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第4話

Author: ちょうどいい
翌朝、私は病院から家に戻った。

部屋に入った瞬間、どこか気まずい空気が漂っているのをはっきり感じた。拓海の表情も、どこかぎこちない。

彼は私のそばに歩み寄り、心配そうな口調で、手を伸ばして私の体に触れようとした。

「傷、まだ痛むか?」

私はそっと身をかわした。

「痛くない」

拓海はほっと息をついた。

「やっぱり由衣は体が丈夫で回復も早いな。雪菜みたいに体が弱いわけじゃないし、足に傷ができただけで何日も休むようなこともない」

私がまったく動じない表情をしているのを見て、彼はどこか取り繕うように言い訳をした。

「本当は昨日、戻って君を病院に連れて行くべきだったんだけど……でも雪菜の怪我が思ったよりひどくて、どうしても放っておけなくてさ。それで少し長く付き添ってたんだ。気にしてないよね?」

「気にしないわ。あんなに重い傷なら、あなたがついていてあげるべきよ」

雪菜の足にあったあの小さな傷を思い出す。病院に行くのがもう少し遅かったら、とっくに治っていたんじゃないかと思えるほどだった。

私の冷たい表情を見ると、拓海は子どもみたいに唇をきゅっと結び、テーブルを軽く蹴った。

彼の不満げな様子など無視して、寝室へ向かう。

拓海は諦めきれずに後を追い、私を押した。

「怒ってるなら怒ってるって言えばいいだろ。文句があるならぶつければいいのに、なんでそんな平気そうな顔してるんだよ?」

どうでもいいふりをしているわけじゃない。本当に、どうでもよくなったのだ。

傷口が引き裂かれるように痛み、思わず震えた。痛みを和らげようと、そっと腰をかがめたその時――ベッドの上に、穴の開いた黒いストッキングが落ちているのが目に入った。

昔なら、こんな明確な証拠を突きつけられたら、泣きながら問い詰めただろう。なんでこんなものが家にあるのか、って。

でも今の私は、それを指でつまんで脇へ放り捨て、ベッドに横たわることができた。

拓海の顔は、見ればすぐに分かるくらいに赤くなっていた。

「雪菜が昨日、鍵を忘れてな。一人で外に泊まるのは怖いって言うから、仕方なく一晩泊めてやったんだ。

本当に信じてくれ、彼女と何もやってなかった。怒るなよ」

体がすごくだるくて、つい適当にそう答えてしまった。

「怒ってないわ。ただの社員思いの行動だとわかってるから」

拓海は私の顔をじっと見つめ、一瞬でも隙がないか探ろうとしていた。

「本当に怒ってないのか?」

私はスマホで弁護士と離婚協議書の項目を確認しながら、適当に答えた。

「うん」

その時、SNSに雪菜の新しい動画が出てきた。なんと、拓海と付き合ってることを公にしてる。

二人はおそろいの服を着て、カメラに向かってハートのポーズを作っている。添えられていたコメントは――

【ずっと一緒に @山崎社長】

その下には、ネットのみんなの祝福コメントだ。

もう十年も愛してきた彼を諦めようと決めていたのに、彼らの幸せそうな姿を見ると、どうしても少し切なくなってしまう。

あふれそうになる涙を必死にこらえた。

私のわずかに震える指を見て、拓海の顔にほのかな笑みが浮かんだ。

「雪菜はうつ病がひどくて、前に俺と撮った動画がバズったから、もし俺が協力しなかったらネットで叩かれるかもしれない。

雪菜は純粋な子だ。もしうつ病が再発したら、俺は……」

喉の奥に甘くて苦いものが込み上げる。力を振り絞って笑顔を作った。

「言い訳はいい。わかってるから」

口を開きかけた拓海は、そのまま何も言えず、気まずそうに固まった。

離婚を切り出そうとしたその時、玄関のチャイムが鳴った。

配達員が、白と黄色が入り混じった菊の花束を手にしてやって来た。

「水原さんから山崎さんへの贈り物です。昨夜泊めてくださったお礼だそうです」

私は思わず後ずさりし、鼻を押さえて叫んだ。

「出して! 早く外に出して!」

拓海の表情に、見覚えのある嘲笑がまた浮かんだ。

「本当にちゃんと反省したのかと思ったのに、まさか俺の気を引くために別の方法を使っただけかよ。

何もやってなかったって説明しただろ。なんでそこまでして贈り物を捨てる必要があるんだ?」

私はめまいがして、息も荒くなってきた。

「拓海、私、菊のアレルギーなの。早く出して!」

拓海の笑い声には、皮肉めいた響きが含まれていた。

「前にお彼岸で祖母の墓参りに行ったときはアレルギー出なかったのに、どうして雪菜が持ってきた菊の花だと出るんだよ?

菊のアレルギーなんかじゃなく、俺が雪菜を気にかけることにアレルギー反応起こしてるんだろう!」

その時、拓海のスマホが鳴り、雪菜のか弱い声が耳に残った。

「社長、また道に迷っちゃって……頭がくらくらして、すごく怖いです……」

拓海の声は、焦っている感じだった。

「雪菜、怖がるな。今すぐ行くからな」

息がだんだん荒くなり、まるで誰かに喉をぎゅっと締め付けられているかのようだった。そのお馴染みの息苦しさが、再び全身を包み込んだ。

以前、拓海の父の墓参りのために、いつも前もって薬を飲んで、帰ってからは何日も点滴を受けないと体が持たなかった。

彼に心配をかけまいと、一度も言わなかった。

でも彼が心配するはずもないか。

少しでも気にしてくれていれば、墓地から帰ったあと、私の体が何日も腫れ上がり、全身に赤い発疹が広がっていることに気づいたはずだ。

拓海は私が絶対に避けるべきものを知らなかったが、雪菜が昆布を食べると下痢になることだけは忘れずにいた。

胸の奥の苦々しさを押し込め、必死に自分の携帯を手に取り、病院に電話しようとした。

しかし彼は私のスマホを奪い取り、隣の金魚鉢に放り込んだ。

「何をするつもりだ?また雪菜に電話して文句言おうとしてるのか?」

私は目の前が真っ暗になり、呼吸もままならなかった。

「拓海、聞いて!私、菊の花アレルギーがすごく重くて、もしすぐに病院に行かないとショックを起こすの。どこに行こうと構わないから、まずは救急車を……」

拓海の表情は、抑えきれない怒りに満ちていた。

「本当に図に乗ってるな。俺は今日、何度も何度も折れて我慢してやってたんだ。それなのに、いい気になってるんじゃない?

もういい。家でおとなしくして。何かあったら俺が戻ってからにしろ!」

私は顔が青ざめ、額には冷や汗が滴り落ちていた。

視界はすでにかすみ、体は熱を帯びてくる。このまま家に閉じ込められたら、死んでも誰にも気づかれないだろう。

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