Masuk故郷の国で騎士副団長・ヨシュアは、妹・リリスの急死の報せを受ける。 ヨシュアはすぐに気づく――これは、仕組まれた事だと。 妹の死の直後、王都では「神に選ばれた聖女」として一人の少女・クララが現れる。 彼女はまるで物語の筋書きを知っているかのように振る舞っていた。 実はクララが転生者であり、妹リリスを殺して『聖女』としてなり替わったのである。 彼女が妹を殺したと確信したヨシュアは、ある禁術を用い、妹と同じ顔を持つ「双子の妹・アリス」へと成り代わる。 復讐のために、舞台に立つために、そして、クララの『物語』をぶち壊すために。 このお話は、転生者である少女をぶち壊し、殺された妹の無念を晴らす兄の話
Lihat lebih banyakメイヴの国境を、冷たい風が常時蹂躙していた。
灰と砂を巻き上げる風は、金属の匂いを纏い肌を容赦なく刺す。
荒涼とした大地に築かれた砦は、凍てつくような孤独と、いつ果てるとも知れない戦いの匂いに満ちている。その最奥、簡素な執務室で、俺は報告書に目を滑らせていた。
壁の蝋燭がわずかに揺れ、筆跡の影が意味もなく蠢く。「……副団長。王都からの急使です」
「急使?」部下の声は、いつもより幾分か硬く、焦りを滲ませていた。
顔を上げれば、砂にまみれた黒いマントの使者が疲労と使命感に苛まれた顔で、やや躊躇いがちに封書を差し出す。 その所作の一つ一つが、ただならぬ事態を告げていた。 蝋封には、他でもない王国神殿の紋。 神聖にして不可侵、その厳かな印がこの荒れた国境の砦に届くこと自体が異常だった。 胸に、不快なざわめきが走った。 それは予感というにはあまりに冷たく、重く、底知れない不吉を伴う。 血潮が逆流するような、全身が凍りつくような感覚。 俺は黙ってそれを受け取り、ゆっくりと、しかし有無を言わせぬ所作で封を切った。 紙の硬質な感触が指先に鈍く伝わる。 わずかに震える指先は、まるで己のものでないかのように。 否、この世の全てが突如として現実味を失い、遠い幻覚のように感じられた。──リリス=グレイヴ、急性肺疾患により死去。
「……は?」
目の前の文字に、俺は思わず声を出してしまった。
あまりにも鮮烈な現実の暴力として、網膜に焼き付いた、たった十数文字。 簡潔にして無味乾燥、だがその羅列が告げる事実は俺の認識を根本から破壊する。何度読み返そうと、その事実は変わらない。妹の名がそこにあり、「死」の文字が記されている。
それは、冷たく、乾いた、ただの報告書。
しかし、その報告書は俺の全存在を嘲笑うかのようにそこに存在していた。「……病気、だと?」
俺は椅子を蹴り飛ばし、轟音を立てて報告書を机に叩きつけた。
木製の天板が軋み、蝋燭の炎が激しく揺らめく。怒りでも、混乱でもない──ただ、ただ信じられなかった。
信じたくなかった。理解することを拒絶した。
(……あの子が病気で死んだ?まさか、そんなはず)
リリスは幼い頃から病一つせず、その清らかな魂は常に奇跡に寄り添っていた。
神官すら目を見張るほど、彼女の存在そのものが神に祝福された証。 僅かな傷すら、翌日には癒えていたほどに。彼女の身体は、誰よりも神に愛されていたはずだ――だからこそ、聖女候補として王都に召し上げられたのだ。
その彼女が、突然の『急死』?
しかも死因はありふれた『急性肺疾患』? そして極めつけはこの内容。――遺体の返還は『事情により不可能』」
と言う言葉であり、不自然極まりない追記。
ふざけるな。それは「殺した」と告げているに等しい。「ふ、副団長!?」
俺は無言で執務室を飛び出す。
部下である男が自分を呼び止めたが、そんなのどうでも良かった。 扉が壁に叩きつけられる鈍い音が、その声が、遠く響くだけ。 耳鳴りのように、遠ざかる世界の音として。夜、砦の裏庭に出る。
冷たい風が、乾いた砂埃を巻き上げ、俺の熱を帯びた頬を撫でていく。 リリスが好きだった白花──メイヴローズが、風に揺れていた。 その白い花弁は、この星のどんな宝石よりも純粋で、穢れを知らなかった。――私、この花大好きなの。
乾いた土地に、彼女が幼い頃「白が好き」と植えつけた花。
その小さな命は、彼女自身のようにこの不毛な環境で奇跡的に咲いていた。 まだ、咲いている――俺の心臓が止まったかのように、世界が凍り付いたかのようなこの夜に、まだ。細く、儚いその茎を、俺は握り締めた。
指の力が、意志とは無関係に強まっていく。花弁が指の間で潰れ、きしりと──鈍い音がした。
その音は、俺の心臓の奥底で、何かが決定的に砕け散る音と重なった。「……お前は、病気なんかで死ぬような子ではなかっただろう」
声は、風に掻き消える。
その言葉が、誰に届くはずもない虚空へと吸い込まれていく。 ふと、頬を伝うものがあった。 肌に触れる冷たさに、涙かと思えば、違う。 汗でもない――ただ、夜気に冷え切った空気が、俺の右目の火傷を刺しただけだ。右目の周りが、じんと灼けるように痛んだ。
その痛みは、記憶の奥底に封じ込めていた鮮烈な炎の記憶を呼び覚ます。 昔、火事の中でリリスを庇い、負った火傷。 あの時、俺は彼女の命と引き換えにこの醜い傷と、そして彼女を守り続けるという誓いを得た。醜い傷――だが鏡に映るたび、思い知らされる。
あれは、あの子の命と引き換えに得た、俺の生だ。 その痛みが、俺が兄である証。 唯一の、家族の証。 何よりも尊い、俺とリリスを繋ぐ絆の証……それを、殺された?その絆を、引きちぎられた? その瞬間、俺の中で何かが音を立てて、砕け散る。 もう元には戻らない。 俺という存在を構成していた全てが、復讐というたった一つの感情に塗りつぶされる。 焼け焦げた花の匂いが、風に乗り掻き消されていく。 リリスの生きた証が、この世界から、そして俺の記憶から消え去ろうとしているかのように。たった一枚の報告書が、この世で最も愛しいモノを『死者』に変えたのだ。
俺は静かに、しかし、その内側に鋼鉄の意志を宿して拳を握り潰した。
指の骨が軋む音は、誓いのようだった。「世界中が許しても……俺は、絶対に、許さない」
俺の言葉は、もはや風には掻き消されない。
俺自身の魂に刻み込まれる、絶対的な命令だった。 夜空を見上げた。広がる星々の向こうにもし神がいるというのなら、連れ戻せ。 さもなくば、俺がすべてを奪い返す。お前が選んだ『聖女』を──この俺が、この手で、殺す。
風が吹いている。乾いた石と、草の匂いが混じった風だ。 嘗ては【聖女の祈り】が響いていた神殿跡。今では廃墟となり、祈りを捧げる者も、見上げる民もいない。 けれど――俺は、ここに立っている。 荒れ果てた神殿の階段に腰を下ろし、小さな灯火を手のひらに灯す。 それは、リリスが生前に使っていた祈祷具。割れていた欠片を修復し、こうして時折、火を灯している。 ――あれから幾年が過ぎただろう。 王都は再編され、神殿制度は歴史の中に沈んだ。人々はもう【聖女】という言葉を口にすることも少なくなった。 それでも、世界は回り続けている。 誰かが失われ、誰かが傷つき、それでも生きていく――それが、祈りを捨てたあとの、この世界だ。「……戻ってきたのか?」 背後から、聞き慣れた声がした。 振り返ると、黒衣の男――ルーカスが立っていた。 以前と変わらぬ鋭い目。けれど、どこか柔らかさを纏っている。「懐かしい場所だろう」「……ああ。だけど、少し寂しいな」 彼は俺の隣に腰を下ろす。 そして手を伸ばし、俺の手のひらの祈祷具に触れる。「リリスがいたら、何て言っただろうな」「「ようやく、肩の荷がおりたのではないですか?」って、笑うんじゃないか?」「……それ、結構的確かもな」 そのように会話をした後、俺とルーカスは、ふっと笑う。 この静かな時間が、いつまでも続くとは思っていない。 俺たちは罪を背負った。許し合ったわけでもない。ただ――手を取り合って、前へと歩き出しただけだ。「っ……」 ふと、体がふらついてしまい、それをルーカスが支える。 体を支えられたことに少し安心感を覚えながら、ルーカスに目を向けると、変わらない顔をしているのだが何処か心配そうな顔をしているのもわかった。 あと、どのぐらい生きていられるのであろう? 数
数日後――王都を、離れる日が来た。 聖女制度が崩れ、神殿は政から手を引いた。 民は混乱しながらも、新たな時代に踏み出そうとしている。それでも、俺の中には何一つ「終わった」と思えるものはなかった。 もう、二度と大切な妹のリリスは戻ってこない。 復讐は果たした。けれど、それで心が癒えるわけではない。 俺は、妹の名を守った。そのために仮面をかぶり、偽りを纏い、多くの人を騙した。 それでも――誰よりも、俺が偽りだった。 神殿を出ると、通りには人が集まっていた。 嘗てアリスと呼ばれた【聖女】の最後の姿を見送ろうとする者たち。 中には、涙を浮かべて頭を下げる者もいた。 しかし、それを見ても俺は何も感じる事が出来ない――皮肉だ。 俺は聖女でもなんでもない。 ただ、|妹《リリス》を殺したこの国を許せなかった、怒りと執念の化け物だ。 それでも人々は、俺の祈りに救われたと言ってくる。 ……リリスなら、どうしただろうな。 リリスなら、きっと――笑って許したかもしれない。優しい子だったから。 門を抜ける――この道をまっすぐ進めば、都を出て遠く離れた地へと辿り着く。 もう戻るつもりはない。 この国の中で、これ以上生きていけるとは思えない。 それに、体が限界だった。 無理やり作ったこの体は、長く持つ事はない。 いつかは崩れ、滅びるかもしれない――禁術を使った為、どうせあと数年の命なのだとわかっていた。 微かに感じる痛みに耐えながらも、俺は進む。 ――これから俺は、何をしていけばいいのだろう、と願いながら。 ふと、背後で。重たい扉の音とともに誰かが駆け出してくる気配があった。 振り返ると、そこに――ルーカスがいた。 黒衣のまま、息を切らして、手を伸ばしている。「ヨシュア……!」 俺は足を止めた。 それでも、何も言わなかった。 この男に、今さらか
夜が、白み始めていた。 窓の向こう、空はまだ暗い。だが、確かに朝の気配が混じっている。俺は静かに身を起こし、ベッドから離れた。 体のあちこちに、まだ熱が残っている。それが何によるものか――考えるまでもなかった。 ルーカスは、眠っていない――横たわったまま、天井を見つめている。そのシャツはきちんと着られておらず喉元がわずかに露わになっている。 俺は何も言わず、上着を手に取った。「……」 この部屋に、これ以上いる理由はない。 いや――本当は、理由はある。ただ、それを選べないだけだ。 扉に手をかけた、その瞬間。「……行くのか」 背後から、ルーカスの声がしたが、俺は返事をしないまま、俺は外へ出た。 離宮の回廊を抜けると、雨が降っている――夜明け前の、冷たい雨。 すぐに、服が濡れる。それでも構わず、俺は立ち尽くした。 頭の中が、空っぽだった。 祈りも、怒りも、復讐も――すべて一度、終わってしまったような感覚。 その背後で、足音がする。 振り返る前に、肩に何かがかけられた。タオルだ。まだ、温かい。「風邪を引くぞ?」「……」 ルーカスは、雨の中に立っており、彼もまたシャツが乱れたままだ。 その姿を見た瞬間、胸の奥が痛んだ。 俺は、唇を噛みしめて言った。「……俺は、お前を許すことが出来ない」 声は、震えていなかった。「きっと、これからもだ。俺はお前を憎む……間違いなく、これからだ」 ルーカスの目が、わずかに揺れる。「俺の大事な妹を殺したのは……お前だからだ」 雨音が、その言葉を飲み込む。 しばらくの沈黙のあと、ルーカスは静かに頷いた。「……ああ、それでいい」 ルーカスは、静
ルーカスの指が、俺の背を撫でている。熱を帯びたその手のひらが、肩から腰へとゆっくりと滑っていく。どこにも急ぎはなく、ただ、俺が逃げ出す気配を探るように――優しく、慎重に。 俺はもう動けなかった。 殺すことも、拒むことも。そして、離れることも。「――ヨシュア」 名前を呼ばれるだけで、胸の奥が震える。 妹を殺した男のくせに。それでも俺は、こいつの声が――たまらなく欲しい。「……触れろよ」 呟いた俺の言葉に、ルーカスの手がわずかに震える。それでもすぐに、彼の指先が俺の頬をそっと撫で、唇に触れた。 ぬるいキスだった。火傷のように熱くも、獣のように荒々しくもない。 ただ、誰よりも俺の輪郭を知っている手付きで、俺の唇を奪ってくる。 深く、舌を絡めながら、喉の奥まで侵食されていく。絡み合う唾液と舌の音が、静かな室内に淫らに響いた。「……んっ、ぁ……く、っ」 息も声も、何もかも全てルーカスに支配されていく。 気づけば俺の身体は完全に晒され、下肢すら、彼の手の中でゆっくりと扱かれていた。「……反応してる」 ルーカスがくぐもった声でそう言い、俺の首筋に舌を這わせた。 その声が――悔しいほどに優しくて、息が詰まった。「殺したいくらい、憎んでるくせに。お前の身体は、俺に抗えない」「……っ!」 そう言いながらも、下腹部に走る快楽には抗えなかった。 弄ばれるように扱かれるたびに、腰が無意識に跳ね、吐息が荒くなり、声が漏れる。「ふ、ぁ……や、ぁ……っ」「喘ぐ声が、可愛い」「……くそっ……さ、さいてー……」 それでも、俺はルーカスを許してしまう。 触れられるたびに、心の
祭壇の間に残された余韻は、どこか現実味に欠けている。 それは熱狂の残り香であり、祝福のかたちをした虚無――人々が自らの手で作り上げ、信仰と歓喜を重ねて燃やした偶像の最後の熱のようなものだった。 ルーカス=アルヴィンは、その終わりの光景を誰よりも静かに見届けていた。式典が終わった後もなお、一人玉座の間を見下ろす席に腰掛け、沈黙の中で目を閉じている。 拍手も、讃美の声も、消えた。 だが、彼の脳裏にはまだ、一つの影が焼き付いて離れなかった。 ――あの【少女】。 現れたばかりの、聖女候補。アリスと名乗っ
王都神殿――その中心にある《祝福の塔》は、信徒の間での光が最も強く差し込む場所と呼ばれていた。 天に向かってひときわ高くそびえる純白の巨塔は、この国の信仰の象徴であり無垢なる聖女を迎え入れるにふさわしい、穢れなき聖域と。 その威容は、遠くから見ても人々の心を畏敬の念で満たすよう完璧に設計されていた。 しかし、その欺瞞的な美しさが俺の心をさらに深く抉る。 だが俺にとっては、そこが妹の命を勝手に奪い殺した奴らの冒涜的な場所としか見えなかった。 塔の壁を彩る細かな彫刻も、陽光を反射して輝く尖塔も、その白さが、嘘と偽善で塗り固められているように感じられ、胸の奥で煮え滾るような怒りが収まら
王都には、できるだけ目立たぬように入った。 国境警備の副団長という立場は、本来ならばこれほど容易に本拠地を離れられるものではない。 だが、日頃から俺が築き上げてきた【貸し】と裏で手を回した僅かな繋がりが数日の猶予を与えてくれていた。 それは、この忌まわしい事実の裏側を暴くための、決して譲れぬ時間だった。 騎士団の正式な用務ではなく、個人的な理由での滞在。 表向きは休暇として処理されたが、その目的はただ一つ──リリスを殺した者への復讐だ。 そのためには情報を色々と集めなければならないと思った。 王都の喧騒は国境の冷たい風とは異なる、しかし同じくらい俺の心をざわつかせる偽りの平穏
メイヴの国境を、冷たい風が常時蹂躙していた。 灰と砂を巻き上げる風は、金属の匂いを纏い肌を容赦なく刺す。 荒涼とした大地に築かれた砦は、凍てつくような孤独と、いつ果てるとも知れない戦いの匂いに満ちている。 その最奥、簡素な執務室で、俺は報告書に目を滑らせていた。 壁の蝋燭がわずかに揺れ、筆跡の影が意味もなく蠢く。「……副団長。王都からの急使です」「急使?」 部下の声は、いつもより幾分か硬く、焦りを滲ませていた。 顔を上げれば、砂にまみれた黒いマントの使者が疲労と使命感に苛まれた顔で、やや躊躇いがちに封書を差し出す。 その所作の一つ一つが、ただならぬ事態を告げていた。 蝋