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第5話

Author: タロイモ団子
紬はその言葉にそっと顔を上げ、展示された作品へと視線を向けた。長いまつげがわずかに震える。

美咲は眉を軽く上げ、楽しげに言った。

「神谷商事はここ二年、宝飾品からアパレルまで、新しい和風スタイルのデザイン開発と提携に力を入れてるの。それって、まさにあなたの得意分野じゃない。紬、戻ってきなさいよ」

美咲の口にした神谷商事という名を、紬はもちろん知っていた。

近年急成長を遂げ、特に実業界での存在感は群を抜いている。

その御曹司・神谷雅彦(かみや まさひこ)は若くして辣腕を振るい、冷酷非情とさえ噂されるほどの先見の明で有名だった。

美咲が神谷商事と手を組み、新しい和風スタイルの道を切り拓こうとしていることに、紬は驚かなかった。

ただ……

自分は果たして、もう一度デザインの世界へ戻れるのだろうか。

思考の淵に沈んでいた紬の耳に、不意に遠くから天野凛花(あまの りんか)の冷ややかで傲慢な声が届いた。

「紬さん?お母さんのお世話もしないで、こんなところで何してるの?」

凛花は成哉の妹であり、帝大が誇る才媛として知られていた。

紬が天野家に嫁いで以来、凛花は終始紬に冷たく当たってきた。

彼女は、男に頼って家庭に収まるだけで、実際には何の取り柄もない女――すなわち紬のような女を、心の底から嫌っていた。

紬もまさかここで凛花に出くわすとは思っていなかった。

彼女は多くを語らず、ただ「ちょっと寄っただけ」とだけ答えた。

「展示されてる作品は芸術的価値の高いものばかりよ。たとえ一番ありふれたデザインだとしても、あなたに理解できるような代物じゃないわ。お兄ちゃんと悠真くん、芽依ちゃんがもうすぐ帰ってくるんだから、そっちに集中したら?」

凛花の声音は冷え切っていた。

彼女にとって紬は、高学歴でデザインの才能があると聞いてはいたが、所詮は無名の人間にすぎない。

男に頼ることしかできない女に、何の価値があるのかと、常日頃から見下していた。

しかし紬は、その場で呆然と立ち尽くした。

成哉が、海原に帰ってくる?

指先がかすかに丸まり、胸の奥に苦いものが込み上げる。

離婚するつもりでいるのに、彼は子供たちを連れて帰ることさえ、自分には一言も知らせたくないのだろうか。

成哉にとって、自分はもう取るに足らない存在なのだ。

凛花は、紬と話す価値などないと判断していた。

立ち去ろうとしたとき、ふと母がずっと食べたがっていたシラウオの煮込みのことを思い出す。

「それから、時間がある時にシラウオの煮込みを作って持ってきて。どうせ暇でしょ。料理の腕だけは、まあまあなんだから」

気軽な調子で言いつける凛花。

いつもなら紬は当然のように引き受けただろう。

天野家に認められるため、どれほど面倒でも姑の望みには必ず応えてきた。

だが、今の紬はもう違った。

「ごめんなさい、私にも用事があるから。お料理は、シェフの方にお願いしてちょうだい」

凛花は眉をぴくりとひそめ、不快げに紬を見つめた。

――紬が自分の要求を断るのは、これが初めてだった。

用事って何?紬にそんなものがあるはずがない。

凛花は、心の中でそう吐き捨てた。

その時、凛花の親友の一人が、紬と凛花が言葉を交わしているのに気づき、凛花のそばへ歩み寄ってきた。

「凛花さん、こちらの方は?」

凛花はわずかに眉をひそめ、興味もなさそうに答えた。

「たいして親しくない友人よ。気にしなくていいわ」

紬の胸に、ひと筋の皮肉がよぎる。

自分は凛花の義理の姉であるというのに。

それでも成哉も凛花も、一度として紬を家族として扱ったことはなかった。

天野家で過ごした年月、身を粉にして尽くし、自分を犠牲にしてきたというのに、その扱いはまるで家政婦以下だった。

凛花が去ったのを見届け、紬はゆっくりと美咲に向き直った。

「先輩、さっきの話……考えてみるわ。ただ、デザインから長く離れていたから、がっかりさせないか心配だわ」

美咲は胸をなでおろし、悪戯めいた表情で言った。

「何を言ってるのよ。紬は、かつて名を馳せた『Smile』じゃない」

その言葉に、紬の目にふっと笑みが浮かんだ。

長くキャリアを離れていた。もしかしたら――本当に、自分の人生を取り戻すべき時が来たのかもしれない。

その夜。

成哉は望美を伴い、子供たちを連れて海原市へと飛んで戻ってきた。

海原に着くと、まず子供たちを連れて実家へ向かった。

絵美は、堰を切ったように不満をこぼし始める。

「もう一週間よ。紬が一度も顔を見せないなんて……このところ、ろくに食べられもしないし眠れもしないで、肌の調子まで悪くなったわ」

絵美は、紬の手厚い世話にすっかり慣れ切っていた。

紬がいた頃、絵美の枕は彼女が安眠できるよう特別に調香した香で焚きしめられ、食事も毎日手の込んだものばかりだった。

だが今回、紬は戻って以来、一度も天野家へ姿を見せなかった。

成哉は、それを気にする様子もなく、ただ母を宥めるように言った。

「代わりになる人を何人か探せばいいでしょ。どうせ大差ないから」

大差ない?

絵美は眉をひそめ、露骨に不満を浮かべた。

――差があるのよ、絶対に。

紬は人の世話をすることしか能がないくせに、この姑である私を放っておくなんて……どういうつもりなのか。

しかし、息子の言葉を無下にはできず、絵美は感情を飲み込んで静かに頷いた。

その後、一行は新居へ戻った。

慎之介の言った通り、紬の荷物はすべて消えていた。

二人の子供部屋でさえ、以前のような温もりある内装は影を潜め、どこか冷え冷えとした空気が漂っている。

それでも、成哉は気にも留めなかった。

紬が拗ねたいなら勝手にさせればいい。

そんなことで頭を下げて妻をなだめるつもりなど、毛ほどもなかった。

一方で、悠真は少し落ち込んでいた。

もう長い間、ママに会っていない。ママは、怒っているのかな……?

芽依が紬をブロックして以来、紬は別の番号で電話をしてくることもなかった。

そんなことを考えていると、芽依が望美の手を引き、興奮した声で成哉にねだった。

「パパ、望美さんをママの部屋に住まわせてあげて。望美さんは体が弱いから、日当たりのいい部屋が必要なの。どうせママはもう家を出たんだし」

子供部屋を除けば、日当たりが良い部屋は、以前紬が使っていた部屋しか残っていなかった。
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