向けられたものだ。もし彼がロレインの正体を知ったら、果たして同じように接してくれるだろうか。「フィオナ、今夜は一人になりたいんだ。もう休んでくれ」「でも、お着替えや髪のお手入れが……」「大丈夫。自分でやるから」「……分かりました。何かございましたらいつでもお呼びください」フィオナが部屋を出て行った後、ロレインは窓辺に座って夜の庭園を眺めた。月は少し欠けているが、それでもルナ・ブルーの花々が仄かに光っているのが見える。あの夜、ここで出会った狼のことを思い出した。あの時も心が休まらなくて庭園に降りたのだ。今夜もまた、同じような気持ちで――「あれ……?」庭園の奥で、何かが動いているのが見えた。大きな黒い影が、月明かりの下でゆっくりと歩いている。――あの時の狼だ。ロレインは思わず身を乗り出した。前回会った時と同じように、その狼はロレインの部屋を見上げ

  • 身代わり花嫁の女装王子は狼陛下を遠ざけたい   第2章:6

    ルビーベリーを購入したあと、二人は街歩きを続けた。次に向かったのは広場で、そこには多くの市民が集まって朝市を開いていた。「すごい人ですね……」「毎日この時間帯はこうやって市場を開いているんですよ。ただ、今日は……あなたを一目見ようと集まってきているようです」確かに、ロレインたちに気づいた市民たちがざわめき始めていた。しかしそれは敵意のあるものではなく、むしろ興味深そうな視線だった。「皇后陛下、とてもお美しいわねぇ……」「皇后陛下は人間の国からいらしたんですよね? ようこそアストライア帝国へ!」市民たちから温かい声がかけられ、ロレインは安堵した。獣人の国に嫁いできた人間の王女を、みんなが受け入れてくれているようだ。「ありがとうございます。皆様に温かく迎えていただけて、とても嬉しいです」ロレインが丁寧にお辞儀をすると、市民たちからは拍手が起こった。「見て、皇帝陛下もあんなお顔で笑うのね」「きっと皇后陛下がお美しいからよ」シルヴァンの様子の変化は市民たちも分かるのか、ロレインの隣で微笑んでいるシルヴァンを見てコソコソと噂を立てている。ロレインにも聞こえるほどの声だから、狼の耳を持つシルヴァンにはもっと鮮明に聞こえているだろう。だからなのか、彼の顔がほんのり赤く染まっている気がした。シルヴァンの顔を見上げながらロレインは¥が自然と笑みを溢していると、群衆の中から一人の少年が走り出してきた。犬の獣人の子供で、足がもつれたのかロレインの足元に倒れ込んできた。「わっ、大丈夫? 怪我はない?」ロレインが咄嗟にしゃがんで少年を支えると、少年は涙目でロレインを見上げる。助けてくれたのが皇后陛下だと認識した彼は幼いながらもピシッと姿勢を正し、泣きながら頭を下げた。「こ、皇后陛下……すみませんでした……!」「謝ることはないわ。どこか痛いところはある?」優しく声をかけな

  • 身代わり花嫁の女装王子は狼陛下を遠ざけたい   第2章:5

    約束の休日、ロレインは朝から緊張していた。城下町に出るということは大勢の人に見られるということであり、女装がバレる可能性が高くなる。フィオナが選んでくれた濃紺のシンプルなドレスは確かに目立たないが、それでも不安は拭えなかった。「ロレイン様、きっと大丈夫ですわ。今日のお召し物もとてもお似合いです」「ありがとう、フィオナ。でも緊張するなぁ……」「私も一緒に参りますから、あまり緊張せずに。意識しすぎるとかえって不審ですよ」今日は護衛としてジェイクがついてきてくれると言うので、多少安心だ。事情を知っている人が近くにいれば、もし危機的な場面に遭遇しても何とかなるだろう。約束の時間に王宮の正門へ向かうと、普段の黒い正装ではなくロレインと同じ濃紺の服を着たシルヴァンが待っていた。偶然なのかフィオナを含めシルヴァンの侍女と示し合わせたのか分からないが、ロレイン自身は意図せず同じような服になってしまって恥ずかしさが込み上げてきた。「おはようございます、リリア。昨夜はよく眠れましたか?」「ごきげんよう、陛下。おかげさまで、ぐっすりと」「それはよかった。……お似合いですね」「え?」「濃い色のドレスが、あなたの白い肌を際立たせているなと思いまして」シルヴァンの褒め言葉に頬が染まる。いつもの威厳ある皇帝の姿とは違う、年相応の青年らしい彼の姿にロレインの心は躍った。「護衛は少し離れたところから見守ってもらいます。できるだけ自然に街を歩きたいので」「分かりました」「では……どうぞ」「?」「う、腕を組もうかと、思いまして……」「あ、ああ! はい、お願いします……っ」馬車から降りて、シルヴァンと腕を組みながら石畳の通りを歩き始めた。朝の城下町は活気に満ちていて、商人たちが店を開く準備をしていたり、パン屋からは香ばしい匂いが漂ってきたりと、レグルス王国とはまた違った雰囲気があった。

  • 身代わり花嫁の女装王子は狼陛下を遠ざけたい   第2章:4

    翌朝、ロレインはいつもより早く目が覚めた。昨夜のシルヴァンとの会話が頭から離れず、結局あまり眠れなかったのだ。特に「"リリア"と、お呼びしても?」と照れながら尋ねた時の彼の表情が脳裏に焼き付いて、思い出すたびに胸がざわついた。「ロレイン様、お目覚めですか? 朝食の時間まではまだ余裕がございますが……」「フィオナ、もう起きてるよ。あまり眠れなくて」「お疲れのご様子ですね。昨夜、皇帝陛下がいらしてから何かございましたか?」フィオナの問いかけに、ロレインは昨夜の出来事を思い返した。シルヴァンの政治的な相談に乗ったこと、そして名前で呼び合う約束をしたこと。どちらも『リリア』として経験したことなのに、なぜかロレイン自身の心が大きく動かされていた。「……政治の話を少ししただけだよ。でも、朝食を一緒にとることになったんだ」「まあ、そうなんですか……! だから使用人たちがざわついていたのですね」「ざわついてた?」「はい。リリア様の好物を料理長にしつこく聞かれたりして……」「そ、そっか、そうなんだな……」シルヴァンが『リリア』の好物を朝食に出すと言っていたから、きっと彼の指示だろう。シルヴァンが知りたがっているのはリリアであって、ロレインではないというのに彼の優しさに胸が甘く締め付けられた。「フィオナ、俺はどこまでこの嘘を続けられるかな……」「ロレイン様?」「いや、なんでもない。朝食の準備をしよう」フィオナの手によって薄いピンク色の朝食用ドレスに身を包んだロレインは、約束の時間にダイニングルームへ向かった。扉を開けるとすでにシルヴァンが席についていて、ロレインの姿を見るとパッと顔を輝かせた。「おはようございます、リリア」名前で呼ばれた瞬間、ロレインの心臓が大きく跳ねる。昨夜お願いしたばかりだというのに、もうこんなにも自然に名前を呼んでくれるなんて。た

  • 身代わり花嫁の女装王子は狼陛下を遠ざけたい   第2章:3

    ただの王女が政治的な話の助言をするなんて不審がられるかと思ったけれど、シルヴァンはロレインの言葉一つ一つを聞き漏らさないよう真剣に聞いていた。言葉遣いが『ロレイン』に戻っていたかもしれないけれど、今はそんなことよりもシルヴァンの態度がただただ嬉しかったのだ。「あなたの助言を元に策を練ってみます」「あ、陛下……グラシアル王国への打診は慎重に行う必要があります。あの国は中立を保つために、どちらかに肩入れしていると思われることを極度に嫌いますから」「なるほど。では、どのようなアプローチがいいとあなたは思いますか?」「宗教的な大義名分を前面に出すのはいかがでしょう? 『大陸の平和は神々の意志』『戦争による破壊は神殿への冒涜』といった形で、宗教会議としての仲裁を依頼するのです」「なるほど……それなら思想を重んじるグラシアル王国も断りにくいでしょうね」「あとは、交渉が成立した場合の具体的なメリットも用意しておくべきです。ヴァルモン魔国には技術協力と貿易拡大、グラシアル王国には仲裁成功の名誉と三国間貿易の利益など……」「三者にとって、争うよりも協力したほうが得だと思わせる関係を作り出す、ということか……参考になります」今までのロレインの提案を聞いたシルヴァンは話を頭の中で整理しているのか、じっと床を見つめて微動だにしない。そんな姿を見ると、ロレインはちゃんと彼に助言できたのだなと思えて頬が緩むのが分かった。「明日、早速宰相のクラウスと外務大臣に相談してみます。あなたの提案を具体的な外交戦略として練り上げてみますね」「お役に立てたのであれば幸いです」「本当はこんな話をしに来たわけじゃなかったんですが……あなたのおかげで、希望の光が見えてきました」シルヴァンが柔らかな笑みを向けて、ロレインの心臓が大きく跳ねた。そしてソファから立ち上がるシルヴァンの服の裾を、無意識にきゅっと握りしめてしまったのだ。「……どうか、な

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status