LOGIN再び目を開けると、私は生後1か月の赤ちゃんになっていた。そこが前の人生で暮らしていた、市立児童福祉施設の乳児室だと気づき、胸が弾んだ。そのとき、廊下から足音が聞こえてきた。年配の施設長が扉を開け、若い夫婦を連れて入ってきた。私は目を大きく見開いた。そこにいたのは、20歳ほど若返った養父母だった。二人は質素な服を着て、少し緊張した様子で立っていた。養母は乳児用ベッドが並ぶ室内を見回した。その目には、私がよく知る優しさがあふれていた。「女の子を一人、引き取りたいと思っています」施設長は近くのベッドへ歩み寄り、眠っている女の赤ん坊を指した。「この子はふっくらしていて、身体も丈夫ですよ」養父は養母の手を引き、そのベッドへ向かおうとした。私はたちまち焦った。二人と離れるわけにはいかない。どうしても私に気づいてもらわなければならなかった。力いっぱい布団を蹴りのけ、ふっくらした両腕を懸命に振った。そして口を大きく開け、声を張り上げて泣いた。養母がようやく私に気づいた。養父の手を離し、急いで私のベッドへ近づいてきた。私は小さな手を伸ばし、差し出された養母の人差し指を強く握った。そして養母へ、満面の笑みを向けた。養母は驚いたように動きを止め、そっと私を抱き上げた。「ねえ、早く見て。この子、私の顔を見て笑ったのよ」養父も急いで近づき、嬉しそうに顔をほころばせた。「きっと俺たちと縁があるんだよ。この子を引き取ろう」施設長が笑いながら歩み寄った。「この子は一昨日ここへ来たばかりで、まだ名前も決まっていないんです」養母は私を強く抱き締め、額へ優しく口づけた。「碧にしましょう。澄み切った青空のように、何の悩みもなく幸せに生きられますように」私は再び、二人の娘になった。今度の人生では、幸せに満ちた温かな子ども時代を過ごした。18年後。私はキャリーケースを引きながら、汐見大学の正門をくぐった。並行世界の私も、運動が大好きだった。先月もハーフマラソンを完走したばかりだった。身体は健康で、元気に満ちていた。案内表示に従って新入生受付へ向かい、列の最後尾に並んだ。列は長く、その日は春とは思えないほど気温が高かった。学生スタッフ用のベストを着た男子学生
それから数日の間に、大学を取り巻く状況は一変した。ネット上の反応も完全に逆転した。私を非難していた投稿はすべて削除され、代わりに遼介と里穂を糾弾する声があふれ返った。【最低のコーチと偽善者の女子学生、大学一年生を死に追いやる!】【正義は必ず明らかになる――加害者に厳罰を!】世論の高まりを受け、大学はその日の夜、調査結果と処分を公表した。吉岡先生は懲戒解雇され、事件は捜査機関へ送られた。里穂も退学処分となり、その処分歴は大学の記録に残った。遼介は業務上過失致死の疑いで、正式に逮捕された。学生たちは自発的に集まり、グラウンドで私の追悼式を開いてくれた。その日は小雨が降っていた。グラウンドには、たくさんの白い菊が供えられていた。以前、私を罵った男子学生が、泣きながら遺影へ頭を下げた。「碧、ごめん。あんなひどいことを言うんじゃなかった。もしまだ生きていたら、今度こそデリバリーで一番うまいものをおごりたかった……」養父母には、大学から多額の賠償金が支払われた。学長も自ら二人の前で深く頭を下げた。「大学の責任です。お二人にも、碧さんにも、取り返しのつかないことをしました。本当に申し訳ありません」養父は私の遺骨が納められた骨壺を強く抱き締め、涙を流した。「金なんかいらない……娘を返してくれ……」養母は私の顔に触れるように、骨壺を優しく撫でた。「碧、おうちに帰ろうね」私は宙に浮かびながら、支え合って歩く二人の後ろ姿を見つめていた。お父さん、お母さん。そのお金で、これからは穏やかに暮らしてね。もう二人のそばで親孝行できなくて、ごめんなさい。3か月後、裁判の判決が下された。遼介は業務上過失致死の罪で、5年の実刑判決を受けた。刑務所での暮らしは、遼介にとって耐え難いものとなった。ほかの受刑者たちも遼介の事件を知っており、遼介はたびたび嫌がらせを受けていた。里穂は、さらに悲惨な末路を迎えた。退学処分を受けると、その日のうちに荷物をまとめて地元へ戻った。しかし、事件の噂はすでに地元中へ広まっていた。親戚や近所の人たちは、顔を合わせるたびに里穂を罵った。両親も、里穂のせいで恥をかかされたと責め続け、とうとう里穂を家から追い出した。行き場を失った里穂は、地元で定職にも就
間もなく、制服姿の警察官が二人、教務課へ入ってきた。先頭に立っていたのは、あの年配の警察官だった。手には分厚い資料の束を持っていた。「川村碧さんが自分から命を危険にさらしたと言ったのは、誰ですか?」教務課は一瞬で静まり返った。学長が慌てて歩み寄った。「捜査の結果が出たんですか?」警察官は険しい顔のまま、資料を机の上へ置いた。「出ました。司法解剖の結果、川村碧さんは重度の熱中症による多臓器不全で亡くなったことが確認されました。低血糖などではありません!」吉岡先生の顔から血の気が引いた。「で、でも……炎天下に残ると決めたのは、本人です……」警察官は勢いよく振り向き、吉岡先生をにらんだ。「監視カメラの映像は、すでに確認しました」警察官はタブレットを取り出し、その場で映像を再生した。画面の中で、顔面蒼白になった私は、ふらつきながら吉岡先生へ近づいていた。自分の胸元を指さし、何かを訴えていた。その直後、私は地面へ倒れた。警察官はそこで映像を止めた。「読唇の専門家に確認したところ、川村さんはこう言っていました。『先生、息ができません。助けてください』と」警察官は吉岡先生へ指を突きつけた。「それなのに、あなたは川村さんを突き飛ばし、仮病を使うなと罵ったんです!」その場は死んだように静まり返った。吉岡先生は大量の汗を浮かべ、椅子へ崩れ落ちた。警察官は次に、里穂へ目を向けた。「そして、中川里穂さん。保健センターの記録によると、あなたは昨日、体調に何の問題もありませんでした。夏季研修を免れるため、吉岡先生と共謀して虚偽の証明書を作り、川村さんに出されていた参加免除許可書を横取りしたんですね」里穂は真っ青になり、何度も後ずさった。「ち、違います……本当に具合が悪かったんです……」警察官は一枚の検査結果を取り出した。「こちらは、あなたが昨日飲み残した経口補水液の検査結果です。中身は経口補水液ではなく、ただの砂糖水でした。あなたは仮病を使っただけでなく、川村さんの前でわざと体調不良を装い、見せつけるような言動までしていた!」教務課の外にいた学生たちにも、その声ははっきりと聞こえていた。人だかりの中から、次々に驚きの声が上がった。「嘘……里穂は仮病だったの?」
教務課には、学長と吉岡先生、遼介、里穂がそろっていた。養母は中へ入るなり、学長へ詰め寄った。「学長さん、どうして娘が死んだんですか?朝はあんなに元気だったのに!」学長は一歩後ずさり、眉をひそめた。「お二人とも、まずは落ち着いてください」吉岡先生がすぐに前へ出て、一枚の書類を取り出した。「こちらは碧さんの健康診断書です。以前から低血糖気味だったようです。昨日の夏季研修でも、具合が悪いなら申し出ればよかったのに、本人が無理をしてしまったんです。それで炎天下にいたため……大学としても、大変残念に思っています」養父は目を真っ赤にし、大声で問い詰めた。「でたらめを言うな!娘はずっと健康だった!低血糖なんかあるはずがない!大学がきちんと学生を管理していなかったせいだろう!」目を潤ませた里穂が前へ出た。「本当に誤解です。碧さんは黒瀬コーチと意地を張り合って、自分から炎天下に残ったんです。私たちも何度も休むように言いました。でも、碧さんがどうしても聞いてくれなくて……」遼介も冷たい顔で、ぶっきらぼうに言った。「俺は日陰で休むように言いました。断ったのは碧です。あいつが俺の気を引くために、勝手にあんなことをしたんです。俺にどうしろっていうんですか?」養父は怒りに全身を震わせ、遼介を指さした。「お前は碧の恋人だろ!どうして、そんな言い方ができるんだ?娘が倒れていたなら、助け起こしてやればよかっただろう!」遼介は冷たく笑った。「助け起こす?死んだふりをしている人間を、どうやって助けろっていうんです?はっきり言っておきます。碧が勝手に意地を張って、自分で命を落としたんです。大学の責任にして、金を取ろうなんて考えないでください!」その言葉を聞いた養母は白目をむき、その場に倒れた。「芳美!」教務課の外で見ていた学生たちから、冷ややかな声が上がった。「やっぱり賠償金が目当てなんだ。よくあんなことができるよね」「一家そろって金の亡者じゃないか」私は怒りに震えながら、彼らを見つめた。この人たちは事実をねじ曲げ、人の命を何だと思っているのだろう。そのとき、教務課の窓の外に、何台ものパトカーが静かに入ってくるのが見えた。私服姿の警察官たちが資料の入った封筒を手に、足早に監視カメラの管理室へ向かって
翌日、学内掲示板は大騒ぎになっていた。私が自分で騒ぎを起こして死んだという内容の投稿が、次々と書き込まれていた。【衝撃!嫉妬に狂った大学一年生、炎天下に居座り死亡】【検証――迷惑なかまってちゃんが自滅するまで】投稿には、私が普段から遼介の恋人という立場を利用し、好き勝手に振る舞っていたという、でたらめな話ばかりが並んでいた。コーチの恋人であることを盾に、いつも同級生をいじめていたという者もいた。里穂の容姿を妬み、何かにつけて嫌がらせをしていたという者もいた。なかには、私には深刻な精神的問題があったとまで書く者もいた。里穂は白いワンピースを着て、食堂で静かに涙を流していた。「全部、私のせいです。参加免除許可書を碧さんに返していれば、こんなことにはならなかったのに……」男子学生たちは、すぐに里穂を取り囲んで慰めた。「里穂のせいじゃないよ。優しすぎるから、そんなふうに考えるんだ」「碧がおかしかっただけだろ。勝手に死んだくせに、里穂まで巻き添えにしようとしたんだ」「あんなやつ、自業自得だよ。大学のグラウンドで死ぬなんて、最後まで迷惑な女だったな」遼介はそばに座ったまま、何も言わなかった。手には私のヘアゴムが強く握られていた。里穂が遼介の肩をそっと押した。「黒瀬コーチ、あまり自分を責めないでください。碧さんのやり方は極端でしたけど、それだけコーチのことを愛していたんだと思います」すると遼介は突然顔を上げ、独り言のように呟いた。「俺を愛してた?違う。あいつは俺に復讐したんだ!死ぬことで俺を罰して、一生罪悪感を背負わせるつもりだったんだ!どこまで自分勝手なんだよ……」そのとき、私の養父母の川村宏(かわむら ひろし)と川村芳美(かわむら よしみ)が転びそうになりながら食堂へ駆け込んできた。養母の髪は真っ白で、顔は涙に濡れていた。「碧!私の碧はどこにいるの?」養父は養母の身体を支えていたが、その両手も絶えず震えていた。私は、市立児童福祉施設から二人に引き取られた。決して裕福な家庭ではなかったが、二人はありったけの愛情を私に注いでくれた。この世界で、私に残された唯一の大切な家族だった。警備員が二人を呼び止めた。「何の用ですか?関係者以外、大学の敷地内には入れません」養父は
血の気を失い、青白くなった私の顔があらわになった。唇は乾いてひび割れ、両目は固く閉じられていた。遼介は私の顔を見つめたまま、一瞬、動きを止めた。次の瞬間、大きく後ずさった。「ありえない……絶対にありえない。こんな人形、どこで用意したんだ?」若い警察官が遼介を強く引き離した。「人形じゃない!亡くなった方だ。失礼な真似はやめなさい!」遼介は焦点の合わない目で、何度も首を振った。「違う。朝はあんなに元気だった。俺と口論までしてたんだ。それなのに、どうして死ぬんだよ?」里穂は遼介の後ろへ隠れ、服を強くつかんだ。「黒瀬コーチ、碧さん……本当に亡くなったんですか?」吉岡先生は腰から力が抜け、その場に座り込んだ。「終わった……もう職を失う……」すると里穂は目を泳がせ、すぐに声を張り上げた。「吉岡先生のせいじゃありません!碧さんは普段からあんなに身体が丈夫だったんです。少しくらい日に当たっただけで、こんなことになるはずがありません。黒瀬コーチに腹を立てて、わざと水を飲まなかったんです。自分で自分を追い込んだんですよ」それを聞いた学生たちは、たちまち騒ぎ始めた。「そうだよ!午前中、碧が倒れてるのを見たけど、寝てるだけだと思ってた」「黒瀬コーチを折れさせるために、わざとあんな極端なことをしたんだよ!」「自分の命まで賭けるなんて、そこまでする?」「勝手に意地を張って死んだんでしょ。どうかしてるよ!」その言葉を聞くうちに、遼介の目から動揺が少しずつ消えていった。「そうだ。わざとやったんだ。碧はハーフマラソンを走っても汗一つかかない。それなのに、何時間か日に当たったくらいで死ぬわけがない。きっと何か薬を飲んで、わざと意識を失ったふりをしてるんだ。俺を怖がらせるために!」遼介は再び私へ近づき、肩をつかもうと手を伸ばした。「碧、起きろ!これ以上ふざけるなら、今度こそ本当に別れるぞ!」とうとう警察官が怒り、遼介を地面へ押さえつけた。「公務執行妨害だ!手錠をかけろ!」遼介は激しく抵抗しながら叫んだ。「離せ!碧は死んでない!あいつはこんなことまでする女なんだ!」私は宙に浮かびながら、取り乱す遼介を冷ややかに見つめていた。遼介は、私が命懸けで芝居を打つような女だと思い込むほ