Short
遅すぎた雨は、真夏の命を救えない

遅すぎた雨は、真夏の命を救えない

Por:  進撃のチーズCompleto
Idioma: Japanese
goodnovel4goodnovel
10Capítulos
2.7Kvisualizações
Ler
Adicionar à biblioteca

Compartilhar:  

Denunciar
Visão geral
Catálogo
ESCANEIE O CÓDIGO PARA LER NO APP

恋人の黒瀬遼介(くろせ りょうすけ)はかつて、豪雨の夜、熱を出した私・川村碧(かわむら あおい)を背負って3キロもの道のりを歩いてくれた。 だから夏季研修中に熱中症の症状が出たときも、真っ先に頼ろうと思ったのは遼介だった。 ところが今回、コーチを務める遼介は、たった一枚しかない参加免除許可書を、気を失ったふりをしたクラス一の美人、中川里穂(なかがわ りほ)に渡した。 「お前は普段から丈夫だし、マラソンも走ったことがあるだろ。水を飲んで少し休めば治る。でも里穂は違う。もともと身体が弱いんだ。早く冷房の効いた部屋で休ませないと危ない」 意識が朦朧とし、視界もかすんできた私は、そばにいた担当教員の吉岡先生へ助けを求めた。 しかし吉岡先生は、恋人がコーチだからといって甘えるな、嫉妬で騒ぐなと私を罵った。 周りの学生たちまで、それに同調した。 「そうだよ、碧。夏季研修はわがままを通す場所じゃないんだから」 「黒瀬コーチが具合の悪い子を少し気遣っただけでしょ?そこまで嫉妬する?」 気温は上がり続け、遼介は学生たちを体育館へ避難させることにした。 立ち去る直前、すでに地面へ倒れていた私を見て、遼介は眉をひそめた。 「みんなの前で仮病を使って、俺の気を引きたいんだろ?いいだろ。そこに残って反省してろ。自分が悪かったと分かったら、俺のところに来い」 けれど遼介は知らなかった。 私は仮病など使っていなかった。 遼介が背を向けた瞬間、システムから最後の選択を突きつけられた。 【マスター、重度の熱射病を発症。臓器不全が進行しています。この世界から離脱しますか?】 私は静かに目を閉じた。 「離脱する」

Ver mais

Capítulo 1

第1話

「黒瀬君、川村さんがまだグラウンドで日にさらされたままだけど、本当に放っておいていいのか?」

大学一年生を対象に、夏休み中に行われる宿泊型の夏季研修だった。責任問題になることを恐れた担当教員の吉岡先生は、研修運営会社から派遣されたコーチの遼介を不安そうに見た。

遼介はペットボトルの蓋を開けながら、気にも留めずに答えた。

「放っておけばいい。俺が普段から甘やかしてきたせいで、すっかりわがままになったんです。ハーフマラソンを走っても息一つ乱さないようなやつが、30分くらい姿勢を崩さず立っていたところで、どうにかなるわけがないでしょう」

そう言って、里穂の口元へ水を差し出した。

「ゆっくり飲め。むせるぞ」

里穂はマットにもたれ、弱々しく目を潤ませた。

「黒瀬コーチ、碧さん、私に怒ってるんでしょうか?やっぱり、夏季研修の参加免除許可書は返したほうがいいですよね。私、まだ頑張れますから」

遼介はわずかに眉をひそめたが、その声はますます優しくなった。

「返す必要なんてない。あれはもともと、お前みたいに子どもの頃から身体が弱い学生のためのものだ。碧は丈夫なんだから、少しくらい日に当たったほうが、甘ったれたところも直る」

私は宙に浮かびながら、その光景を静かに見つめていた。

ふとグラウンドへ目を向けると、そこには私の遺体が横たわっていた。

通りかかった野良猫が私の手の匂いを嗅ぎ、驚いたように逃げていった。

動物でさえ、それがもう命のない身体だと分かっていた。

けれど、5年間付き合ってきた恋人には分からなかった。

遼介は、私が死んだふりをして気を引こうとしているとさえ思っていた。

眼下では、女子学生たちが集まってひそひそ話していた。

「碧って、ほんと面倒くさいよね。黒瀬コーチは規則どおりに対応しただけなのに」

「そうそう。里穂はあんなに顔色が悪いのに、どうしても免除許可書を取り返そうとしてたんでしょ」

「さっき倒れたときも、すごくわざとらしかった。どう見ても演技だよ」

それを聞いた吉岡先生も、同意するように頷いた。

「最近の学生は、恋人がいるからといって、何をしても許されると思っている。研修を遊び半分に考えて、大学を自分の家と勘違いしているんだ」

吉岡先生は遼介のそばへ行き、その肩を軽く叩いた。

「黒瀬君、今回の対応は間違っていなかったよ。恋人だからといって、規則を破るのを見逃すわけにはいかないからね」

遼介はスマホの画面を見つめていた。

新しいメッセージは一件も届いていなかった。

遼介は鼻で笑うと、スマホをベンチへ放り投げた。

「吉岡先生、心配いりません。俺は昔から、公私を混同しませんから。碧が今日、自分からここへ来て里穂に謝らない限り、ずっとあそこにいさせます」

里穂がそっと遼介の服の裾を引いた。

「黒瀬コーチ、碧さんは意地っ張りだから、本当に戻ってこなかったらどうするんですか?」

遼介はその手を握り返し、安心させるように軽く叩いた。

「本当に戻ってこないなんて、あいつにはできない。人目を気にする性格だから、グラウンドから人がいなくなれば、こっそり起き上がって戻ってくる。俺は碧のことなら、よく分かってる」

自信に満ちた横顔を見つめ、私は皮肉な笑みを浮かべた。

5年間付き合ってきたことで、遼介は私が絶対に離れないと思い込んでいた。

私が何度も折れてきたのは、それほど深く彼を愛していたからだと信じていた。

けれど遼介は、以前私が伝えた言葉を忘れていた。

失望が限界に達したら、私は離れるよ。

Expandir
Próximo capítulo
Baixar

Último capítulo

Mais capítulos

avaliações

あーきよいち
あーきよいち
ワクワクさせられる幕引きでした! 進撃のチーズ様、続編はどこですか……???
2026-09-15 11:28:43
2
0
松坂 美枝
松坂 美枝
えええここで終わるの? 第二部スタート行けそうだったけどもw 炎天下で人が倒れてるのに仮病だなんだ言える人たちとまた一緒に生活するのか 続き読みたかった〜
2026-09-14 09:25:08
3
2
10 Capítulos
第1話
「黒瀬君、川村さんがまだグラウンドで日にさらされたままだけど、本当に放っておいていいのか?」大学一年生を対象に、夏休み中に行われる宿泊型の夏季研修だった。責任問題になることを恐れた担当教員の吉岡先生は、研修運営会社から派遣されたコーチの遼介を不安そうに見た。遼介はペットボトルの蓋を開けながら、気にも留めずに答えた。「放っておけばいい。俺が普段から甘やかしてきたせいで、すっかりわがままになったんです。ハーフマラソンを走っても息一つ乱さないようなやつが、30分くらい姿勢を崩さず立っていたところで、どうにかなるわけがないでしょう」そう言って、里穂の口元へ水を差し出した。「ゆっくり飲め。むせるぞ」里穂はマットにもたれ、弱々しく目を潤ませた。「黒瀬コーチ、碧さん、私に怒ってるんでしょうか?やっぱり、夏季研修の参加免除許可書は返したほうがいいですよね。私、まだ頑張れますから」遼介はわずかに眉をひそめたが、その声はますます優しくなった。「返す必要なんてない。あれはもともと、お前みたいに子どもの頃から身体が弱い学生のためのものだ。碧は丈夫なんだから、少しくらい日に当たったほうが、甘ったれたところも直る」私は宙に浮かびながら、その光景を静かに見つめていた。ふとグラウンドへ目を向けると、そこには私の遺体が横たわっていた。通りかかった野良猫が私の手の匂いを嗅ぎ、驚いたように逃げていった。動物でさえ、それがもう命のない身体だと分かっていた。けれど、5年間付き合ってきた恋人には分からなかった。遼介は、私が死んだふりをして気を引こうとしているとさえ思っていた。眼下では、女子学生たちが集まってひそひそ話していた。「碧って、ほんと面倒くさいよね。黒瀬コーチは規則どおりに対応しただけなのに」「そうそう。里穂はあんなに顔色が悪いのに、どうしても免除許可書を取り返そうとしてたんでしょ」「さっき倒れたときも、すごくわざとらしかった。どう見ても演技だよ」それを聞いた吉岡先生も、同意するように頷いた。「最近の学生は、恋人がいるからといって、何をしても許されると思っている。研修を遊び半分に考えて、大学を自分の家と勘違いしているんだ」吉岡先生は遼介のそばへ行き、その肩を軽く叩いた。「黒瀬君、今回の対応は間違っていなかったよ
Ler mais
第2話
正午。大学食堂の配膳車が体育館の前に止まった。弁当の匂いが漂うと、朝から空腹だった学生たちは歓声を上げ、一斉に集まっていった。遼介は特別に用意された栄養バランスの取れた弁当を二つ持ち、里穂の前までやってきた。「先に少し食べておけ。午後はまた保健センターで診てもらうから」里穂は素直に弁当を受け取ったものの、食欲がないような顔をした。「黒瀬コーチ、碧さんはまだ外にいます。きっとお腹も空いてますよね。このお弁当、私が届けてきましょうか?」そばで弁当をかき込んでいた男子学生が、すぐに皮肉っぽく口を挟んだ。「里穂は優しすぎるんだよ。碧なら、どこかの日陰に隠れてデリバリーでも頼んでるんじゃない?今さら弁当なんか届けに行ったら、余計なお世話だって怒られるだけだよ」遼介も里穂を引き止め、そのまま座らせた。「放っておけ。俺に逆らうだけの意地があるなら、空腹にも耐えられるだろ」吉岡先生は弁当を手にしたまま、外の様子を見た。「黒瀬君、川村さんが悪いのは確かだ。でも、外はどんどん暑くなっている。このままでは熱中症になりかねない。食べ終わったら、そろそろ声をかけて、戻ってくるきっかけを作ってあげたらどうだ?」しかし遼介は鼻で笑い、本来は私のものだった弁当をゴミ箱へ投げ捨てた。「吉岡先生、これは俺たち二人の問題ですから、口を出さないでください。碧は甘やかせば、すぐにつけあがるんです。今日こそ、あのわがままを直してやります」捨てられた弁当を見ているうちに、昔のことを思い出した。以前、遼介が泊まり込みのコーチ研修を受けていた頃、私は彼に会いに行った。二人でグラウンドの端に座り、おにぎり一つを分け合って食べた。あの頃より生活は豊かになったのに、遼介の心は変わってしまった。昼食を終えると、何人かの男子学生がトイレへ向かった。グラウンドのそばを通りかかったとき、彼らは私を見つけた。「えっ、碧、まだあそこに倒れてるぞ」「もう2時間以上経ってるだろ。こんなに日差しが強いのに、本当に大丈夫なのか?」一人の男子学生が、おそるおそる私のそばへ近づいた。「碧?おい、碧、大丈夫か?」呼びかけても反応がないことに気づくと、その学生は慌てて遼介を呼びに行った。「黒瀬コーチ、碧が本当に気を失ってるみたいです。さっきからま
Ler mais
第3話
午後2時、気温は40度にまで上昇していた。遼介は学生たちを引き続き体育館で待機させた。しばらくすると、保健センターから吉岡先生のスマホに電話がかかってきた。「吉岡先生、今日はあまりにも暑いので、大学本部から各グループの熱中症の状況を確認するよう指示がありました。重症の学生がいたら、すぐに保健センターへ連れてきてください。こちらでは保冷剤と経口補水液を用意しています」昼頃、遼介がグラウンドへ私の様子を見に行ったことを、吉岡先生は知っていた。スマホのマイクを手で押さえ、遼介へ顔を向けた。「黒瀬君、川村さんは熱中症になっていなかったか?」遼介は里穂のためにブドウの皮をむいていた。顔も上げずに答えた。「大丈夫ですよ。元気は有り余ってます。死んだふりを続ける余裕まであるくらいですから」電話を切ったあと、吉岡先生は外の様子を見てため息をついた。「ひどい暑さだな。本当に人が死んでもおかしくないぞ」遼介は皮をむいたブドウを里穂へ差し出し、軽い調子で答えた。「死にませんよ。最近の学生は運動不足なんです。少しくらい日に当たったほうが、かえって身体にいいでしょう」そう言うと、保健センターへ行き、里穂のために経口補水液と保冷剤をもらってきた。里穂はそれを受け取り、嬉しそうに笑った。「ありがとうございます、黒瀬コーチ。本当に優しいんですね」そばにいた女子学生たちは、顔を見合わせた。「やっぱり里穂は素直でかわいいよね。放っておけない感じ」「碧とは大違い。一日中、ヤキモチして騒いでばかりなんだから」それを聞いた吉岡先生は、すぐに教師らしい顔を作った。「だから、君たちも普段から中川さんを見習いなさい。川村さんのように、恋愛沙汰で騒ぎを起こすような真似はするなよ」学生たちは一斉に笑い声を上げた。午後5時半、研修終了を知らせる笛が鳴った。体育館にいた学生たちは、ようやく解放されたとばかりに立ち上がり、思い思いに身体を伸ばした。遼介は列の先頭に立っていたが、その表情は険しかった。遼介は、私が以前と同じように、研修が終わる時間を見計らって、うつむきながらそっと近づいてくると思っていた。そして服の裾を引き、小さな声で「ごめん」と謝るのだと。けれど、私は現れなかった。体育館の外には誰の姿もなかっ
Ler mais
第4話
列は一瞬で静まり返った。誰かが唾を飲み込み、震える声で呟いた。「し……死んだの?」吉岡先生は顔面蒼白になった。「まずい……私の責任が問われる……」遼介も大きくよろめき、何歩か後ずさった。そのとき、里穂が何かを思い出したように口元を押さえ、声を上げた。「思い出しました!碧さん、先週、学内放送委員会の代表に選ばれたばかりです。放送室の予備の鍵も持っています。もしかして、自分で放送室へ行って、さっきの音声を流したんじゃないでしょうか?だって、放送では亡くなった学生の名前を言っていませんでしたよね」里穂の言葉を聞き、全員がほっと息をついた。しかし次の瞬間、激しい非難の声が上がった。「碧、頭おかしいんじゃない?自分が死んだことにして、あんな放送を流すなんて」「本当にびっくりした。さっきは足の力が抜けたよ」「黒瀬コーチと意地を張り合うために、こんなことまでするなんて。完全にどうかしてる」遼介も怒りに顔をゆがめた。「吉岡先生はみんなを食堂へ連れていってください。俺が放送室からあいつを引きずり出します」そう言うと、遼介は大股で放送室へ向かった。当然ながら、そこに私はいなかった。それでも遼介は事態の深刻さに気づかず、冷たく鼻を鳴らして食堂へ向かった。夕食を終えると、学生たちはゆっくりと学生寮へ向かった。南グラウンドのそばを通りかかったとき、何台ものパトカーが目に入った。一行は再び足を止めた。吉岡先生も息をのんだ。「く、黒瀬君、本当に警察が来ているぞ」遼介の瞳も一瞬、大きく揺れた。しかしすぐに、口元へ嘲るような笑みを浮かべた。「今回はずいぶん金をかけたみたいですね。撮影スタッフまで呼んで、警察官のふりをさせるなんて」そう言うと大股で歩み寄り、規制線を持ち上げて中へ入ろうとした。若い警察官がすぐに遼介を制止した。「何をしているんですか。警察が捜査中です。関係者以外は下がってください!」遼介は両手をポケットに入れ、丁寧ながらもからかうような口調で答えた。「捜査ですか?何の事件を調べてるんです?中に横たわっているのは俺の彼女です。気が強くて、すぐ人を巻き込んで騒ぎを起こすんですよ。こんな芝居につき合わせてしまって、すみません。いくら払う約束になってます?俺が代わ
Ler mais
第5話
血の気を失い、青白くなった私の顔があらわになった。唇は乾いてひび割れ、両目は固く閉じられていた。遼介は私の顔を見つめたまま、一瞬、動きを止めた。次の瞬間、大きく後ずさった。「ありえない……絶対にありえない。こんな人形、どこで用意したんだ?」若い警察官が遼介を強く引き離した。「人形じゃない!亡くなった方だ。失礼な真似はやめなさい!」遼介は焦点の合わない目で、何度も首を振った。「違う。朝はあんなに元気だった。俺と口論までしてたんだ。それなのに、どうして死ぬんだよ?」里穂は遼介の後ろへ隠れ、服を強くつかんだ。「黒瀬コーチ、碧さん……本当に亡くなったんですか?」吉岡先生は腰から力が抜け、その場に座り込んだ。「終わった……もう職を失う……」すると里穂は目を泳がせ、すぐに声を張り上げた。「吉岡先生のせいじゃありません!碧さんは普段からあんなに身体が丈夫だったんです。少しくらい日に当たっただけで、こんなことになるはずがありません。黒瀬コーチに腹を立てて、わざと水を飲まなかったんです。自分で自分を追い込んだんですよ」それを聞いた学生たちは、たちまち騒ぎ始めた。「そうだよ!午前中、碧が倒れてるのを見たけど、寝てるだけだと思ってた」「黒瀬コーチを折れさせるために、わざとあんな極端なことをしたんだよ!」「自分の命まで賭けるなんて、そこまでする?」「勝手に意地を張って死んだんでしょ。どうかしてるよ!」その言葉を聞くうちに、遼介の目から動揺が少しずつ消えていった。「そうだ。わざとやったんだ。碧はハーフマラソンを走っても汗一つかかない。それなのに、何時間か日に当たったくらいで死ぬわけがない。きっと何か薬を飲んで、わざと意識を失ったふりをしてるんだ。俺を怖がらせるために!」遼介は再び私へ近づき、肩をつかもうと手を伸ばした。「碧、起きろ!これ以上ふざけるなら、今度こそ本当に別れるぞ!」とうとう警察官が怒り、遼介を地面へ押さえつけた。「公務執行妨害だ!手錠をかけろ!」遼介は激しく抵抗しながら叫んだ。「離せ!碧は死んでない!あいつはこんなことまでする女なんだ!」私は宙に浮かびながら、取り乱す遼介を冷ややかに見つめていた。遼介は、私が命懸けで芝居を打つような女だと思い込むほ
Ler mais
第6話
翌日、学内掲示板は大騒ぎになっていた。私が自分で騒ぎを起こして死んだという内容の投稿が、次々と書き込まれていた。【衝撃!嫉妬に狂った大学一年生、炎天下に居座り死亡】【検証――迷惑なかまってちゃんが自滅するまで】投稿には、私が普段から遼介の恋人という立場を利用し、好き勝手に振る舞っていたという、でたらめな話ばかりが並んでいた。コーチの恋人であることを盾に、いつも同級生をいじめていたという者もいた。里穂の容姿を妬み、何かにつけて嫌がらせをしていたという者もいた。なかには、私には深刻な精神的問題があったとまで書く者もいた。里穂は白いワンピースを着て、食堂で静かに涙を流していた。「全部、私のせいです。参加免除許可書を碧さんに返していれば、こんなことにはならなかったのに……」男子学生たちは、すぐに里穂を取り囲んで慰めた。「里穂のせいじゃないよ。優しすぎるから、そんなふうに考えるんだ」「碧がおかしかっただけだろ。勝手に死んだくせに、里穂まで巻き添えにしようとしたんだ」「あんなやつ、自業自得だよ。大学のグラウンドで死ぬなんて、最後まで迷惑な女だったな」遼介はそばに座ったまま、何も言わなかった。手には私のヘアゴムが強く握られていた。里穂が遼介の肩をそっと押した。「黒瀬コーチ、あまり自分を責めないでください。碧さんのやり方は極端でしたけど、それだけコーチのことを愛していたんだと思います」すると遼介は突然顔を上げ、独り言のように呟いた。「俺を愛してた?違う。あいつは俺に復讐したんだ!死ぬことで俺を罰して、一生罪悪感を背負わせるつもりだったんだ!どこまで自分勝手なんだよ……」そのとき、私の養父母の川村宏(かわむら ひろし)と川村芳美(かわむら よしみ)が転びそうになりながら食堂へ駆け込んできた。養母の髪は真っ白で、顔は涙に濡れていた。「碧!私の碧はどこにいるの?」養父は養母の身体を支えていたが、その両手も絶えず震えていた。私は、市立児童福祉施設から二人に引き取られた。決して裕福な家庭ではなかったが、二人はありったけの愛情を私に注いでくれた。この世界で、私に残された唯一の大切な家族だった。警備員が二人を呼び止めた。「何の用ですか?関係者以外、大学の敷地内には入れません」養父は
Ler mais
第7話
教務課には、学長と吉岡先生、遼介、里穂がそろっていた。養母は中へ入るなり、学長へ詰め寄った。「学長さん、どうして娘が死んだんですか?朝はあんなに元気だったのに!」学長は一歩後ずさり、眉をひそめた。「お二人とも、まずは落ち着いてください」吉岡先生がすぐに前へ出て、一枚の書類を取り出した。「こちらは碧さんの健康診断書です。以前から低血糖気味だったようです。昨日の夏季研修でも、具合が悪いなら申し出ればよかったのに、本人が無理をしてしまったんです。それで炎天下にいたため……大学としても、大変残念に思っています」養父は目を真っ赤にし、大声で問い詰めた。「でたらめを言うな!娘はずっと健康だった!低血糖なんかあるはずがない!大学がきちんと学生を管理していなかったせいだろう!」目を潤ませた里穂が前へ出た。「本当に誤解です。碧さんは黒瀬コーチと意地を張り合って、自分から炎天下に残ったんです。私たちも何度も休むように言いました。でも、碧さんがどうしても聞いてくれなくて……」遼介も冷たい顔で、ぶっきらぼうに言った。「俺は日陰で休むように言いました。断ったのは碧です。あいつが俺の気を引くために、勝手にあんなことをしたんです。俺にどうしろっていうんですか?」養父は怒りに全身を震わせ、遼介を指さした。「お前は碧の恋人だろ!どうして、そんな言い方ができるんだ?娘が倒れていたなら、助け起こしてやればよかっただろう!」遼介は冷たく笑った。「助け起こす?死んだふりをしている人間を、どうやって助けろっていうんです?はっきり言っておきます。碧が勝手に意地を張って、自分で命を落としたんです。大学の責任にして、金を取ろうなんて考えないでください!」その言葉を聞いた養母は白目をむき、その場に倒れた。「芳美!」教務課の外で見ていた学生たちから、冷ややかな声が上がった。「やっぱり賠償金が目当てなんだ。よくあんなことができるよね」「一家そろって金の亡者じゃないか」私は怒りに震えながら、彼らを見つめた。この人たちは事実をねじ曲げ、人の命を何だと思っているのだろう。そのとき、教務課の窓の外に、何台ものパトカーが静かに入ってくるのが見えた。私服姿の警察官たちが資料の入った封筒を手に、足早に監視カメラの管理室へ向かって
Ler mais
第8話
間もなく、制服姿の警察官が二人、教務課へ入ってきた。先頭に立っていたのは、あの年配の警察官だった。手には分厚い資料の束を持っていた。「川村碧さんが自分から命を危険にさらしたと言ったのは、誰ですか?」教務課は一瞬で静まり返った。学長が慌てて歩み寄った。「捜査の結果が出たんですか?」警察官は険しい顔のまま、資料を机の上へ置いた。「出ました。司法解剖の結果、川村碧さんは重度の熱中症による多臓器不全で亡くなったことが確認されました。低血糖などではありません!」吉岡先生の顔から血の気が引いた。「で、でも……炎天下に残ると決めたのは、本人です……」警察官は勢いよく振り向き、吉岡先生をにらんだ。「監視カメラの映像は、すでに確認しました」警察官はタブレットを取り出し、その場で映像を再生した。画面の中で、顔面蒼白になった私は、ふらつきながら吉岡先生へ近づいていた。自分の胸元を指さし、何かを訴えていた。その直後、私は地面へ倒れた。警察官はそこで映像を止めた。「読唇の専門家に確認したところ、川村さんはこう言っていました。『先生、息ができません。助けてください』と」警察官は吉岡先生へ指を突きつけた。「それなのに、あなたは川村さんを突き飛ばし、仮病を使うなと罵ったんです!」その場は死んだように静まり返った。吉岡先生は大量の汗を浮かべ、椅子へ崩れ落ちた。警察官は次に、里穂へ目を向けた。「そして、中川里穂さん。保健センターの記録によると、あなたは昨日、体調に何の問題もありませんでした。夏季研修を免れるため、吉岡先生と共謀して虚偽の証明書を作り、川村さんに出されていた参加免除許可書を横取りしたんですね」里穂は真っ青になり、何度も後ずさった。「ち、違います……本当に具合が悪かったんです……」警察官は一枚の検査結果を取り出した。「こちらは、あなたが昨日飲み残した経口補水液の検査結果です。中身は経口補水液ではなく、ただの砂糖水でした。あなたは仮病を使っただけでなく、川村さんの前でわざと体調不良を装い、見せつけるような言動までしていた!」教務課の外にいた学生たちにも、その声ははっきりと聞こえていた。人だかりの中から、次々に驚きの声が上がった。「嘘……里穂は仮病だったの?」
Ler mais
第9話
それから数日の間に、大学を取り巻く状況は一変した。ネット上の反応も完全に逆転した。私を非難していた投稿はすべて削除され、代わりに遼介と里穂を糾弾する声があふれ返った。【最低のコーチと偽善者の女子学生、大学一年生を死に追いやる!】【正義は必ず明らかになる――加害者に厳罰を!】世論の高まりを受け、大学はその日の夜、調査結果と処分を公表した。吉岡先生は懲戒解雇され、事件は捜査機関へ送られた。里穂も退学処分となり、その処分歴は大学の記録に残った。遼介は業務上過失致死の疑いで、正式に逮捕された。学生たちは自発的に集まり、グラウンドで私の追悼式を開いてくれた。その日は小雨が降っていた。グラウンドには、たくさんの白い菊が供えられていた。以前、私を罵った男子学生が、泣きながら遺影へ頭を下げた。「碧、ごめん。あんなひどいことを言うんじゃなかった。もしまだ生きていたら、今度こそデリバリーで一番うまいものをおごりたかった……」養父母には、大学から多額の賠償金が支払われた。学長も自ら二人の前で深く頭を下げた。「大学の責任です。お二人にも、碧さんにも、取り返しのつかないことをしました。本当に申し訳ありません」養父は私の遺骨が納められた骨壺を強く抱き締め、涙を流した。「金なんかいらない……娘を返してくれ……」養母は私の顔に触れるように、骨壺を優しく撫でた。「碧、おうちに帰ろうね」私は宙に浮かびながら、支え合って歩く二人の後ろ姿を見つめていた。お父さん、お母さん。そのお金で、これからは穏やかに暮らしてね。もう二人のそばで親孝行できなくて、ごめんなさい。3か月後、裁判の判決が下された。遼介は業務上過失致死の罪で、5年の実刑判決を受けた。刑務所での暮らしは、遼介にとって耐え難いものとなった。ほかの受刑者たちも遼介の事件を知っており、遼介はたびたび嫌がらせを受けていた。里穂は、さらに悲惨な末路を迎えた。退学処分を受けると、その日のうちに荷物をまとめて地元へ戻った。しかし、事件の噂はすでに地元中へ広まっていた。親戚や近所の人たちは、顔を合わせるたびに里穂を罵った。両親も、里穂のせいで恥をかかされたと責め続け、とうとう里穂を家から追い出した。行き場を失った里穂は、地元で定職にも就
Ler mais
第10話
再び目を開けると、私は生後1か月の赤ちゃんになっていた。そこが前の人生で暮らしていた、市立児童福祉施設の乳児室だと気づき、胸が弾んだ。そのとき、廊下から足音が聞こえてきた。年配の施設長が扉を開け、若い夫婦を連れて入ってきた。私は目を大きく見開いた。そこにいたのは、20歳ほど若返った養父母だった。二人は質素な服を着て、少し緊張した様子で立っていた。養母は乳児用ベッドが並ぶ室内を見回した。その目には、私がよく知る優しさがあふれていた。「女の子を一人、引き取りたいと思っています」施設長は近くのベッドへ歩み寄り、眠っている女の赤ん坊を指した。「この子はふっくらしていて、身体も丈夫ですよ」養父は養母の手を引き、そのベッドへ向かおうとした。私はたちまち焦った。二人と離れるわけにはいかない。どうしても私に気づいてもらわなければならなかった。力いっぱい布団を蹴りのけ、ふっくらした両腕を懸命に振った。そして口を大きく開け、声を張り上げて泣いた。養母がようやく私に気づいた。養父の手を離し、急いで私のベッドへ近づいてきた。私は小さな手を伸ばし、差し出された養母の人差し指を強く握った。そして養母へ、満面の笑みを向けた。養母は驚いたように動きを止め、そっと私を抱き上げた。「ねえ、早く見て。この子、私の顔を見て笑ったのよ」養父も急いで近づき、嬉しそうに顔をほころばせた。「きっと俺たちと縁があるんだよ。この子を引き取ろう」施設長が笑いながら歩み寄った。「この子は一昨日ここへ来たばかりで、まだ名前も決まっていないんです」養母は私を強く抱き締め、額へ優しく口づけた。「碧にしましょう。澄み切った青空のように、何の悩みもなく幸せに生きられますように」私は再び、二人の娘になった。今度の人生では、幸せに満ちた温かな子ども時代を過ごした。18年後。私はキャリーケースを引きながら、汐見大学の正門をくぐった。並行世界の私も、運動が大好きだった。先月もハーフマラソンを完走したばかりだった。身体は健康で、元気に満ちていた。案内表示に従って新入生受付へ向かい、列の最後尾に並んだ。列は長く、その日は春とは思えないほど気温が高かった。学生スタッフ用のベストを着た男子学生
Ler mais
Explore e leia bons romances gratuitamente
Acesso gratuito a um vasto número de bons romances no app GoodNovel. Baixe os livros que você gosta e leia em qualquer lugar e a qualquer hora.
Leia livros gratuitamente no app
ESCANEIE O CÓDIGO PARA LER NO APP
DMCA.com Protection Status