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第4話

Author: タロイモ団子
紬は、娘が病気になっていたことをまるで知らなかった。

それでも日曜日になれば、二人の子どもにビデオ通話をかけようと思った。

紬はやはり母親であり、たとえそこに深い愛情がなくとも、果たすべき責任と義務はある。

電話をかけた時、芽依と悠真は、望美がイブニングドレスを試着するのに付き添っていた。

二日後には、崇が退院する。

本来なら、崇が退院した後は成哉が新浜に留まる必要はなく、海原に戻って事業の版図を広げ続けるはずだった。

しかし海原へ帰ることを思うと、芽依と悠真はどうにも名残惜しい。

二人とも、そんなに早く母親に会いたいとは思っていなかった。

ましてや、望美さんと離れたくなかった。

子どもたちがしょんぼりしているのを見て、望美は笑いながら二人の頭を撫でた。

「さて、二人とも、どうしてそんなに浮かない顔をしているのかしら……?」

一呼吸おいて、またわざとらしく言う。

「海原に帰るからじゃない?ママに会えるんだから、本当は喜ぶと思ったんだけどな」

その言葉に、芽依の目には涙が滲んだ。

小さな唇を尖らせ、思わず呟く。

「ママに会って何が嬉しいの?望美さんと離れたくないもん」

悠真もこくりと頷いた。

彼は少しだけ母親に会いたい気持ちもあったが、それ以上に望美と離れるのが辛かった。

「そっか……じゃあ、いいニュースを教えてあげる」

望美はわざと少し間を置き、口角を上げて告げた。

「私、海原で仕事があってね。しばらく海原にいることになるかもしれないの……だから今回は、私もあなたたちと一緒に海原に帰るわ!」

「本当?」

芽依はぱっと顔を輝かせ、歓声を上げた。

望美さんが一緒に帰ってくれるなら、ずっと会える――その考えが胸いっぱいに広がった。

ちょうどその時、紬から電話がかかってきた。

スマホのビデオ通話の着信音が続けざまに鳴り響き、芽依はわざと少し待ってから通話を切った。

紬は何度もかけ直してきたが、やがて芽依は痺れを切らし、紬をブロックリストに入れてしまった。

望美は笑いながら芽依の頭を指先でつついたが、叱ることはなかった。

「芽依ちゃん、どうしてママの電話に出ないの?」

「一昨日、わざと私に電話してくれなくて病気になっちゃったんだもん。ママ、意地悪だから、もう知らない!」

芽依は唇を尖らせて言い放った。

――どうせ二日後には海原へ戻る。これからはずっとママに会える。もしママは自分が望美さんと一緒に住むと知ったら、きっと不機嫌になるだろう。

芽依は、紬に自分たちと望美の生活を邪魔されたくなかった。

望美は芽依の頬を軽くつねり、にこやかに言った。

「芽依ちゃんが楽しいなら、それでいいのよ」

悠真は、芽依の行動はよくないのでは……と一瞬思ったが、望美の表情をちらりと見て、その考えを押し込めた。

パパは言っていた。望美さんはとても優秀で、他の女性とは違う、と。

その望美が芽依のしたことを間違っていると思わないなら、大した問題ではないのだろう。

それに、もうすぐ帰って母親に会えるのだから。

一方の紬は、全然つながらない電話を見て、しばし呆然とした。

このスマホは、紬が二人の子供のために特別に用意したものだ。

芽依は、見知らぬ人に自分のスマホを触らせるような子ではない。

紬は、子どもたちが新浜に行ってから距離を感じていた。

それでも、芽依にブロックされるとは夢にも思わなかった。

やはり心配になり、紬は別荘で子どもたちの世話をしている恵子に電話をかけた。

「奥様、坊っちゃまとお嬢様は望美さんによくお世話されていますよ。今は望美さんのお着替えに付き添っておられます」

望美の名前を耳にした瞬間、紬の胸に鋭い痛みが走った。

命懸けで産んだ子どもたちが、結局は別の女性に懐いているその現実。

「二人が元気なら、それでいいの」

紬は、芽依にブロックされたことには触れなかった。

彼女は子どもたちの性格を知っている。

幼い頃から甘やかされて育ったせいで、この程度のことで意地を張るのは珍しいことではない。

以前の紬なら、根気強く電話をかけ続けたに違いない。

けれど、今は……

ふと、どうでもよくなった。

子どもたちが無事だと分かっただけで、胸の奥が静かに緩んでいく。

芽依と悠真が自分を母親として心に留め続けるかどうか、それはもはや、紬の力でどうにかできることではなかった。

二日後、崇の病状は回復した。

成哉はすぐに海原へ戻り、天野家のビジネスをさらに拡大する方針を固めた。

出発に先立ち、芽依と悠真は学校でクラスメイトに別れを告げた。

配られたプレゼントは望美が準備したものだったが、受け取った子どもたちはどこか不満げだった。

「こういうバービー人形とか車って、もう時代遅れだよ。やっぱり君のお母さんが作ってくれたクマのケーキの方がいいな。どうして今回は持ってきてくれなかったの?」

仲の良い友達の何気ない言葉が、二人の胸に鋭く刺さった。

芽依は唇をきゅっと結ぶ。

あのクマのケーキは紬が作ったものだ。

作り方はとても複雑で、紬は何度も手を火傷させながら仕上げてくれた。

しかし、望美には作れない。

――ママがいてくれたらよかったのに。

悠真も、胸の奥にかすかな落胆を覚えた。

芽依が紬をブロックしてから、紬はまったく電話をかけてこなくなった。

もうずいぶん、ママの声を聞いていない。

ふと、ママに会いたいという気持ちが湧き上がる。

でも、もうすぐ会えるはずだ。

それにママが側にいることで、望美と過ごす時間が前より減ってしまうかもしれない。

一方その頃、成哉は子どもたちの心の揺れなど露ほども知らずにいた。

主人が海原へ戻ると聞いた慎之介が、気遣うように電話をかけてきた。

「成哉様、紬様はもう一週間、別荘にお戻りになっておりません。ご帰宅の件、お伝えいたしますか?」

成哉は眉根を寄せ、表情を冷たく引き締めた。

「その必要はない。帰ってこないのなら、新居を空けて俺と芽依、悠真、そして望美の四人で暮らす」

もともと成哉が新居に戻るのは、子どもたちに会うときだけだった。

紬が意地を張るのなら、彼女のために居場所を空けておく義理はない。

その頃、紬は元のアパートへ戻り、バルコニーでいくつか花を育て始めていた。

だが、紬はどうにも花の扱いが得意ではない。

それでも、結婚という束縛から解き放たれたせいか、心は以前よりずっと軽くなっていた。

隣に住む老人――神谷浩之(かみや ひろゆき)は、むしろ花や草が気の毒だと言わんばかりに、しょっちゅう紬に目を光らせた。

「お嬢ちゃん、花を育てるのが下手なら、やみくもに植えるんじゃない。この花なんて、あんたに水をやり過ぎて殺されるところだぞ」

浩之が丹念に手入れを終えると、隣人が気まずそうに紬に説明してくれた。

「紬さん、気にしないでね。神谷さん、最近ちょっと機嫌が悪いのよ。お孫さんが結婚したくないって反抗して、大喧嘩したんですって。それで家出して、ここに来たの」

紬はただ静かに微笑んだ。

天野家にいた頃はしきたりが厳しく、いつも振る舞いに気を遣わねばならなかった。

だからこそ、堅物で厳格な浩之の指導は、不思議と心地よかったし、花や草の手入れはずっと楽になった。

やがて二人の間には、年齢差を超えた柔らかな友情のようなものが芽生えていった。

夜。紬は帝大の先輩から誘いの連絡を受けた。

紬が人気イベント「和香百景」に足を運ぶと聞き、先輩の島崎美咲(しまざき みさき)は迷いなく同行を申し出た。

紬は大学でデザインを専攻していた。

その発想は鋭く、多くの作品が斬新だった。

学生時代、「Smile」というハンドルネームで美咲のスタジオに参加し、驚くほど優れた作品を次々生み出していたが、結婚を機に引退した。

美咲は自らの手でスタジオを育て、今や業界でも一目置かれる存在になっていた。

会場に入ると、彼女の周りには多くの人々が集まっていた。

キャリアを築いた女性の輝きは、ひときわ強い。

その場では、男性ですら添え物でしかないように見えた。

紬はその光景に、ふと目を伏せる。

この数年、夫と子供たちの世話を焼き続け、自分の夢はほとんど手放してしまった。

今の自分は、本当にあの頃のように輝けるのだろうか。

そんな思いを胸にのぞかせていると、美咲が紬へ歩み寄ってきた。

「今回のイベントね、新進気鋭のデザイナーが勢揃いしてるの。みんなを見てると、昔の紬を思い出すわ。あのとき、あなたをノヴァに引き留めておけばよかったって、今でも思うのよ」

ノヴァ――NOVA DESIGNは、美咲が学生時代に立ち上げたスタジオで、今の会社の前身だ。

紬は苦笑した。

「私がいなくても、ノヴァは十分素晴らしいものよ」

デザインの世界には新しい天才が次々と現れる。

ずっと光を浴び続けられる者などいない。

まして、紬は長い間、デザインに触れていなかった。

「私はそう思わない」

美咲はタバコに火をつけ、唇の端をふっと上げた。

「紬、ノヴァはあなたがいなくても動く。でも、デザイン界にあなたがいないことは、大きな損失よ。賢くて才能のある女性、特にあなたほどの人が、何かに足をとどまるべきではないと思うよ」

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Comments (1)
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山下正子
紬!夫、子にさようならして、輝いて自身を取り戻して...️貴女の存在価値を分からない輩は捨てる。w
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